2008.12 理屈ぬきで癒されるもの

わーくすてーしょんのあるくらし ( 190 )

2008-12 大橋克洋

ベストセラー「国家の品格」を書いた藤原先生の言葉

論理だけで社会を進めることが 社会を破綻に導いた

先月レポートした Sonic Lighter のように

一見 何の役にも立たないけれど

人の心を癒すものも結構大切なのかも、、

○ 今月の iPhone

ようやく電車の中でも iPhone を使っている人を ちらほら見かけるようになってきました。 女性ユーザも居ますね、、

iPhone で演奏できる楽器が色々あります。 琴、ギター、ピアノなど download してみました。 琴は なかなか良い音色で、ちょっと練習してみたいかなと思いました。 中国楽器の二胡なども欲しいです。

こんなに上手にはとても弾けそうにありません

ドラムもあるんですね

iPhone によるジャムセッション、こんなの出来ると楽しそうですね。 でも到底、私は混ぜてもらえそうもない。

そこで 私にもできそうな iPhone ぴったりの楽器を見つけました。 OCARINA です。 iPhone のマイクに息を吹きかけながら、 画面上の4つの穴を押さえることにより、 音階を表現できます。どうして、こんな素晴らしいアイデアを考えつくんでしょうね。 とても幻想的な音を奏でることができます。 しかも本物のオカリナより 楽器として優れている点がいくつもある。 何と開発元は Sonic Lighter を開発した smule でした。

上手な人が吹くと、こんな素晴らしい演奏もできるんですね。 ちなみに、この演奏者は なかなか魅力的な女性でもあります。

こちらも、なかなか良い演奏ですねえ。今後も YouTube には素晴らしい演奏がアップされてゆくのでしょう。 音楽の素養まったく無しの私でも、 このオカリナは「人知れず そっと練習してみたいな」と思わせるものです。

iPhone 最初の発表会で、 Apple 社の Steve Jobs は「携帯電話を発明する」と言いました。 iPhone の後を追う携帯電話も、 続々と登場しつつあります。 しかし、このようなところまで実現できるのでしょうか。 これは Apple の文化です。そもそも模倣して本家を越える例は極めて少ないことですが、 文化まで模倣することは、さらに難しいことです。

○ 今月の歩術

今年1年、私の歩術研究を振り返ってみましょう。 昨年の総まとめと大きな違いはありませんが、 微妙に加わった点などがあります。

    1. 無駄な力を入れない

      1. これは即ち、エネルギーの有効利用。 疲労なく長距離を歩くため必要。 今年の「医師と歩こう」では、先行者に遅れまいとこれを忘れ、 思わぬ苦杯をなめました。 中国武術的に言うと、有効打を得るには全身の力を抜き、 最後の一点のみに全エネルギーを集中するのがコツです。 途中で力が入ってしまうと、スピードも落ち、最終的な威力も落ちます。

      2. 「水が低きに流れるよう」「風船が風に吹かれ転がるよう」力を入れず、 足底を水平に抜き、水平に着地(平起平落)。 足と地面が喧嘩をしてはいけません、両者が仲良く馴染むよう。 こうなると歩行中の衝撃は余り生じませんし、 生じても柔軟な膝や腰が吸収。厚い靴底は不要になってきます。 大きな足音は下手な歩き方、エネルギー無駄使いの証拠。

    2. 常に必要なバランス感覚

      1. そのためにも「全身の力を抜く」ことがポイント。 どのような体勢になっても、バランス良く立っていられるよう日々研鑽しています。 毎日の「電車の中で つかまらずに立つ」は、とてもよいトレーニング。 ようやく無意識にバランスを保てるようになってきつつあります。 先日の世界フィギュアGP で優勝した浅田真央ちゃんの練習風景にも、 円盤型バランス器具の上に片足で立つトレーニングがありました。 以前は「良い姿勢をとるには背筋をピンと伸ばす」と思っていましたが、 そうではなく「バランス良く立てば自然に良い姿勢になる」ことがわかりました。バランスよく立っていられれば、無駄に力も浪費しません。

