電子カルテへのアドバイス

電子カルテ実用化8年目の視点から

新医療 1997年7月号

大橋産科婦人科 大橋克洋 

1989年春、当院において最初の電子カルテ(第1世代 WINE)が外来で稼働をはじめて8年目になる。「電子カルテは一旦使ったら最後、二度と手放せないツールになる」ことは間違いない。 

ただし当分は、興味をもつ一部の医師達が使うにとどまり、何かをきっかけに急速な普及がはじまると予想している。何がきっかけで、いつブレーク・スルーが来るのかが楽しみであるが、「キーボード・アレルギーのない世代へのシフト」と「成熟した使いやすい電子カルテ」がリーズナブルな価格で手に入れられるようになることが大きな要因となろう。

(Fig.1 電子カルテ WINE)

1.電子カルテに何を望むか

複雑多岐にわたる医療の世界では、ひとくちに「電子カルテ」と言っても、期待するイメージは夫々にちがうのが当然である。 

一方で、電子カルテの研究者達と話しあってみると、単に紙の診療録を電子化するだけはでなく、医療の現場における様々な情報処理を行えるツールにしたいと誰もが考えていることがわかる。

このように、本来は「医療総合情報システム」とでも言うべきものだが、理解しやすさから、そのような暗黙の意味を含め「電子カルテ」という呼称が使われている。 一般的に期待されるのは以下のようなものであろう。

診療録そのものを電子的に記録・診療費計算・処方箋発行・診断書や証明書など定型文書発行・データ検索・ネットワークによる連絡やデータの共有化(院内・院外)・ネットワークによる医療情報交換・オーダリング・検査データのグラフ化など医療情報の多角的検証システム・電子教科書・いろいろな医療支援など。

施設規模や臨床主体か研究主体かなどにより、その優先度は異なってくる。

コンピュータは「人間の能力を増幅するものであって、無から有は産みださない」ことを良く理解しておかなねばならない。「優れたシステムを入れたら、誰が使っても優れた仕事ができる」ということはない。混迷を増幅するだけということもある。 

単に「電子カルテを入れたら何かが良くなる」ことを期待しても「大きな期待はずれ」だけが待っている。「目的意識をもってコンピュータを駆使する」ことが大切である。電子カルテで何をしたいかわからないのなら、現状の紙のカルテで何も困ることはない。

2.電子カルテで何が変わったか

 私の電子カルテによる診療は以下のような手順になる。   ・受付で端末から受診者のID番号を入力   ・新患の場合は患者ID登録や住所氏名など基本情報入力   ・受付や医師の端末に受診者リストが表示される   ・医師は待期中の受診者の電子カルテを開き閲覧しておく   ・本日行うべき検査・処置の準備などを事前に行える   ・患者を診察室へ呼び入れ問診・診察を行う   ・患者と対面してキーは打たない。必要ならペンでメモ。   ・患者が身繕いの間にキーボードから入力   ・妊婦健診ではエコーによる計測値などを画面で説明   ・カルテ記載内容から診療費が自動算出され受付端末へ表示   ・処方箋や診断書などはプリンターで出力   ・患者が診療を終え診察室を出ると短時間で会計できる   ・一日の診療終了後に当日の全カルテを印刷し医師が署名   ・翌日事務が手の空いた時間にそれを紙のカルテに貼る

(Fig.2 作画ツール)

12年前に電子カルテ開発を思い立った動機は次のようななものだった。デスク・ワークのほとんどをコンピュータ化してしまったが、カルテだけが手書きのままだった。すでに診療費計算システムは便利に動いていたが、医師の診療録を元に診療費計算をできるようにならないかという考えもあった。 実際にやってみると予想しなかったいろいろなメリットも浮かび上がってきた。それらを含め列挙すると 

