「松本漢方クリニックとの出会い」匿名希望22歳2006年12月3日
私の松本漢方クリニックとの出会いは大学に入ってからです。
中学生頃から季節の変わり目になると肌が乾燥して、部分的にアトピーの症状が出ていたのですが、それ程ひどい状況ではなく、気になることもあまり無かった為、特に薬は使用していませんでした。しかし、高校のときに大学受験のストレスからか、アトピーの症状が以前より広がり、気になり始めたので、松本漢方クリニックとは別の病院に通うことにしました。それが丹羽先生の所でした。以前からステロイドの副作用が怖くて、あまり使用することは無かったのですが、丹羽先生はステロイドの副作用が無く治療する、というものだったので、それを信じてしまいそこで出される薬を使用するようになりました。初めのうちは塗ったら綺麗になるので食事制限さえすれば大丈夫なんだと感じていました。
しかし季節の変わり目になると少しまた少しといったように症状が出てくるのでどんどん、ステロイドの多く含まれている薬を渡されるようになりました。結局、アトピーは完治することは、無いんだ、とあきらめていました。その時母が松本漢方クリニックの情報を見つけてきてくれたのです。ステロイドは一切使わず、しかも完治するということで、松本漢方クリニックに行ってみることにしました。
そこで今まで使用してきたステロイドで抑えてきた症状がリバウンドとして出る、と言われました。私は丹羽先生の薬を使用していた期間がそこまで長くはなかったので、軽い気持ちで漢方治療を始めたのです。しかし、少しの期間でもステロイドを継続して使っていた為か予想以上のリバウンドにくじけてしまいそうになりました。そして丹羽先生の治療にとても怒りを感じました。
それでも漢方続けていると、だんだんリバウンドの症状が軽くなってきていることが分かるようになりました。そしてついにほとんど症状が出なくなったのです。今では花粉に反応する時期には
すこし関節部分がかゆくなったり顔が乾燥して粉っぽくなったりするだけです。
松本漢方クリニックに出会って良かったと思っています。
「アトピー手記」匿名希望28歳2004年5月15日
私は、生後数ヶ月でアトピーを発症しましたが、特に重症ではなく、小学校在学中に、何時の間にか症状が出なくなってしまいました。
しかし短大進学で、地元から大阪に出たのをきっかけに、症状が再発し、ステロイドとの付き合いが再び始まりました。顔を中心に症状が出る典型的な成人アトピーで、皮膚科でもらったステロイドを塗っては化粧をする日々でした。症状が出ていないときは、健康な肌の方よりもきれいな肌でしたが、今思えば、それは私自身の肌ではなく、ステロイドによって作り上げられた肌だったんだと思います。
その後地元に帰り、仕事をするようになりましたが。アトピーは、一向に良くなりませんでした。「自分は、このまま、一生ステロイドと付き合っていくのだろうか。」という不安はありましたが、その一方で、子供の頃のように、何時の間にか治ってしまうのではないかという、有り得ない期待をしたりもしていました。
しかし、顔のみだった湿疹は、首、背中と、ドンドン広がっていき、ある時期より、薬を塗って治っても、また黄色い汁が出て悪化するという状態が繰り返されるようになりました。塗っても効かない薬を塗るわけにも行かず、自然に使用しなくなりました。もちろん、リバウンドの症状が出ました。目や口が開かないくらい顔が腫れ上がり、全身が真っ赤にただれました。顔から滴る汁が気持ち悪くて、眠れない日々が続きました。「ステロイドを処方するであろう病院には行かないで、自分で治そう。」そう決心しましたが、我流で治療するのは危険だというまわりの意見もあり、結局皮膚科に行き、リンデロンとプロトピックを処方されました。しかし、「このままでは、同じことの繰り返しではないだろうか・・・」その時、以前見た、あるホームページを思い出したのです。それが松本漢方クリニックで、治療を始めたきっかけです。
松本漢方クリニックで処方して頂いた煎じ薬は、思ったよりも飲みやすく、2番煎じもお茶代わりに飲んでいました。入浴剤を入れたお風呂は、入るのをためらうくらい真っ黒でしたが、入った瞬間に、痒みがスッと引いていく不思議なお湯でした。それまでは、入浴して体が温まると、激しい痒みが起こっていたのですが、それもなく、気持ち良く入浴出来ました。塗り薬の赤い色には驚きましたが、衣服についても洗濯すれば落ちたので、問題ありませんでした。
