「リバウンドは免疫が上がる嬉しい事と理解できるようになり快方へ(アトピー・喘息・鼻炎手記)」
37歳2015年10月18日
37歳2015年10月18日
ステロイドを服用・塗布したのは多く見積もっても半年程。その半年間も、効き目を実感できずにいたので、まじめに服用してはいませんでした。それでも、リバウンドに7年以上苦しみました。長くなりますが、松本先生に出会うまで、そして完治するまでを記したいと思います。
大人になるまで、大きな病気をしたことがなく、虫歯もなく、眼科以外の病院とは、ほとんど無縁で過ごしてきました。本人は大した努力をしていませんでしたが、周りのおかげで運よく、ストレスのない幸せな時間を過ごせていたのだと思います。そのせいかあまり物事を深く真剣に考える性格ではありませんでした。
そんな、健康だけがとりえというような状態が激変したのは、就職して4,5年経った頃でした。たぶん、任される仕事の責任が重くなり、ストレスがだんだん大きくなっていたのだと思います。春になるとコン、コンとした咳が出るようになり、ひどい時にはしゃべることも難しくなりました。
そして訪れた耳鼻咽喉科で出されたのがステロイドの内服剤でした。どんな薬かもわからず、言われた通りに飲みました。しばらくすると、腕と顔に赤み、湿疹、ガサガサ感が出てきて、咳どころではない状態になり、今度は耳鼻咽喉科と同じフロアにある皮膚科へ行きました。後から冷静に考えれば、まさに病気を作り出されて、病院をたらいまわしにされている状態で、何も疑わずに言われた通りに薬を飲んだり塗ったりしていた自分が本当に馬鹿だったと、なんとも言えない気持ちになります。こんなにネットには情報があふれているのに、症状や薬、治療方法を調べることもしなかったなんて、自分の身体の事なのに、まったく真剣に考えていなかった証拠です。
皮膚科では「アトピーではない。植物か化粧品のかぶれでしょう」との診断で、使用している化粧品の検査をして反応が出たものは除外する等していましたが、一向に良くなりませんでした。そしてしばらく通ううちにステロイドが出されました。「ステロイドなので、経過を慎重に見ます」と言われ、3日や1週間単位で次回の診察予定日を決められていました。その時は「ステロイドなので」「慎重に」の意味がわからず、ただ言われた通りに薬を塗ったり飲んだりしていましたが、目に見えて効果があったというような記憶はありません。むしろ、一時的に良くなったように見えても、さらに悪化するのを繰り返し、次第に全身に広がっていきました。今から思えば、細かくリバウンドを繰り返していたのだと思います。
最後に受診した日、いつもの次回診察予定日の話がなく、そのまま通わなくなりました。いわゆる脱ステロイドというものを無意識に行ってしまい、体中の皮膚が見たこともないような酷い状態になりました。別の皮膚科へ行けば治してもらえるかもしれないと、藁にもすがる思いで近所の皮膚科へ行きました。この時にはアトピーと診断され、より強いステロイドを出されました。内服も出されていたと思います。ここでも結局同じことの繰り返しでどんどん全身に広がり悪化していきました。せめてこの頃に松本先生に出会えていたら、きっともっと早くもっと綺麗に治っていたのに、と心から思います。実際には、先生に出会えるまでまだしばらく迷走することになります。いつまでたっても治らないという不安から、ネットでようやくいろいろ調べ始め、今の自分はステロイドの使用を止めたことによって、リバウンドというものが起こっているのだということを、なんとなく認識するようになっていました。リバウンドや闘病生活について書かれたブログや日記をネットで公開してくださっているたくさんの方のおかげです。高い授業料を払いましたが、ようやく「普通の皮膚科ではステロイドしか処方されない。使い続けていてはいつまでたっても治らない」ということを悟り、一切のステロイドを止めようと心に決めました。
最初に耳鼻科でステロイドを処方されてから、半年近く経っていました。この頃には痒みで明け方まで眠れずに、朝刊の配達の音を聞いたり、朝日で部屋が明るくなっていくのを見ることも度々あり、いつも寝不足で、仕事にも日常生活にも差し支えるようになっていました。
顔や体中から浸出液が出て真っ赤に腫れあがる日、皮膚がひび割れて乾燥してめくれあがり、ぽろぽろと際限なくはがれ落ちる日、どす黒くガサガサに堅くなる日(この時は表情も作れず、笑うこともできませんでした)。日によって様々な症状が襲ってきました。全身の痒みと微熱で四六時中ボーっとしていました。(20代だと言うと驚かれました。たぶん10歳は老けて見えていたと思います)