    1. 「意」を用いる

      1. 中国武術では「心」「意」という言葉をよく使い、 「形意拳」「心意六合拳」などはそれが名称についています。 説明はなかなか難しいのですが、 私の理解では「心」で「色々と思考した後、あることを行おう」と考え、 「意」が「それを神経に伝え実行に移す」 「身体が意思を反映し反射的に動く」ということでしょうか。 「心」でなく「意」で歩く方が、速やかで、意図せぬ状況に即応でき、疲労も少ない。

    1. 力でなく勁を打ち出す

      1. 西洋スポーツは「力」を使いますが、 中国武術は「勁」を使います(これが結果として力を現出)。 この「勁」も、なかなか口では説明しにくいものです。 私も数年間毎日の練巧の結果、 ようやく「勁」らしきものの一端がわかってきたかなという段階。 「気」も朧げながら分かってきたような気がします。 「勁」を打ち出すことができるようになると、 自然に「気」も高まってくるように思います。 これを最大限に利用するのが「気巧」でしょうか。 最近は歩きにも「勁」を意識してみています。

      2. ここまで挙げた「力を入れない」「バランス」「意」「勁」「気」などは、 すべてが密接に関連しています。 あるいは同じ事象を 違う言葉で言っている部分もありそうです。

    1. 腰で歩く

      1. 重要な基本要素「腰で歩く」については昨年と同じで、 信念はさらに強固なものになりつつあります。 冒頭の「無駄な力を入れない」を意識して「全身脱力」して歩いてしまうと、 かえって疲れてしまいます。 脱力して歩いても「腰だけはしっかりさせておく」というのがコツのようです。 「身体の動かし方のすべての原動力は腰にあり」。 あらゆるスポーツにおいて「中心点としての腰のパワー」は、 重要なコツではないかと思います。

    1. 伸股法

      1. 「通背拳」は両腕を脱力し、 ムチのように大きく振り回すことにより、 スピードと打撃力を発生します。 その基礎トレーニングに「伸肩法」というのがあるのをヒントに 「腰を伸ばすトレーニングがあってもよいのではないか」と考えたのが、 「(自称)伸股法」です(中国でいう「腰」は日本の「ウエスト」に当たり、 日本の「腰」は中国では「股」と呼びます)。意識して股を伸ばすよう歩いてみていますが、 これもなかなか気持ちの良いもので、歩行速度が上がるのは確かです。 「ナンバ歩き」の本に 「頭をコンパスの頂点として(のように考えて)歩く」というのがありました。 同じことを言っているのかも知れません。

○ 歩術とはあまり関係ありませんが

ついでに毎日の中国武術のトレーニングの中から、 今年会得したことを書いておきます。

    1. 呼吸法

      1. 中国武術の練巧法として、大きな樹木などに 背中、胸、肩などで体当たりする単純なトレーニングがあります。 マンションの中には体当たりできる適当なものがないのですが、 頑丈な鉄のドア枠なら毎日体当たりしても傷まないだろうと、 鉄枠でトレーニングすることにしました。

      2. 鉄枠に体当たりすると当然のことながら、 最初はもの凄く痛く「こりゃ身体を痛めてしまう」と思ったものです。 しかしヤンワリと練習を繰り返すうちコツが分かってきました。 肩から上腕にかけて鉄枠に体当たりすると同時に、 「ハっ」と急激に息を吐き出すのです。 これにより全身が弾性の固いボールのようになり、 痛くないことがわかりました。 「呼吸法を会得することが武術に大事」ということは知っていましたが、 実体験として理解。