治療中、リバウンドは2度ありました。1度目は、治療を始めた直後の2002年6月、2度目は、2002年12月です。2度目のリバウンドの時は、さすがに不安になりましたが、松本先生が、「年末年始に何かあったら、電話しなさい。」と、自宅の電話番号を教えて下さったので、安心出来ました。
治療を始めて1年10ヶ月が経ちました。今では、見た目にはアトピーと分からないくらいツルツルの肌です!痒みはまだ多少ありますが、掻いても傷になりにくくなったように思います。完治まで、後もう少し頑張ろうと思います。
私が松本漢方クリニックへ行くことになったきっかけは親からの勧めでした。
当時は皮膚科の病院にもあまり行かずにひどくなる一方の状況で私自身このままの状態がずっと続くのであろうとあり意味あきらめの状態でした。
親に勧められたとはいえあまり気は乗りませんでしたがとりあえず行ってみることにした。
途中経過ですが、先に結論を言ってしまえば私は松本漢方クリニックを勧めてくれた親と、松本先生に感謝しています。
治療に当たり、私の場合ですが約半年である程度の結果が出ました。
先生の言うとおりに症状が変化していったので、驚きを飛び越えあきれてしまったほどです。
しかし、はっきり行っておきますが半年の内三ヶ月はいままで経験したことないような地獄でした・・・
20歳後半の男性が何気に泣きが入ってしまいました。
頭から足まで全身が痒い状態が続くわけですからね。痛いわ、痒いわ、醜いわ、寝れないわ、脅しているわけではありませんよ、ほんましんどかったですから。
しかし、そんな地獄を経験したおかげで、精神的?なんとなく心が強くなった?ともかく少々のことでは動じなくなりましたね。
そして、そんな地獄を潜り抜けたからこそステロイドに頼る必要のない状態まで回復したわけです、まだ完治には至ってませんが。
これからも完治にいたるまで先生を信じて治療を続けて生きたいと思っています。
そして、これから治療に当たる方へ
願わくばあなたに症状がひどくなっても、同情ではなく何変わる事なく接してくれる人が親以外にいることを切に願っています。
「ひっでー顔だな」
ずけずけと言ってくれていました、ですが嫌がらずに接してくれた友達に私はずいぶん助けられていたと思います。
この場を借りて彼らに感謝をしたいと思います。
以上
「アトピー性皮膚炎」匿名希望23歳2005年3月1日
私は小さい頃からアレルギーで、小学校低学年の頃は、よく夏場になるとあせもでボリボリと掻いていました。その後、特に目立った症状も無く日々が過ぎていきました。
仕事が始まって数ヵ月後より、汗をかくと発疹が出てとにかく痒い・・・そして汗が引くと、何もなかったかのように・・・。それが数ヶ月続き、身体の中から治さなければダメだと思い、松本漢方クリニックへ。
「リバウンドくるから」と言われていたのですが、実際、本当に大変でした。手を洗うのも毎回ヒィヒィ(痛くて!!)いいながらという感じです。
仕事柄、手を使う事ばかりだったので、本当に辛かったです。
去年の夏に、急に手がひどく荒れ始めて、なんとヘルペスだというのです。これをきっかけにしっかり治療しなくてはと思い、仕事を辞めて今に至ります。現在は、少しずつですが『痒い』という感覚も減ってきているという感じです。
まだまだ完治まではいきませんが、じっくりと確実に直していきたいと思います。
自分の中で、アトピーだという記憶があるのが、幼稚園年長のときでした。そのころは、あまり気にしていなかったものだが、小学校に入り3年生になったくらいのころからが、辛い時期の始まりだった気がします。子どもは残酷なもので、自分と違うものを見るといじめるのです。それから少し、よくなったり悪くなったりがあり、小学校6年生くらいのときに、ずっと通っていた病院が閉鎖されることになり、それで、松本漢方クリニックに通うようになりました。初めて松本先生にお会いしたときの印象は、強烈だった。(今でも)必ず治るという言葉をきいたとき、特になにを思ったかは、はっきりと覚えていないのが正直なところですが、そうなれば嬉しいという気持ちはあったと,思います。(何も考えていなかったというのが一番正しい気も)会うたびに、治る、きれいになるという力強い言葉と握手は励みです。