いつも疲れていて身体中がだるく、何事にも前向きに頑張ることができませんでした。健康な時には、なけなしの体力とプライドでなんとか隠していた自分の嫌な部分、ダメな部分がどんどん前面に出てくるようでした。周囲の目を気にする余裕もなく、ただ生きているだけで精一杯で、この頃、本当にたくさんの人の信頼を失ってしまったと思います。ひとつ行動する毎に身体中を掻かずにはいられない、いったん掻きだすと意思とは関係なくいつまでも全身を掻きむしっているという状態で、全てに時間がかかっていました。爪の間には常に血で赤黒く染まった皮膚が挟まっていました。一番ひどい時には、このまま窓から飛び降りたら楽になれるかなぁなんて思いが頭をかすめたこともありました。高層マンションに住んでいたわけではなかったので、実行していても無理だったと思いますが。
リバウンドの予備知識はあったものの、想像を超える症状で、「自分はこれからどうなるのだろう」という不安を抱えて、生ける屍のような有様で通勤していました。精神状態も最悪でした。心の片隅にはいつもステロイドを処方した医師への怒りがあり、「放っておけば咳くらいそのうちきっと治まっただろうになんでわざわざ病院に行ったのだろう」、「せっかく両親は丈夫に産んでくれたのに、どうしてこんな事になったのだろう」と後悔ばかりしていました。
次の春、東京へ転勤することになり、環境が変わったことが良かったのか、一時的に体調が良くなりました。けれど、治ったわけではないことは、元の健康な身体を知っている自分にはよくわかっていました。でも、じゃあどうしたら完治するのかということは、いくら調べてもわかりませんでした。リバウンドと呼ばれるものはどうやら何度か繰り返すものらしいということはわかりましたが、その後、完治した方の情報というものが見つけられなかったのです。「もう元の健康を取り戻すことはできないのだろうか」という不安はあったものの、「ステロイドの影響さえなくなればきっと治るのだ」と都合のよい自己暗示をかけて、いかにリバウンドの苦しい状態を乗り越えるかということだけを考えるようにしていました。
身体に良いこと、健康的なこと、調べ出すとネットには色んな情報があふれていて、情報がないことに比べたら贅沢な話ですが、今度は逆に困りました。足湯、半身浴、岩盤浴、温泉、ランニング、ウォーキング、青汁、玄米食、漢方薬、お酢、なた豆茶・・・。酷い状態になったり少し楽になったりというパターンを数ヶ月~半年単位で繰り返しながら、あらゆることを試していました。
仕事のストレスで一時的に免疫力が落ちて表面的に治ったように見える時期、仕事がひと段落して免疫力が回復して酷く悪化する時期を繰り返していたのでしょうか。結局何をしても良くなったという実感は得られず、「何をしても悪くなる時は悪くなるのだな」、「焼け石に水みたいだな」と諦め気分になることが多かったように思います。
この頃、見かねた周りの人からも、温泉やら病院やら色々と勧められました。上司や産業医に紹介された病院には行かないわけにもいかず、何度か診察を受けました。そこでは、「すぐ治してあげるからね!」と、有無を言わさず強いステロイドを処方されました。皮膚科でも同じでした。恐る恐る、ステロイドはリバウンドが怖いと言うと、「いまどきまだそんなこと言って怖がらせる医者がいるの!?」「塗り方が悪いから副作用が起きるの!指導した通りに正しく塗れば大丈夫!」と大声で言われました。(でも、今思い返せば、痛いところを突かれてムキになった様な表情をされていたようにも思えます。)詳しく話を聞いてもらえる雰囲気でもなく、おとなしく塗り方指導を受けた後、処方薬だけもらってすごすごと帰りました。以降、通っていません。
別の病院では、「こんなに皮膚状態がひどいアトピーの人は、必ずダニかホコリで反応があるのです。日常生活でアレルゲンに接しているんです」と言われました。それまでも何度も血液検査を受けてきてアレルギー反応は特に出ていないと話しましたが、自信たっぷりに押し切られて改めて血液検査を受けました。結果、やはりダニにもホコリにもアレルギー反応は出ず、お医者さんが黙ってしまって、その後一切その話題に触れなかったことが今でも印象に残っています。ここでは他にも、(腕の内側をひっかかれ)「引っ掻いたところが白くなるからあなたは元々アトピーなのです」「ステロイドのせいではない。うまく付き合って生活の質(QOL)をあげていけばいいのです」「患者が治療方法を選択することはできないのです」「ステロイドを塗らずに放っておいたら、掻き傷から感染症を起こします。まずステロイドで炎症を沈めないと」「ステロイドが怖いなら、プロトピックはどうか。新しくて副作用もない素晴らしい薬です」等と言われました。「
