「私と松本漢方クリニックとの出会い」34歳女性2006年6月27日
私は幼少の頃から、喘息とアトピーで日々苦しんでいました。昔は卵アレルギーといわれ、小学3年生から卵製品を一切食べない日々が18歳まで続き、偏った食生活で弱い身体でした。ですが、その甲斐あってか、その時期は“喘息”と“アトピー”がほとんどでませんでした。が、18歳から働き始め、会社の寮に入り、生活リズムが変わったとたん、また“喘息”がでてきたのです。そのたびに点滴をされ、薬を飲まされ辛い日々がまた続きました。そして体力的に無理なので、職場を異動させてもらってから、今度はストレスで“アトピー”が出てきました。以前に出た所もない背中や太もも。最初は近くの皮膚科に行っていましたが、どんどん薬が強くなるばかりで、自分自身も色々な本を買い勉強していました。そして“ステロイド”の恐さを知り、一切やめてしまいました。やめたとたん、もっとひどく悩んでいると、ある友人二人がインターネットで探してくれた病院が松本漢方クリニックだったのです。その友人同士は、お互いのことを知らないし、行った事も聞いた事もない医院です。私は死をも覚悟していたので、最後の望みと思い決心しました。
そのうちの一人が医院についてきてくれ、行って松本先生が一目私を見たとたん「飲み薬、たくさん飲んだやろ」と言いました。私はびっくりしました。塗るステロイド剤はよくないと聞いていたので、飲み薬をたくさん出されていたのです。私は直感で、この先生にかけよう!!と思いました。そしてかゆく辛い治療が始まりました。
数ヶ月ずっと熱が続き、リバウンドで体重が13kgも増しました。下着もつけることが出来ない日々が続き、家ではほとんど裸でいました。ですが周りの協力もあり、少しずつ楽になるにつれ、自然と体重も減ってきました。そして辛くてたまらない時こそ、病院に行くと私よりももっとひどい人もたくさんいます。負けてられない!!そして先生の言葉はいつもパワーをもらいました。「絶対治したる。」そして最後に握手をしてくださる。それだけでも、どれだけ気持ちが落ち着くか・・・そして昨年、結婚する事も出来ました。その数ヶ月前実父を亡くし、悲しさと嬉しさとすごいストレスで忙しくてボロボロで、一生に一度しか経験の出来ない事が起こりましたが、そのストレスで、またアトピーが出るのでは?と心配でしたが全く出ませんでした。もちろん生理前や季節によってアトピーが少しひどくなる時期は、まだありますが以前のように、かゆくて眠れない事もないし、人の目線も気にならなくなり、あと一歩だと私自身も感心しております。
私は完治して、もう来なくていいよ!!と言われても、腰もヘルニアだし、風邪も引くだろうし、こちらの松本漢方クリニックにお世話になりたいと思っています。
私の大の仲良しの友人もお世話になっております。苦しんでいる方に一人でも多く伝えてあげたいと思います。
「アトピー手記」匿名希望36歳2013年10月5日
小学生の低学年頃から手指の痒みに悩んでいました。家の近所の皮膚科、2、3件通いましたが、どの病院も湿疹などと診断され、ステロイドを処方されました。ステロイドを塗ると一時的に痒みは治まるが、塗るのをやめると、又ただれの連続でした。そんな生活を30歳頃まで続けていましたが、結婚、出産を機に水仕事が増えると手指の症状は、どんどん酷くなり、ステロイドもあまり効かなくなってきました。そこで、私はステロイド以外で治す為、漢方を処方する病院をネットで探し、松本漢方クリニック見つけました。2010年6月、初めて松本先生に診て頂き、私は「アトピー」と診断されました。同時に先生は「治してあげる」と断言して下さいました。その時、煎じ薬、消毒液、黄、赤の塗り薬、エルタシン軟膏を処方してもらい、治療を始めました。
2010年6月 煎じ薬を飲み始める
2011年2月 一回目のリバウンド
目元から真っ赤になり、日に日に広がって行く
顔はむくんでパンパン、まぶたがはれ、
目は開かない。肌はでこぼこ。首や耳まで赤みがひろがり、
皮はべリべリめくれジュクジュクして黄色の液体が出る。
顔中、熱くピリピリして、やけどの様。なかなか夜、寝つけず
深夜も2時間起きに目が覚める。
