2019.12 武蔵小山ザ・モール オープン

わーくすてーしょんのあるくらし ( 322 )

2019-12 大橋 克洋

武蔵小山駅前に「武蔵小山ザ・モール」がオープン

武蔵小山駅周辺はつい数年前まで田舎の商店街でしたが、駅前の再開発が始まり41階のタワーマンションが建つとともに、その下に近代的ショッピング・モールが作られ、昔を知る人からすれば見違えるような景色に一変しました。タワーマンションの入居は年明けのようですが、それに先駆け下層のショッピング・モールが先月末から少しずつ店開きを始めました。ショップ数は多くても店の面積はどれも狭いものばかり。恐らく小さいテナントを沢山詰め込み稼ぐつもりなんでしょうが、このようなセコイ考えが本当に地域のためになるとは思えません。もっとゆったり良い店に入って欲しいのになあ、、

駅前の景色が一変するに伴い、武蔵小山アーケード街の景色も変貌していくことになるのでしょう。今年の台風19号により武蔵小杉のタワマンに停電・断水など大きな被害があり一気に評価を落としたタワーマンション。武蔵小山にはこの後も数棟のタワマン建設予定で、このモールの隣では2棟目のタワマンが9階まで建ちあがりつつあります。生まれ育った武蔵小山、これからどのように変貌していくのか。楽しみ半分、心配半分。

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◯ 今年の十大ニュース

窓打つ北風の音がヒュウヒュウいうようになり「ああ、暮れだなあ」。年末恒例、今年の十大ニュースを挙げてみたいと思います。あくまで私の私的なもの。

    • 池江璃花子選手 突然の白血病

      • ダントツの強さで東京五輪期待していたのに、もっとも残念なのは本人に違いない。

    • 電子マネーの普及

      • コンビニ・スーパー・タクシーなど SUICA を使う機会が増えてきました。

    • Mac mini 更新

      • 書斎のMac mini がやたら遅く耐えかね Mac mini black にリプレース。

    • 新しい元号「令和」

      • 5月から元号が令和に変わり、秋には新天皇の祝賀パレードも行われました。

    • 呑み仲間の急逝

      • 5年前から毎月二人で呑み会をしていた小中高同窓の友人、突然逝ってしまった。

    • 台風15号・19号による被害

      • 日本の広域に大被害をもたらした。地球環境の変化により今後が心配。

    • 電子カルテの開発顧問

      • 契約の縛りで詳しく書けませんが9月から某電子カルテの開発顧問就任。

    • 家内の膝蓋骨骨折

      • 家内が自宅で転倒骨折。このような事故が救急車要請の3割を占めるとか。

  • 日韓の関係最悪に

    • 文在寅政権の度重なる反日政策に安倍首相毅然とした態度貫く。

  • 武蔵小山ザ・モールのオープン

    • 武蔵小山駅前も大きく様変わりしつつあります。

◯ 戯れ歌

ある雑誌に「18歳と81歳の違い」というのが載っていて、昨今の世相をうまく言い表しているなと思ったので転載させて頂きます。

道路を暴走するのが18歳、道路を逆走するのが81歳

心がもろいのが18歳、骨がもろいのが81歳

自分を探しているのが18歳、皆に探されるのが81歳

家に帰らないのが18歳、家に帰れないのが81歳

「暴走族」は死語だけど、現在の暴走族は高齢者

っていうのもありました。

私は俳句より、狂歌とか川柳の方が好きですね。

狂歌で有名なものには、こんなものが、、

名月をとってくれよと泣く子かな、それにつけても金の欲しさよ

太平の眠りを覚ます上喜撰、たった四杯で夜も眠れず

ちなみに「上喜撰」とは緑茶「喜撰」の上モノだそうです。

サラリーマン川柳にはこんなものがありますね。あはは、面白い、、

父からはライン見たかと電話くる

スポーツジム車で行ってチャリをこぐ

定年後妻のトリセツ子に習い

「言ったでしょ!」聴いてないけど「すいません」

呑み会で上司の隣ゆずりあう

「マジですか」上司に使う丁寧語

間違えた上司にライン「愛してる」

◯ 今月の歩術

最近は上り坂が苦手ということを度々書いてきました。以前はむしろ得意だったのに年齢に伴う筋力低下と思います。最近これを解消する歩法に気がついたので、ちょっとメモしておきます。

