「アトピー性皮膚炎とのつきあい(不良患者)」匿名希望35歳2004年9月15日
思えば、私とアトピーとのつきあいは、物心がついた時からでした。よく母と姉に、「体中に包帯を巻いて寝ていても、朝には血だらけだった。」と言われました。
気がつけば、祖母に手をひかれながら、近くの総合病院に通っていました。母もアトピーだったらしいですが、20歳にもなると治っていて(そばのアレルギーだけは、残っていますが)、私も、「時がくれば、治る」と思っていたそうです。多分、昔ならそうだったのでしょう。不幸なことに、私には、ステロイドという便利な薬があったのです。
それでも幸いだったのは、その時の医者が、必要以上に塗らないことと、顔には塗らないようにと、指示してくれた事。そして3歳上の姉の存在でした。この姉は、私が小学生だった頃、ですから姉が中学生だった時だと思いますが、私にこう言いました。「あのね、薬って、怖いねんで。ひとつひとつは副作用なくても、薬と薬が合わさった時に、副作用がないとは言えないし。薬は沢山の種類があるから、いちいち全部調べられへんし。」と。すっかりこの話にびびった私は、その時医者から、かゆみ止めと赤い糖衣の錠剤を、「かゆみがひどい時にだけ、飲むように」処方されていたのですが、風邪薬や鎮痛剤など、一切口にする事なく、アトピーの薬も、どうしようもない時以外は使用しませんでした。
それから月日がながれ、時々かゆみに悩まされながらも、知らない人から見ると、アトピーと気づかれず、化粧もできない事はなく過ごしておりました。23歳になり、仕事もしていた頃、母が友人に言われたそうです。「結婚するまでに、きちんと治しておいてあげないと」と。その時私には、学生時代からつかあっていた彼(今の主人)がおりました。母も、漢方はお金がかかるし、「そのうちに、アトピーは治る」と思っていたのですが、意を決して、漢方治療する事を私にすすめました。ただ、その時に、松本先生と、もう一ヶ所の所を紹介していただいたのです。もう一ヶ所の方が実家から近かったので、「とりあえず、話を聞いてみよう。」と、そちらの方に行きました。
ここは薬局でしたが、使っている薬を持っていくと、「一番きついステロイドの薬(リンデロン)だ」とおっしゃり、「すぐに、止めるように」と言われました。その時私は、営業職についていましたし、犬を飼っていたので、「リバウンド等を考えると、仕事は辞めた方がいいが、無理なら、徐々にステロイドの量を減らすようにしよう。」とすすめられました。しかし、私は「仕事も続け、犬も、まさか今さらどこかにやるわけにもいかないし、どうせ止めたほうがいいなら、ステロイドもきっぱりやめる。」と決めました。
漢方薬を煎じて飲み、熊笹エキスなども飲み続け、処方された漢方の塗り薬を続けました。すると、私の体は、大変な事になりました。体中真っ赤に腫れ上がり、脚はむくんで、像の脚のようにパンパンに腫れ、夏でも寒くて(多分、自立神経がおかしくなっていたのでしょう。)、長袖で過ごしていました。みんなに「急に、どうしたの?」と聞かれたりしましたが、私は、あまり物事を深く考えないようにするタイプで(というか、考えてしまうと、つらくなるので、考えないようにしてきたので)、「命までとられるわけではないし。」と、1年以上はかかったであろうリバウンドを、何とか乗り切りました。後で、その時に、松本先生の所にかかっていれば、と思いましたが、それでも、私にステロイドを止めるきっかけを作って下さったことには、感謝しています。
その後に結婚し、長男が生まれ、一歳になるかならないかの時に、長男が、右の足首だけ痒がり、治まっても治まっても掻きむしっていました。アトピーかも、と気になりましたが、何ヶ月かすると治ったので、少しほっとしていました。しかし次男が生まれ、昼間の長男の育児と、夜中の授乳で、私はくたくたになり、皮膚がぼろぼろになってしまいました。それでも、結婚によって高槻から離れていたのもあり、そのまま時が過ぎていました。
長男が2歳になった頃、長男の目のまわりが真っ赤になり、痒がるようになりました。そこで私は、「何とかしなくては」と考え、以前に聞いていた松本先生を思い出し、母に電話しました。母も調べてくれ、主人にも相談し、実家に子供を連れて行く事にしました。長くかかりましたが、27年かかって、松本先生と出会いました。先生のお話や皆さんの手記を読み、インターネットのサイトを読んで、「やっと、私が探していた先生に、出会えた」と思いました。
と言いますのも、私は医者ではありませんが、アトピーの患者として、色々な本を読み、ふと自分の掻きむしった処を見て、「これは、普通の傷と同じではないのだろうか」と思い立った事がありました。そこで、外傷用の消毒薬で消毒し、ばんそうこうを貼ってみた事がありました。すると、2日もすれば、きれいになっていました。といっても、また痒くなり、掻いて傷が出来るのですが。また蚊に刺されたときに、薬を塗らないで、患部を消毒した後、よく切れるカミソリも消毒して、少し傷をつけ、血をしぼってから、ばんそうこうを貼ってみた事があります(ちょっと変わっているかもしれませんが、疑問に思って、自分で、人体実験を色々としていました。)。すると翌日には痒みもなく、傷も浅いので、綺麗に治っているのです。そういう事があったので、むずかしい事は説明できませんが、先生のおっしゃる事が納得できたのです。自分自身は試行錯誤してきましたが、子供には、同じ事をさせたくありませんでした。
あと、松本先生は「必ず、治るから」という強いお言葉をおっしゃり、食事制限や、必要以上に掃除をすすめたり、動物から隔離するような事は、おっしゃいませんでした。栄養不良になる程、食事制限もさせられた私には、アトピーが治る前に、「別の病気になりそう」という思いがありました。また子供が喘息で、ダニやほこりのせいだといわれた友人が、「これだけ掃除しているのに、何で治らへんの?」と悩んでいるのを見て、その先生に疑問を持ったりしていました。
子供は何もせずに、松本先生に連れて行きましたので、「治るのは、早い。」と言われました。家族で漢方風呂に入り、私だけ煎じ薬を飲みました(私が一番ひどいので)。案の定、あとから次男も発症し、その後生まれた娘も、夜中に授乳に起きたら、布団が血だらけ状態でしたが、7歳の長男は完治し、5歳の次男も、膝の裏側がたまに痒くなる程度で、3歳の娘も、おしゃれを楽しめるようになりました。当の私は、子供たちが落ち着くと、ついつい自分自身は手抜きになってしまい、松本先生のおっしゃる通りに煎じて薬を飲むことと、漢方風呂に入ることは実行できていませんので、完治まではいっていません。でも、次男のお宮参りの時の写真から比べると、若返ったと思っています。最近、友達から、「綺麗になった。」と言われました。
ただ、消毒して、赤い塗り薬を塗る事と、他の薬を服用しない。これだけは、私は実行しています。時間はかかっていますが、確実に良くなっているという実感があります。子供たちも、こけて怪我しても、虫にさされても、「赤い薬、塗って!」と言ってきます。
私の知り合いで、以前に先生にかかっていた方で、思うように(すぐに)良くならないと、しびれをきらして、他の治療をされた方がいました。去年、久しぶりにお会いした時に、私がとても綺麗になったとびっくりして、「何をしたの?」と尋ねてきたことがありました。私は「ずっと、松本先生にお世話になっている。」と言いました。「それだけ?」と聞かれたので、「それだけ。」と答えました。
松本先生にとりましては、私は不良患者の一人だと思います(真面目に薬を飲まないし)。でも先生の考えからはずれる事だけは、しませんでした。その結果だと思っています。
ようやく、今週「卒業」出来るようになりました。長かったようで、短かった半年・・・・・もう、あれから半年にもなるんですね。
昨年11月、朝起きたら、突然、湿疹だらけになっていて、ビックリしました。モーレツに痒くて痒くて、てっきり食物じんましんかと思ったのですが、アトピーと診断されて、もっとビックリ。急に症状が出るものだとは思っていませんでした。どうやら、半月程前に、他の病院でもらった薬がよくなかったようで、そんなんでここまで大変な事になってしまうとは、思いもよりませんでした。