2011年7月 胸、腹、膝裏にも赤みが広がる
10月 入浴剤を処方される。入浴中は気持ちがいいが、
あがると強烈な痒み。
2012年1月 顔の赤みがやや引いてくる。
2月 二回目リバウンド全身痒く掻くと血や体液が吹き出る。
9月 体液があまり出ず症状がやや軽く
11月 三回目リバウンド、二回目と比べピリピリ感が少ない。
2013年6月 顔の赤みは引くが赤黒い肌色
10月 ジュクジュクな所はほぼ消えるがカサカサは残っている。
今では、頭痛、肩こりもだいぶ軽くなりました。まだ治療途中で汗ばんだりすると、痒みにおそわれますが、日常生活にはほとんど支障なく過ごせています。
ここまでこれたのは、松本先生のおかげです。先生には感謝の気持ちでいっぱいです。これからも完治に向け治療を続けて頑張って行こうと思います。
皆様、初めまして。
この度、自分と同じように悩んでいる人に私の体験談を伝えたいと思いました。しかしどのように伝えたら良いかを試行錯誤しつつ、また、ここまで熱心に指導して下さった松本先生に感謝の気持ちを感じながら手記を書くことに致しました。
元々、幼少期から皮膚が弱く入浴後に親から天花粉をかけられていました。自分以外の家族にはそのようなことをしないのに、なぜ自分だけだろうと思っていました。
小学4~5年生の頃、それまで我慢していた痒みに限界が来て、磐部を掻いて掻いて掻きむしったところ出血してしまい、炎症を起こしてしまいました。
見かねた親が近所の皮膚科へ行くように言われ、受診したところ「薬を塗って患部は掻かないように!!」ときつく言われ、軟膏を処方され、言われたとおりに過ごしてきました。
薬を塗れば少しはましになるのですが、『痒くなる→掻く→出血→炎症→薬を塗る→しばらく治まる→痒くなる』の繰り返しでした。
社会人になって30歳を過ぎた頃です。段々、掻きむしる範囲が拡がり困っていたところ、知人の紹介で「高槻に良いお医者さんがいるよ」と紹介してくれたのが松本漢方クリニックでした。
それでもまだ受診するのに半信半疑でいたところ、H23年の冬に別の知人が、風邪を引いているわけでもないのにやたら咳をしていた(市販の咳止めも効かず)ので、松本漢方クリニックを紹介しました。すると受診した知人は「花粉症」と診断され、煎じ薬と塗り薬を処方されていました。受診した知人は煎じ薬を飲んで3日後には夜間、悩まされていた咳き込みもなくなり「治った」と喜んでいました。そして遠回りではありましたがH24年1月8日、37歳の冬、松本漢方クリニックのドアを開きました。
初めての受診で処方されたのが黄色と赤の塗り薬、エルタシン軟膏、煎じ薬と漢方風呂で「いよいよ治療が始まるんだ」と思いながら帰宅しました。
治療開始の2~3週間は煎じ薬の作り方や漢方風呂の作り方・入り方に慣れませんでしたが、開始して3日目辺りからリバウンドが出てきましたがまだ我慢できる程度でした。そして1ヶ月後の2月の診察では「もう少し頑張って、早く治してみようか」と言われ、煎じ薬も変わりました。すると痒みがひどく出て夜間も眠れず不眠になりました。先生からリバウンドの話を聞いていたことや他の方の手記を読んでいたので、ある程度の予想はしていましたが、予想以上に辛かったです。家族からも治療を辞めるか眠剤を処方してもらってはどうかと言われたくらいです。
仕事柄、自宅で入浴することが少なく(会社でシャワーを浴びるため)、漢方風呂を週2回程度だったのが、週4~5回、朝もシャワーするようになり薬を塗る回数を増やしましたが、痒みが磐部だけだったのが、首・手足までに拡がりました。そして『痒くなる→掻く→出血一→炎症→薬を塗る→しばらく治まる→痒くなる』の繰り返しになり、「ああ、やっぱり一緒か」という気持ちにもなりました。
ただ、今までの皮膚科では「掻くな」と言われていたのが、松本先生は「掻きたいだけ掻きなさい」でした。「掻くことによって今まで身体に溜まっている悪い物を出し切る。出血しても良い。免疫が低下しているから痒みや風邪を生じる」という松本先生の言葉に私は心にストンと落ちました。これまでどの先生の言葉にも騎に落ちなかったのが松本先生の言葉でこれまでの治療がうまくいかなかった理由に納得できたのです。