一番ひどかったのが、中学生のころ、夏になると特にひどくなり、学校へも泣きながら、通った記憶があります。ひたすらかゆくて、かゆくてたまらなかった。かゆみというのは痛みよりもきっと我慢しにくいと,思います。でも、どうしようもない。消毒はとても自分ではできないので(痛くて、怖くてできない)母親にしてもらっていましたが、そのとき、ギャーギャー騒ぐので、虐待と間違われるんじゃないかと半分冗談で言われていました。その時期が一番辛くて、生きているのもしんどかったです。夜中に寝ているときにかいて、朝痛くて起きられないのが分かっていたから。それでも悪いときがずっと続くわけでもない。お風呂のせんじ薬にたっぷりつかり、皮膚の再生する力がどんどん高まっていき、なんとか3年生は無事に乗り切り、高校に行くこともできました。
やはり夏はしんどくなったけれど、回復力が違います。体がしんどいと心もしんどくなってしまうし、いらいらするとすごくかゆくなるから、気持ちをおおらかに、もとうと思うけれど、なかなか難しい。サボリ癖があるから、ちょっとよくなるとすぐ油断してしまうのも、自分の悪いところだと、思っています。自分の体のことを真剣に考えるなら、しっかり続けて、長いトンネルも抜けないことはないと信じて、やっていかなければいけないでしょう。今でも悪くなるときはあるけれど、一番悪かったときのように、なることはないので、やっぱりよくなっていると思います。落ち込むことも多いけれど、根気強く自分の体と付き合っていくことが必要です。
最後になりましたが、松本先生、病院のスタッフさん、お世話になりまして、ありがとうございます。
私は、約10年前から、顔の目の周りや、手に、赤い湿疹の様な物が出来ました。それからと言うもの、皮膚科に通っては、ステロイドの薬を塗り、すぐに治まるものの、季節の変わり目になれば、また同じ症状が出ての繰り返しでした。終わりのない日々に悩まされ、又、ステロイドは体にとって良いものでないという事を知り、どうにかならないものかと思っていました。
そんなある日、中学時代の友達が松本漢方クリニックに通い3年で完治したという話を聞き、私も漢方薬で治す方法を選びました。友達に会って私は、とても症状が良くなっている姿を見て、松本先生を信じて頑張ろうと思いました。そして、実際、松本漢方クリニックに通い、漢方薬を煎じて飲み、塗り薬を塗りました。
最初は、漢方を飲むことがとても苦痛で、こんなにもまずくて臭いものを、毎日飲み続けるのかと思うだけで憂うつでした。しかし私は、何とかして、良くなりたい!という一心で、飲み続けました。そのうち、あれほどまでにイヤだったものが、特に気にならなくなり、又、便秘気味だったのがとても快調になっていきました。しかし、いいことばかりではなく、数ヶ月経った頃、リバウンドがやってきました。特に顔の目の周りは、人からも見える部分なので、とても気になりました。又、その時化粧品販売をしていたので、職業柄、化粧をしっかりとしなければいけなくて、余計に悪化したのかも知れません。毎日、仕事に行くのがとてもイヤになりましたが、良くなることだけを信じ、耐え続けました。
数ヶ月が経ち、徐々に良い方向に向かい、漢方薬を始めてもうすぐ2年半になりますが、血液検査の結果も、正常値まであともう少しの位置まできました。今から思えば、最初に松本漢方クリニックを訪れた時、松本先生に絶対治してあげる。と言われたことが、とても心強く、今まで続けられたのだと思います。
完治するまで、もうしばらく、がんばりたいと思います。
「アトピーを克服して」匿名希望27歳2004年8月30日
私は、物心ついた時から、膝の関節の裏は乾燥して、粉が吹いていました。唇の端はいつも切れていて、リップクリームを塗ると痒くなって、こすっていました。指先はいつも切れていて、小学校の雑巾がけの掃除が大嫌いでした。
中学校に入ると、アトピーが気になるようになり、皮膚科に行くようになりました。特に私は、首や顔など見える所がひどかったので、ひどくなると、次の日に皮膚科に行き、もらった薬を塗りました。薬を塗ると、次の日には大分良くなり、2,3日後にはきれいになりました。そして、きれいになりたい一心で、たいしてひどくない時にも、もらった薬をせっせと塗っていました。その頃は、あまり薬についての説明が無かったので、その薬が何だったのかは今でも分かりませんが、かなり強いステロイドだったことは確かです。それを吸収の良い顔や首に毎日のように塗っていたなんて、今考えると、本当に恐ろしいことです。