 ・複数のスタッフで並行処理ができる   ・診察室以外からでもカルテを読み書きできる   ・検査結果のデータベース化   ・古いカルテもカルテ番号だけでなく氏名や来院日で即座に検索   ・診療圏などの統計資料が得られる   ・手書きの頃よりも詳細に記述するようになった   ・待ち時間の短縮   そして圧倒的に楽になったのは   ・診療行為の記述と診療費計算   ・診断書・紹介状・処方箋など定型文書の発行   ・受付・診察室間のカルテのやりとり   ・ベテランの職員がいらなくなった

以上は診療所の例なので、大規模施設では手順や機能もそれなりになってくるはずである。

3.電子カルテ導入への道

上で列挙したようなものを築き上げるまでには、たゆまぬ努力、人材、そして開発を外部へ委託する場合はそれなりの投資などが必要となる。ソフトだけでも投資は馬鹿にならない額となるが、(技術者の人数)X(人件費)X(開発やテストに要する日数)という計算で想像がつくように、ある程度やむを得ない。 

その実現には、三つのアプローチがある。

3.1. 自力で開発する方法

私の場合は全て自前で行った。独学でコツコツと組み立ててきたので、時間はかかったがコストは比較的安く上がった(とはいえ、長年の失敗の繰り返しの中でハード・ソフトに払った授業料は決して安くはなかった)。 

ある開発担当者の話では、このようなシステムを作るには数千万円はくだらないと言われ驚いた。今まで存在しなかった「電子カルテ」というシステムを長年にわたり試行錯誤を繰り返して創造すること自体、企業では直接採算のとれない研究開発部門にあたり、人件費などを含め膨大な時間と費用がかかるということである。 

道楽に徹するだけの覚悟がなければ、この方法はとれない。通常そのような人はむしろ例外の部類であろう(採算を度外視するので、道楽の方が良い仕事ができるという面はある)。

3.2. 外注で開発する方法

現状では、殆どがこの方法であろう。潤沢な資金と一定の開発期間を投入し技術力のある会社を選べば、かなりしっかりしたシステムを手に入れられるはずである。 

最初は医療側・開発側ともに、どこに現状での問題点があるか、わからない場合も多い。両者の細かい意志の疎通を得るには、かなり根気が必要である。どちらかが根負けして妥協してしまうと、中途半端なシステムに終わることもありうる。医療とソフトウエア開発両方をわかる人間がコンサルトすればベストである。 

もうひとつ大切なポイントがある。「電子カルテ」のように複雑なシステムは、「でき上がればそこで終わり」ではない。「そこからが始まり」であることを理解しておかねばならない。

机上でどんなに緻密に考えても、現場では予想外の結果を生ずることが多く、使いながら育てて行かねばならない。また医療現場の事情が設計当初と変わってくることもある。 従って単発の予算だけに頼っている場合、投入資金に見あうだけの成果を最終的に得られるかどうかについて非常に疑問が残る場合も多い。予算は継続的なものとして計上すべきである。

ソフトウエアは、今が食べどきの生鮮食品であり、いつも手をかけて育ててやらねばならぬ鉢植でもある。

3.3. 市販パッケージを購入する方法

もっとも手軽に比較的安価に「電子カルテ」導入を行う方法で、開発コストを大勢のユーザでシェアできるので、単価が安くて済む。本来は最も一般的な方法となるはずであるが、まだパッケージとしての電子カルテシステムは極めて少なく、いずれも発達途上にあることを承知で使わねばならない。 

当面は大きな病院よりも診療所のような小規模施設で電子カルテが発達してゆくだろうと考えてきた(これは実際にオランダなどにおける電子カルテ普及において証明されている)。

その理由は、このような新しい分野では試行錯誤が欠かせないが、大規模施設で朝令暮改を頻繁にやるわけには行かない。個人の施設では使いにくい点をどんどん改良して、スピーデイーに開発を進められるからである。 そして電子カルテのスタンダードがほぼ決まる頃に、大規模施設での本格導入がはじまり、多くのソフトウエアの出現、コストダウンなどがあって、電子カルテの普及、という流れをたどるのだろうと考えている。

【文献】電子カルテ「WINE」に関する資料は、ホームページで公開しているので参照されたい(http://www.ocean.linc.or.jp/)。

Mon Mar 2 10:36:30 JST 1998