しかしこの辛い状態は3月~7月まで続きました。この時期をどう乗り越えるかを模索した所、時間がある時に炭酸温泉があるスーパー銭湯に行くことでした。まず、シャワーで古い皮膚を落としてから炭酸温泉に長時間浸かると、上がった後の肌のつるつる感が温泉に入ったのとでは違っていました。「掻く」ストレスから解放されてリラックスできました。
また、かかとのひび割れがひどかった(ぱっくり割れて出血するほど。絆創膏で保護していました)のですが、毎晩、漢方風呂の後にかかとにも塗っていたところ、今年(H25年)の冬は出血や絆創膏をほとんど使用することなく過ごせています。
痒みがひどかったH:24年3月~7月までの間、一番励みになったのは自分と同じ悩みをもった皆様が書いた手記でした。一人で治療していたら、途中で諦めていましたが、松本先生やスタッフの方、皆様の手記に励まされ、家族の理解と協力、そして自分自身、これまで良くならなかった皮膚の状態が良くなりつつであることを実感しているので、ここまで継続することができたと感じております。
H25年冬、今では漢方風呂の回数も減り、痒みはありますが以前に比べてだいぶ良くなりました。まだまだ完治するには時間はかかりますが、松本先生、スタッフの方、そして治療に来られている皆様、効果は必ず現れるので一緒に頑張りましょう。また、これからもよろしくお願いします。
私は美容院で働いているので、仕事柄手荒れが酷く、病院でステロイド剤の入った塗り薬をもらって塗っていました。つけるとすぐに治るので使っていましたが、きつい薬だとも聞いていたので、しょうがなく使っているという感じでした。
でも、使い始めてから2年ぐらいたったぐらいに、塗ってもかゆみが出るようになり、夜も眠れないぐらいになってしまいました。
他の病院も2~3件行きましたが、いつもステロイド剤の入った薬をくれて、やはりあまり効き目がありませんでした。
どうしようか悩んでいた時に、ちょうど知人が、「松本漢方クリニックは、漢方で治すから、ステロイドは使わないよ。」と教えてくれました。その時高槻が職場でしたので、帰りに早速行ってみました。
私は肘まで荒れていて、手の指は皮膚がめくれているところなど、かなりひどい状態でした。皮膚の色も変色していました。
毎日、煎じ薬を食事の前に3回と、夜帰宅して、消毒をして、薬湯に肘まで30分ほどつけて、あと赤い塗り薬を塗るという感じでした。初めは、煎じたりするのが大変でしたが、すっきりとかゆみがなくなり、夜もぐっすり眠れるようになったので、そんなに苦にはなりませんでした。
ステロイド剤を、3年ぐらい毎日のように使っていたこともあり、漢方に変えた時は、指や手首から肘までが、2~3倍ぐらいに腫れあがりました。でも皮膚の色や質感が、徐々に健康な状態になっていくのがわかり、楽しく治せました。
今も仕事を続けているので、まだ少し手荒れはありますが、家族や友人にびっくりされるほど、前の状態がウソのようにきれいになりました。
副作用で腫れあがった手を思い出すと、あのままステロイドを使い続けていたらどうなっていたのかと、ぞっとする思いです。
松本漢方クリニックを紹介してもらって、治す事ができて、とてもラッキーだったなと喜んでいます。どうもありがとうございました。
「アトピーと私の闘い」31歳男性2006年8月30日
アトピーが発症したのは、平成13年2月ころでした。前年6月に結婚し、実家から社宅に移り住んで、楽しい生活を送っていたのですが、社宅は築40年のアパートで、壁が一面カビだらけで、それだけが唯一の不安でした。
冬になると、肌がかゆくなり、皮膚が乾燥状態になりだしました。また、転勤というダブルパンチをくらい、精神的にも参り、何かいい治療方法はないか、と,思い悩んでいました。「ステロイド」はやめておいた方がよい、と噂で聞いていたので、どこか非ステロイドの病院がないか、と探していました。(これが結果としてよかったのです。)すると、職場の上司が松本先生を紹介してくれたのです。その上司日く「明るくて、豪快。熱血先生で必ずアトピーを治してくれる。」とのことで、実際、その上司も松本先生にアトピーを治してもらったとのことでした。そして、3月下旬、松本漢方クリニックの門を叩きました。とにかく長い待ち時間ということは聞いていましたが、約3時間待った記,億があります。そして先生の診察になりました。治療法などの説明を受けた後、先生が立ち上がり、握手しながら「僕の言うとおりにしていれば、必ず治してあげるから。」とおっしやったのです。私は感激しました。先生の必殺技といったら失礼でしょうが、この握手しながらの「治してあげるから」は、患者にとっても嬉しく、元気をいただけるのです。