毎週金曜の中国武術「孫家拳教室」つい億劫でサボってしまうこともあります。ここでは自己練習が主体、それは良いのですが2時間を持て余し気味なのと、練習場から白金台駅までプラチナ通りのダラダラ坂を持て余すことがある、という2つの理由から。

寒くなって往きはダラダラ坂を身を縮めて降りて行くのですが、帰りは練功で身体が十分暖まり、ジャケットの襟元を開けたりして冷気を入れながら坂を登ってきます。

このやや苦手だった上り坂を比較的楽に登れる技を見出しました。前肢を踏み込んでエイヤッと力づくで上がろうとするからいけない。前肢を自然に前へ振り出し、上体が前進しているので前肢は上体直下で着地。ほぼ垂直に着地した前肢を真っ直ぐな棒に例えると、棒の上に乗った上体の重さと前進気勢で棒は自然に前へ倒れこみ前方への推進力となる。すなわち「脚力でなく自重を推進力として前へ進む」、このコツを会得すれば上り坂も少ない力でエネルギーを消耗せず登れるというわけです。考えてみれば大分前から書いてきた「上り坂は腰で登る」と同じようなことかも知れません。

この時、前肢をドンと地面に着くと衝撃が股関節に悪影響を及ぼし疲労にも繋がります。あくまで上下ベクトルの力は発生させず地表をなめるよう進む必要があります。これは私がやっている中国武術の八卦掌の歩法。日本の剣道なども同じですね。

もっともこの歩法は比較的緩やかな坂で通用するもの、きつい坂には通用しません。

もうひとつ意念することがあります。手と足、肘と膝、肩と腰をそれぞれ同期させるよう意識しながら身体を動かす。中国武術に心意六合拳というのがありますが、ここではこのような意念を大切にします。歩く時もこれを意識、身体をひとつにして歩く、体幹を主体として歩き下肢は体幹にぶらさがり体幹に追従するだけ。

早朝散歩、最近はめっきり耐寒能力が落ちてきました。先月末からダウン・ジャケットに薄いマフラー、ニット帽姿ででかけています。ニット帽なんて爺さんのものと思っていましたが、この寒さで頭がスースーする。鏡でみると毛髪はそんなに減っていないのですが、少なくとも毛髪が細くなったとかあるんでしょうね。もっともここ数日寒波が押し寄せ、気温は1月並みということもあるのですが、、

このように耐寒能力が落ちたということは体温が低下してきたのではないかと警戒しています。体温低下は対感染能力を落とし対発がん能力も落ちますからね。

◯ 群衆雪崩の経験

今後30年間に70%の確率で起こるという首都直下地震の特集を NHK で1週間にわたりやっています。関東大震災、阪神淡路や東北における過去の例をみても、地震による人的被害の多くは地震に伴う火災。原因の多くが電気復旧後の通電火災、この対策と初期消火をしっかりやれば地震後の火災は劇的に減少するとのことでした。

一方、首都直下地震で予想されるのは パニックになった群衆が一気にワッと押し寄せることにより、狭い範囲に押し込まれ密集した群衆が後ろから押され倒れた瞬間将棋倒しになり、雪崩のように人が折重なって多くの圧死者を出す心配だそうです。原因として危惧されるのが SNS などを介したデマ。関東大震災のデマも有名ですね。