そのまま、高校卒業までの6年間を、ステロイドでごまかしながら過ごしたので、周りの友達は、私がアトピーだとは分からなかったようです。しかし、私本人は、毎日の生活がかなり辛かったです。ステロイドを塗り続けた結果、皮膚のバリア機能が徐々に失われていきました。朝はすっきりした感覚の顔が、夕方には、外からの刺激を直に受けて、水分が無く、ほこりっぽい感覚で、むずむずして痒く、髪が触れるのさえ刺激になりました。汗をかけば、即痒くなり、皮膚が薄くなっている為、掻くとすぐに、爪の跡に傷ができて、血がでました。
この頃は、痒くてこすって切れた唇の端に、1時間おきくらいにステロイドを塗っていて、唇の周りは、黒く色素沈着していました。
毎年、夏になる季節の変わり目には、全身が猛烈に痒くなります。泣きながら、顔や体を掻きむしって、血がでるのですが、いくら掻いても痒くて、顔からは、リンパ液がダラダラでます。ようやく痒みが治まった時には、顔を洗う時の痛さに泣きました。
大学に入ると、ファンデーションを塗るようになりました。しかし、すぐに肌がパサッパサになってしまいました。クレンジングや洗顔料も刺激になって痒く、お化粧はできませんでした。そして、この頃からステロイドをつけても痒みが治まらなくなり、本気でアトピーの根本治療をしたいと思うようになりました。
ちょうどこの頃、母親が漢方薬局の店長になり、漢方薬を使ってみようということになりました。漢方の煎じ薬と、自然化粧品での保湿と、電位治療器を使っての治療でした。
1996年、大学1年の夏休みのことでした。本を参考にしながらの自己流の治療で、ステロイドもピタっと止めました。(本当は、やってはいけないことです。)2週間後には、体中、どす黒くパンパンに膨れ、水分は無く、肌はバリバリでした。顔は埴輪のようで、かろうじて目が開くくらいのくぼみがある、という感じでした。夜は気が狂うように痒く、枕元にアイスノンや濡れタオルや化粧水を置き、いろいろと手をつくしましたが、何時間も眠りにつけませんでした。やっと眠れても、30分おきくらいに目を覚ましては、痒さと痛さに、泣きながら薬をつけました。
大学が始まると、電車の中の人の目や、友達の目も気になりました。周りの友達はみんな優しくて、「掻いちゃ、ダメ!代わりに、私の腕掻きなよ。」と言ってくれたり、食事に行く時も、食事制限をしている私の食べられる物を頼んでくれたりしました。この頃は、友達や協力してくれる家族の有り難さをしみじみと感じて、この気持ちを、この先ずっと忘れないようにしようと思いました。
それでも周りの目は気になるので、いつも下を向いて、人と目を合わせないようにしていました。電車の中では、[アトピーに、いい医者]の場所を書いた紙を渡されたり、「気功法で、「アトピーを治す」というおばさんに、声をかけられたりしました。
その辛い状態は、何ヶ月も続きました。私は授業を受ける時、目立たないように、いつも一番後ろの席に座っていました。そして、そのうち一番後ろの席から、黒板の文字が見えなくなってしまいました。手にのせた小銭もぼやけて、いくらだか判別できなくなり、「網膜剥離?!」と恐ろしくなりました。それからは、顔をたたいたり、あまり押しつけながら掻かないように気をつけました。いつの間にか、視力は元のように回復しましたが、あの時の恐ろしさは、今でも忘れません。
半年くらいすると、一旦落ち着きました。体中焼いたように真っ黒で、水分はあまり無くて、笑うたびに、顔の皮がつっぱりましたが、見かけは普通になりました。しかし、暑くなってくるとまた悪化し、秋の花粉で、さらに悪化しました。
そのまま、3年くらい治療しました。ステロイドは抜けたと思うのですが、口の周りの色素沈着は相変わらずだし、季節的に楽に過ごせるのは、1月~3月くらいだけでした。そろそろ、その治療にも限界を感じ、次の治療を探し始めました。その頃、私は薬科大学の4年生になっていて、授業で漢方の講義を受けました。その先生は有名な某大学病院から来ており、アトピーが良くなった症例のスライドを見せられたこともあり、その先生の所で治療してみることにしました。