漢方薬は苦く、また作るのに時間がかかるので、よく作るのをサボっていました。また、1日分作っても、温めるのが面倒で、飲むのに3日、かかったりするので、お茶が減らず、症状も一進一退の状態が続きました。
(しかし、とりあえず量を飲まなくては、と考え直し、作った漢方茶にポットの湯を加えて飲むようにしました。これでしたら、茶が薄くなり飲みやすくなる上、温める手間が省け、一石二鳥でした。そのかわり、飲む回数を増やしました。正規の飲み方ではないので、本当はいけないのでしょうが、飲むのをサボるよりはマシかなと考え、今も実践しています。
おかげさまで、5年前とは比べものにならないほど、肌がきれいになり、胸のアトピーは完全に消えました。あとは、顔の黒ずみと首、背中ですが、今後も先生の指示を聞いて、完治したいと思います。
最悪な痒みと、日々の不便な生活から脱出させていただきまして、ありがとうございます。今現在も、多少痒みがあり、治療を続けておりますが、数年前の事を思うと、何の苦労も感じません。
痒みで寝られない夜に、松本漢方クリニックのHPを見ている方や、ステロイド薬を止め、漢方治療に進もうか悩んでいる方が、たくさんいらっしゃる事と思います。ステロイドを止める事で、どれだけ重いリバウンドが待ち受けているのか、治療に何年かかるのか、先の見えない治療を、そうそう簡単に決断出来るはずもありません。
しかし私は、2年半前に松本漢方クリニックでの治療を開始して、本当に良かったと思います。でなければ、何も出来ない、何も触れない、悪化するだけの手湿疹と、落ち込んだ毎日を、間違いなく送っていたはずです。
私がステロイドを使用していた7年半は、治療というよりも、ごまかしにしかすぎませんでした。ごまかしどころか、年々痒みが酷くなり、最終的には、水を触る事にさえ恐怖を感じ、その為、不衛生から手白癬にもなり、痒みは倍増し、手のひらや指の間は、常に湿った状態で、仕事中や外出時にも、綿手袋をはずせませんでした。
睡眠時間も、年々短くなり、2時間寝ては、痒みで起き、1時間保冷剤を握り締める・・・といった生活を続け、仕事の忙しさもあり、精神状態もおかしかったですね。
そんな時に、義父が、リウマチを完治した松本漢方クリニックのアトピーに関する話を聞き、どん底にいた私は、救いを求めるつもりで、新たな漢方治療へと進んだわけです。
治療開始後は、見た事もない醜い手のひらと、壮絶な痒みで、涙する事も多々ありましたが、漢方を煎じた熱い液に手を浸すと、これまた最高に気持ちが良くて、涙することもありました。
「人により、リバウンド期間は違う」と言われていましたが、私の場合は、最初の1年は、強烈な痒みと戦っていたと記憶しています。その間、何度も皮膚の再生を繰り返していたところ、ステロイド漬けになった体から、何かが抜け出そうとしているのか、日光アレルギーにもなってしまいました。手の甲から二の腕にかけて、手のひらとは様子が違う発疹が発症し、不安でたまりませんでした。
しかし、その発疹も、1年ほどすると治り始め、問題の手のひらも、徐々に調子が良くなってきました。しだいに、朝までしっかり寝られるようになり、家庭内での水仕事も、少しずつ再開し、ようやく主婦らしい生活を送られるようになりました。
そして、ストレスが激減した今では、赤ちゃんを授かり、誕生を待つばかりです。私がこの治療を続けられたのは、初診時にお話しいただいた松本先生の『治してあげるからね。』の言葉から始まり、家族の絶大な応援があって、実行出来た事です。主婦なのに、主婦として成り立たない私を見守ってくれた主人には、感謝しきれません。
まだまだ漢方治療は卒業できませんが、日々の生活を楽しみながら、いつか来る完治の日を目指して頑張ります!
