「電子カルテ」における不定形情報の自由な取扱い

第14回医療情報連合大会(ロング・セッション) 抄録 Handling of free format data in the computerized medical records 「電子カルテ」における不定型情報の自由な取り扱い 大橋 克洋 大橋産科婦人科 Keywords : data base, computerized medical record, NEXTSTEP, object oriented 1. はじめに 医療情報をはじめいろいろなデータを管理しようとする時、データは一定の フォーマットで格納し処理しなければならないと考えるのが一般的である。し かし、現実の世界に存在するデータをよく考えてみると、実際にはすべてのデー タが一定の属性を持って系統的に存在するわけではない。無秩序に存在するデー タをわれわれが必要に応じ分類し利用しているに過ぎない。 そこで無理に一定のフォーマットに納めようとすると、いろいろな矛盾を生 じたり、条件の変化に対応できない融通性のないデータベースになってしまう。 服や靴を身体に合わせるのではなく、身体を服や靴に合わせるに等しいことが、 現実に行われているのである。 一定のフォーマットにあてはめようとするのは、そのように規定した方が限 られたハードウエア資源を最小限に使い、ソフトウエア開発も容易だからであ る。また利用する側にとってその方が理解しやすいということもある。 しかし、近年のハードウエアの大容量化・高速化・低価格化と、これに支え られたオブジェクト指向プログラミングなどのソフトウエア技術は、この枠を 取り払うことを可能にしつつある。狭い枠から広い野原に放たれた時、何をど うやって良いかわからないという面もあるかも知れないが、既存の枠組みにと らわれない「現実の世界に則した自然なデータ管理」を電子カルテに取り込む 試みを開始したので、その第一報として報告する。 2. 現実の世界での自然なデータ 例えば臨床検査データは、診療録中に表形式で時系列的に表現されることが 多い。われわれがそれを見る時、これは大変理解しやすく有用である。しかし データの格納という面では、もっと融通性があった方が良い。 患者ごとではなく、検査項目ごとに全患者のものを見たいかも知れないし、 一定の疾患に関連したものだけをピックアップしたいかも知れない。また医業 経営上の理由から検査の頻度などを知りたいこともあろう。 つまり同じデータも要求によってはまったく異なる関連づけのなかでまとめ られる必要が出てくるが、従来のデータベースではあらかじめどのように使わ れるか想定されていない限り、思うような利用は難しい。そこで発想を転換し、 すべてのデータは無秩序に収納されても構わないとする。必要に応じ、どのよ うなデータをどのような順序で並べて使いたいか好みのフォーマットを作る。 自分用の目次のようなものと考えても良い。そして目次はその対応する実デー タへのポインターのみを持つようにする。 わかりやすく例えると、目次の各項目とそれに関連する実データとを糸で結 ぶ。実データを手元に置く必要はない。ユーザは目次をながめ、項目の糸をた ぐれば実データを読み書きすることができる 。別のユーザが別の目次を作成 し、同様に実データへのポインターを置く。二人の利用する実データは同じも のかもしれないし、そうでないかも知れない。賢いユーザは、自分の目次から 既に誰かが作成した目次へのポインターを張り、丸ごと利用させてもらうかも 知れない。 コンピュータとネットワークを使えば糸の先は地球の裏側のデータであって も構わない。実データは、いろいろな場所に分散していて構わない。実データ を置いたところで管理される。 データ管理者はデータがどのように利用されるかについては全く考える必要 はなく、利用者もデータがどのように管理されているかを知る必要はない。 利用者は自分なりの枠組みの中でデータを扱えるので、見かけ上は従来と何 も変わらない。違うことは、自分で全てのデータ管理をする必要がないこと、 ネットワーク上のどんなデータでも所有者の許可さえあれば自由に自分のフォー マットの中に組み込み利用できることである。 3. システムの実現について とはいえ、現在のハード・ソフトにはまだ限界があり、このような考え全て をそのまま実現するわけにはいかない。制限の主なものは「ネットワーク上の 転送速度」と「膨大な情報の検索システム」などである。 データはポイントされたところからたぐり寄せるだけなので、文字情報など の取得に時間はかからないが、大きな画像データを転送したり、何段階にもポ イントされたものを効率よく管理したり、ポイントしたい情報を検索するシス テムなどの実現にはまだまだパワーが足りない。 