そこではまず、食事制限や生活の注意点について書かれた紙を渡されました。そして、「なるべく掻かないように」と言われました。そこへ通うようになって、半年くらいすると、私は薬剤師になって、病院に就職しました。すると先生に「漢方薬で、皮膚を厚くして、強くするから。」保湿や痒みのコントロールは、自分でやって」と言われました。保湿剤は、基本的に、私はワセリンなどの油系のものが肌に合いません。油の膜と皮膚の間に汗がたまる感じがして、とても痒くなってしまったり、蚊に刺された様にプクっと膨らんで、痒くなってしまいます。そういうわけで、「病院で出せるものは無いから、自分で探して」ということでした。特に良いと思われるものは無かったけれど、「まあまあかな?」と思うものを、何種類か使い分けていました。痒みのコントロールは、自分で抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤を飲んでよいということでした。何種類か試して、「これがいい」と思うものを、何ヶ月か飲んでいました。しかし、そこまでの効果は感じられないし、抗ヒスタミン剤を飲むと、昼間も頭がボーっとするのが嫌で、飲むのを止めてしまいました。外用薬も、市販の抗ヒスタミン剤を愛用して、常に持ち歩いていましたが、それも段々と効かなくなりました。
その病院には、2年程通いましたが、「日常生活を送るのが辛い」という悩みは、いっこうに解決できず、そろそろ、次の病院を探そうかなと思いました。
そして、病院探しの為に、本屋で1冊の本を買いました。題名に惹かれて買ったのですが、その本は、漢方薬局を経営している薬剤師が書いた本でした。そして、その本は、その薬剤師が中国の病院と共同で、アトピー性皮膚炎の人の為に開発した化粧水を紹介していました。そこには、ホームページのアドレスが書いてあったので、試しにその化粧水とクリームを注文してみました。その化粧水は、何種類かの生薬を抽出して作ったものなのですが、値段も手ごろで、私の肌にとてもよく合いました。それから、「化粧水はこれ!」と決め、今でも愛用しています。
そして、さらに病院探しを続け、インターネットで、[アトピー性皮膚炎 完治]で検索すると、松本漢方クリニックに行き着きました。いくつかの病院がヒットしましたが、松本漢方クリニックに決めたのには、理由があります。まず、先生が「絶対、完治させてやる!!」と言っていることと、その実績があること。2つ目は、理論が納得のいくものであったこと。3つ目は、検査値で「今、自分がどの段階にいるか」ということが分かること。4つ目は、食事制限が無いこと。これは、今までいろいろと食事制限されてきた私にとって、かなり魅力的なものでした。
2002年7月に、第1回目の診察に行きました。1回目の診察では、消毒液と、抗生物質の軟膏と、漢方の内服薬と、入浴剤と紫雲膏をもらいました。内服薬は、「2回目、3回目の煎じをお茶の代わりに飲め」と言われました。しかし、食事の際に飲んだら、あまりに食欲が無くなり、2日で挫折しました。その後1ヶ月くらいは、毎日コップ1杯くらいは、2番煎じを飲んでいましたが、あまり続きませんでした。
入浴剤は、ガーゼのはんかちに入れ、そのままだとカスが出てくるので、さらに目の細かい洗濯用ネットに入れました。家のお風呂は60度までしか上がらなかったので、なるべく1時間くらいは抽出するようにしました。入浴時間も、(1回分1500円ということもあり)最低30分は入るようにして、長い時は、2時間つかっていることもありました。初めの頃は、お風呂につかると余計痒くなって掻いてしまいました。先生に言うと、「それは、傷が治ろうとするからだ」と教えてくれました。
紫雲膏は、私は油っぽいものにかぶれるので、もらった時からあまりつけたくありませんでした。しかし、今回は、せっかく大阪まで来たんだから、つけてみようと思いました。でも、やはりつけた側から痒くなって、軟膏が無くなるまで、こそげ落とすように掻いてしまいました。そして次の日は、両腕の手首から関節まで赤黒く腫れ上がり、2倍くらいの太さになりました。膝の裏は痛くて、階段を上がるのも辛いほどでした。それでも3日くらいは塗り続けたのですが、いつもつけた側からこそげ落としているので、これは意味が無いと思ってやめました。そして、スキンケアに関しては、松本漢方クリニックに通う前から使っている生薬入りの化粧水とクリームを、今まで通り使うことにしました。
一度、松本先生に話した時に「赤い軟膏は塗った方が良い」と言われて、また塗ってみたのですが、やはり掻きすぎて、次の日膝が曲がらず、あまりに辛く、止めてしまいました。しかし、紫雲膏は、指がひどくなって、乾燥して、傷もたくさんでき、何をつけたらいいか分からなくなった時に、活躍しました。昼間、傷に軟膏を塗って、絆創膏を貼っておくと、傷が開かなくて、良かったのです。痒くなる時もありましたが、そのままだと乾燥しすぎて痛いので、何も塗らないよりましでした。
