外来診療におけるUNIXシステムの利用

第4回医療情報学連合大会論文集 (4th JCMI Nov.1984)

CLINICAL SUPPORT SYSTEM by UNIX

大橋克洋 大橋産科/婦人科

keyword: clinical support, UNIX

1.はじめに

医療に携わる我々は忙しい外来診療において、肉体的負担は勿論のこと、精神的にも絶対に間違いや漏れの許されないという条件のもとに、瞬時に多くのことを判断、処理しなければならない。さらに開業医の場合、医師であると共に経営者として院内すべての管理責任を負い、一時も注意を怠るわけにはいかない。 これを解消するものはまさにメデイカル・セクレタリーであり、コンピュータを専属秘書として診療上のあらゆることを処理させようという試みを実行に移しつつあるので、その一端について発表する。

このような状況のもとに過去6年間、試行錯誤のもとにコンピュータを診療業務に活用してきた結果、以下のような機能の必要性を感じ、その実現をはかった。

ワークステーション

診療業務において一つのコンピュータだけで入力を行うことは大変不便で、診療の流れの中で受付、診察室、処置室、その他に端末を置き、発生するデータをその場で入力できることが必要である。各部署で共有されるデータを集中処理することにより入出力の省力、省スペースとともに、データの統一化がはかれ、転記ミスなどを防ぐことができる。

複数プログラムからのファイルの共有化

データ・ファイルは複数端末から共有できるだけでなく、色々なプログラムからも共有できなければ、共有化の意味が半減してしまう。例えば、窓口会計に用意した薬剤リストを、レセプト作成は勿論、薬剤管理に用いたり、ワープロの文章として引用できるなど。

マルチ・ウインドー

市販のソフトでもまったく使いにくいのは作業ごとに一面べったりとメニュー画面が表示され、前にやっていた作業結果の表示が消えてしまう点である。これは人間工学をまったく無視した方法で、画面がほんのわずか瞬断されただけで、以前の記憶を呼び戻そうとするために、我々の思考は大きく阻害されるのが常である。

マルチ・ウインドーにより、作業場面が変わっても必要な情報を画面に残すことができ、コンピュータによる作業上のイライラが大きく解消される。

マルチ・タスク

次に必要になってくるのは、ある作業をさせておきながら、待ち時間にもうひとつ他の作業を行う、という同時並行処理機能である。例えばコンパイル作業等は裏でやらせておき、その間にエデイテイングをすることができる。多くの端末がつながっている場合、ある作業をしながら他の端末からのメッセージを画面の一部に表示させることができる。

複数コンピュータのネットワーク化

いずれは端末をもっと増やし、パーソナルコンピュータを、分娩室、ナースステーション、厨房、その他要所要所に配置してデータのやりとりを行ったり、院外からハンドヘルド・コンピュータと音響カップラーを用いて院内のデータベースにアクセスしたりということも、やりたいと考えている。

複雑かつ大きなソフトの効率の良い開発・実行環境

ソフトの開発からメインテナンスまで一切を自分でやるため、その実行環境の善し悪しは貴重な時間をロスするかどうかに大きく影響し、大きな問題となる。 また当院で行いつつある業務内容は、小さなメモリーではとても納まらないほど大きく複雑なプログラムとなるため、その処理能力と記憶容量の点も見逃せない。

2.ハードウエア

現在のハードウエア構成は以下のごとくである。

本体は東芝UX-300で、内部記憶装置512KB、外部記憶装置として30MBのハードデイスクを備える。端末としては、東芝純正の端末の他にパーソナルコンピュータである PC-8801 や携帯型 PC-8201 をTERMINAL MODE で繋ぎ使用している。

この他、最近自宅に置いてあるPC-9801上でも UNIXが走るようになり、約80m離れた診療所の UX-300 と光ケーブルで結び、自宅に居ながらにして診療所のコンピュータに自由にアクセスできるようにした。

3.当院での利用例

窓口会計 点数計算

受付の端末からは来院患者情報、診療デスクの端末からは診療・処置情報をリアルタイムで入力して行く。これらはどの端末からでも参照でき、診療が終わると、処方や会計に関するデータは計算されて受付の端末に表示され、直ちに会計を済ませて帰ることができる。

このシステムは会計情報、診療情報、その他が有機的に組み合わさって構成されており、事務サイド、診療サイドに偏ることなく、発生するあらゆる情報を極力とりこみ処理するよう考慮されているのが特徴である。

マルチウインドーにより、後述の妊婦管理システムの一つのウインドーの中で処理することができ、ある作業をしながら画面の一部に住所録やスケジュール・リストを表示でき、診療中電話での打ち合わせなどには大変便利で、本当のOAとして使うにはマルチウインドー機能は不可欠である。診療内容は時系列的に表示され、簡単なものはカルテなしに過去の経過を知ることが可能である。

リレーショナル・データベース

住所録、分娩録、薬剤管理、スケジュール管理、患者ID管理、その他ができる汎用ソフトで、異なるファイルのデータでも自由に結合したり移動することができる。これにより分娩録その他はデスク上でいつでも参照でき、また例えば急に明日の午後用事で休診にしなければならなくなったような場合、コンピュータは明日の来院予定者をリストアップしてくれ、来院日を変更してもらうよう連絡することも可能となっている。

妊婦管理

妊娠各期にチェックすべき項目を自動表示したり、正常値とのずれを検出し警告を与えたり、健診所見はグラフ化されて表示することができ、最終月経から自動的に分娩予定日や現在の妊娠週数を算出し、超音波装置による計測値や排卵日をもとに瞬時に補正する事ができる。妊娠暦はレシート大の紙に印刷し妊婦に渡すことができる。

忙しい外来業務で使用するため、能率の良い画面展開、入力操作に意をはらっており、母子手帳記載の項目程度は誤入力の訂正を含めて30秒以内で入力でき、記録されたデータは時系列的に一画面で表示されて、一目で妊娠中の状況を把握できるようなレイアウトをとっている。

財務会計

窓口会計システムで蓄積されたデータや別個の財務会計ソフトで入力されたデータは後日、UCSD-Pascal で書かれた財務管理システムに転送され処理される。

これまで用いてきた UCSD Pascal はソフト開発には極めて効率の良い快適なOSであるが、残念ながら前述の機能を全てサポートするというわけにはいかず、UNIX とその上で走る C 言語により、初めてこれらの要求のほとんどを実現することができ、それは極めて自由度と拡張性の高い快適な環境を提供してくれている。

4.将来の計画

診断補助システム

簡単な推論機構をそなえた診療意志決定システムの開発を考えている。Prolog 言語を使うことが効率的であろうと思われる。

補助頭脳的システム

最新の医療知識や救急処置、特殊な処方、その他緊急に必要となる可能性のある情報を蓄積し、必要な時にすぐ利用できるデータベースの構築。

データ通信機能の利用

近く日本でも電気通信法が改正され、米国のようにコンピュータとモデムを直結し、コンピュータによる電話の自動発信、自動着信が可能となるので、これを利用してコンピュータ秘書同志でのメッセージのやりとりなどを上手に利用していきたい。

ネットワークとデータベースの活用

その他あらゆる面でデータベースの機能とデータ通信の機能をさらに充実させ、本当に役立つものにしていきたい。