自分は26歳になった時に初めて、血液検査で調べないような極めてまれなアレルゲンに出会い、引っ越しや転勤してもその稀なアレルゲンにダニやホコリと同じレベルで日常生活で接し続けているとでもいうのだろうか。ステロイドで炎症が鎮まったとしてその後はどうするのだろう。またあの恐ろしいリバウンドが起こるじゃないか。ああ、だからずっと塗り続けてQOLを上げていこうって言う話か?」色々な疑問や不満が頭に浮かびました。
ステロイドを出すお医者さんがよく言う「短期間なら問題ない」っていう言葉は、なんだか妙な説得力がありますが、QOLの話を同時にした時点で全く説得力を失うものだと思いました。「やっぱりステロイドを出すお医者さんは信頼できない。ステロイドを拒否している自分は間違ってない」と改めて思うと同時に、「これだけ大きな病院で患者さんもたくさんいるのに、あんなにダニ・ホコリアレルギーを断言していたということは、自分のようにダニ・ホコリにアレルギー反応がない患者は他にいないのだろうか。ステロイドのせいにしている自分はやっぱりおかしいのだろうか」と不安も感じていました。ステロイドでは治らないこと、むしろリバウンドが恐ろしいということを、身をもって学んでいても、医学の知識は皆無ですから、お医者さんに強く否定されたり、鼻で笑われる度に心が揺らいでいました。
結局、「一番ひどい時期を思い出して怖くて塗り薬を触れない」と涙ながらに訴えて、ステロイドもプロトピックも拒否したため、保湿剤、ビタミン剤のみ出してもらうことになりました。プロトピックもステロイドと同様だということは調べて知っていました。痛い目にあって学習したので、さすがに以前より少しは賢くなっていました。涙も嘘ではありません。普段は記憶の隅っこに押しやっているからなんともないものの、詳細に思い出すと鳥肌がたったり、震えが来たり涙ぐんでしまうような、それは酷いリバウンド症状を繰り返してきたのです。これは今でも変わりません。酷い皮膚症状を見過ぎたためか、集合体恐怖症(?)のようなトラウマ持ちになりました。テレビに映るスタジアムの観客席のように細かく動くものは、鳥肌が立ってしまって今でもなかなか直視できません。その後もなんとか通勤・通院していたものの、深夜残業や徹夜作業が長く続いた時期に状態がますます悪化し、しばらく休職して入院か自宅療養してはどうかという話になりました。
「入院では間違いなくステロイドの治療になる」と思い、自宅療養の診断書を書いてもらいました。その後も3ヶ月程、どす黒い顔をして微熱でフラフラして重い身体を引きずるようにして仕事をしていましたが、会社からもしばらく休んではどうかと言う話がでて、仕事を調整して休職に入りました。休職期間中は、実家で療養しながら漢方医の元へ通い、内服の粉薬と塗り薬をもらっていました。最初のうちは酷い症状が出て日中眠り続けて深夜に少し起きるという吸血鬼のような生活でしたが、肌が徐々に生まれ変わると痒みが減って、運動と睡眠、食事に気を配って生活出来るようになり、3ヶ月程でほぼ元通りの白い皮膚に戻りました。この時いつも以上に回復したのは、漢方のおかげもあると思いますが、実家にいた為、食事や身の回りのことを何も心配せず、ゆっくり静養でき、大きなリバウンドを乗り越えられたことが大きかったと思います。猫にも癒されました。掻きむしって座り込んで動けないでいると、そっとそばに寄り添ってくれました。柔らかい毛並みを撫でて、ゴロゴロいう音を聞いていると、ストレスや心配事が全て消えていく気がしました。(あんまりべたべたしていた為に後に猫アレルギーになりましたが(笑)
そして大阪に転勤し、復職。しばらくは綺麗な皮膚でいられたものの、残業や休日出勤が続くと悪化するという以前と同じパターンが繰り返されました。悪化すると何かにすがりたくなり、ステロイドを使わないと謳っている病院をネットで調べたりしていました。(ここでもどうして松本漢方クリニックにたどり着けなかったのでしょう・・・)しばらく通院した京都の病院では、「ステロイドの使用はけしからん」とおっしゃっていたものの、高額の防ダニ布団(その先生が開発に関わったそうです)を売りつけられそうになったり、パッチテストの結果から食事制限を言われたり、繰り返し血液検査をされたり、保険のきかないサプリメントを処方されたりし、これで治るのか?と常に疑問が頭に渦巻いていました。
