2007.05 Service Oriented Architecture

わーくすてーしょんのあるくらし ( 171 )

2007-5 大橋克洋

SOA という三文字言葉は以前から目についていましたが、 正確な意味は知りませんでした。これは Service Oriented Architecture すなわち「大きなシステムをサービスの集まりとして構築する設計手法」で、 コンピュータのソフトウエア構築で使われる言葉だそうです。 同じような言葉に MashUp という言葉があります。これは「複数の異なる提供元の技術や コンテンツを複合させて新しいサービスを形作ること」だそうです。 ほかに Saas: Software as a Service というものもあります。

これらが直接 Web と結びつくものではありませんが、 最近は Web 上の技術が進歩してきたため、Web Application として実現するのに大変適した技術と思われます。 私がこれらの言葉や観念を知ったのはごく最近ですが、 東京都医師会「HOTプロジェクト」の構築方法として考えてきた方向性が、 まさに SOA であり SaaS あるいは MashUp だということがわかりました 、、、ということで、それらの考え方にそった方向で Web版電子カルテの開発を行いつつあります。

○ 今月の歩術

昔の旅人は東海道五十三次、江戸から京都まで2週間くらい、 1日35Km から 40Km 歩いたそうです。一昨年「みなとみらい」から 自宅までの20Km 歩行経験でも結構大変でしたから、 その2倍というと大変なものです。 舗装されない道をワラジですから 当然「歩き方」自体、現代とまったく異なるはずです

先々月にひきつづき、 起床後や就寝前に中国武術「八卦掌」の走圏を行っています。 狭いところで行った方がバランス感覚を養うには良いようです。 最初は狭いところをグルグル周るのは、目は回るし、 ふらついて非常に不安定でした。 時計周りは比較的スムースなのですが、その反対周りは身体が固く不安定です。 しかし、これも続けるうち大分安定してきました。 コツは「いかに上体の力を抜き柔軟にするか」 「いかに身体を沈め 柔らかく歩くか」にあるように思います。

達人の歩きを「ふわふわと空気のよう」あるいは、 「まるでお化けのよう」と表現した人もあります。 要するにいかに「地面に足をどしんと着けず柔らかに歩くか」にあるのでしょう。 私のは「抜き足、差し足、忍び足」に近く、 あまり人様に見える所ではできない状況です。 もう少し上達して、洗練された歩きにしたいですね。 階段の登りも ドシンと足をつくのではなく、 「上の段をなめるように」そっと足を降ろしながら登る練習をしています。 足だけの動きでなく身体全体ひとつの動きとして調和すると、 長い階段も少し楽に上がれるようです。

登る側の上腿前面に軽い抵抗を感じながら階段を登ると、 長くきつい階段も登れることを数ヶ月前に発見しました。 「ナンバ式歩き方」の本に 「登る側の半身全体で登るようにすると楽」と書いてありました。 なるほど「上の段をなめるように」「身体ひとつの動きとして」登るということは、 同じことを別の言葉で言っているのだと思います。 この中には以前会得した「坂道は足でなく、腰で登る」という原理も含まれます。 そうそう、「階段を降りる」ときも、 全身の力を抜いて「ふわふわ降りる」感じの方が 速く降りられるようです。

○ 「座禅」ならぬ「歩禅」

畳2帖ほどの狭い空間で「八卦掌」の走圏を行っていると、 当然のことながら目が回ってきます。 最近はこれも「自分が周囲の空間をぶん回しているんだ」と思うことで、 ある種の快感となってきました(実際には目が回っているだけ)。 これを起床時と就寝前にやっていますが、 周回を重ねるうちに回転が安定してきて、 エンドルフィンが分泌されてくるようです。 これは、歩きながらの禅「歩禅」とも言えそうで、 雑念を去り黙々と周回を続けられるようになってきました。

そう思っていたら 中国武術の解説書にも同様のことが述べられていました。 「座禅」に対する「動禅」とあり、中国では 武術や運動の中で瞑想をおこなうこのようなものを、 「静巧」に対する「動巧」と呼ぶそうです。 走圏は行う者によって武術・健康法・瞑想法になると書いてありました。 まさに実感です。 そういえば「シルクロードの旅」で、トルコあたりだったと思いますが、 トルコ帽をかぶり白い服にスカートをはいた大勢の男性たちが、 両手を左右に広げその場で、ただただ ゆっくりと回転している姿がありました。 あれも完全に瞑想状態のようです。