私も危うく群衆雪崩に会いそうになったことがあります。1954年1月2日、私が小学生の頃、皇居一般参賀が行われるということで両親と弟、一家4人で皇居にでかけました。今でもそうですが、一般参賀の人並みは上から見ると蟻の大群、密集隊形で皇居前広場から二重橋を渡って皇居内に入ります。二重橋の上は必然的に幅が制限され密度が高くなる。満員電車のうようにまったく身動きできず、下手すると足が地面から浮いてしまう。この時、父は周囲の人に向け「転んだら死ぬぞ、転ぶなあ」と大声で叫びながら歩いていたことをよく覚えています。関東大震災や戦地を経験した父の迫真の言葉だったのだと思います。

幸い我々は何とか二重橋を通過し皇居内に入れたのですが、翌日の新聞一面には大きく「二重橋で将棋倒し、皇居一般参賀者16名死亡」の記事。我々が通過した後、事件は起きたようです。これは永く「二重橋事件」として語り伝えられたものですが、今回の NHK 特集の中で引用されることはありませんでした。「ああ、二重橋事件も現代では風化してしまったのか」と、、

◯ 痛風発作

今月初め、右足親指がちょっと痛みはじめ「あ、また痛風だな」と思ったのですが、たいしたことはなく、いつものように早朝散歩に出ました。しかし翌日からいけません。幸い朝から雨とあって早朝散歩は省略。

いつもは4,5日で寛解するのでそのつもりでいたのですが、今回はちょっと本格的でした。尿酸値が正常に戻りしばらく服用中止していた内服薬を発症とともに開始。発症3,4日目あたりがピークだったので「この調子なら1週間すれば歩けるようになるかな」と思っていたのですが、1週間を経て親指の痛みは大分軽減したものの、右足甲周囲が赤黒くパンパンに腫れた状態がなかなか引きません。

痛風を初めて経験したのは2008年頃、山の上ホテルのビアホールで行った東京都医師会の医療情報委員会の打ち上げ会。調子にのって大ジョッキを3,4杯あけたのですが、翌朝はじめて足の親指にピリピリ痛みを感じ「やばい、痛風の兆候」と思ってしばらくビール断ち、この時はこれで治りました。

次に発症したのは2012年、発症2,3日目に跛行しながら外来を行った後、脚立に登って切れた蛍光灯を交換し降りてくると、あら不思議、痛風の痛みは消えていました。そろそろ治る頃だったところへ足裏マッサージの効果ということだったのでしょうか。

その後も2度ほど経験したと思うので、11年間で5度目の発作。今回が一番強く長いところを見ると、年齢とともに進みそうな雰囲気。うちの親父もそうだったからなあ、、

そんなことで、9月に右膝蓋骨を骨折し大分歩けるようになった家内と家の中を仲良くゆっくり跛行しています。まさに年寄り夫婦の風景、やだね〜

・・・

とにかく今回の痛風はひどかった。2週間ほどで家の中は余り跛行せず歩けるようになったのですが、右足甲が腫れ上がり靴をはけません。結局、靴を履いて外出できるようになるまで3週間もかかり、ようやく靴が履けるようになっても早朝散歩はせいぜい1キロちょっとでショートカット。右足親指が踏ん張れないので左足をそっと着地できず、左股関節への衝撃としてモロに来るため1キロ以上歩こうとすると股関節を痛めそうだからです。

◯ スポーツ選手のいのち

ロシアのフィギュア女王「ザギトワ」が選手生活を中止する発表がありました。ザギトワが、それまでの女王メドベージェワを撃破し平昌五輪で金メダルを取得したのは、つい昨年2月のこと。ダントツの強さで光り輝いていたザギトワですが、何とあれからたった2年弱で現役引退とは、、

彼女に栄光の時間を断念させたのは、グランプリファイナルでザギトワを撃破した15歳・16歳の三人組であることは間違いないでしょう。あの試合の時、リンクに上がるザギトワの表情には何ともいえない陰りがありました。浅田真央の最後の頃も同じでした。相手の4回転ジャンプなど高度な技の連続や自分自身の精神的なものから破れたザギトワですが、彼女の演技自体は流石にとても美しくすばらしいものでした。

