「私と息子(15歳)のアトピー克服に向けて」
(お母様記述)44歳2015年3月5日
(お母様記述)44歳2015年3月5日
私がアトピー性皮膚炎を発症したのは小学生の頃で、腕の内側や膝の裏側がとても痒かったことを覚えています。小学生、中学生、高校生と成長と共にアトピーの症状は腕・膝以外にも肩・背中・首と体の各部に広がりました。痒みも強くなり、その度にステロイドを塗って症状を抑えるという状態でした。病院を替えればアトピーが治るかと、いくつもの皮膚科を訪ねました。しかし、処方されるのはステロイドばかりでした。ステロイドを塗り続けた私の皮膚は、次第に薄く赤黒く変色しました。
学生だった20才頃、ステロイドで抑えるだけのこんな治療はおかしい・・・。そう思いながらもどうすることもできず、ステロイドを使い続ける日々でした。就職して3年目、ステロイドを塗っても赤みや痒みの症状が治まらなくなったのです。ステロイドが効かない・・・。この現実に私は途方に暮れました。それから間もなく、薬剤師である知人の紹介で松本漢方クリニックを知りました。彼女は子どものアレルギーで以前から松本漢方クリニックに通っており、松本先生が信頼できる先生であると教えてくれました。
1995年4月、初めて松本漢方クリニックで診察を受けました。先生はアトピー治療について熱く説明され、「絶対治る」とおっしゃり、握手をして励ましてくださいました。先生を信じて治療しようと心に決めました。一切のステロイドを絶ち治療を始めると、顔全体の皮膚が赤くなり、瞼がパンパンに腫れました。その後、痒みを伴いながら次々と皮膚が剥がれました。煎じ薬、消毒、漢方風呂、赤い塗り薬、抗生物質エルタシンを使用しました。
3ヶ月程すると、手の甲が赤く腫れ、強い痒みが続きながら皮膚が剥がれました。漢方風呂は主に夜使用しましたが、昼間も洗面所を使って手と腕を漬けました。痒みは続くものの、皮膚の新陳代謝が早くなるように感じました。
治療開始から4ヶ月頃、IgE値は13000を超えました。全身に強い痒みが続き、夜は寝られず、朝になって掻き疲れて寝る日もありました。毎日、シーツの上には掻いて剥がれ落ちた皮膚が溜まり、パジャマは肌から出る汁で湿っていました。先生からは、食事で蛋白質をしっかり摂るように指示をいただきましたが、食欲がなく約8㎏体重が減りました。この頃が身体的、精神的に一番辛かった時期です。この治療を家族や友人が見守り、励ましてくれたことが私の支えでした。
治療開始から2年後、IgE値は3700になりました。皮膚の痒みも徐々に弱くなり、赤かった皮膚は本来の色へと変わってきました。そして、その後、結婚・出産と新しい生活が始まりました。
2000年に誕生した息子は、生後数ヶ月で頬と足にアトピーの症状が出ました。その頃、主人の仕事の都合で神奈川に転居したため、頼れる人もおらず、自分の体調悪化を恐れ、自分の治療よりも息子のアトピー治療と育児を最優先しました。私は長年使用したステロイドのリバウンドを経験したため、一時的に症状を抑えるだけのステロイドはもう絶対使いたくなかったのです。
赤い塗り薬、漢方風呂を使い治療を始めました。1才頃に頬の赤くガサガサの症状は治まりました。幼稚園の頃には、煎じ薬を飲み始め、足首の痒みが治まりました。しかし、膝の裏側の赤みと痒みは続き、小学生になっても症状は一進一退を繰り返しました。
先生からは、ステロイドを使っていない息子の症状が長引くことについて指摘をいただき、思い当たることがありました。2才頃までは、熱が出ると心配で近くの小児科へ通っていました。診察時に、松本漢方クリニックでのアトピー治療について説明していたため、治療の妨げとなる薬は処方されないと信じていました。しかし、小児用の風邪薬には抗アレルギー剤や抗ヒスタミン剤が入っている可能性が高く、アレルギーを抑制するためアトピーの完治が遅れるのだそうです。親として、一日も早くアトピーを克服してほしいと願ってきた私は悔やみました。それ以降、松本漢方クリニックで風邪の煎じ薬も処方していただきました。
中学生になった息子は現在も治療を続け、膝の裏側に軽い症状が出るものの、勉強と部活を両立し充実した学校生活を送っています。また、私は育児を理由に煎じ薬を中断していた時期が長いため、現在も季節によって症状が出て治療を続けています。
先生はアトピー治療について毎回熱く説明してくださいます。自分の免疫を上げることがアトピーを治す治療であると理解しています。そして、自分の免疫の力を信じたいと思います。身勝手な理由から、手記が遅くなりましたことをお詫びいたします。最後になりましたが、松本仁幸先生に心から感謝いたします。ありがとうございます。