    2. 震脚

      1. 「震脚」は、振り上げた足を思い切り地面に打ち降ろすもの。 名人が震脚を行うと体育館天井の窓がビリビリ振動するそうです。 どういう効果があるかというと、 拳を打ち出す前に震脚を行うことにより、威力が格段に増すため。 また相手を威嚇する効果もありそうです。 野球選手やゴルフ選手に小さなトランポリンを飛ばせ、 その後で球を打たせると 飛距離が格段に伸びたという実験もあったそうです。 この動作により、身体がひとつにまとまるからとか。 私の言葉で言えば「腰がしっかりする」からではないかと思っています。

      2. さすがにマンションで練習すると、 このような振動は構造体を伝わりかなり遠方まで届きますので、 大ヒンシュクものです。 こういう時は狭くても「地面」のある庭が欲しくなりますね。 そんな訳でなかなか実際の震脚の練巧は積めませんが、 それを意識して練習をしています(エアー・ギターならぬ、 エアー震脚でしょうか)。

○ 西洋とは根本的に異なる身体の使い方

西欧文化は「論理」を基盤とし、科学技術の発展により東洋を席巻しました。 しかし、その「論理」だけによる流れが 現代に「破綻」を導いている というのが、「国家の品格」の論旨です。 中国武術を知れば知るほど、 西欧スポーツが いかに身体に不自然を強いるものであるかがわかります。 以下は武術研究家 松田隆智氏 の書いたものです。

中国で「太極拳は膝を痛めるから止めた方が良い」と聞き 「そんな馬鹿な。太極拳は健康のためにやるものだろう」と言うと、 大会に出る選手たちは30歳前後の若さで、多くが膝や腰を痛め 引退を余儀なくされるという。さらに話を聞くと、 文化大革命で制定された制定拳や規定拳をやる人に多く、 しばらくして古い伝統の太極拳を始めたら、 傷めていた膝や腰が治ってしまったという。 そもそも、伝統とは何か。それは多くの人が長い年月と研究工夫を重ね、 欠点を改良し最善の方法を発見し定着させてきたものである。

いつも書くように、健康ウオーキングと称するものが まさにそれです「腕を元気よく振り、後ろ足で蹴って、 前足のかかとで着地する」。 これらすべての動作が身体に不自然・無理な力を強いるので、 中高年がこれを続ければ 足腰を痛めること間違いありません。 身体に無理をかけないような靴底が開発されているのは そのため。マッチ・ポンプみたいな話です。 速く、疲れず、長距離を歩くなら、その逆をやらねばならないのです。

ある中国の武術家は以下のように言っています 「現代では、中国でさえも西洋的スポーツ理論によるトレーニングが主流になり、 その結果、身体を壊す弊害もますます増えている」 「東洋思想は自然を中心に考え、具体的なものや標準的なものがない。 しかし 西洋的なものは百人、千人に説いて同じように理解させることができる」 「つまり西洋的なものは いくらでもコピーできるが、東洋的なものはコピーできない」。

もうひとつ別の中国武術家による面白い表現がありました 「練習せずとも、虎は最初から強い」。 実際には子供の頃じゃれ合ったり 普段の狩りが練習になっているはずですが 「自然体」を一言で表したものかな、 と面白く感じました。あるいは 猛獣の「覇気」をも言っているのかも知れません 、、が、これだけですと東京オリンピックの頃 レスリング選手達を動物園へ連れて行き、 虎とにらめっこさせた某コーチと変わらなくなってしまいます。

自分の中で反芻することなく「安易にコピーする文化」が、 今やどんどん愚かな社会へと急速に変化させています。 大学の卒論や学術論文でさえ、 インターネット上の情報をつぎはぎして自分のものとする話があります。 これは直接的な例ですが、もっと広い意味での コピー文化が文明社会を蝕んでいるのだと思います。 おっと、歩術の話から大分 脱線しました。

○ GEORGE BUSH SHOE ATTACK !