もうひとつ得られたことは、 目が回ってもそこからの快復時間が短くなってきたことです。 フィギュアスケートの選手が「あんなに凄い回転をやった直後のエンディング、 パッと止まってよくふらつかないなあ」と思っていましたが、 トレーニングで快復時間が滅法短かくなることを知りました。 一時、年齢のせいで若い頃は何ともなかったこと、 例えば遊園地の乗り物などで凄い目眩を感じることがあったのですが、 あれは身体を使わないための老化現象だったんですね。 トレーニングにより快復するはずです。

「八極拳」の極意のひとつに「離れた距離から予備動作を行わず 一挙動で敵に接近する必要がある。その口訣は『身随歩走、歩随身行』 すなわち身体は歩を進めるに従って進み、足は身体の進むにしたがって進む」 とあります。中国武術でよく言われる「身体をひとつにする」ですね。 なるほど そのような意念で歩いてみると、 足音なく歩けます、、ということは 上下動の無駄なく 運動エネルギーを進行方向のベクトルのみに集約できるようです。 これで念願の「氷の上を滑るように歩く」を実現できるかも。

○ 筋肉増強は ほどほどで

4年前に筋トレダイエットをはじめた頃は、 文字通り筋肉をつけることを目標にしていましたが、 最近は筋肉増強には執念を燃やしていません。 中国武術を知るようになってから 「筋肉がつきすぎた身体では俊敏な動きができない」 「そのような身体で無理な運動をすると筋肉や関節などを傷める」 ことを知ったからです。 少林寺など「外家拳」と呼ばれる南方の派では 筋肉を鍛え豪壮な動きをしますが、 太極拳・形意拳・八卦掌などに代表される北方の「内家拳」では 筋肉の余りつかない細っそりした あるいは小柄な身体でいながら、 素早い動きの中から極めて強力な威力を発揮します。

以前もちょっと書いたことがありますが、 筋肉というのは最初はどんどん発達して太くなりますが、 しばらくすると余計なものをそぎ落としてスリムになってきます。 うーむ、プログラミングや原稿などを書くのと同じですね。 私は最初は思いついたものを構わずどんどん書いてゆき、 その後けずれるだけけずってスリムにシンプルにすると、 よいプログラムや原稿になると考えています。 なーるほど、身体も同じことをやっているんだ。

そんなことで私の身体も、上腕の筋肉は以前ほど目立たなくなりましたが、 全身をよく動かすことから 全体的に筋肉質でバランス良く発達してきたようです。 高齢になれば当然もっと筋肉がそげてくるはずですから、 それに向けた身体作りの研究を進めたいと思います。 これは自分の身体を素材にした粘土細工や彫刻のようで、面白くもありますね。

○ 今月の脳トレ

相変わらず Webアプリケーションの開発にはまっています。 Web 電子カルテ本体の開発は小休止ですが、 それに付随するいろいろなツール類の開発を行っています。 こじんまりしたツール類の開発をしながら PHP や javascript のテクニックを身につけ、 これを基に再び電子カルテ本体の開発に戻ろうというわけです。 トレーニングで錆び落としをした 脳ミソの方も快調です。

「メールで届く HL7 形式の検査結果データを、 私の電子カルテ NOA 形式に変換するツール」「BMI 計算ツール」 「妊娠暦」などのツールを作成し、 現在は「処方箋ツール」の開発を行っています。 東京都医師会「ほっとライン」で提供されていた「Web処方箋」は、 提供元の国際健康栄養医学機構が資金面の問題から この4月で提供を中止してしまいました。このサービスは今後非常に有望だっただけに、 何とか都医自前で復活させたいと思っています。 そのような思いもあって「処方箋ツール」の開発には ちょっと力が入っていたりするわけです。

javascrip はクライアント側だけで動くため 非常に軽快ですが、 やはり DB の内容をハンドリングしたい場面もあります。 その面では PHP は極めて快適なのですが、サーバ側で動くため これですべて処理するのは かったるいのです。 そこで javascript 側からデータベースをハンドリングしようとすると、 なかなかうまくいきません。 インターネット上で情報を探してみましたが、 まだこれと言ったうまい方法がみつかりません。

○ ようやく Ajax に手が届いた

、、と書いていたのですが、 PHP と javascript を組み合わせ使っているうちに、 何とかやりたいことができ始めてきました。 しかし、まだちょっとトリッキーな手で逃げているのが気に入りません。 「やはり Ajax に手をつけてみるしかないか」ということで、 投げ出していた Ajax に再挑戦です。 以前は簡単なサンプルプログラムを書いても うまく動かず投げ出していたのですが、、 おっ、今度はうまく動きました。