すぐに漢方薬(診察までの待ち時間に読んでいた他の人のレポートの通り、すごく変な味で、毎日飲むのが大変でした・・・。「良薬、口に苦し」ってこの事ですね。)が始まり、湿疹は少し落ち着きましたが、夜中、痒くて痒くて眠れず、布団の中でゴロゴロしながら、痒みが治まる明け方まで、パジャマの上からでしたが掻きむしる毎日でした。
そんな感じで1週間後、血液検査の結果が出て、やはりアトピーだという事が分かり、今度は、漢方のお風呂も始まりました。浸かっても浸かっても、なかなか時間が経たなくて、音をあげた私は、お風呂で何とか快適に過ごせるよう、防滴ラジオを買ってきて、色んな会社の通販カタラグとかも濡れちゃっても構わないので、お風呂で見たりとかして、ようやくストレスを溜めずに1時間浸かれる様になりました。(ただでさえ、痒みで夜ほとんど眠れなかったので、お風呂が快適になった事で、随分楽になりました。)
そんな感じで、発症からだいたい2週間くらい経ったころ、夜中の痒みが治まってきて熟睡出来るようになり、飛び上がるほど嬉しかったのを覚えています。夜眠れる事が、こんなに嬉しく感じたのは、私の人生の中でも、初めてでしたけどね。
肌はまだガサガサして、赤黒い所が多かったですが、それも徐々に、アカが取れる様な感じで普通の肌によみがえっていき、3ヶ月経つ頃には、すっかり元通りに近い感じになり、ホッとしました。
その頃から漢方のお風呂が2日に1回となり、「スピードアップで治そう!」という事で、さらにすごくマズイ漢方煎じ薬に変りました。前のはショウガの味っぽいのでしたが、今度のは辛くないカレーのような・・・濃いマズさの煎じ薬・・・前の方がまだ飲みやすかったと、ちょっぴり松本先生を恨んだりもしましたが・・・何とか味にも慣れ、今日まで毎日欠かさず頑張って飲みました。それも、今週でお別れかと思うと・・・やっぱり、かなり嬉しいです。
そういえば、アトピー性皮膚炎を治してもらっている間、以前からちょっと辛かったドライアイも治してもらいました。漢方の粉薬を2週間ほどで瞳の渇きがなくなり、楽になりました。漢方薬で、ドライアイも治るんですね。
何だか、読んでもあまり役立ちそうにないレポートですが、これから漢方薬で治そうとしている皆さん、頑張って乗り越えて下さい。
「これから治療を受けられる人へ」39歳女性2004年9月18日
私が松本漢方クリニックを知ったのは、2000年の夏。当時、妊娠中の友人のために、漢方薬でアトピーの治療をする皮膚科を、インターネットで検索して、見つけました。それから1年後の2001年9月、9年ぶりに、私の背中に、プツプツと湿疹が出始めたのです。「何故?もう治ったと思っていたのに・・・」
私は2、3歳の頃から、小学校4年生くらいまで、湿疹がひくことなく出ており、どこの病院に行ってもたらい回しにされ、これといった治療法も教えてもらえなかったので、病院には通っていませんでした。薬局で購入した「フルコートF(ステロイド剤)」という塗り薬を、毎晩塗っていました。中学に上がる頃には、湿疹も頻繁に出なくなり、年に1回くらい、皮膚科に行って、塗り薬をもらう程度だったと思います。皮膚科とのお付き合いは、27歳まで続きました。
27歳の時に、アメリカに行くことになり、塗り薬なしの生活が始まったのですが、温暖で湿気のない気候がよかったのか、5年間は、1度も薬を塗らずに過ごせたのです。帰国してからも、薬とは無縁で、自分がアトピーだったことも忘れていました。ですから、9年ぶりの背中の湿疹は、ショックでした。
私は、幸いにも、1年前にインターネットで見つけた松本漢方クリニックのことを憶えていたので、もう1度HPを見なおしました。黒っぽくて、何だかカルトっぽい(ごめんなさい)HPだったけど、「やっぱり、ここに行こう。」と決めたのです。
以下は、私が松本漢方クリニックでの治療を始めてから、落ち着くまでの、約3ヶ月の地獄の闘病記録です。受診する度に、松本先生から、「治ったら、手記書いてや。」と言われていたので、その当時メモしていたものを思い出しながら、記載します。
2001年10月3日
初診。血液検査。煎じ薬、塗り薬、消毒液を渡される。
1週目
漢方薬は、即効性がないという先入観があったのに、2日目で、顔以外の体中に、細かい発疹がでる。特に、首、背中、肘の裏と、何故か右足の甲がひどい。
細かい湿疹が繋がって大きな赤い斑点になる。
2週目
薬湯に入りだす。
大きな赤い斑点が、黒くなる。
首、背中、脇腹が、腫れてくる。
鎖骨がなくなり、首は亀のよう。
背中は、象。
ブラジャーが、できなくなる。
体重が3kg増える。(食欲ないのに・・・)
ヘルペスの疑い。薬をもらう。
3週目
耳、首、背中、右足の甲から、リンパ液が流れ出す。
1日3回、プロテインを飲み始める。
毎夕食には、煮豆と豆腐。
耳の中が、すごく痛い。
10月23日 松本先生にお願いして、睡眠薬をもらう。
自宅から駅までのバスが、苦痛。
4週目
とうとう顔に発疹が・・・。大ショック。
顔に塗り薬を塗って、出勤。はずかしい。
肘と手首が腫れて、腕はドラえもん。
異常に、肘が痒い。(骨のところ。昔は、肘の内側だったのに・・・不思議)
背中の腫れが、ひく。
5週目
足が、パンパンに腫れる。
膝と足首が無くなり、サリーちゃんの足に。
11月6日 睡眠薬を止める。
指先にひび割れ。指紋が無くなる。
右足の甲以外のリンパ液が、出なくなってきた。
6週目
三日間くらい、落ち着いている。
体重は、元に戻る。
異常に、両足のスネが痒い。(不思議。こんな箇所が・・・)
瞼が、腫れ出す。すごい違和感がある。
夜のお風呂上がりに、今までにない体中の痒み。(特に背中)
7週目
腕に、ひどい掻き傷が、できはじめる。
胸、お腹にも、掻き傷ができだした。
傷が残るのが不安だったが、先生から、「傷は、残らない。」と言われ、安心。
8週目
ニキビのようなものが、お尻、背中、首にできる。
痒くて、眠れない。
9週目
瞼の腫れが、ひく。
顔が、元に戻る。(が、塗り薬は続ける)
11月29日 治療が始まってから、初めて熟睡できた。
何故か急に、全体が、ほんの少しキレイになる。
10週目
両足のスネも、ましになってきた。
やっと、右足の甲のリンパ液が、止まった。
夜中に、目が覚めなくなった。
11週目
背中が、ツルツルになってきた。(でも、まだピリピリする)
12週目
急に、楽になる。(不思議)
かゆみの発作の回数も、減る。
ここまでで、私のメモは終わっていますが、もっともっと書き留めておけば良かったなと、後悔しています。
淡々と箇条書きにすると、こんな感じですが、実体験は、本当に辛いものでした。「死んだ方が、マシ」と何度も思いました。松本漢方クリニックに行ったことを、後悔したこともありました(ごめんなさい)。私は、幸いにも接客業ではなかったので、1日も休まずに仕事に行きましたが、バス・電車内は、すごく恥ずかしかったです。リンパ液が1日中出てくるので、首と肩にタオルをまいて、その上にパーカーを着込み、ジャージをはいて、1時間半通勤していたのです。
自分でもわかるくらい臭かったし、格好悪いし・・・。松本漢方クリニックでの治療は、精神面が強くなければ、乗り越えられないと思います。それと、家族の協力です。家族の協力なしでは、乗り越えられるものではありません。松本漢方クリニックで治療を受けたおかげで、家族の愛情を再確認できましたし、精神面が、すごく強くなりました。本当に、人生観が変わるくらいの経験ができたと思います。
「苦あれば、楽あり」で、まだ完治はしていませんが、私の肌は、アトピーがお休みしていた9年間よりも、確実に美しくなっています。昔は、高価な化粧品を使っていましたが、今では、ファンデーションなしでも平気で、友人からは、「ファンデーション塗ってないの?きれいな肌ね。」と言われます。下世話な話ですが、松本漢方クリニックで支払ったお金は、確実に相殺できています。