ブッシュ大統領最後の海外訪問として注目されていたイラクのバクダッド。 記者会見の席で、イラク人テレビ記者から靴を投げつけられるシーンがありました。 突然飛んでくる靴攻撃を軽快にかわすブッシュ大統領の姿に感心して YouTube で確認してみました。 なかなかの反射神経ですね。 ボクサーなみのよけ方に見えました。

1撃目:ブッシュ大統領の肩の上を飛び去る靴攻撃

2撃目は、少し手元が狂ったか隣に立つ人の右手ではずされたのか 目標をはずれましたが、後ろの星条旗を直撃していました。 これを見抜いたブッシュ大統領 よけることもしていません。動体視力もしっかりしているということかな。 日本の首相なら顔面直撃だったのではないかと思います。 米国大統領には普段からスポーツにいそしむ余裕もあるという証拠でしょうか。 あるいは不測の事態に備え、 シークレット・サービスにより このようなトレーニングを受けている?

大統領警護シークレット・サービスのトレーニング

投げた方のコントロールもなかなかのものでしたが、 大統領はうまく身をかわしたことを記者団に称賛されたそうです。 しかし「ダック(身をかわす)」にかけて 「レームダック(死に体)ではなかったということだ」と突っ込まれていたとか。 早速「ブッシュ大統領、靴攻撃」ゲームが登場し、大人気だそうです。 演壇から顔を出すブッシュ大統領めがけ靴を投げるモグラ叩きのようなゲーム。 私もつい大統領に靴を投げてしまいました。 このような Web アプリ・ゲームを事件からたった2、3日で作りあげ、 公開してしまうというのも凄いですが、 さすが米国らしいノリ。色々な点で、一昔前には考えられなかったことです。

わが国においては一般市民にあっても、 いつ刺客に襲われないとも限らない世の中。 普段からこのような心構えと、少々のトレーニングが必要かも、、

○ 絶食で長生き?

「時々、絶食状態にすることにより寿命が5割ほど延びた」 という報告があったそうです。 ただし、人間ではなく線虫の話。 「線虫は、断食を繰り返すと最大 1.5 倍寿命が延びることを、 京都大学生命科学研究科で突き止めた」 「線虫の寿命には、人間にもあるレブという遺伝子が関係しており、 この遺伝子の働きを止めると、断食を繰り返しても寿命は延びなくなった」 というニュースです。 線虫は土の中に住み、 寿命がたった3週間という特殊な生物ですから、 人間にもあてはまるという確証はまったくなさそうです。

以前 ノロウイルスと思われるものにやられ、 激烈な下痢をして丸1日絶食をしたことがあります。 翌朝の恒例トレーニングは無理だろうと思っていたところ意外と快調で、 「月に1回くらいは絶食も身体に良いかも」と思ったことがあります。 その後、月に1回くらいは絶食をしてみたいと思いつつ、 未だに実現していません。別に寿命を延ばしたいとはまったく思いませんが、 健康のためにやっても良いかなと、、

ある程度、肥っていた方が寿命が長いという説もありますが、 結局は肥満と痩せだけの問題ではないのだと思います。 「人間の寿命は起きている時間の総計に比例する」 という説も聞いたことがあります。 つまり睡眠時間は寿命から除外されるということ。 これもありそうだなとは思うものの、科学的根拠は余りなさそうです。

私の父は「人の生きざまの太さと、寿命の積は 誰も等しい」「人生、太く短くか、細く長くかだ」と言っていました。 父の歳を越えてしまった私の 生きざまは父にはかなわなかったということ。 十分に納得です。とても尊敬できる父でしたから。 しかしその理屈からすると、徳川家康など 常人にはずれた体積をもらっていたんでしょうね。

○ 今月の脳トレ

Web アプリケーションとして新規に作り直した電子カルテ NOA は、 運用半年になります。作り込みもうまく行き、 機能的には充分満足しています。 しかし電子カルテの運用から20年間のデータを入れてみると、 ページを開くのにちょっと時間がかかります。 その間、他のことをしていれば良いのですが 「他人様に使って頂くにはちょっとな」ということで、 データ読み込みの仕組みを新たに考え直すことにしました。 今回は Web 版として複雑なアプリを組むのは初めてということもあり、 従来の Cocoa 版電子カルテの機能を Web アプリとして どの程度再現できるかに力点を置きました。 従来からの機能も Web 特有の仕組みに置き換え、ほとんど問題なくクリアできたのですが、 パフォーマンスについてはまったく未知数で、力点を置いていなかったのです。