治療を始めてしばらくは、症状がひどくなることを覚悟していました。その為か、思ったよりもひどくならず、割合、楽に治療が進むかと思われました。しかし、2002年の12月は、1ヶ月間、毎日痒みと痛みに苦しめられました。首がとても痒くなってきて、掻きすぎてリンパ液が出てきました。お風呂に入った後から夜寝る時にかけて、猛烈に痒くなるのです。そして、前日にリンパ液が出て、やっとうす~く皮が張ってきた所を、また掻き壊してしまうのです。リンパ液は少し臭くて、ベタベタします。朝起きると、パジャマの首周りが薄い黄色のリンパ液で冷たく濡れていて、そこに髪の毛が張り付いて、とても気持ちの悪い思いをしました。そして日中は、風が吹いてもヒリヒリ痛いし、首なんて、とても回せません。首を伸ばすこともできず、でも周りの人には普通のように見せたくて、いつも首をすくめて寒いふりをして、姿勢悪く歩いていました。そんなに痛いのに、その日のうちにまた痒くなって、掻き壊すのです。そんなことを1ヶ月も続けて、夜は眠れないし、最悪の1ヶ月でした。(他の所で治療していた頃に、もっとひどい状態が半年続いたこともあったけれど、この辛さには慣れません)
1月になると、序序に良くなり、リンパ液も出なくなりました。
2003年4月の1週目、調子がいいと思っていた顔と首が、1日ごとに荒れていきました。明らかに普通の肌とは違います。肌がでこぼこして、痒くて、潤いが全く無くて・・・。ちょうど涼しかった日々から、急に暖かくなった頃でした。やっぱり暖かくなるとダメか・・・と思って、気が重くなりました。しかし、その状態は4,5日で良くなり、何とか普通のツルツル肌が覗いてきました。鼻の下の皮膚が、少々荒れ気味で、たまに痒くてこすってしまうこともありましたが、この頃から、日焼け止めが塗れるようになりました。
所々切れて、痛くて真っ直ぐ伸ばせなかった指も、毎日紫雲膏を刷り込むうち、真っ直ぐ伸ばせるようになりました。膝の裏は、まだけっこうひどくて、痒くて掻きすぎて化膿してしまい、今度は痛くて、ちゃんと伸ばせない日もありました。しかしそれでも例年よりはましで、ストッキングが何とか履けるようになったので、嬉しくて、週に2,3回はスカートを履くようになりました。それまではストッキングの圧迫ですら痒くて履けなかったので、長ズボンかロングスカートしか履けなかったのです。
2003年6月は、夜遊びをしても、夜更かしをしても、痒くて眠れないということが無くなりました。前は、夜遊びをする体力すらなく、私の今までの体力の無さも、アトピーに付随する症状の一つだったのだなぁと、改めて実感しました。
夏になると、もともと夏に悪化するタイプなので、春よりは、少し悪化しました。それでも、ひどくなっても1週間ほどで良くなるし、痒くて眠れないこともなく、比較的楽に、夏を乗り切ることが出来ました。
そして、2004年の冬は、やりたいことは何でも、おっくうにならずにできるようになりました。今まで、スキー場に行くことは、私にとっておっくうでした。行き帰りの車の中は乾燥するし、暑すぎると、すぐに痒くなります。さらにアトピーがひどいと、体力が無いので、すぐに疲れてしまいます。滑りに行く時も、保湿剤などは手放せません。予定を決めようにも、もしアトピーがひどくなったら・・・と思うと、不安で約束ができませんでした。今では、その様な心配はしないで、いつでもスキー場に行けるようになりました。
2004年、今年の夏は猛暑でしたが、汗をびっしょり掻いても痒くならず、汗をかくことの気持ちよさを知りました。昔から大好きなテニスも、夏になると汗で、膝の裏や顔や首など、そこら中が痒くなっていました。アトピーを隠したい一心で、暑くても長ズボンでやっていたので、暑さも一層でした。痒みを我慢する為に座り込んでいると、「何で、お前は、いちいち座り込むんだ?」と言われて、悲しい思いをしたこともありました。それも今では、痒さに惑わされず、純粋にテニスを楽しめるようになりました。