これから治療を受けられる方は、すごく不安だと思いますが、松本先生を信じて、頑張ってください。先生を信じて、自分が強くなれば、必ず乗り越えられると思います。乗り越えた後には、何かしら得るものがあります。
「アトピー性皮膚炎とわたし」37歳男性2011年8月28日
私がアトピー性皮膚炎になったのは20代のときでした。
はじめは、少しカサカサしてるだけでした。そして、知人にいい病院があると言われステロイドを扱う病院に行きました。今思えばこれが地獄への第1歩だったとは…
〈ステロイド〉
塗れば痒みはおさまり効き目が切れると痒くなる決して治っているとは思えない。日に日に痒くなる一方でした。それでも痒みをおさえるため毎目ぬりつづけました。食べ物もほとんど好きなものは食べれず魚中心のご飯に約4年間、この生活が続いていました。もう、すでに気持ちは痒みさえおさまればとの思いでした。が、そんな時、当時の彼女(現在嫁)から松本漢方クリニックのことを聞きました。私の為にいろいろと調べてくれたらしく、感謝の思いでいっぱいです。まあ、またステロイド治療だろうと思ってあまり期待していませんでした。すると彼女の口から松本漢方クリニックでは「ステロイドを一切使わない漢方で治す治療方法」で「好きなもの何でも食べれる」と言いました。ステロイド塗布と食事制限に懲りた私には最高な思いでした。でも、私は半信半疑なところもありましたが、一度は行ってみようと思ったのです。これが私と松本漢方クリニックとの出会いでした。
初めて松本漢方クリニックに行ったとき目に入ったのが「ステロイドは一切使わない」「ステロイドがほしい人は他院へ行ってください」でした。彼女の言った通りでした。しかもかなりの患者さん!さらに結構遠方からも来てるらしい!やっぱりすごいところなんだなあと思いました。待ち時間1時間…2時間…やっと一私の番でした。いよいよ松本先生との出会いです。はじめの印象は「すごく怖い人」「しかも早口」って感じでした。でも、先生が「絶対治す」と何度も言われ、怖くて早口だけど、この先生なら信じられると確信しました。絶対私のアトピーを治してくれると思いました。松本漢方クリニックでの治療は煎じ薬、漢方風呂、赤い軟膏での治療です。ステロイドのない治療方法です。漢方でステロイドを体の外へ出しながらアトピーを治療していく方法でした。私は、かなりステロイドを塗布しているので少しリバウンドがあり大変そうです。
治療1日目
煎じ薬(結構飲める味)を飲み、お風呂をがんばって1時間。初めのころは、傷があったので入る前には傷口などに消毒液を塗布します。風呂からあがるとすぐに赤い軟膏(1日中塗っていいみたいだ)これをこなすと体がポカポカしてくるので痒みが…。しかし先生は痒けりゃかいてもいいと言っていたので結構かきました。痒みに耐えながらも1日目が終了しました。
治療2日目
体全体が赤く腫れ、顔が特にひどくなってた。足が痒くて掻いてたらいっぱい血が出て来た。でもかいてもいいので気分的に楽でした。2日目も1目目同様煎じ薬、お風呂、塗り薬とこなした。
それから3日目…1週間目…1か月目…
治療1ゲ月目
私の体に異変がありました。白い斑点が出てきました。すぐ先生のところへ診察にいきました。この斑点はステロイドの影響で色素の抜ける白斑症と診断されま.した。しかし、白斑症以外を見てみると傷がなくなっていました。
傷はなくなっているものの、痒みはまだまだ残って足は象の様になってました。色は赤みでなく少し紫がかってます。ここまで反応しているということは漢方治療の効果がでている証拠だと思い、彼女にも手伝ってもらいながらもがんばりました。
治療3か月目
肌の色も紫だったのが赤くなり、皮膚も少し柔らかくなって痒みも初めの頃に比べマシになってきました。すごいそ!!しかし、4か月後にまた来たのです。
治療4か月目
マシになった痒みがまた痒くなり、漢方を始める前のような痒みみたいだ。
暮麻疹も出てきて、傷もかなり増え、リンパ液まで出てきました。
夜も寝れないくらいのすごい痒みに襲われました。
これが、先生の言っていた「リバウンド」です。
これも、ステロイドをたくさん使ってしまったからだと先生に言われました。
だいたいリバウンドが1か月くらい続きました。夜は睡眠薬を出してもらい、どうにか寝ることが出来たのですが睡眠薬を使うことがすごくこわかったです。
痒くはないのですが、起きられない。すごくこわかったです。
私のアトピーの治療の中で、この時が一番辛かったです。それでも先生は「絶対治る・治す」と言ってくれました。この言葉を励みに私はがんばることができました。
治療5か月目
傷も治まり、リンパ液も出なくなり、夜も睡眠薬なしで寝れるようになりました。5か,月以降は、少しの痒み・顔と体の腫れが引き、少しの赤みだけがなかなか治らず。1年が経った頃、ほとんどの痒みがなくなり、赤みもとれ、顔と体のハレもキレイになくなりました。ここまでこれたのも先生のおかげです。
しかし…私はここで一度先生を裏切ってしまったのです。
仕事が忙しくなり、彼女との結婚、そして子供が産まれ、痒みなどほとんど感じなくなり調子にのった私は漢方を途中でやめてしまったのです。
やめてしまってから痒みもなく、もう治ったんだと思った1年後…
また地獄の始まりでした。
漢方をやめて1年後体がすごく痒くなり、また夜も眠れない日々。
息子も抱っこできないくらい痒くなり、妻に怒られました。調子にのって漢方をやめたからだと…妻から松本先生の所へ行きなさいと言われました。
私は内心こわかったのです。途中でやめてしまい、先生を裏切ってしまい怒られるし絶望をあたえるんじゃないかと。しかし、松本先生しか信じられないと思い、ドキドキしながら1年ぶりに松本漢方クリニックへいきました。待合室はやっぱりいっぱいでした。2時間待ち、私の番です。すると、私の顔を見た先生は私の事を覚えてくれていました。調子にのり漢方を途中でやめてしまったこと、仕事の事、子供の事、を話し始めは怒られました。しかし、先生はこんな私を見捨てず、それどころか前のように「絶対治すから」と言ってくれました。その時、妻と息子も一緒にいたので先生は妻と息子にも「パパを治してあげるからね」と言ってくれました。私はやっぱりこの先生しかいないと思いました。なんで途中でやめてしまって、なんてバカだったんだと…今も真剣にアトピーの治療をしてくれています。途中でやめてしまったぶん1かたのスタートだけど、今度こそは先生を裏切らず、最後までがんばろうとおもいました。色々あり今まで4年間本当に辛かった…しかし、松本先生に出会い、アトピーの治療を受けて私の中でのアトピー治療は「治らない」か「絶対治る」にかわりました。本当に先生に出会えてよかったです。松本先生と当時の彼女(現在の妻)のおかげで私はここまでこれました。2人とも決して私を見捨てず、真剣に向き合ってくれました。まだまだ、リバウンドもし、痒みも残って、あとどれくらいかかるかわからないけど、これからも治療を続けて、息子と炎天下の下を体をかかずに遊びまわるという夢に向かい頑張ろうとおもいます。これから、アトピー治療を受ける方。松本漢方クリニックに来ようと思っている方。松本先生を信じ「絶対治る」という言葉に向けて一緒に頑張っていきましょう。先生を信じていれば必ずいい方向にいきます。最後にここまで私の体を治してくださった松本先生、本当にありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。
「20年以上つき合った病気と闘って」匿名希望25歳2001年12月18日
生後3ヶ月から、頭に湿疹ができ、髪の毛は、まるぼうずで、よく男の子と間違われることもありました。
病院には朝早く行き、帰るともう昼をすんでいる。という状態だったので、母は:大変苦労したと思います。中学になると、おでこに赤い湿疹ができ、頭の中は、にきびのようなものができ、皆に気付かれるのがとてもいやでした。高校になってからは、顔にでるようになってしまいました。高槻の医大を紹介され、1年程通いました。