そこで再びサラから作り直すことにしました。 電子カルテは今まで何度もサラから作り直してきましたが、 大変なのはアルゴリズムを考えることであって、 それさえ確率してしまえばソフトウエア自体を新規に作り直すことは さして苦痛ではありません。 引越をすると長年のガラクタが整理され身辺が奇麗になるように、 サラから作り直すとプログラムも奇麗になります。 今までの経験によれば、基本部分を動かすには1か月もかからないはずです。

今度はパフォーマンスとともに 「一人一人のユーザ毎、自分にマッチしたレイアウトや使い勝手を提供する」 という点にも力点をおくことにしました。 現在の初期バージョンも、 自由なレイアウトを提供できるのですが、 試行錯誤により継ぎ接ぎで複雑になっています。 もし要望が多いようならオープン・ソースにしても良いと考えているので、 他人が見ても分かりやすいよう簡素化しようということです。

そんなことで、ボチボチと土台から作り直していますが、 なかなか楽しい作業です。

○ 今月の空想科学劇場

昔、TV で放映されていた「空想科学劇場」を 自分なりの発想で時々のせてみたいと思います。 本日のニュースに「視覚情報:見たままの画像をコンピュータ画像に」 「夢の再現、夢じゃない」というのがありました。 ATR:国際電気通信基礎技術研究所が、 世界で初めて fMRI:機能的磁気共鳴画像装置で 大脳視野野の血流変化を調べることで、 視覚でとらえた画像をコンピュータ処理により 再現できたというニュースです。

視覚でとらえた上段の図形や文字を解析し下段を再現できた

「ついに実現の端緒についたか」これを読んだ私の感想です。 われわれが見たり聞いたり嗅いだり 五感で感じていることの全ては、脳への電気信号で成り立っています。 ということは、目や耳などセンサーが駄目でも、 脳へ直接 同じような電気信号を与えれば、 実際に見たり聞いたりしているのと まったく変わらないはずです。 極言すれば「脳」のみ実体があれば、 それ以外の肉体はバーチャルでも何ら変わらないということになり、 そのような SF もあったかと思います。

しかし 別の角度からみると、 すごく怖いことでもありますね。 「悪意をもって歪曲された電気信号」を流されれば、 その人はそれを現実と感じてしまいます。 どのようにでも「人」を操れることになってしまう訳です。 これも SF にでてくる話ですが、そんなことも起こらないとは限りません。

「うーん、脳だけが人間か」、脳だけの集団を思い浮かべてみました。 そうなると「人間って何だ?」という疑問もわいてきます。 「感情を持つのが人間だ」という考えもありますが、 「脳」だけで感情があってもなあ、と考え込んでしまいました。 哲学的な命題ですかね。

○ WALL-E (ウオーリィー)の世界

旧型ロボット「ウオーリィー」と新型ロボット「イーブ」

会議から会議まで3時間ほど時間を持てあまし、 映画「WALL-E」を見てきました。 映画館は本当に久しぶり。 昼間の映画館に人はポツン、ポツン、 営業は成り立つんかいなと他人ごとながら心配。 私は小学校低学年から「ロボット大好き人間」。 手塚治虫の「鉄腕アトム」登場は、小学校5年の頃です。 ロボット大好きの私を見た父は 「人間、同じことを一生続ければ 大したものになる」と言いました。 「継続は力なり」と言うことですね。 しかし他にも色々と興味のあることは多く、 ロボットの道へは進みませんでした。 しかしコンピュータに関しては、 父の言ったことの実現へ向かっているのかも知れません。