こうして見ると女子フィギュアスケートという競技、幼児体型の残る少女達に圧倒的に有利な競技なんですね。以前の体操競技もそうでしたが、最近の体操では以前ほど選手生命は短くないように思えます。フィギュアもそうなって欲しい。

4回転ジャンプなど高度な技術の評価はあって良いと思いますが、同時にバレーやダンスのように美しい身体の動きをもっと評価するようにすべきと思います。そうなれば、メドベージェワはもちろんザギトワなど年功を重ねた技術がもっと評価されるはず。

どんな競技にせよ世界一をキープするには、素人から見れば想像を絶する肉体的・精神的過酷さに耐え抜く必要があるのだと思います。それを耐え抜いて世界一に輝いた後、再びそれを繰り返えそうと言う時、自分を容易に超えてしまう若手が三人も束になって現れたとしたら、それでも挑戦しようという意欲をキープできるでしょうか。そのモチベーションをキープできる人間があるとすれば、それは途轍もなく意思の強い人間。それは別の角度から見れば、まともな人でないということもあるかも。

私はザギトワよりメドベージェワの方が好きなのですが、こうなるとザギトワも可愛そうに思えてきます。しかしものは考えよう、世界一という素晴らしい経験をしたのだから、ここは心を切り替え別の世界をめざした方がよいかもね。彼女もそう思っているようです。

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この報道から数日後、ザギトワが SNS で「先日の発表は自分も考えを正しく伝えられなかったが、選手生活を中止することも現役引退もない。今後も選手として先を目指してゆく」というような意味の発信をしたそうです。しかし、これは彼女の本音ではなく周囲からの強い圧力による修正のように感じられるのですが、真相はどうなんでしょうね、、

◯ 全日本フィギュアスケート選手権

ワールドグランプリ終了から間を置かず全日本選手権が開催されました。女子はプレッシャーに崩れた昨年の覇者坂本花織は可哀相でしたが、フリー最終滑走の紀平梨花が完璧な演技で優勝、2位は樋口新葉、3位にジュニアの川端和愛が入りました。

樋口新葉、最近ちょっと振るいませんでしたが、今回は顔も身体も以前に比べかなりシェイプアップ。その成果あってか見事2位の座を射止めました。メークも以前のようなけばけばしいものでなくなったのも良かった。

3位入賞のジュニア川端の今後に期待。

世界ジュニア選手権で優勝経験のある本田真凜、その後を期待されるも伸び悩み、昨年18位と振るいませんでしたが今回は6位。他の選手にない柔らかで巧みなステップなど、米国へ拠点を移し練習している成果が現れているようです。今後もっと伸び、せめて5位以内か表彰台に上がれるまで行って欲しい。本田選手の兄と妹2人もスケート選手、兄も男子に出場しましたが振るいませんでした。末の妹本田沙来はまだ12才とあって全日本には出場しませんでしたが、今年チャレンジカップのアドバンスド・ノービス女子で国際大会優勝。YouTube でその演技を見ると素晴らしい。将来を大いに期待したいと思います。

一方の男子、オリンピックで金銀銅の羽生結弦・宇野昌磨・高橋大輔の顔合わせとあって多くの期待を集めました。先日のワールドグランプリではコーチ不在で絶不調だった宇野昌磨の演技が復活、ちょっとミスはあったものの高得点。ワールドグランプリでネイサン・チェンに破れたものの素晴らしい演技を見せた羽生結弦、今回は痛恨のミスで宇野が優勝、羽生は2位。今まで自信満々だった羽生、その裏返しで大いに凹みました。勝負の世界では、よくあること避けられない。そして男子でも3位にジュニアの佐藤駿が入りました。

最も楽しみにしていた高橋大輔。来季からペアに移籍ということでシングル競技出場は今回が最後。ジャンプでミスあり成績は14位でしたが、世界一と言われたステップは期待通りの素晴らしいもの。会場はどの選手の演技をも上回る最高の興奮・盛り上がりを見せました。スポーツのことなどよく知らないキャスターの「思い出づくりでは」とか「そうでないなら、もうちょっと頑張って欲しい」など心無いコメントがネットで炎上。