「アトピー手記」匿名希望39歳2012年11月27日
松本漢方クリニックに通いはじめてもう10年ほど、松本漢方クリニックに通院しています。
煎じ薬を飲んでいない期間もありました。
だから、10年間ずっと通っていたわけでありません。その10年間は、初めの半年以外の期間は、リバウンドのような悪い状態になることは、ありませんでした。
私のアトピーの症状は、手と足の親指と首といった間接部分が悪い状態です。もうかなり前からです。たぶん幼稚園の頃からだったと思います。
皆さんの手記に書かれているように、自分も色々な病院に行き、ステロイドを塗り、アトピーに良いと言われている事を試したり、食したりしていました。22歳の頃、ステロイドの副作用の事を知り、ステロイドを塗るのを止め、リバウンド症状になりました。リバウンド症状は改善しましたが、肌の荒れは、よくなりませんでした。それでも、日常生活はできるくらい回復したので、仕事しはじめました。
その数年後ストレスからだと思いますが、アトピーが悪くなりはじめ、ステロイドを使わない治療を行っている病院をネットで探して行ったのが、松本漢方クリニックです。松本病院で処方される煎じ薬をのみはじめると1ヶ月単位くらいで、少しよくなるといった感じで、半年でだいぶよくなりました。
それからの10年ですが、わたしは、冬にアトピーが悪化します。
夏に煎じ薬を飲んでいないと、特に冬に悪くなるように思います。
悪くなって仕事にも行くのに支障がでてきそうな時は、お風呂に入れる漢方をもらい、薬膳風呂に入っています。薬膳風呂に入って10日間程すると、良くなっています。
悪くなったり良くなったりの繰り返し状態が続いています。
なかなか完治は難しく思いますが、不規則な生活を避け、暴飲暴食をしないようにしようと思います。
松本漢方クリニックに通った10年を振り返ると、いろんな物を食べられるようになりましたし、外に出て遊ぶ機会も増えました。普通の人と同じような生活がおくれています。感謝です。松本漢方クリニックに出会えて良かったと思っています。
これからも、宜しくお願いします。
「松本先生との出会い」38歳女性2007年2月17日
私は生まれた時からアレルギー体質で、少し毛布が顔にあたるとすぐに真っ赤になったり、小学校低学年では鼻の下の皮がむけたり、スイカを食べると口の周りがかゆいといった程度のアレルギーは持っていました。しかし、小学校高学年になるとどんどんエスカレートしていき、腕の内側、膝の裏側にブツブツができ、血や汁が出てきたので家の近くの皮膚科で塗り薬をもらい、そんな生活がずっと短大時代まで続き、その薬がどんな物か全く疑う余地もなく、言われるが、ままにずっとつけて反対に安心しておりました。
それが会社に入社して少し経つと、やはりストレスのせいか今まで全く出ていなかった顔が少し赤ら顔になり、熱を持ち、皮が剥がれ日によってはやや腫れて体もだるい感じでした。そして、会社の近くにある「クリニック」へ行くとあまり説明もなく「注射」をされました。今考えるとそれは「ステロイドの注射」だったのでしょう。
しかし、症状は全然良くなりませんでした。そこで、会社の上司が私の赤ら顔を見て「京橋にアトピーを治す有名な先生がいるらしく、毎日何時間待ち状態や!」と言われすぐにその病院へ行ってみることにしました。アトピー患者にとって「どこそこの病院はアトピーを治す名医や!」と言われると本当に藁にもすがる気持ちになりすぐに飛んで行ったものでした。その病院は「笹川皮膚科」という所で、薬はやはり塗り薬で薬の容器にアルファベットが書いてあり、この薬とこの薬の2つを混ぜて患部に塗りなさいと。私はもうその頃ステロイドの副作用(赤ら顔やリバウンド)のことはテレビ等で騒がれていた頃なのでステロイドには恐怖心があり、実際に自分も赤ら顔になり始めていたので先生に「これはステロイドは入ってないですか?ステロイドはいやです」と尋ねると「まぁステロイドを使用しないとやはり治らないよ。上手に使用したら大丈夫」だと言われてました。しかし、その「上手に使用する」というのはどういうことでしょうか?というのも今までたまにアトピーが出たらステロイドを塗っておさまっていたのがその頃には薬を塗る頻度が多くなり、毎日塗らないと治まらなくなっていたので私はその言葉に非常に疑問に思い、先生によく食いついたことを覚えています。そしてそこの薬を塗ってみると最初は治っていたのですがそのうち顔がなぜかスーとするようになり、赤ら顔どころか色が白くなっていたような気がします。