まだお化粧はできないし、痒くなることもあります。しかし、その痒みも、そう長く続くことはありません。前の様に「また今日も、痒くて眠れないのか。明日が辛い。」などと思って、気持ちが暗くなることが無くなりました。毎日、心が明るく、人に思いやりを持つ余裕ができたことが嬉しいです。日常生活が辛くなくなったこと、夜痒くて眠れないことがなくなったことで、私のアトピーは、ほぼ治ったと言えます。アトピーを治すことをあきらめずに、根性で松本漢方クリニックを探し出し、信じて治療した自分にも、自信がもてました。
現在、テレビ番組などで、ステロイドを推奨するような番組を多くみます。症状がすぐに楽になるということで、「何がなんでも、今すぐ抑えたい」ということが目的の人には、私は悪くないと思います。しかし、それは患者自身がその道を選ぶという、前提があっての話です。アレルギーの根本治療を、世の中の医者が理解し、全ての人に対して、ステロイドが根本治療のさまたげになることを説明し、患者自身が治療を選べるようになればいいと思います。治療に必要な漢方薬にも保険が適用され、お金が無いから、治療したいのに出来ないという人がいなくなるといいと思います。
最後に。松本先生には、何と感謝していいか分かりません。気弱になった時の、松本先生の自信たっぷりの「必ず、治してあげるから」という言葉は、とても頼もしいものでした。今後のますますのご活躍を願っています。また、この場を借りて、長いこと私を支えてくれた家族や友達に、心から感謝します。
「アトピー手記」匿名希望25歳2006年8月13日
僕は、12歳のときに小さいころから使っていたステロイドを止めて、半年ほどの激しいリバウンドを経験しました。
その後、時がたつにつれて体は良くなっていき、17歳ぐらいのころには夜寝ている間に掻くこともなく、比較的普通に生活が出来るようになっていました。そのため安心してしまった僕は、ピアス(アクリル製のもの)をしたり、ブリーチ剤を使って髪を脱色したりするようになってしまいました。これが原因かはわかりませんが、20歳ぐらいから夏に汗をかくと蕁麻疹がでるようになり、顔や首や間接を掻きむしってしまうようになりました。
冬は寝ている間に掻いてしまう心配も全くなく普通に生活ができたのですが夏になると顔全体や首そして腕や脚の関節に赤くはれ上がった様な蕁麻疹がでました。このような冬と夏のサイクルが3年ほど続き、僕は自分の体質のことも考えず色々な無茶をしたことを後悔しながらとても不安な毎日を過ごしていました。
12歳でステロイドをやめてリバウンドを経験し、医者を信用できなくなって以来どこの病院にも通っていなかったのですが、このままでは一生アトピーと付き合っていくことになると思い、インターネットで病院を探し始め松本漢方クリニックのホームページにたどり着きました。
通い始めて2年ほどになります。IgE抗体はなかなか思うように減りませんが、昔のような夏の激しい蕁麻疹はほとんどありません。
漢方薬の風呂に入らないときは無意識に掻いてしまうこともあり、傷の周りが赤くはれることもありますが傷も小さなものになってきています。
この前の検査の帰り、真夏の京都を観光しました。途中首のところに直径1センチほどの赤い斑点が出てきましたが、コンビニで涼んでいたら5分ほどで消えてしまいました。
完治の日がいつくるのかわかりませんが、絶対直ると信じてがんばります。
「松本先生へ」
松本先生に出会ったのは高校1年生の頃でした。
私は2歳の頃に小児ぜんそくを患い、当時は病院で注射を何本も打たれたそうです。それから小学校に入り、ぜんそくが治まっていくと同時にアトピー性皮膚炎へとアレルギー反応が変化していきました。母には、よく治るといわれる皮膚科に熱心に連れて行ってもらいました。そこで処方された塗り薬は効果てきめんで、塗るとすぐに症状が和らぎました。当時の先生には塗り過ぎちゃダメだよ。薄く塗りなさいと言われていたのを覚えています。しかし、症状が完治する、出なくなるということはありませんでした。今振り返ると、その塗り薬にステロイドが使われていたのは疑いようのない事実だと思います。
その症状が高校1年生になってから酷くなり始めました。そこで、母の友人の方から松本漢方クリニックを紹介してもらい通い始めたのでした。
松本先生は凄くインパクトのある先生で、声は大きく、話し出すと止まらない。今まで出会った事のないお医者さんでした。しかし、先生の話には嘘はなく、強い語り口調で話される先生に引き込まれていきました。信じて治療をしていこうと決意しました。