悪化したり良くなったりをしばらく繰り返しているうちに、「5年も経てばステロイドの影響はもう消えているはず。精神的なもので皮膚症状が悪化しているのでは。一度心のケアも考えてみては?」と苛立ったように言われました。確かに憂鬱な気分が長く続いていましたし、仕事や人間関係のストレスはゼロではありませんでしたが、それはリバウンド症状が酷くきちんとした社会人生活が困難だからであって、原因と結果が逆じゃないか?と納得がいきませんでした。
「ステロイドは厳禁という方針のお医者さんにも匙を投げられてしまうなんて、やっぱり私がおかしいのか」と自信をなくし、酷く落ち込みました。良くなっていないという状況を見かねた産業医がまたいくつか病院を紹介してくれましたが、どこにいっても相変わらずステロイドを勧められて諦めて帰るというパターンの繰り返しでした。その内、産業医も「良かれと思って紹介しているのに。ステロイドのせいでそんなに長い間体調が悪くなるなんて聞いたことがない。そんなに怖がらなくても」と気分を害されたようでした。「もう紹介は結構です。自分で治しますから」と言いましたが、「そんなの無理、無理!」と一笑に付されてしまいました。この時の気持ちは何とも言い表せません。どうしたらいいのかわからず、ただ悲しさを噛みしめていました。
最初に耳鼻科を受診した時から既に7年が経過していました。「たった半年のことだったのに、あと何回リバウンドを繰り返したら完治するのだろう。自力では無理なのだろうか。もう元の健康な身体には戻れないのだろうか。」終わりが見えず、精神的にも、とても疲れていました。
この頃、とてもとても長い回り道をしましたが、ようやく松本漢方クリニックを見つけました。きっかけは本屋さんの隅の特集コーナーに平積みされていた「胃腸を整えて病を治す」「一日二食健康法」といった類の本です。「誰からも理解されないこの不調を抱えながら生きていくしかないのだな」と半ば諦めていたのに、単純なもので、胃腸の調子を整えれば免疫が上がって健康になるのか、鼻炎も皮膚炎も治ったりしないかな、などと考えて調べ始めました。「アトピー商法にだけはひっかかりたくない、お医者さんにだまされた上に業者にまでだまされたくない」とずっと思っていましたが、これなら逆に節約になるしと少しやる気が出ました(笑)
その後も「免疫を上げる食事方法」や「胃腸」といったキーワードでネットを調べ、一日二食(18時間絶食)でクローン病という難病を治療されている方の手記(メルマガ)をみつけました。甲田先生の理論の元に、免疫抑制の治療は拒否し、自己免疫力を上げて完治を目指しているという内容で、甲田先生が亡くなられた後、松本先生にお世話になっていると書かれていました。
「完治」という言葉に誘われるように、松本漢方クリニックのホームページを探し、先生の理論やたくさんの方の手記をいくつもいくつも続けて読みました。完治するという言葉だけで絶望していた心が救われたように思いました。比喩ではなく、視界が開けて世界が明るさを取り戻したような気がしました。先生の明快で裏表のない言葉、自信に満ちた言葉が印象的でした。絶対に会いに行かなければと思いました。いてもたってもいられず、次の診察日に午前休をとって先生に会いに行きました。実際に診察を受けてみて、そのパワフルさに圧倒されました(笑)
ホームページの印象通り、自信をもって話して下さり、暖かい手で力強く握手してくださいました。診察の途中、何度か電話で他の患者さんの対応もされるのですが、それを横で聞いているだけでも、「一人ひとりの患者さんに真摯に向き合ってらっしゃるのだな」ということがとてもよく伝わってきました。「この先生なら大丈夫、絶対嘘をついたりしない。再びあのつらいリバウンドを経験してでも絶対治すのだ、治すのは自分!」と覚悟を決めました。
それからは張り切って毎日漢方薬を煮て、飲んで、週2日は漢方のお風呂に浸かって、お風呂上がりには塗り薬を全身に塗って、「早くリバウンドがこないかな♪」と症状が悪化するのを心待ちにしていました。悪化しませんようにと毎日祈りながら暮らしてきたのに、こんなことは7年間で初めてでした(笑)
漢方煎じ薬を飲み始めて2、3週間もすると徐々に皮膚の炎症が広範囲に広がり、痒みが酷くなってきました。「免疫が上がってきたのだ、身体が戦っているのだ!」と嬉しくなったのですが、それよりももっと嬉しかったのは、それと反比例するように咳や痰、呼吸困難の症状が消えていったということです。