で WALL-E ですが、これはディズニー提供、製作ピクサー社。 知る人ぞ知る 知らない人は知りませんが、 ピクサー社は Apple 社 CEO の Steve Jobs が NeXT 社をやっていた頃から、兼業で経営してきたアニメ制作会社です。 人類の居なくなった地球上で、 遠い過去に命じられたゴミ処理を粛々と続ける WALL-E。

電池切れの WALL-E の立ち上げ音が、 ジャーンというあの Mac の立ち上げ音 「ん? WALL-E は MacOSX で動いている?」 そうでしょうねえ、ピクサーの創作物ですから

映画自体 とても面白かったのですが、 書きたいのは、そこに出てくる人類の将来の姿です。

安楽生活で全身がふやけ制服も着られなくなった宇宙船の船長

巨大宇宙船で長いこと宇宙をさまよった人類は、 宇宙船の中を自由に浮遊する装置で移動するため、 自分で立ち歩く力を失いブクブクに太ってしまっています。 それ以上、人類の将来についての深い突っ込みはなかったのですが、 それでも「うーん」と考えてしまうことがいろいろありました。

その映画の前に予告編「地球の静止する日」を見ました。 これも懐かしい映画。1951年ですから私が小学校4年生の頃 上映された映画のリメーク版。ワシントンDC 上空に空飛ぶ円盤が出現。 核爆弾などで宇宙全体に悪影響を及ぼす人類へ警告を与えることが目的で飛来したが、 中から現れた人間クラートゥに軍隊が発砲、 円盤から現れたロボットのゴートが軍隊を攻撃するというものです。 これは私の子供心に深い印象を残した映画でしたが、 リメーク版はもっと過激で、 地球に害を及ぼす人類を一掃しようというもののようです。

TV を見ていたら 「種全体の総体重を比較すると、地球上では人類が一番だろう」 「生態系の中間でバッファーの役目をしているイカを絶滅させると 自然界に大きな影響を与えるが、 生態系の頂点に位置する人類が絶滅しても自然界は余り困らない」 というような話がありました。自分の目先のことしか考えず、 地球環境を破壊しまくっている人類。本当にこれを自覚している人は 何%いるのでしょうか。今や人類は自分自身を自然破壊しつつあり、 種としての力は急速に落ち UFO を待つまでもなく 自滅の方向なのかも知れません。 産婦人科医として強くそう思います。

○ おっと、こんなところに見た名前が

隣の みずほ銀行が建て替えのため やや遠方に移ってしまい、 仮営業所へ向けて歩いていました。そこは旧中原街道で、 道ばたに小さな地蔵尊があります。 真ん中に巨大な銀杏の木を抱いていて、 周囲のビルに囲まれながら それは見事な黄金色の葉をまとい、天に向かって 堂々と聳え立っています。

周りに巡らせた石組みの垣は 比較的最近修復されたようですが、 ふと、そこに彫られた奉納者の名前を見ると、 先頭に「池波正太郎」とあります。 「あれ、あの時代劇作家の池波正太郎?」 帰宅後 Web で調べてみました。 1995年に亡くなられていますが、 荏原の自宅2階に書斎があったとのこと。 散歩の途中でぶらりと よく立寄ったという洋食屋は、私のところからすぐ近くです。 後日、近くの K 先生に尋ねてみたところ「そうだよ。 一度往診に行ったことがある」という話でした。

私は山本周五郎の大ファンですが、数年前から池波正太郎の 「剣客商売」や「鬼平犯科帳」などのファンでもあります。 「へえー、知らなかったなあ。池波正太郎がうちのすぐ近くに住んでいたなんて」。 ま、それだけの話ですが、 私としては ちょっと感慨深かったので、、

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今年も暮れ行く東京都庁

仕事でよく行きますが この建築物 醜悪で嫌いなんですよねえ

機能的でないし ダース・ベーダーの君臨するデス・スターのよう

あるいはビル頂上からバットマンが舞い降りてきそう

東京都の象徴として もっと明るく生き生きと格調あるものにして欲しかった

これは日々の生活で感じたことを書きとどめる私の備忘録です