しばらくは赤ら顔が取れてちょっとほっとしていたのですが、そのうちみるみるうちにまた元の赤ら顔になってしまい、肌のボロボロ状態はどんどんひどくなり汁も、しょっちゅう出るようになってしまい、お月さんのように顔がぱんぱんでした。
もうそんな顔で会社に行って人と話をするのがとても、いやでいやでたまらなかったことを思い出します。そしてここからが本題です。私のアトピーに母親も悩み続け、たまたまお隣の奥さんと世間話をしていて、アトピーで悩んでいることを話すと「うちの子は高槻にある漢方の医院に通っていてずいぶん治った」と教えてもらい、母は私に「どうする?行ってみる?」と言いました。しかし、ずっと長く漢方風呂につかっていなければならないし、お金も非常にかかり、リバウンドもかなり覚悟をしなければいけないと。それを聞いた時、私は一瞬そんなひどいリバウンドが出て会社に行けるだろうかと心配になりましたが、もうこれ以上ステロイドを使用したくないし、漢方なら
信用できるかも・・・と思い、今回ばかりは私はなぜか松本漢方クリニックに行く前からこの病院なら必ず治してくれるような気がしてすぐに行ってみました。
するとやはり想像どおり、すごい患者さんでその時は、2時間は軽く待ちました。
そして、松本先生に診察してもらい、「絶対俺が治してやる!」と言われ、握手をして下さりもうそれだけで涙が出そうで今までの病院とは違い、私はこの先生について行こうと思いました。そしてもう1つ決心した理由は看護婦さんがとても良い方で、今までの患者さんの治っていく過程のスライドを見せて下さり、その治っていく様子を見て信用することができましたし、アトピーに関していろいろな話をして下さり本当に「希望」というものをその時初めて感じました。
そしていよいよ想像以上よりもひどい「闘病」が始まりました。しかし、皆さんこれを乗り越えずにはアトピーは絶対治りません。私は最初毎日のようにお風呂で泣いていましたが、ステロイドを使用していてもどんどん悪化していくばかりだが漢方は、今までのステロイドの毒を出してくれるはず・・・と自分に言い聞かせ落ち着きを取り戻したものでした。ここからは「闘病日記」を見ていただければ少々のつらいリバウンドも乗り越えられるのではないかと思います。
私も診察に行った時には、必ず院内にある「闘病記」をいくつもいくつも読み、自分と同じ症状の部分が書いてあるととても安心したものでした。だって、その先自分はどういうリバウンド症状が出るのかが一番不安でしたから。でも煎じ薬を飲み始めるとすぐに体に反応がでてきたので「漢方は絶対に効くぞ!」と実感しました。
■〈煎じ薬を飲み始めて3日目〉 顔が赤ら顔で腫れぼったくなる。お風呂の薬湯も開始
■〈 〃 6日目〉 顔の他に腕の内側、膝の後ろが血と汁だらけに
■〈 〃 1週間〉 全身が赤紫になり、かなり痒く掻くと血、汁が溢れる
■〈 〃 1ケ月〉 全身がとにかく痒く、いろいろな所から血と汁が吹き出ると共に両手首にブツブツが溢れるほどでき、痒さで夜眠れない
■〈 〃 2ケ月〉 2、3日に一回の割合で朝起きると顔から汁が吹き出て赤く腫れ顔がぱんぱんになる状態がしばらく続く
- 朝、会社に行く前に全身に消毒液をつけシャワーを浴び出社
しかし、消毒液を塗ると顔を含め全身が痛さでかなり辛かった顔は皮がめくれ、しかも汁でぐちゃぐちゃだったがそれでもむりやりお化粧をした
■〈 〃 5ケ月〉 特に顔と首の皮がごわごわし、いつも赤く腫れている状態が 続き、常に寒気がし体重が減少
■〈 〃 1年〉朝起きると顔から汁が吹き出ていた状態が少し治まる。しかし、顔や首、手首が特に痒く、全ての皮を毎日掻きむしらないと痒みが治まらない日がずっと続く。夜眠れない
■ 〃 1.5年〉 手首のブツブツが嘘のようにさっと消えた
■〈 〃 2年〉 痒みはまだまだあるが、顔の赤ら顔は少しひく。しかしまだ顔の皮膚はごわごわでひび割れを起こしている
■〈 〃 2.5年〉過去に口の周りにかなりステロイドを塗ったせいかおでこ辺りはだいぶん赤みが取れたものの口の周りは真っ赤に腫れあがり、まるで「泥棒」のような口をしている