早速トリッキーな部分をこれで書き直し、 まっとうな Web application として動くようになりました。 PHP と javascript の特徴を充分呑込み、両者の住み分け、共存、 というかコラボレーションをうまくさせることにより、 今後の Web版電子カルテの開発も先に進めそうな気配が見えてきました。

、、ということで数日前から Ajax にのめり込んでいます。 学ぶほとんどは javascript 本来の部分ですが、 昔から私のソフトウエア開発は独学ですので、 書物や Web 情報だけを頼りに学んでいます。 現時点で会得したことは、「クライアント部分は javascript で」 「サーバ部分は PHP で」という、考えてみれば以前からわかってはいたものの どう実現してよいかわからなかったところを、ようやく会得したということです。 これまで悩んでいた「その両者を接続する部分」こそが Ajax の XMLHttpRequest でした。

javascript 本来の利点もわかってきて、 PHP 主体だった Web Application を javascript で書き直しています。何のことはない PHP を使わず、 javascript だけで書けるものもいくつかありました。 こうして見ると、PHP の方が「とりあえず BASIC 的にやっつけることができる」 というか、とっつきやすいところがあるようです。 一方 javascript は Object 指向的なプログラミングもしやすく、 理解すれば高度なプログラミングもできるかわりに、 ある程度全体を理解しないと 本当のモノ作りに進めないと言えるかも知れません。 ますます面白くなってきました。

○ バイリンガル

それにしても、今回のように2つの言語を同時に学びながら使うのは初めてですね。 時々、関数名などで多少の混乱はありますが、バイリンガルで開発を進めています。 人間の話す言葉については、 大学予科で、英語、ドイツ語、フランス語、ラテン語と習ったのですが、 どれも実用段階に至っていません。 しかしプログラミング言語に関しては、結構間口が広くなりました。 きっと、すこし突っ込んでみれば人間の言語も同じなんでしょうけどね、、

独学でプログラミングをはじめて約30年になります。 BASIC に始まり、UCSD Pascal、C、HyperTalk、Lisp、Objective-C、Java その他いろいろな開発言語で開発をしてきました。 結局大切なのはアルゴリズムで、 あとはどの言語を使っても同じようにプログラミングできます。 それぞれに環境との相性や向き不向きはありますが。 PHP も javascript も大分熟成されてきた言語で、 かなり快適に開発が進んでいます。

初代の電子カルテWINE は、 1989年5月のゴールデンウイークで基本部分を書きあげ、 GW 明けとともに外来診療で動き始めました。 その他にも GW 期間中に大きくプロジェクトが進んだことは 何回かあります。 そんなことで、今年の GW は電子処方箋をある程度やっつけ、 残りの半分で電子カルテ開発を大きく進めようと思っていました。 しかし、GW も残すところあと1日となりました。 それでも Ajax の成功で電子処方箋の方は一段落つきましたので、 明日は電子カルテに少し手をつけようと思っています。

○ Seagaia meeting 2007

恒例の Seagaia meeting 2007(かつての電子カルテ研究会)が、 宮崎のリゾート地 Seagaia で開催されました。 プログラムは上記 Web site の通りで、 今年のメイン・テーマは EHR: Electroinc Health Record です。

第1日目「プログラマーズ・キャンプ」 宮崎大学病院の実習室で、 医療情報システムを見せていただきました。 その後カンファレンスルームへ移動。 MML の改良について提案があり承認されました。 キャンプの懇親会は宮崎市内へ繰り出し、 居酒屋「うお座」で盛り上がりました。

朝の散歩道に咲くハイビスカスの花

第2日目以降が本来の Seagaia meeting です。 起きると雨もほとんど上がっており、外を散歩してきました。 早朝雨上がりの空気に、花の香りがよく匂いました。 裏道を歩いていると、車の教習所があります。 代書屋の前を通り過ぎようとすると、 中から「お早うございます」と声をかけられたのには驚きました。 道にまだ人影もない午前6時、 まさか店の中に人が座って居るとは思わなかったからです。 なるほど、出勤前に教習を受けられるんですね。これは有り難がられるかも、、

さて本題にもどりましょう。 今回は初心に戻りコアなメンバーを主体にこじんまりとやろうということで、 会場は例年のワールドコンベンションセンター・サミットでなく、 コテージヒムカの 2F の会議室です。 50名ほども集まればよいかと考えていたのですが、 最終申込者数は70名を越え会場に入りきれるか心配しましたが、 比較的余裕のある感じで安堵しました。