しかしこれらの問題点はいずれ時間が解決することであり、可能な範囲から 実現への基礎実験を行うことが必要と考え、以下のようなシステムを実現しつ つある。その実現に NEXTSTEP の提供するオブジェクト指向開発環境は極めて 適している。 3.1 必要情報の電子カルテへの取り込み 必要な情報のオブジェクト(文書、絵、写真、音声など何でも)を表すアイコ ンを、カルテの中へマウスで drag and drop すれば、そのオブジェクトがカ ルテへ貼りつけられる。アイコンの形で貼りつけた方が便利な場合と、オブジェ クトを表す文字情報として貼りつけた方が便利な場合があろう。 3.2 取り込まれた情報の参照 カルテに貼りつけられたオブジェクトのアイコンまたは文字をマウスでダブ ル・クリックすれば、その内容を見ることができる。オブジェクトの実体がネッ トワークの彼方にあってもユーザの知るところではない。電子カルテの中には そのオブジェクトのタイトル名と、実体が存在する場所が記憶されているだけ である。 3.3 取り込まれた情報の検索 通常はオブジェクトのタイトル名(key word を兼ねる)をもとに、高速に検 索される。オブジェクト内容についての全文検索も可能ではあるが、ネットワー クを介してそれぞれのオブジェクトの実体へ問い合わせが行われるので、ネッ トワークへの大きな負荷と膨大な検索時間を必要とし、現状ではあまり実用的 でない。 3.4 オブジェクト指向データベースへ向けて 将来は、取り込んだオブジェクトすなわち個々のデータに「自分は他のどの ようなデータと関連があるか」とか「与えられたメッセージにどのように反応 すべきか」などの知識をも記憶させられるようになれば、オブジェクト指向デー タベース的なものの実現に向かうことになる。一番上位のオブジェクトに検索 条件を与えてやれば、それは下位のオブジェクト群を指揮して与えられた条件 に従った検索をしてくれるであろう。 4. 利点ならびに問題点 4.1 利点 4.1.1 自由なデータ構造 必要に応じてどんな変則的なデータ構造でも随時作成可能である。 4.1.2 データの分散管理 データそのものを手元に置かないので場所をとらない。データはそれぞれの 所有者によりいつも最新の状態に整備され、一人の管理者に大きな負担がかか ることが少ない。 4.1.3 データの共有 ネットワークを介し、大勢のユーザで一つのデータを共有できる。 4.2 問題点 4.2.1 自分の所有するデータではない 他人の所有するデータが、いつでも自分の要求通りに提供される保証はない。 4.2.2 ネットワークの性能に大きく依存する 大規模な情報を複雑に関連づけたりするには、現状のネットワークのパワー は余りにも貧弱である。 4.2.3 ネットワーク上に存在するデータの検索 自分の情報として取り込みたいものを、広大なネットワークの中から見つけ る事自体がなかなか大変である。 4.2.4 セキュリテイー 医療上のデータには個人のプライバシーに関するものが多く、当然それによ る制約には従わねばならない。 5. おわりに このような技術は工夫次第で将来いろいろの応用ができるはずで、例えば以 下のようなものが考えられる。 研究機関などでは、研究用のフォーマットを作成し、そこへ電子カルテの関 連部分を結合しておけば、臨床データを研究用データとして利用しやすい形態 で利用することができる。 珍しい症例にぶつかった場合、電子教科書の関連記述部分を電子カルテの中 に貼りつけることができる。診療データと治療指針とを密着できるので、治療 方針を立てたりするには大変有用であろう。参考となる動画などを貼りつけて 置き、患者への説明に使うのも有効であろう。 複数の診療科目にまたがる合併症にぶつかった場合、その部分を他科の医師 と共有することができ、それぞれの医師が自分の電子カルテの中で他科医師と 意見を交わすことができる。 このような考えをつき進めれば、患者に関するまったく無秩序なデータが蓄 積されていて、医師は電子カルテの様式、医事課ではレセプトの様式、検査室 では検査台帳の様式を作成し、ここに自分の必要なデータを結合してやれば、 同じデータでありながら、それぞれに必要な書類として見ることができる。す なわち、これらはデータを自分の必要な秩序に合わせて参照する「のぞき窓」 と考えれば良いであろう。 しかし現状ではハード・ソフト性能上の制約があり、従来のデータベース的 構造を残しつつ、可能な部分から実現してゆく事となる。