1998.07 すべての医療機器はコンピュータ周辺機器としてデザインすべし

わーくすてーしょんのあるくらし (7)

1998-07 大橋克洋

< 1998.06 「エージェント」機能に挑戦 | 1998.08 私のマシーンのデスクトップ >

ご存知のように最近の日本は、どんどん子供の数が減少していま す。待合室から、幼児の走り回る音、それをたしなめるお母さんの 声、赤ちゃんの泣き声などが聞こえ、大変にぎやかだった昭和40 年代の頃が懐かしく思い出されます。 あのお産が多かった頃は、それに伴う設備投資も十分できたので すが、分娩減少による収支の完全な逆転により分娩の取扱もやめ外 来診療主体になった現在では、なかなか苦しい状況です。

今や産婦人科診療に超音波断層装置はなくてはならない道具と なっていますが、現在の保険診療の中では機械が古くなっても、買 い換えるのは容易ではありません。今後ますます抑制される医療費 の中で、以前のように拡大再生産に繋がらない、、、というより現 状維持さえ難しくなってきました。今後、一定レベルの医療を保つ ためにも、誠に憂うべきことと思っています。 さて、話を本題に戻しましょう。今回は医療機器に関する提言な どを少ししてみたいと思います。

○ すべての ME 機器はコンピュータの周辺機器として

産婦人科の場合、分娩の取扱をしていれば、その他に、分娩監視 装置、自動輸液装置、自動血圧計、保育器など、いろいろな ME 機 器を使用します。電子カルテを使うようになると、これら ME 機器 ともネットワークを介して情報交換ができると大変便利ですし、医 療の効率も上がります。

例えば自動輸液装置など、命に関わる医療機器のコンピュータ・ コントロールは、かなり慎重にならなければなりませんが、セン サーとしての ME 機器を電子カルテに直結することは、どんどん行 われるべきでしょう(もちろん、それらの示す値も最終的には命に つながりますが)。 医療器械の開発メーカーに強くアッピールしたいことは、「これ からの ME 機器はすべて、コンピュータの周辺機器としてデザイン すべき」ということです。

今では一枚のちっぽけなチップに数年前のパソコン以上の機能を 納めることもできますし、多少信頼性などに不安があってもよいの なら PC 互換機のボードを入れてしまうなど、安いコストで実現す る方法はいくらでもあるはずです。 もうひとつ大切なことは、オーデイオ機器がそうであるように、 汎用インタフェースで接続できるようにすることです。従来ですと RS-232C などでしたが、これからは Ethenet を接続して TCP/IP などのプロトコルが使えるととても有り難いです(きっと医療機 器屋さんには、ネットワークのわかる人がいなかったりして、この 提言は無視されるのでしょうが)。

十年ほど前になりますが、コンピュータ仲間と「これからは家庭 内の電気機器のひとつひとつにネットワーク・アドレスをふって、 出先から電気釜のスイッチをいれたり、風呂に水が入っているか確 かめたりするようになる。だから現在世界的資産として管理されて いる IP アドレスを拡張しないと、もうじき足りなくなるに違いな い」などという話で盛り上がったものです。

WWW が広まりはじめた頃、面白いとおもったのは USA の大学の どこかにある自動販売機のコーヒーの残料がどのくらいあるかを、 Web browser を通して世界中のどこからでも見られるようにしてい ることでした(今でもやっているのかな?)。

○ ME 機器のコンポーネント化を

再び超音波装置の話に戻ります。最近の超音波断層装置には、胎 児の計測値から推定体重を計算したり、色々な機能が標準でついて きます。私にとってそのようなものは不要なのです。画像や計測値 のみを電子カルテへ転送できれば、いかようにも料理できますか ら。

もちろん多くのユーザにとって標準でついているのは便利なこと でしょうから、それはそれで良いのですが、私のようなものには最 低限、本体とプローブとデイスプレイがあれば良い。デイスプレイ も、必要なら液晶デイスプレイを買ってきて自分で繋げる標準のイ ンタフェースにして欲しい、などと思います。

一番邪魔なのが、一体型のデカイ本体です。私が考えるに、本体 は検診ベッドの下にでも入れてしまい、そこからケーブルを延ばし てベッド・サイドには最低限、プローブ、コンパクトなコントロー ル装置、液晶デイスプレイがあれば良いと思います。そして、これ らのコンポーネント化されたパーツの多くは、ユーザが購入時にオ プションで選べるようにして欲しいと思います。

そうすると、最初は最低限のセットで購入しておき、財布と相談 しながら少しずつ買い足していけますし、新しい高機能のものが発 売されれば、そのコンポーネントのみ交換することができます。 大学病院でさえも、外来のスペースは決して広くありません。手 元の装置は、なるべくコンパクトにして欲しいと思うのです。