ソフトバンク松本徹三副社長の特別講演

第2日の特別講演、今年はソフトバンクの松本徹三副社長をお招きし 「ポータルサイトサービスの将来戦略」というテーマでお話を頂きました。 京大の吉原教授が空港までお迎えにあがり、 昼食をご一緒してから会場へお連れする手はずになっていました。 吉原先生から携帯に電話があり、日本医療ネットワーク事務局長の井上さん と一緒に昼食に同席して欲しいとのことです。吉原先生は4、5日前に 中国「成都」で食べた生ものが原因と思われる細菌性胃腸炎で、 昨日も胃痛を訴えておられ絶食が必要とのことです。 4名でホテル・シェラトンの中華料理を囲みましたが、 吉原先生は見ているだけという、とても気の毒な状況でした。

松本副社長のお話は「これから携帯は個人端末」など 私が前から考えてきたことでしたが、 孫さんのエピソードなどは面白く伺えました。 ホテルでの食事の際「まだお答えは無理でしょうが」と前置きして、 「御社に Apple の iPhone のキャリアを受けて頂けると とても嬉しいのですが、、」と尋ねてみました。 「Jobs の意向次第で何とも言えないが、孫社長は Jobs としょっちゅう話をしている。 Apple 社は少しずつ確実にビジネスを進めようとしており、 いずれは日本で使えるようになることは間違いないだろう。 ソフトバンクが一番近い距離にあることも間違いない」とのお答えでした。

第2日目の懇親会は、宿舎コテージヒムカ脇にあるプールサイドでの バーベキューパーティーです。 一昨年の夜、このプールサイドにビールを持ち込み盛り上がっているうち、 私が「次回の宴会はこのプールサイドにしたら?」と提案したのが実現したようです。

私の尊敬する天才プログラマー加藤@CyberLaboさん、吉原先生、、

煙もうもうのバーベキューパーティーがお開きになった後、 呑み足りない・話し足りないメンバーが恒例の「宴会部屋」に集まって 盛り上がりました。長年宮崎に来ていながら知らなかった、 「なんじゃこら大福」「肉巻き」を味合わせてもらいました。 前者は一見普通の大福ですが、粒あん、栗、イチゴ、クリームチーズなど とんでもない組み合わせのものが入っていて、どちらの方向からかぶりつくかにより、 食感の違う代物です。若い女性に受けているとか、、確かに。 後者は、おにぎりに焼き肉を巻き、さらにレタスで巻いたものを、 ハンバーガーのように紙で包装したものです。 うん、これは東京のモスバーガーあたりでも売れそうな、、

セッションの趣旨説明をする吉原博幸先生

第3日目午前のセッションは 「電子カルテ次世代へのパラダイムシフト」というテーマです。 「病院の医療情報システム構築においても、 色々なパーツを組み合わせて使うような流れが必要」 という、私が何年も前から主張してきたことです。 3社の大手電子カルテベンダーさんから提案などを頂き、 それを元にパネルディスカッションが行われました。

「医療は複雑多岐、 お仕着せの道具では使い物にならない。現場ごとに合った道具が必要」 「厚手・薄手など好きなピザ生地を選び、そこへ好きな具材をトッピングするように、 いろいろな部品を用意し、 それらを組み合わせユーザごとの作業環境を作れるべき」 というような資料を事前に私の方から出しておいたせいもあってか、 3社とも同じようなコンセプトのプレゼンでした。 私の意見が反映したのか、世の中の流れがそうなってきたのかは わかりませんが、いずれにせよ電子カルテ業界が このような方向に動いてくれれば、とても嬉しいことです (ただ大手ベンダーさん達が、すぐそのような方向性で動いてくれるとは まったく期待していないのですが)。

そんなことで午後のセッション、 私のテーマは「HOTプロジェクトにおける医療サービスの MashUp」 というものでしたが、急遽内容を変更しました。 用意してきたプレゼンを短く切り上げ、 現在開発中の Web版 NOA のデモを供覧しながら MashUp の実現とソフトウエア・サービスの共用化について提言しました。 インフォテリアの北原さんからは強いレスポンスを頂きましたが、 電子カルテ・ベンダーさんがこのような方向で動くには、 まだまだ道のりは長いのでしょうね、、

ついに今年は Seagaia 構内を回るシャトルバスの本数は、 1時間1本となってしまいました。アクセスや食事する場所などを整えなければ、 利用客はますます減る一方です。 今回、宮崎県知事となったヒガシコクバル効果は大きく、 土産屋にならぶ地鶏のパッケージや店先のノボリに東国原氏の似顔絵がありました。 Seagaia にもコクバル効果を期待するところです。