大量のステロイドを塗り、それでも治らないなと言っていた時、知り合いからステロイドの怖さを知り、健康食品に切り換える決意をしました。次の日からすごいリバウンドでした。その時は、リバウンドがあるなんて知らなかたんです。顔がぱんぱんにはれて、じゅくじゅくになり2週間寝られない状態でした。次に滋賀医大を紹介され、また、ステロイドをぬることになりました。
世界的な先生と言われ安心したのもつかの問、だんだん強い薬になり、それもだんだん効かなくなってきました。
二十歳くらいから、年に2回程ひどくなり、民間療法を始めることにしました。しかし、お金がかかり続けることが難しくなったので、それもやめてしまいました。また、病院に通う日が続いて、かん減療法や、飲み薬の治療でした。
もうこんな治療しかないんだ。とあきらめていました。
そんな時、知り合いから松本漢方クリニックの話しを聞きました。漢方は怖い。高い。いいのにあたれば直る。などでたらめを聞かされていたので、ずっと避けていました。でもこれを最後にと祈りながら行くことにしました。
先生にあって、圧倒されてしまいました。すぐに、「この肌は、ステロイドの肌や」「これは、君の肌とちゃうやろ」といわれました。それから、私の手をとり、「必ず治してあげるから。この真実の目を見なさい」とくり返し言ってくださりとても嬉しかったけれども、その迫力に私も母もあ然としてしまいました。また、リバウンドがでるのかと思うと、胸が締めつけられるほどになりましたが先生のテンポに乗せられ、もう引き返せない状態になっていました。
始あて1週問は何もなかったけれど、2週間くらいしてカ・ら、顔が腫れてきました。首も痒くなってきたけれど、何かいままでの痒さとはどこか違っていたような気がしたのです。かけば気持ちいいが、消毒がすごくしみて、涙することも何度もありました。1ヶ月たってから、今まででていなかった足の股や、腕にまでひろがってきました。漢方を飲み始めよりもこの時のほうがひどく、かきむしったり、リンパ液が出たりして、全然寝られませんでした。1、2週間そんな状態が続きました。「かけばすごく後が痛いので、かき方も考える」と松本先生に言うと、「君はアトピーのプロやな。」と言われました。そんなプロにはなりたくないと思わず言ってしまったことを覚えています。(笑)2ヶ月くらい経っても痒さは変わらず、だんだん不安になることがおおかった。その度みんなの手記を何度も読んで自分と同じ人たちがいっぱいいる。と慰めを得ていました。2ヶ月半経ち、ようやくリンパ液がでなくなり、足もボコボコしていたが、表面がつるつるになってきました。顔の皮もお風呂から上がる度少しずつめくれて、感動していました。黒い皮がだんだんめくれていったので本当に嬉しかったです。
医院にいくことは勇気がいったけど、松本先生の声、診察中にかかってくる多くの患者さんの電話の対応、一人一入を心配してくれる先生の姿を見ると、元気になったり、またがんばろうと思えたりしたので、医院に行くことも自分にとって:大切だ。と思いました。看護師の下口さんにも本当に励ましていただいて、ここなら安心だ。と思えました。3ヶ月経った頃には、久しぶりに会った人にきれいになったね。と言われるようになりました。友達にアトピーの人がいるので、話すとみんな医院を教えて欲しいといいました。
今はもう、1年半経ちました。まだ痒いし、体にもしみが残っています。季節によりひどくなったりしますが、薬を塗っている時に比べれば全然我慢できるし、きれいになるという希望もあります。早く治りたいけれど20年かかった病気をそんなすぐに治せるわけがないと思っていますから、これからもがんばろうと思います。また、紹介した友達と共通のことを話し合ったりもしています。
その友も励みですが、すばらしい先生に出会えて本当によかったと、思います。これからもよろしくお願い致します。そしてこれからもかたい握手と、松本先生のパワーは絶やさないでがんばってください。
「松本漢方クリニックに通って」匿名希望37歳2013年9月10日
私は生まれて三か月くらいからアトピーで20年弱ステロイドを使ってきました。松本漢方クリニックへ通い、13年は過ぎます。治療を始めて3年くらい経って一度手記を書かせていただきましたが、あれから何年か後にまた辛い日々を送らなければならなくなるとは思っていませんでした。
IgE抗体の数値が始めの検査で5,000あり、2年目に1,910まで下がりましたが、7年目くらいに13,390まで上がったのです。病院に行って多くの人の手記を読んで励まされていましたが、悲しかったのは誰一人として私と同じ入はいませんでした。手記を読んでいると、みんなは3年くらいで良くなって症状も軽くなっているのに、私はだんだんひどくなっているのです。出口の見えないトンネルに入ってしまったようでした。巻き戻すことも早送りすることもできません。今までにステロイドを塗っていなかった足にまで湿疹とリンパ液。夜は全く眠れない、服が着られない、お風呂は痒くて苦痛で、もう毎日が憂欝でしかありませんでした。その生活は何年も続きました。でも家族がほんとによく助けてくれたので乗り越えられました。そして今まで病院では教えてもらえなかったアトピーは必ず治ることと、その原理を松本先生に教えていただいたことは心からの慰めでした。そして人間の体に備わっている免疫の素晴らしさ、素晴らしい体の造りをよく知ることができました。だからどんなに辛くても、ステロイドは使わないという決意を抱くことができました。
ある時先生が「よく頑張ったな」と褒めてくだったことはとてもうれしかったです。ほんとに辛い日々でしたが、その中で良い点を見つけるとするなら、忍耐することとあきらめないことを学べましたし、病気ゆえにやりたくてもできないという辛さをもつ人の気持ちを理解することができるようになったのは貴重な経験だと思います。
今まだすっきり良くなったわけではないのですが漢方を飲むことをすっかり忘れて、普通の生活が送れるようになり、夜も眠れて幸せです。
松本先生にこれでアトピーは大丈夫!という言葉をいただけるまで、頑張りたいと思います。そして今忍耐して頑張っている方、自分は一生治らないかも…と心配になる時もあると思いますが、必ずよくなるので希望を持ってください。
「ステロイドの副作用」34歳女性2006年9月21日
高校生の時、顔に湿疹が1~2個出来てとても気になり、皮膚科に行きました。もらった薬がステロイドで、私はステロイドの事を良く知らず顔に何か出来る度に塗っていました。
それから何年か経ち、ある病院で、化粧の下地としても使っていいと聞き、使い続けたらそれ無しではいられなくなり徐々に効かなくなり始め、痒くてたまらなくなりました。顔に悪いものがじわじわと溜まっているようでした。化粧をしてもボコボコで汚く、かくと汁が出てくるので、爪であとをつけたり、何をしても集中できませんでした。ステロイドの副作用は、物凄く、鏡を見ると疲れきったようなボロボロの自分の姿があり、悲しくて、どうにかして治したいと思い本を何冊も読んで色々調べました。どこの病院に行ってもステロイドしか出してくれず上手く付き合って行くしかないと言われました。(ただ1人だけ、三島の病院で、一切止めるしか方法は無いと言ってくれた先生はいました。)その時、会社の安田さんが松本漢方クリニックを紹介してくれました。私は、何の迷いも無く、すぐに大阪へ行きました。先生に絶対治してあげると言われ夢のようで、とても前向きな気持ちになれました。私が漢方を飲むなんて思いもしませんでしたが、まずくても大丈夫でした。最初のうちは3番茶まで飲み、会社にも、出掛ける時も持って行きました。