それから、一切ステロイドの使用を止め、漢方治療を始めました。当初は壮絶なリバウンドの日々で、全身赤く腫れ上がり、足の裏には多くの水泡も出てきて、高校1年生の冬は1ヶ月学校を休みました。両親もあまりの症状の酷さにこのまま漢方治療を続けるかどうか非常に思い悩んだようです。その間、
松本先生は何かあったらどんな時でも連絡してきなさい、必ず治してあげるから!と力強く励ましてくれていたのを今でも覚えています。
これだけ壮絶なリバウンドがあったということは、それだけステロイドを使用し続けていたということでした。それからリバウンドのピークが過ぎ、高校2年生の春頃には普通の生活ができるようになりました。
しかし、これだけお世話になっておきながらも私自身は不真面目な患者で、高校生活、大学生活と過ごす中で、漢方の塗り薬はもらうのですが、漢方は飲んだり飲まなかったりを繰り返していました。学生時代に不規則な生活をしている時には症状が酷くなる事もありましたが、一切ステロイドは使用しませんでした。
大学を卒業し、企業に就職して5年が経ち結婚し、子供が生まれました。
子供を授かった時に一番に思ったのは、自分のアレルギー体質を受け継がないで欲しいということでした。しかし、生後3ヶ月目から顔は赤く腫れ、全身にも広がり始めて掻きむしるようになりました。痒くて泣き、眠れない我が子を世話する妻は辛く悲しい思いをしていたと思います。私は迷わず松本先生の元へ我が子を連れて行きました。赤ちゃんはIgE抗体生産能力が極めて低いため、自然後天的免疫寛容が大人よりも早くおこるから、私よりも子供の方が早く治るよと言われました。赤ちゃんは漢方の煎じ薬を飲むことは出来ないため、主に漢方風呂、消毒、塗り薬で治療を行いました。生後3ヶ月から治療を始め、生後6ヶ月~7ヶ月目には症状がかなり緩和して、1歳を過ぎる頃には全く見る影もなくなりました。子供は5歳になりましたが、それ以降はずっと綺麗な肌で何も治療はしていません。
先生には本当に感謝をしております。有り難うございました。
私自身の症状は今、非常に落ち着いています。
しかし、完治したわけではありませんので、松本先生引き続き宜しくお願い致します。
「アトピー手記」匿名希望28歳2004年4月18日
私は仕事で有機溶剤を使うようになって、鳥肌のような症状が出てきました。子供の頃からのアトピーが、また出たのかなと、放置していましたが、しばらくして耳にシモヤケのようなものが出きてきました。これも時期が冬だったので、そのまま放置していました。次は頭が痒くなってきました。そ時はもう春先で、花粉症が出てきたと思って、それもずっと放置していました。
それから三週間ほどたった頃だったでしょうか、ちょうど毎年、花粉症の症状がピークになる頃に、背中がすごく痒くなってきました。仕事中だったので、仕事の同僚に背中を平手で打ってもらって、痒みは痛さで紛らわされて安堵したのもつかの間、以前にも増した痒みが襲ってきました。その日は痒くてたまらなくなり、早退して、家で休養をとりました。次の日出勤したのですが、どうも症状はよくならず、出勤しては早退、そして欠勤というサイクルを繰り返しました。薬を塗っても良くならず、悩んでいました。
そこで、この松本漢方クリニックにお世話になろうと思ったのです。なぜかといいますと、父がリュウマチになって、歩くのもやっとの状態のとき、ある日突然、「インターネットで検索して出てきた病院に、行く。」と言って、通いだしました。私は最初、眉唾物だなと感じていたのですが、後で、父が回復して歩けるようになったのをみて驚きました。そのような状況を目の当たりにしていたので、松本漢方クリニックさんに頼るしか方法はないと思い、通うようになりました。
通院して、アトピーと診断してもらい、漢方薬を処方して頂きました、漢方薬を使い出して、最初は、痒みは収まりませんでしたが、薬草風呂に入って、しばらくの間は痒みが抑えられました。でも寝る前になると、以前にも増して痒くなり、本当に効果があるのか、不思議に思う日が続きました。父は、それに絶え抜いてよくなっています。「リュウマチがアトピーになって、完治していく」と医院長先生から教えて頂いており、父のリュウマチ克服をみてきて、私の病状は、それよりもより軽い症状だと感じ、信じて続けてみました。
それから月が経つごとに痒みは改善していきました。そして今は、もう痒みはほとんどなく、アレルギーの数値が下がるのを待つだけになりました。本当に感謝しております。
(文法力がなく、みすぼらしい文章で申し訳ありません)