空港で帰りの飛行機を待つ間、北原@インフォテリアさんと盛り上がり、 色々な情報を頂きました。また空港では偶然、千葉県医師会の理事とお会いしました。 この期間中、ワールドコンベンションセンター・サミットの方では プライマリ・ケア学会が開催されており、 唐澤日医会長の挨拶もあったそうです。 Web で調べてみると大会長はよく存じ上げた 宮崎県医師会長の秦先生でした。 それは、ちょっとお2人にご挨拶したかったところですね。

後日談ですが、宮崎から帰った翌日未明 つまり数時間後、 全日空の予約・発券システムに障害が発生し、 ANA 国内便の半分以上が欠航・遅延したよし。 原因は都内のホストコンピュータと 各地端末との間のネットワーク・トラブルのようです。 おー、危なかった、私は最近 ANA を利用しています。 これにぶつかったら、とんでもないことでした、、

○ ノー フォールト

以前、日本産婦人科医会の幹事を一緒にやった仲間で、 数年前東大から私の近くの昭和大学産婦人科教授となられた 岡井崇先生が「ノー フォールト」という小説を書かれたことを知りました。 岡井先生には地元でもお世話になっていますが、 都医理事としても色々なところでご一緒することも多く、親近感をもって 早速 Amazon で取り寄せました。 奥付を見ると4月に発行になったばかりです。 現役の産婦人科教授が小説を書くというのも画期的ですね。 後日、神保町の三省堂に行ってみると店頭に平積みになっていました。 黒地に真っ赤な主人公の写真と、白い「ノー フォールト」という題字、 よく目立つ装丁です。

大学病院の産科に勤務する女性医師が ある産科当直の夜、 担当した分娩をきっかけに「悪夢」のような生活がはじまる物語です。 私も過ごしてきた産科医の生活をまざまざと思い出しました。 そうですよねえ、産科というのは実情をありのままに書いても 「まさにスリルとサスペンス」なんですよねえ。 早川ミステリーから発刊された意味がよくわかりました。 以前は、「生命誕生にまつわる苦労と感激」としての思いが われわれ産科医には大きかったのですが、 この小説にあるように最近ではダークサイドの衝撃の方が大きくなっています。 これが、産科医離れを起こしている最大の原因なのです。

あとがきを読むと、 岡井先生は「これまで日記や手紙さえも余り書かなかった」とありますが、 物語の展開を読んでいくと、 どうして、どうして、とても素人が書いた小説とは思えません。 私も何度か小説のようなものを書いてみたい と思ったことがありますが、まだ自信がありません。 現代の深刻な産科医の状況を描きながら、 ところどころに明るい話題も散りばめられているのが良いですね。 一般の方が読むには ちょっと重いところもありますが、 多くの方に是非読んで頂き産科の実情を考えて欲しいと思います。 小説としてもなかなかの出来です、 新聞などに書評が載って欲しいですね。

○ 日本人の知的崩壊が始まった

先月号で「4月バカ」の話を書きました。 ジャーナリスト立花 隆氏の Web site を見たところ、 私とまったく同じようなことを書いていました。 先月号で(Web という公の場で) 差別用語と称されるバカという言葉を恐る恐る使ったのですが、 立花さんの著書には「東大生はバカになったか」というのもあるんですね。

一部のフレーズを転載させて頂くと 「問題はもはや、情報産業とかプログラミングの世界の問題ではない。 日本の国力の基礎部分が崩壊しつつあるという問題なのだ」 「今年から、大学には、”ゆとり教育100%” つまり、 学校に入ってから全過程ゆとり教育でやってきました という連中が入ってくるようになって、大学の先生方をとまどわせている」 「当分の間日本は、ゆとり教育で頭がこわれた連中がまき起こす 総社会的知的レベルダウン現象に悩まされつづけることになる。 その間に日本という国がこわれてしまわねばいいがと最近本当に心配している」 などです。

先日 TV で「数学オリンピック(だったかな?)」をやっていました。 中国や韓国などは国策的に子供の数学などの能力を上げることに力を注いでおり、 怠け放題の日本はとても歯が立たないという話でした。 今の日本は、食料は外国依存、生産技術や知的財産も外国へ、 「私作るひと」「私食べるひと」という CM がありましたが、 まさに消費するだけ、受け身だけになってしまっているようです。 何とか体制を立て直さねば、次世代の頃は大変な状況になります。

別の話ですが、最近の都市部には高層建築が無秩序、 メチャクチャに増殖しています。 こうなると、もう都市を蝕むカビという見方もできるのではないかと、、 ローマや中国などの街歩きの番組を見ていると、 何百年ものハゲちょろけな古い建物を大事に使っていて、 街の色彩も一定に整えられています(中国の新しい街は日本と同じですが)。 このような世の中の状況に対して、私には何ができるかを考えつつ、、