■〈 〃 3年〉相変わらず顔は皮がかなり剥けるが、赤ら顔がなくなり腫れもだいぶんひいた
■〈 〃 4年〉首の後ろ側がいつも皮がめくれてガサガサだったのが赤みも取れつるつるになった。
そして今、まだ完治とまではいきませんがかなりましになりぱっと見た感じではもうありアトピーとわからないと言われる位になりました。
これも本当に松本先生のおかげです。いつも家ではこんな自分の醜い姿に落ち込んでは泣ていましたが、病院へ行くといつも松本先生が「絶対治してやるから!」と強いお言葉をいただき、病院へ行くと自分と同じような状態の方がたくさんいらっしゃるので、病院へ行くことがかなり励みとなりました。
あの時、松本先生と出会わなければ今も私はあの恐ろしいステロイドを塗り続けていて今はもうどうしようもない姿になっていたかもしれません。
今も大学病院等ではステロイドを簡単に出し、多くの人が苦しんでいるこの世の中。
ある病院では、バターナイフでたっぷりと患部にステロイドを塗りなさいと言っている所もあるようです。どうしてそんな無責任なことを言うのでしょうか。
ステロイドの恐怖を味わった人しかわかりませんが、もう少し病院側で責任というものを重く感じてほしいと思います。
私の周りにステロイドを塗った為に皮膚がゾウのようになり、ステロイドを出した病院に言いに行った方もたくさんいますが、その時病院は「このようになるのは仕方がない」の一言だったらしいです。
結局、自分でしっかりと見極めをしないといけないのですね。病院だからと言って100%信用してはいけない時代になっているのです。なので、私はこれからもしっかりと松本先生についていこうと思います。早く艶のあるピチピチした肌になれるようがんばります。
少し大げさかもしれませんが、私の人生、松本先生と出会って本当に変わりました。
松本先生、本当にありがとうございます。感謝しています。
「アトピー手記」匿名希望38歳2003年11月5日
私は、小さい頃から皮膚が弱く、夏には、いつもあせもをかいていました。中学生、高校生になると、運動クラブに入っていたので、よく汗をかきました。腕の曲げるところは、痒くて赤くなっていました。いろんな病院にも行きましたが、その頃はアトピーという病名はほとんど聞きませんでした。病院から何の説明もなく、ただ塗り薬をもらってただけです。それがステロイドだったのでしょう。
社会人になり、お化粧もするようになると、顔が赤くになるのは、とてもいやで薬を毎日塗っていました。その頃は大学病院の皮膚科へ月に2度程通い、いつも同じ塗り薬をもらっていました。ステロイドの副作用など聞いた事もありませんでした。その冬、顔がパンパンにふくれて、顔中真っ赤になり、ブツブツだらけになりました。会社も1ケ月休みました。外にも出れず、又違う薬をもらいました。何とか元の顔に戻りました。でも、年中、少し暑くなると顔がほってて、すぐに真っ赤になってました。結婚して高槻に住み、その中で 「松本漢方クリニック」の事を聞きました。
今まで、顔が赤く、体中も時々、痒く赤くなって一生治らないと思っていましたが、松本漢方クリニックへ行ってみました。すぐに看護婦さんから 「アトピーやね」と言われ、他の患者さんのスライドを見せられました。そして先生から、ここで治療をすれば、必ず治るという力強い言葉がありましたが、半信半疑でした。それが、2001年(平成13年)7月の事です。そこから本当に大変でした。消毒して漢方のお風呂に1時間も入り、出てからは薬を塗る毎日で、次の日から、顔は腫れて、二重まぶたは一重になり、顔から汁も出てきてました。私の場合は顔だけではなく身体全体でしたので、全身に薬を塗らないといけないので、すぐに下着は真っ赤になるし、夜は全く寝れませんでした。かゆくてかゆくて。先生は「どんどんかきなさい」と言われますが、傷だらになっていました。寝る時は、薄い手袋をしていましたが、本当に掻きまくっていました。買い物に行くときも帽子、サングラス、マスク、手袋をして行きました。その頃は誰とも会いませんでした。腕を曲げたり、歩くのも痛いし、首もひどく、曲げたら突っ張るし、まともな日常生活が送れませんでした。主人にも大変迷惑をかけました。毎日、大喧嘩でした。私の顔は腫れてくるし、身体は真っ赤で足なんかパンパンになってきてましたし、何度ステロイドを使いたいと思った事か。でも、この苦しみを乗り越えたら、きれいな皮膚になれるんだと思い、必死で頑張りました。