消毒をして、塗り薬を塗って、色々な変化が現れ、顔がむくんで、茶色いかさぶたが出来たり、黄色の汁のかたまりが出来たり、飲み始めて1ヶ月位から顔に溜まった悪い物が、どんどん出ていっている感じがしてきました。触れるとザラザラ、見た目は良い日が7日続き、次の4日顔が荒れ腫れぼったくなるという繰り返しで、朝起きたら、物凄くヒドイ時があり会社を休み松本漢方クリニックへ言った事も2~3度あります。何故か、病院に行くと気分的にも落ち着きました。その頃は、会社と家の往復で、飲みに誘われても、ほとんど断っていました。どこにも行く気になれず、引きこもり状態でした。H14には、右瞼が赤く腫れ、目が開かない位になり右頬も荒れ、唇も切れて痛く辛い時が何日かありました。ステロイドをつけていた所を肌は覚えているんだと実感しました。H16には顔はもうすっかり良くなりましたが、手の指が酷く、割れまくり、ばんそうこうだらけでした。IgE抗体は39でほとんど普通になったと言われました。H17~18は漢方をほとんど飲んでいません。良くなっては悪くなりと、何度も何度も繰り返しましたが今では、普通に戻れたので、辛かった日々を思い出すと今が夢のようで、先生と、松本漢方クリニックを紹介してくれた安田さんには、本当に感謝しています、ありがとうございました。
「アトピー 中間報告」U.M.36歳2005年4月13日
私は、小学校1・2年生の頃に、足のひざ裏、ひじ裏に、アトピーが出ていました。医者は、「大きくなったら、治る」という事で、あまり薬を塗った記憶はなく、4・5年生の頃には、治っていました。
何事もなく中・高と卒業し、20歳頃に手の指がかゆくなり、放って置いたのですが他の指にも広がってゆくので、皮膚科で診てもらう事にしました。そこで薬をもらい、何の疑いもなくつけるとかゆみがおさまったので塗っていました。
それから結婚して、家事が増える為手の方も悪くなり、23歳で子供を産み、家事、育児と指はボロボロになっていました。それから15年間ほとんど毎日、手にステロイドを塗っていました。
ある日、体の腕、足、背中と赤い発疹が点々とできてしまい、治らないのでおかしいと思いインターネットで調べると、ステロイドが治す薬ではなく抑える薬で副作用があり、多くの人がステロイドの離脱に苦しんでいるとか、リバウンドとか自分では思った事がない様な事が載っていました。
自分の今の症状が、ステロイド皮膚症になっている様でした。頭の中が混乱しましたが、どうしたら治るのかを検索していろいろ調べました。
松本漢方クリニックのホームページに納得し、手記を読み、自分と似た様な症状の人が完治しているのを見て、すぐに大阪 高槻に行きました。
松本先生に「必ず治るから頑張ってな」と言われ、とてもうれしく思いました。
翌日には漢方を飲み、2、3日ぐらいでリバウンドが始まりました。手に炎症が出て、リンパ液、ものすごいかゆみ、皮もものすごい量がむけました。3、4ヶ月は、想像を絶する苦しみでした。
この間は顔、腕、肩、背中、太もも、膝裏と赤紫色に炎症し、リンパ液、かゆみ、痛みで夜もあまり眠れず、お風呂上りの激痛とで毎日辛かったです。
6ヶ月ぐらいで少し落ち着き、夜はだいぶ眠れるようになりましたが、皮膚の状態は悪く、毎日皮膚の状態が変化して精神的にも参っていましたが、家族の支えで何とか1年間やってこれました。
私の家は遠方の為、治療を始めて1年経ったので診察に行く事になり、その時の状態では全身の皮がものすごくムケて、パン粉を身にまとっている感じでした。
朝起きてお風呂に入って皮を落とし、やっとさっぱりする感じで、かゆみもありましたが炎症部分は少なくなっていました。手の方は真っ赤で遠出は不安でしたが、姉に付き合ってもらい高槻に行きました。
診察はIgEが62と言うことなので、良い方向に向かっている様ですが、まだ時間が掛かると思いますが、よろしくお願いします。
※ 私の場合は、手にしかステロイドを塗っていなかったのに、体全体、顔にもリバウンドが来てとてもびっくりしました。治したい気持ちはたくさんあるのに、思い通りに良くならずあせってしまいますが、少しずつ良くなっているので頑張ります。
「アトピー 喘息の手記」匿名希望38歳2005年1月30日
元々小児ぜんそくだった私は、小学校に入った頃にぜんそくが治り、代わりにアトピーが両腕の関節に出来たように記憶しています。それから現在までの約30年間アトピーと付き合っています。
小学校の時は、そんなにひどくなかったのですが、体育の時間ではフォークダンスの相手に気持ち悪がられ、しかたなく包帯をまいて学校に行ったこともありました。痒くて眠れない日や、血が出るまで掻いてしまい、痛痒くてイライラした事もありました。
なぜ自分だけがこんな体質に生まれてきたのだろうかと、親を恨んだ事もありました。母親はそんな私を色んな病院や薬局に連れて行き、飲み薬や塗り薬に入浴剤とありとあらゆる薬を試してくれました。しかし余計にひどくなったものや、1度治ったと思っても再発し、前よりもひどくなる事も多かったと思います。今から考えるとこれが「ステロイトミ剤の恐怖」だったのかもしれません。
何年か毎にアトピーの出る場所も替わっていきました。腕の関節に始まり、ひざの関節、首、頭、顔、背中、胸と色々まわり、この10数年間は足の先に出ているのですが、約3年前からぜんそくを再発しています。
ぜんそくは息が苦しくて我慢出来るものではなかったので、すぐに近くの総合病院に通い始めました。
毎回、大量の薬を出してもらっていましたが、薬の効果が切れると息苦しくなり、一向に良くなる気配がありません。
医者に治るのかと聞いてみたところ、自然に治るか一生うまく付き合っていくしかない、とさも当然の様に言われかなりのショックを受けました。
小さい頃からアトピーとぜんそくには何らかの関連性があり、完治するのは難しいと気付いてはいましたが、小児ぜんそくの頃から30年以上経っているので医学の進歩を多少期待していたところもあり、時間はかかるが改善していくのではと勝手に想像していました。しかし、その期待はもろくも崩れ去り、医者から直接「治らない」と聞かされた時はさすがに落ち込みました。
今から思えば、医者にしてみると「ぜんそくは治らないもの」と言うのが常識であり、「治るのか?」と聞いた私が非常識に思えたにちがいありません。
その頃、今度は当時幼稚園だった私の子供にアトピーが出始め、自分の事以上に辛かった事を覚えています。私が今まで経験してきた嫌な思いを、この子にも経験させてしまうのかと考えただけで涙が出てきました。遺伝する可能性が高いと覚悟はしていましたが、遺伝しない可能性を信じたかった私にとって残酷な出来事でした。
そんな時です、妻が近所の人からアトピーを漢方治療していると聞いてきました。それが松本漢方クリニックでした。
妻の聞いてきた話は、ステロイドを一切使わず、漢方薬を飲んで体質からかえる治療である事、また、それには時間とお金がかかる事、ぜんそくの治療もある事、今までに治った人がたくさんいる事でした。
私は話しを聞いた時に「治るかもしれない!」と直感しました。と言うのも、ぜんそくとアトピーを同じ人が治療している事と、小さい頃からよく耳にしていた「体質を変える」と言う事が、自分の中でとても自然に思えたからです。
間もなく松本漢方クリニックにおける子供と私の漢方治療がスタートしました。
<子供の手記は別途書かせて頂いているので、ここでは、私の治療についてのみとします。>
初めての診察で、ぜんそくとアトピーを治して欲しいと伝えると、松本先生は「症状が出る場所が違うだけで、どちらも同じ事やからね」と即答され、「治してあげます!」と力強く言ってくれました。
その言葉を信じ、煎じ薬を飲み始めて3ヶ月で、強い発作はほとんどなくなりました。
それでも雨の日などには息苦しくなることがあり、煎じ薬を飲むと10分程で楽になりました。煎じ薬をいつもペットボトルに入れて持ち歩く毎日でした。
半年目には、強い発作はなくなり、1年目には朝夕に多少息が重たく感じる程度となりました。2年が経ったころからは、自分がぜんそくだという意識も薄れていた様に思います、煎じ薬を持たずに外出しても怖く無くなっていました。
そして現在、2年半が経ちぜんそくの方は天候や花粉の状況によって息が重い事はありますが生活に支障を来たすことはなくなりました。ただ、アトピーの方はまだ時間がかかりそうなので根気よく続けて行こうと思います。
最後になりましたが、一生治らないはずのぜんそくを、ここまで良くして頂いた松本先生並びに看護師の皆様には本当に感謝しております。また、時間と手間をかけ2年半の間毎日煎じ続けてくれた妻にも感謝しています。
ありがとうございました。 そして、これからもよろしくお願い致します。