松本先生にお会いする少し前、生まれたばかりの子猫を保護し、半ば呼吸困難になりながら世話をしていました。元々家にいた成猫で猫アレルギーを発症し、一時期鼻水や軽い咳が出ていたものの、ここ数年は問題なく接触できていた(成猫については後天的免疫寛容が既に起こっていたということでしょうか!?)のですが、子猫の世話をし始めてから、今までにないくらい激しいアレルギー症状が出たのです。それが、漢方薬を飲み始めてたったの2、3週間で、どれだけ子猫と一緒にいても咳も痰も鼻水も、もちろん呼吸困難もなくなりました。本当に魔法のように喉と鼻の症状が消えました。代わりに皮膚炎が関節部分と顔、首に広がり、時期が真夏だったこともあって汗をかくたびに全身を痒みが襲いましたが、リバウンドをいくつも乗り越えてきた私にとっては、なんてことはなかったです(笑)
それに今回は松本先生に処方していただいた塗り薬も入浴剤もありました。今までリバウンドで悪化した皮膚は何をしても良くならず、すぐに掻き壊して出血していたところが、消毒、薬浴、塗り薬ときちんと手入れをしていると、ほとんど掻き壊れず、掻き壊れても回復が早く、跡が残らないのです。2、3日に一度面白いように薄い皮膚がぺりぺりとめくれて、「こうやって私の身体は少しずつ生まれ変わっているのだな」と感じていました。
そしてそのリバウンドが数ヶ月で落ち着いて以降、大きなリバウンドは出ていません。時々、脇やうなじ、そけい部など局所的に悪化することはありましたが、掻き毟ってもほとんど出血することなく、しばらくすると綺麗に落ち着きました。
松本漢方クリニックに通い始めてから3年、脱ステロイドから10年経つ今は、漢方薬をしばらく飲み忘れていても大丈夫な日々を送っています。そけい部に色素沈着と皮膚炎が少し残っていますが、掻いてしまったなと言う時に塗り薬をちょっと塗るくらいです。しっかり治しきるために漢方薬をもう少し続けた方がいいですね、きっと。
それとこれからも運動とバランスの良い食事を心がけることでしょうか。絶望していた悲惨な頃に比べたら、信じられないくらい前向き思考で人間らしい快適な生活を送っています。掻くことに時間を費やしていませんし、意識も朦朧としていません(笑)
本当に、本当に、松本先生に感謝です。ステロイドの怖さ、リバウンドの辛さは、本人と近くで見守っていた家族にしかわからないだろうと思います。状態が悪い時、周囲の無理解や心ない言葉に傷つくことが度々ありましたが、これは仕方ないことだと思います。健康を失ってからでないと真剣に健康の事を考えたり理解しようとしないものだろうと思います。人間ってそういうものだと思います。もし自分で体験していなければ、私もきっとその一員だったと思います。いくら話を聞いても本当の意味では理解できなかったと思いますから。
それでも、友人が子供(乳幼児)にステロイドを塗っているという話を聞くと黙っていられず、「塗らない方がいいよ。私みたいに恐ろしいことになるから」と伝えたのですが、「ちゃんと説明してくれていい先生だよ。赤ちゃん用にすごく薄いステロイドだし安全だって。よかったら塗ってみる??綺麗になるよ!」と逆にステロイドを勧められてしまい、無力感を感じました。うまく真意を伝えられない自分がいけないのでしょうが、私の体調が悪化しているところを間近で見ていた友人でもそうなのです。松本先生のホームページを紹介してもきっと理解してもらえないでしょう。皮膚炎で苦労してちょっと変になっちゃった?何かの宗教にでもはまったの?みたいに思われてしまいそうです。
松本先生は、何度も何度ももっと大きな無力感を感じながらこれまでずっと闘ってこられたのだなと思うと、本当に頭が下がります。確かに辛い7年間でしたが、「病や、病に苦しむ人達に対する理解が深まった。私の心は少し成長した」そう考えることが出来るようになりました。もちろん、結果を考えずにステロイドを簡単に処方する医師に怒りを覚えた時期もありました。ですが、身体の状態が良くなるにつれて、全ては自分の選択、自分の事を真剣に考えてこなかった所為、物事を深く考えてこなかった所為だと本心から思えるようになり、その時に心が健康を取り戻したように思います。
こうやって詳細に振り返ったのはこれが初めてです。文章にしてみると改めて自分を省みることができました。ストレス発散にもなった気がします。(笑)なんだかまとまりのない文章になってしまいましたが、最後に、この文章が病院ジプシーを続けている方の目に触れ、何らかの手助けになるようなことがあれば、とても嬉しいです。松本先生、スタッフの皆さま、ありがとうございました。