ペアに移行してしばらくは大変でしょうが、いずれあの素晴らしい高橋ステップがペアで見られるのを楽しみにしています。

◯ 梅宮辰夫逝く

俳優の梅宮辰夫が静かに亡くなりました。彼自身とは面識がないのですが、彼の父上や義理の弟さんとは親しい関係にありました。父上は私のところから徒歩10分くらいの所で梅宮医院をやっておられました。黒いスモークのかかったサングラスをかけ上背のある梅宮先生は小児科のお医者さんには見えないドスの効いたお姿でしたが、お話してみると意外と優しいのです。医師会の呑み会の後、梅宮先生宅にお邪魔し奥様にもお会いしました。

梅宮先生は、私がまだ医師会のペーペーの頃に亡くなられてしまいましたが、梅宮医院を継承されたお婿さんの鴨打先生とは呑み仲間で、非常に親しい関係にありました。鴨打先生もその後亡くなられましたが、彼は梅宮先生のお嬢様の連れ合い。すなわち梅宮辰夫の義理の弟に当たります。彼が元気な頃は、今でも続いている地元医師会仲間の呑み会で一緒に呑んだりカラオケを歌ったりしました。鴨打先生のカラオケは、森繁節のように独特の鴨打節で味のあるものでした。

うちの医師会にはもう一方芸能人の親御さんがいらっしゃいました。ギタリスト「ちゃー」の母上です。この女医先生にはとても可愛がって頂き、母を亡くした私は時々この先生のことを「お母さん」と呼んでいました。ちゃーの子供時代のことを「うちのチャー坊がね、、」とよく話をされていましたっけ。この先生も亡くなりました。ちゃーとも直接面識ないのですが、TV 画面で見ると歳を経てお父さんそっくりになりました。

ということで、梅宮辰夫の訃報を聞き、色々なことが思い出されました。梅辰さんはつい最近も「やすらぎの刻」に出ておられました。顔の色が土気色でしたが、あれは腎疾患のためだったんですね。若い頃は夜の帝王などと騒がれたようですが、あれは東映の作ったイメージだったそうです。私は「拝啓おふくろ様」の板前役の梅辰さんが一番好きでしたね。

◯ 運び屋

たまたま CATV のチャンネルを替えていたら「運び屋」という映画をやっていました。主演・監督クリント・イーストウッドとある。「彼の映画にハズレはないはず」と途中から見始めました。ストーリー自体は麻薬組織と運び屋それを追う麻薬取締官という私としては余り魅力的なものではありませんでしたが、とても感銘を受ける映画でした。

2018年の映画ということはイーストウッド88歳。年齢にもかかわらず普段はシャキッとしているイーストウッド、この映画では背中が曲がり小股でたどたどしい歩き方など、老人の姿を本当に上手に演じていました。それでも時には大股で颯爽と歩く姿もチラッと見られたのは嬉しかった。恐ろしい麻薬組織の足として働きながら、それをまったく気にすることなく自由気ままに行動する生き方など、イーストウッドの実像ですね。

イーストウッド主演・監督の映画は2008年の「グラン・トリノ」以来10年ぶりとのこと。グラン・トリノの感動は当時このコラムにも書きました。今回の運び屋も、ある意味グラン・トリノに通ずるものがあったのは、イーストウッドの味ということでしょうか。いずれもイーストウッドの深みのある味を存分に味わえる映画で大満足でした。エンドロールで流れるしゃがれ声の歌もグラン・トリノに通ずる感動的なもの。特に今回流れた歌詞の中「老いを受け入れるな、、」というフレーズは胸に響きました。

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武蔵小山駅前2棟目タワーマンション建設中

この後さらに1、2棟建設予定だとか

そんなに建ててどうするんだ、おい

これは日々の生活で感じたことを書きとどめる私の備忘録です