「アトピー手記」匿名希望34歳2006年6月29日
私は、現在34歳の主婦です。
私は、生後間もない頃から、発疹ができ、乳児検診では医師から「乳児性湿疹です」と言われ、母もその時はまだ「アトピー」という名前すら知らなかったと話していました。3歳のころ医大病院の皮膚科にかかり、そこで初めて「アトピー性皮膚炎です。思春期のころまでに治らなければ、一生治らないと思ってください。」と言われ、その時もらった軟膏は「ステロイド剤」でした。でも、「ステロイド」という名前も、その薬の怖さを知ったのも、そのときではなく、私が20歳の頃にようやくテレビ等で話題になって、知ったのです。
子供のころから繰り返し出る湿疹に、どの医療機関に行っても、渡されるのは同じような軟膏(ステロイド剤)で、完治もしなかったので、薬品会社で働く親戚に頼んで、いつも「フルコート」をもらって、繰り返し塗っていました。手によく塗っていたのを覚えています。中学生のころには、近所にあるK皮膚科に通い、調合された軟膏と坑ヒスタミン剤をもらっていました。軟膏を塗っていれば、一時的に湿疹は治まり見た目もほとんどわからなかったのですが、やはり完治することはなく、いたちごっこの状態でした。
高校生のころ、親の職場の知り合いから勧められ、別のクリニックに通うようになり、そこでは「体質改善の注射がアトピーに効く」と言われ、週に1度注射を打ちに通いました。何も疑わずに注射を受けて、最初の数ヶ月は嘘のように肌が綺麗になり、「今度こそ治るのでは」と思っていたら、その後はだんだん調子が悪くなり、そこでもらう軟膏で症状を抑えるような状態になっていました。その時は気づかなかったけれど、「ステロイド注射」だったのだと思います。この注射が、症状をさらに悪化させたと思います。
それからは、周囲から良いと聞いた診療所に行ったり、もとのK皮膚科に通ったりして、いたちごっこを繰り返していました。
そのころ私は高槻で働いていて、その職場で知り合った方から、「わたしの姪もアトピーで、顔がひどかったけど、漢方の診療所に行って、半年で綺麗に治ってたよ。」と言って、松本漢方クリニックを紹介していただきました。職場のすぐ近くだったこともあり、さっそく行ってみました。
平成5年の12月の終わりだったと思います。先生に、今までの経緯を話すと、「今まで散々悪いことしてきてるから、まずはそれを出さんとあかん。必ず治してあげるから。」と力強く言われ、今まであきらめかけていた気持ちが、「本当に治るの!?」という期待と、これからやってくるリバウンドへの不安で、とても複雑な気持ちでした。それまで、軟膏を塗って症状を抑えてその場しのぎで過ごしてきた私にとって、ステロイドをやめ、リバウンドの出た状態で職場に行くことが、とても不安だったのです。
リバウンドは、やはりとても大変な状態でした。今まで抑えていたものが、一気に吹き出たかのように、全身が真っ赤になり、顔から背中、手にかけてジュクジュク浸出液が出たり、皮膚がポロポロ剥がれたりの繰り返しで、痒みも激しく、湯船に浸かっているときだけが唯一体が楽になれたので、何時間も入っていました。母も、私のそんな状態を見てとても心配し、「その治療は本当に正しいのか」と、一緒に診察に行ったこともありました。仕事に行くのもしんどい状態になり、周囲の助けもあって、2ヶ月間お休みをもらい、治療に専念しました。あの一番しんどかった時も、先生の「絶対治してあげるから。」の言葉は、私をとても勇気づけてくれました。鍼灸師の織田先生には、いつも楽しい話で心も体も癒されました。職場の方も医療関係者が多く、私の治療に理解を示し励ましてもらったことに、私はとても感謝しています。
半年ほどで大きな山を乗り越え、その後は、落ち着いたり、少し出たりの波がありました。特に、梅雨の時期に出ることが多く、ヘルペス水痘症になったりもしました。ここ数年はとても調子が良く、夜もまったく痒くなく眠れる状態になっていたので、完治していないのに、日常の仕事等の忙しさにかまけて、漢方薬をほとんど飲んでいませんでした。年に1度、少し症状が出ると漢方薬をもらいに行くような状態だったので、最近また少し症状が出てきたので、これからはちゃんと飲もうと思います。これまでの経験で私が思うのは、ステロイドを使っていたころよりも断然肌が強くなっていること。(ステロイドを使っていたころは鮫肌でしたが、今はツルツルの肌がほとんどになっています。)
今、まさにリバウンド中で頑張っておられる方は、とても大変だと思いますが、必ず良くなるので、諦めずに、焦らずに頑張ってください。
私も、完治するまで頑張りますので、松本先生、スタッフの皆様、よろしくお願いします。
「アトピー手記」匿名希望35歳2008年11月20日
まだまだ,治療の途中でありますが,感謝の気持ちとして,治療手記を書かせていただきました.不都合な点は,ご指摘をいただけますよう,お願い申し上げます。手記には書き切れませんでしたが,アトピーにより,良い意味での諦めが出来、自らの人生に対し、展望が拓けました。アトピーになって、
一番良かったことです.ありがとうございました。
皆様はどのような経緯で松本漢方クリニックに来られましたか?
私の,この7年間に渡る松本漢方クリニックでのアトピー治療は,あらゆる意味で運が良かったと,深く・深く感謝する体験となりました.アトピーは一生治らないもと諦めていたのが,快適な生活が送れるところまで回復しているのです。
リバウンド時には,首下から臍の辺りまでガサガサの灰黒色,凸凹になった上に血にまみれ,リンパ液に浮いたカサブタばかりの皮膚が,キレイな皮膚になりました。夜ぐっすり眠れますし、仕事にも集中できる、その上バイクにも乗って、色々な場所へ遊びに行くことができます。(松本漢方クリニックの診察にも、バイクで行ったことがあります)
是は,運が良かった、この一言に尽きると思うのです。
当方のアトピーは,物凄いリバウンドを耐えた皆様と比べれば、とても軽いものです。もしかしたら,完治までの道のりが見えたという段階の症状なのかもしれません。
とはいうものの,治療をしている最中、特に治療を始めてから1年間の間は、皮膚が痒い上につっぱており、とても痛い、僕の体は治るのか?と、毎日のように不安になっておりました、その時、一番頼りにしたのは、ホームページの治療手記です。これを読み、僕の考えは間違っていない、どんなに時間が掛かっても、必ず、治る!と気持ちを切り替え、漢方の煎じ薬を飲んだのは、今となっては良い思い出です。
私の感謝の気持ちを、手記を通じ感じて頂き,皆様の治療の一助となれば幸いです。松本先生の主張は,免疫寛容の一言に収斂すると感じております。最初に読んだ瞬間から、この考えに大賛成でした。先生の処方する漢方薬を飲み続ければ、間違いなく免疫寛容が発生し、アトピーは完治する、先生の理論を理解した(つもり,,,)の上で、先生を信じ不味い薬を飲み続けました。
どうやって、松本先生に辿りついたのか?
2000年の夏,関東地方に住んでいた私アトピーの治療では、近所のお医者様から順調にステロイドを処方されるという、現在の日本において、清く正しい治療生活を送っておりました、勿論ステロイドを使うのは嫌ですので、医者にはどうやったら、アトピーは完治するのか?など、いろいろ聞きましたが、要領の得ない返事ばかり、しかし、ステロイドを、塗ったり、飲んだりするごとに、本能はやんわりとステロイドを拒否します。飲めば飲むほど、塗れば塗るほど、数日はよくなるのと引き換えに,少しづつアトピーは広がり、症状も酷くなってゆきます。
ワラにもすがる思いで、沢山のキーワードを Google や Yahoo に叩き込んでいました。その中で、免疫寛容のキーワードを叩いた瞬間、僕の運は大きくひらけたような気がします。どうして、免疫寛容という言葉に辿りついたのか?今では思い出せません。きっと、何か別の大きな力の導きがあったのだろうと思います。(周囲の理解は重要ですが)
皆様の周囲は、松本先生(免疫寛容と漢方療法)に理解を示されますか?
人が生きてゆく中で、周囲の理解は一番大きな力となるのではないでしょうか?