このような希望を医療機器メーカーの営業さんに話すのですが、 「でもねえ、先生方はコンパクトな機械より、大きくて立派なもの でないと買ってくれないんですよ」と言う。「そういう先生には、 中味がガランドウで外側だけ立派なものを作って、高く売りつけれ ば?」と答えるのですが、、、やはり、お医者さんの側にも問題は ありそうです。

さらに理想論を言わせてもらえば、オーデイオ機器のようにそれ らのパーツも、メーカーを越えた互換性があるととても嬉しいです。 本体はA社製で、プローブはB社、表示部分はC社など。

○ 電子カルテがセンサーを持てば

私の開発した電子カルテは現在、人間と対話するマンマシーン・ インタフェースとロジック部分が主体です。ここに色々な電子機器 が接続できれば、電子カルテはセンサーを持つことになります。

患者さんが待っている間に、ちょっと自動血圧計に腕を突っ込ん でもらったり、採尿カップを計測器にセットしておいてもらえば、 電子カルテはドクターが診療を始める前に、色々な判断をしてお膳 立をしておいてくれることができます。待ち時間の短縮はもちろ ん、色々な面で診療の効率化と質の向上をはかれるはずです。 この技術が確立すれば、在宅医療にも応用できるようになりま す。「2001年宇宙の旅」のコンピュータ HAL のように、話を している人間の唇の動きを読んで言葉を解釈したり、云々というと ころまで行くのかどうかはともかくとして。

すこし脱線しますが、在宅医療といえば一人暮らしのお年寄りを 遠方からケアする場合、お年寄りにトラブルがあったかどうかを、 どのような指標をもって感知したら良いかという話があります。い ろいろなアイデアの中で、実用的ということになっているものの一 つは、トイレの水が流されたことを感知するものだそうです。 なるほど一定時間を過ぎてもトイレが使用されない場合は、何か 異常が発生したのではないか、と判断するのは結構良いかも知れま せん。人手不足や医療費削減の中で老齢化社会を迎え、在宅医療 へ向かう時、今後このような面で色々と面白いアイデアがでて くるのかも知れませんね。

私の医師会では、会館老朽化に伴い新会館を建てるプロジェクト が進行中です。その構想のひとつに「今後、個人で高額医療機器を 備えることは採算的に難しい。医師会診療所に備え、共同利用すべ き」という考えがあります。すなわち CT や MRI などは共同利用 しようというものです。自分の診療所から紹介した患者さんの検査 結果がネットワークを介して、自動的にこちらの電子カルテに反映 されるととても便利です。

○ 検査結果の e-mail 転送

開業医の場合、臨床検査の多くを民間や医師会の臨床検査セン ターに依頼しているケースは多いと思います。 私のところも医師会臨床検査センターに出しています。当医師会 の検査センターは都内でも歴史の古い方で、精度管理のコンテスト でも上位を占める成績をたびたび残してきました。しかし、設立か ら約30年を経た今日、当時とは世の中の事情がまったく変化し て、設立当時の意味がなくなってきました。コストの面はもちろん サービスの面でも、民間の検査センターに太刀打ちできなくなって きました。

そこで一昨年、大英断を下して医師会検査センターという名前は 残しながら、内容はすべて民間検査センターへの外注に切り替えた のです。問題は長年勤務してきた医師会の臨床検査技師の処遇で す。これについては、担当副会長として担当理事とともに一年かけ て説得し、事務職へ移ってもらいました。給与も専門職から事務職 ということで減俸になりましたが、円満に全員納得してもらうこと ができました(当然、内心では不満もあったと思いますが)。 当世流行のリストラクチャー、アウトソーシングという大改革が 行われたわけです。

さて本題はここからです。 外注先は国内でも大きなシェアを誇るセンターで、これを機会に 検査結果を電子的に返してもらうよう交渉しました。当面はFAX で も良いのですが、近い将来を見越して電子メールでの配送をしても らおうと思ったのです。電子メールですと、受けたコンピュータの 中で自動処理することができるので、シンプルかつ拡張性がとても 高いからです。

ここは全国でも名前の知れたセンターなので、当然コンピュータ 化も一番進んでいると思ったのですが、まったくあてがはずれたの には困りました。あれから2年を経た今日でも実現の兆しは見えま せん。後日、個人的に別の検査センターのシステム部門の方々とお つき合いすることになりました。こちらは前述の臨床検査センター より全国シェアはやや下ですが、コンピュータ化にはとても積極的 です。個人的にここと組んで、臨床検査データ転送や自動処理の実 験を進めていくことになりそうです。

< 1998.06 「エージェント」機能に挑戦 | 1998.08 私のマシーンのデスクトップ >