1987.04 UNIX上のOA環境

わーくすてーしょんのあるくらし (4)

1987-04 大橋克洋

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○ UNIXはOAに向く

日本ではUNIXワークステーションの多くが EWSと称されエンジニアリング分野をターゲットとして販売され、 UNIXはいわゆるOAには向かないという言葉もよく聞かれた。

私のところでは4年前に初めて UNIXマシーンを導入した当初から あくまでもOAを主体としてシステムを運用してきたので、 このような言葉には非常に反発を感じてきたのだが、 ようやく最近になって わが国でもOAに目を向けたUNIXマシーンも現れて来たようである。

UNIXがベル研で開発された当初の仕事は 文章作成であったという経緯から言っても、 UNIXがOAに向かないなどということはない訳であるが、 現状ではUNIXなるOSが素人にとってかなり難解で面倒な手続きを要し、 気難しい面も持っているとうことははっきり言えるので、 この辺のことを指摘しているのであろう。

しかし、これはひとえにUNIXの利用者のほとんどが今までコンピュータの エキスパート達であったからで、 今後OAとしてのニーズが高まるにつて バカチョンのシステムにセットする柔軟性をも持ち合わせていることを強調したい。

○ 素人向けセットアップ

前回も書いたように、 私のところではデスクワークのほとんどすべてを コンピュータのキーボードと画面上で処理している。 私のデスク上の端末には 受付から入力された来院患者リストが表示され、 この中から一つを選ぶと その患者さんに関する診療用アプリケーションが立ち上がって、 これを元に診療を進めていくわけである。

受付の女性がログインすると画面にメニューが現れ、 テンキーでメニューを選ぶだけで定型作業に入ることができる。 事務のログインディレクトリーには自動立ち上げのシェルスクリプト がセットしてあってメニュー形式で作業を選べ、 個々のアプリケーションがクローズされるかアボートすると、 自動的にこの初期メニューに戻るので、 彼女にとってOSは全く隠された状態になっている。

メニューを終了すれば自動的にログアウトして、 裏でお掃除プログラムがファイルシステム内のゴミを掃除しておいてくれる と言った具合で、 UNIXらしいところは最初のログインとパスワードの打ち込みだけで、 パソコン感覚でUNIXシステムを実務に使うことができ、 誤ってシステムを壊される心配もない。

○ 新人へのインストラクションはわずか10分

事務が行なう主な定型作業は、 患者登録、薬剤発注、分娩記録、金銭出納などであるが、 アプリケーションはすべて操作を統一してあり、 主な操作は原則としてテンキーのみで済むようになっているので、 はじめて就職した職員へのインストラクションは わずか10分足らずでOKである。

もっとも全アプリケーションの開発者が院長自身とあって、 プログラム上あるいは操作上の虫が現れても 隣の診察デスクの端末で直ちにつぶすことができ、 「誤操作を気にしないで、 どんどん気軽に使って良いよ」と言ってあるのも大きい。 現状ではUNIXの面倒を見る人間が少なくとも一人は必要 ということは言えるが、 事情が許せば遠方から一般電話回線を介して面倒を見てもらうことも可能である。

○ 院内LAN

約50m離れた自宅にもイーサネットや光モデムを介して 2台の端末がぶらさがっている。 私が自宅に帰ったときはここで色々な仕事をするのだが、 昼間はワイフがここからログインして帳簿の整理をしていたりする。

2年前にこのシステムに電話回線が繋がり 外からログインできるようになった頃、 電話回線を介して入って来た仲間(コンピュータ仲間の高橋究先生)が who コマンドで、 私が二人(メインコンソールとデバック用につないだパソコン)、 事務員、ワイフ、それに彼自身と5人も同時にログインして 沢山のプロセスが走っているのを見て「ワオ!」と言っていた。 個人のUNIXシステムでは考えにくいことだったのだろう。

LANは複雑に絡み合っていて、 自分の端末がピピッと鳴って誰かが話かけてくる。 診療所のコンピュータへ電話回線を介して誰かが入ってきて、 自宅でログインしている私へLANを介して話しかけてくるわけだが、 最初のうちは「先生、今どこにいるんですか」と戸惑っていた。

回線がハングアップしてウンともスンとも言わなくなったら、 自宅から診療所のコンピュータに電話回線を介してログインし 修復することができる。 色々な端末からリモートログインを繰り返していると、 そのうち自分が今何処にいるかわからなくなってしまうので、 私のシステムではプロンプトに自分が何処のシステムに居る誰か を表示するようセットしてある。

○ シェルは事務作業にも有用

UNIXにはさまざまな機能が標準で豊富に装備されていて、 アイデア次第で大変便利につかえる。 ファイル内容に一定の処理を加えて結果を得たい場合、 C言語でいちいちアプリケーションを組む必要もなく、 シェルスクリプトをちょっと書くだけで済んでしまうが、 これは最も事務作業に向いた機能のひとつといえる。

タイマーをセットしておいて 色々な作業を自動実行させる機能も便利で、 不要なファイルを定時に消去する いわゆる「お掃除プログラム」などはUNIXでよく使われる例の一つである。

翌日忘れずに行なうべき事項などは 自分あてにメールしておけば、 翌日ログインすると自分宛にメールが来ていて忘れずに済む。 またタイマー機能も便利で、 普通は /usr/lib/cronab に起動すべきプロセスをセットしておくのだが、 私のシステムではここに私宛のメールがセットしてある。 ワイフの誕生日前日になると私宛に「明日は奥さんの誕生日ですよ」 というメールが来るので、忘れていてマズる心配もない。

○ 文書の扱いも UNIX で

UNIXにはroffという文章清書機能がある。 これは文章中に制御用コマンドを埋め込んでおき roffというコマンドを通してやれば、 奇麗にフォーマッティングされた文章が出てくるというもので、 慣れないと結構面倒なものではあるが、 私のところでは診断書を書くのに使っている。

ただしこの機能はコンピュータの周辺機器が発達した現代においては、 もっと人間サイドに近寄った "What you see is what you get"、 すなわち画面で見た通りが文書として得られる方が、 マン・マシーン・インタフェースという面で一般的には、 よりベターであろう。

UNIXのファイルシステムの特徴の一つは、 データファイルがいわゆるアスキーファイルとして 格納されていることであるが、 臨時発生的処理もいちいちアプリケーションを作成せず、 直接データファイルをエディターで読みに行って編集できてしまうのは、 とても便利である。

UNIXのアプリケーションから学んだことは沢山あるが、 そのひとつとして一見手作業に近いダサイ方法を積み重ねながら、 結構複雑な仕事を能率良くこなしてしまう例が多いようで、 これが UNIX流のようである。 ハードならびにソフトの能力のアップした現代では、 一見オーバーヘッドがかかるように見えても、 結局人間に理解しやすいように作られたものが トータルとしては最も高い作業能率をあげる。 アセンブラにかわって高級言語が多く使われるようになったのが 良い例である。

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