当方が、ネットで松本漢方クリニックを探し当て、松本漢方クリニックの診察に行ったのは2001年の初めだったと記憶しています。お金や時間の準備など色々ありましたが、一番の問題は、家族や周囲の大反対に逢ったことです。誰一人として、松本先生・免疫寛容の理論を支持する人がおりません。
周囲には,旧帝国大学の医学部を卒業した内科医がおりますが,免疫寛容の理論に理解さえも示しません.親や親戚はおろか、相談を持ち掛けた周囲の人も一緒になり、反対をします。
曰く,
・お金が勿体無い。
・大阪なんて遠すぎる。
・確実に治るわけでない。
・アトピーの本当の原因を探し当てる方が先だ。
じゃぁ、直してみろ!というと、言を左右するだけ、最終的には、当方の人格・性格がオカシイから、アトピーになるのだと攻撃され、散々なものでした。(今、思い出しても、ムカつきます)
オマケに、某土佐○水や岩手県の超有名な病院に行くよう、説得される始末です、僕は、怪しい宗教にも、ステロイド大好きの病院にも、通うつもりはありません。
ネット上にある松本漢方クリニックの患者さんの手記を読むにつけ、松本先生の治療理論は、絶対といって良いほど正しいと確信を持てました。色々ありましたが、何とか、松本漢方クリニックにたどり着くことが出来たのです。
周囲に理解して頂けないのであれば、それまでです、僕は、そう割り切るまでに、相当な時間を要しました。幸い、アトピーは軽い方でしたので、治療に際し、周囲の理解がなくともやってゆけた次第です。
(僕のアトピー簡歴)
僕のアトピー履歴を、簡潔に書きたいと思います。当方は,小学生低学年の頃から、春と秋、イネ花粉にて、アレルギー性結膜炎に悩んでおりました、そこでも色々ありましたが、そのうち中学生になる頃には良くなってしまい、特に悩むことはなくなってしまったのです。
時おり目が痒くなることがあっても、目薬をさしますとそれなりにアレルギーが引っ込んでしまい、僕は完治したんだと、勘違いをしてしまっておりました。
しかし、25歳の秋、いきなり胸にアトピーがドーンと出てきてしまいました。痒くて痒くて辛い上に、痛くて仕方が無いのです、ここで、松本漢方クリニックに気が付けば良いのですが、関東では情報がありませんし、お金もない、おとなしく、ステロイドを塗って・飲んでと、ステロイド後遺症一直線の、清く・正しい?治療生活をしておりました。
しかし、どうも按配が宜しくない、体は正直にステロイドを拒否します。
結局、松本漢方クリニックに掛かるまでの1年半で
ステロイド軟膏:3本程度
ステロイド錠剤:15粒程度
目薬 :2本程度
というステロイド生活を送りました。ここでも運が良いのは、ステロイドを極力、我慢していたた事です、ステロイドさえ塗れば、とりあえず朝までは眠れるのですがどうしても苦しくなった時に、薄ぅ~く塗る程度です。
体中、痛くて・痒くて、苦しいもので、この1年半、熟睡したことが一度もありません。痛くて・痒くて、夜に何度も起きてしまったり、皮膚や筋肉が痛くて、歩くのも辛くなるという生活です。
勿論、心の奥底では、ステロイドは絶対に間違っている、何か、間違いの無い、治療方法があるに違いないと、根拠の無い信念をもって、日々すごしているだけでした。
(松本漢方クリニックに行ってみて)
ネット上での手記等を読んだ上で、思い描いていた松本先生のイメージは、白衣を着た横山やすし師匠でした。漢方薬独特の匂いのする場所へ初めて診察に伺った際には、診察室から、患者と先生が言い合う声が聞こえ、かなり面白い場所じゃないか?と思わず笑ってしまいました。
当時はインターネット普及期でしたので、松本先生に掛かれば一発でアトピーが治ると思い込んで、来ている患者さんが多かったのでしょうか?
(診察を受けて)
他の手記において書き尽くされておりますが、松本先生は、
"絶対に治してあけます!"
と大きな声で約束され、握手をしていただきました、その時は、僕は治ると信じているんだから、こんなにわざとらしく宣言したり握手しなくてもいいじゃないか?と不遜な事を考えておりました。
しかし、後のリバウンドの際、苦しくて・苦しくて,めげそうになる毎に、松本先生が握手をしていただけた事を思い出し、がんばることが出来ました、僕にとっては、一番効果のあった薬です。
(血液検査について)
初めての診察の後には、血液検査があります、血を見るのも嫌いだけど、痛い思いまでするのかとビビッてしまいました、でも、松本漢方クリニックの血液検査は安心です、採血のための針を刺されても、殆ど痛くありません、特に、白髪の看護婦さんに当たったらラッキーです。全然痛くありません、安心して大丈夫です.
(漢方薬について)
最初は不味くてマズくて仕方がないと思います、でも、飲み続けていると体がどんどん楽になっていきます、僕も、最初の数日は閉口しましたが、飲み続けていくうちに、体の方から漢方薬を要求するようになってきました。
飲めば、体が落ち着き、熟睡できるようになるのです、そのうち、オイシイと思えるようになります。
ただ,漢方薬を煎じた際に残っている、木の根とかは、食べない方が良いかと思います、ある時、エキスを飲んだだけで、こんなに霊験あらたかな効き目があるのだから、食べたらもっと利くのでは?と、物は試しに一切れ噛み砕き、味わってみました。
結果ですが、トンでもない、口が痺れるではありませんか、すぐに吐き出しましたが,1時間程度しびれてしまいました。
皆様は、真似されませんように、
僕は、最初の1年間は、徹底して飲みました、特に、リバウンドで上半身の皮膚がボロボロになり、リンパ液に浮いた腐った皮膚やカサブタを掻き毟っているような時は、3番煎じまで飲みました、すると、どうでしょう、以下のような体の変化を確認できました.
・鼻水が止まった
・腰痛が消えた
・肩こりが消えた
・下痢が止まった
鼻水が出なくなり、お風呂に入り、シャワーを浴びている時に鼻をかむと、固形物が出てくるだけとなります、腰痛や肩こりも、一時的には消えました。
これはビックリ、皆様も、ご利益満載の漢方薬を飲まれると、幸せになれます。
もっと言いますと、少ない稼ぎの中から漢方薬を買っているのだから、絶対に元を取るというケチな気持ちも大きかったのが正直な気持ちです。
とは言いながらも、やはり、漢方薬は不味いもの、正直に告白すると、この頃は長期間の出張時にはサボってしまいます.
(漢方浴剤? について)
これも、スバラシイ、漢方薬浴に入っている間は、体を掻き毟っても痛みがありません、掻き毟れば掻き毟るほど、痛くなるものですが、漢方風呂の間は大丈夫です.
掻き毟れば掻き毟るほどに気持ちよくなれる、物凄く、不思議な体験でした。
しかし、いったん風呂から上がると、猛烈な痛み・皮膚が突っ張った感覚が襲ってきます、つまり、現実に引き戻されてしまうのです。
かなりの我慢をし、漢方浴剤の一番煎じを体に塗り、シコンを塗るまで、自分の運命を感じてしまうでしょう.
漢方風呂に入っている時は、極楽ですので、そのギャップに苦しみましたが、色々と体の変化も感じることができました。
リバウンドの酷いときは、体を掻き毟っている所を見ていると、掻き毟ったあとから、何らかの液がお湯の中へ滲み出てくるのが見えるのです、それを見るごとに、おぉ、治ってゆくのかな?と満足しておりました。
また、当方は、リバウンド時は結膜炎にも悩んでいたのですが、漢方風呂でよぉ~く、目を洗っていました、こうしますと,結膜炎はひっこんでしまいます、日中に目が痒くなっても、水で流せば、大丈夫、普通に生活が出来てしまいます。
漢方風呂へは、1時間以上入るよう、御指導をいただきました、僕は体中がリバウンドで厳しい時は最長で2時間入っていました。1時間でも、ずっと入っていることは厳しいと思います、また、入りつづけていると、のぼせてしまいますし、水分の補給も必要になると思います。
僕は、2~3番煎じは、この風呂の時に飲んでいました、また、独身でアパートに住んでおりましたので、2~3番煎じを作りながら、飲みながら、体中掻き毟りながら治療をしたのは良い思い出です。
僕だけかもしれませんが、体を一生懸命掻いている時、ふいに、体の他の部分が反応をすることがありました。足の親指と人差し指の間を一生懸命掻いていると、肝臓の部分に快感が走ることがあったり、会陰を一生懸命掻き毟っていると、足の裏の筋肉が反応したり・・・・体は、色々な部分に関連しているのだな? と、不思議な体験も出来ました。
この漢方風呂には,物凄く助けられたと,今でも,時々思い出すことがあります.
(治療の経過)
僕の簡単な治療の経過です、ちなみに、松本漢方クリニックへは、1年に一度しか顔を出せませんでした。松本漢方クリニックから、血液検査をするから通院をするように言われるまで、家で漢方を飲み続けていただけなのです。
不利な点としては、やはり、体の状況に合わせた治療が受けられなくなるところです、後に述べますが、かなり、損をしているのは正直な所です。
2001年冬~春
初めて、松本漢方クリニックへ通院、漢方を飲み始める、最初の1ヶ月は、大きな変化がなく、湿疹も順調に引っ込み、このまま治ってしまうのでは? と,根拠のない希望を持ってしまう。
2001年春~夏前
漢方を飲み続けて、最初のリバウンド、しかし、これは2ヶ月程度であり、 夏前にはひっこんでしまいました。
2001年夏
9月前半までは、皮膚が荒れているな、という状態のまま、
2001年9月下旬~2001年12月
最大のリバウンドでした、首までカサカサとなり、もう、他の方の手記同様にボロボロの状態でした、また、体から滲み出た体液を吸った服は、ドロドロとなり、洗濯に難儀しました、その上に、服もすぐボロボロとなってしまうのです、周りの人からは、随分と馬鹿にされていました、でも,アトピーが治るのですから、何を言われようと、カンケーございません。もっとも、最初からよい服はあまり着ていませんでしたが、しかし,運が良かったのは、顔にはアトピーが出なかったことです。顔にはステロイドを塗っていないので,当然といえば当然です、もし、顔にまで出ていた場合は、会社を休む必要があったかもしれません。また、体温計も持っておりませんでしたので、いくら体調が悪くとも、自分の体温が判らないので、会社に通っておりました。
人間関係で嫌になった際は、時々、風邪だと言って休んでいましたが、アトピーで会社を休んだことはございません。
2002年春
リバウンドのピークは過ぎ、局部的にアトピーが出ては消え・出ては消えの繰り返しとなる
2002年冬以降~2008年現在
上記の通りですが、アトピーの出る範囲・はどんどん少なくなってきています。
簡単に書くと、この程度です。
これ以外に、当方の体験したことを下に書かせていただきます。
(ホクロについて)
体中の皮膚を掻き毟ったわけですから,当然ながら,ホクロも一緒に掻き取ってしまったわけです、最初に再生した皮膚には、ホクロがありませんでしたが、年月が経つとまた、同じ場所にホクロが出ております。
理由はわかりませんが、人の体って、面白いものです。
(帯状ヘルペスについて)
途方は、なかなか、松本漢方クリニックに通えませんでしたので、湿疹が出来ても、皮膚の表面がが霜焼けみたいにくさっても、帯状疱疹のような水泡が出来ても、全て、勝手にアトピーと判断していました。
自分で勝手に判断をした上で、掻き毟って、お灸をして、消毒をし、シコンを塗りこむ、どうしようもなく酷い時は、漢方風呂に入る、ただ、その繰り返しでした。もっとも、皮膚や体が痛くなるということはありませんでした、必ず痒みを伴っておりましたので、他の病気では?と疑念を抱かずにすんだことでしょうか、
運が良かったといえばそれまでですが、それで、命が危なくなったり、実生活に影響するようななことはなかったと思うのです。ただ一つ、例外に思えるのが、帯状ヘルペスについてです、2005年頃から,特に、
・腰痛: 鈍痛が続く
・疲れやすい: 2007年には生まれて初めて、数回も 遅刻をしてしました。
- 今になって思えば、帯状ヘルペスの症状そのものの発疹が多発していました、遂に、腰痛が我慢できなくなって、2008年秋,診察の際、松本先生に思い切って相談いたしました、血液検査の結果を待つまでも無く、症状を聞かれ、
- ヘルペスと診断、数回、薬を処方いただいただけで、上記の自覚症状は消えてしまいました、
これは,遠方の患者の不利な部分ではないでしょうか。
とにかく、運が良かったのは、体の痛みがでなかったことに尽きます。
帯状ヘルペスといえば、疲れている上に発疹が出て、体に激痛が走るとかでも僕の場合、ヘルペスそのものの発疹は出るのですが、猛烈に痒いだけなのです、病は気から、テキトーにアトピーだと思って、掻き毟り、水泡を潰し、消毒・シコン塗りこみで対応しておりました、しつこい場合は、手前勝手にお灸を据えておけば、そのうち引いてしまいます、もっと酷くなれば、漢方風呂、これで全て対応し切れてしまいました。
☆添付の写真は、帯状疱疹っぽい湿疹を、自分で勝手にお灸で処理し、消毒し、掻き毟った後の写真です。ただ、女性の方は、松本先生によぉ~く、相談された方がよろしいかと思います。僕の手や腕には、お灸の跡が沢山残っています。特に、結婚前の若い女性の方にとっては、許容できない傷かと思います。
松本先生に相談されることを、強くオススメ致します。
(鍼灸について)
書くかどうしようか迷いましたが、鍼灸についても書いてしまいます。松本漢方クリニックに通院できる範囲に住んでいれば、違う対応をしていたと思います。
高校の時に痛めた,背筋痛と足首の捻挫の治療を根本的に行うため、2003年くらいから鍼灸の治療を受けました、鍼灸の先生を選ぶのも、松本漢方クリニックを選ばせて頂いたように、慎重に行いました、選択の際、判断基準としたのは、ホームページ上で、先生自らの体験を元にして、理論を構築し発展させているかどうかでした。
2004年の段階では、湿疹も少なくなっており、自分では,もう治ったつもりでいたのですが、背中に針を刺された時は、まるで、背中に杭を打たれているような感覚を受けました。息をする時に、背中の筋肉を伸ばすことが出来ず、半端な息しかできない、筋肉が硬くなってしまっており、刺された針により筋肉の動きを制限されてしまうのです..
今思えば当然のことですが当時はアトピーによって、皮膚だけでなく筋肉も大いに影響を受けていたことに非常に驚きました。
他には脇の前後に湿疹が出て酷かったのですが、針やお灸をして頂く事により、症状が軽くなったのも良い思い出です。
ただし、これは、お灸の跡が長期間残ります、特に女性の方は松本先生によく相談をされその言いつけを守りましょう。
これに味をしめ僕は、台北に出張した際に,艾を買い求め、自分で勝手にお灸をするようになりました。このことは,松本先生には何も言っておりませんが、治療上の効果は大きかったと思います。
(治療の前に?)
自分の体を守るのは自分しかいない、この一言に尽きると思うのです。
松本先生を信じることもステロイドを信じることも全ては、自らの価値観次第なのです、他人様が何を言おうと、情報を集め、そして適切と思える判断を下す、それが正しいのか、間違っているのか、それは自分の体でもって確かめるしかありません。何を言われようが、誰の意見を聞こうが、他人様がその判断について、責任を持ってくれることなどありえません。
幸いにして、僕は免疫寛容を信じることが出来ましたが、もしかしたら、間違ったことを信じて、苦しんだり・死んだりしていたかもしれません。でも、それはその時、それまでの事ではないでしょうか?
一つ言えるのは、人は自分に対して甘いのです。自分で下した判断が失敗であったとしても、しょうがないと、潔く諦めてしまうことが出来ます。素早く次のステップに移れると思うのです、これが、他人様から押し付けられた方法なり手段であれば、ああすればよかった、こうすればよかったのにと、永く後悔してしまうことになると思います。
やり直しは何度も利かないかもしれませんが、失敗をすればやり直しをしなければなりません。
全ての結果は、嫌でも自分で受け止めなければならないだったら,自分の判断を信じて実行するしかない。
皆様も納得される治療をされることを願っております。
(最後に)
自分の体を治療をするのは、お医者さんじゃありません。
自分自身ではないでしょうか。