今、3年目になりますが、あの頃の苦しい時を思えば、普通に生活できますし、自分の皮膚がどんどんきれいになってくるのがわかります。まだ、もう少しかかりますが、松本漢方クリニックを訪れて本当に良かったです。ステロイドを使って、その時だけ一瞬きれいになっても一生治りません。それより治療には時間がかかりますが完全に治るほうがいいと思います。 先生方、これからも宜しくお願いします。
「アトピー ヘルペス手記」匿名希望35歳2011年9月6日
●私と松本先生との出会い
私は中学生頃から、にきびができ始め、顔全体が赤ら顔でした。
皮膚科へ行って塗り薬をもらったり(今、思うと弱いステロイドだったと思います)、良いと聞けば、健康食品や高い化粧品を購入して、いろいろ試してみましたが、まったく改善されませんでした。
そして、2008年の3月頃から、顔が急に乾燥し始め、保湿をしても唇の周りがしろ粉を吹く程でした。毎日、ローションパックをしましたが、良くなりませんでした。そして、4月頃、仕事のストレスもあったと思いますが、顔全体が腫れたように赤くなり、とてつもない痒みを感じました。顔に痒みを感じたのは人生これが初めてです。外を歩くと人がパッと見るほど、赤く腫れたのを覚えています。とにかく皮膚科に行ってみると、「アトピー」と診断されました。私は自分がアトピーだったとは信じられませんでした。ただの大人のにきびだと思っていました。皮膚科では軽いステロイドをもらいましたが、塗ると症状は一時的によくなりますが、必ず、10日後にはまた、ムズムズ痒みを伴い赤く腫れるのを繰り返しました。数か所の皮膚科に行きましたが、どこもステロイドをくれるだけで、「体質だから、これからもステロイドと上手に付き合っていくしかない」と言われました。私は、「このままステロイドを使うと、同じ事の繰り返しだ、ステロイドを使い続けるわけにはいかない。でも、一体どうすれば良いのか」と途方にくれていました。そんな時、高槻に住む友人が鼻炎で松本病院に通院しており、紹介してもらいました。私は顔の痒みから、神にもすがる思いで、松本漢方クリニックへ行く事を決心しました。
先生は私の顔を見て、「アトピーやね。きれいに治してあげるから、心配しないで大丈夫!」と言って握手してくれました。病院でアトピーを治してあげると言われたのは、初めてだったので、とても嬉しかったです。
●アトピー治療
2008年5月より治療スタート。
私の治療は煎じ薬と顔の消毒と赤い軟膏でした。煎じ薬も、悪化すると仕事に支障が出たら困るので、あまり強くないもので長期的に改善を目指すことにしました。
直後は、なかなか顔の赤みも痒みもひかず、朝、しんどい時には会社も休む時もありました。しかし、徐々に顔の赤みも痒みも改善されていき、
気づけば8月頃には、かなり良くなっていました。7月~8月頃は顔に蕁麻疹が出ては、しばらく経つと跡形もなく消える症状がよく出ました。
先生の論文に途中経過の蕁麻疹は改善されている証拠と書かれていたので、
蕁麻疹が出るたびに、改善に向かっているんだと、嬉しく思いました。
そして、9月頃には、すっかり痒みもなく、肌も元に戻りました。そして、
驚く事に昔の赤ら顔もなくなっていました。その後も、健康管理のために、
継続的に飲むように心掛けましたが、調子が良くなると、つい、飲むのを怠ってしまう事もありますが、平均して、落ち着いた状態が続いています。
●ヘルペス治療
そして、2011年の初めに唇の右下に赤いただれができました。
初めは何か分からず、食べすぎかな・・・と思いましたが、あまりに治らないので、松本先生に相談すると「ヘルペス」と言われました。
私のヘルペス指数は2008年5月には110.8ありました。
今までも疲れたり、ストレスが溜まると、唇がぷくっと膨れる症状はありましたが、先生から頂くベクストロンを飲むとすぐに治まっていました。
しかし、今度はベクストロンを飲んでも、一向に良くならず、初めは一か所のただれが鼻の下に(カールおじさんのよう)拡がっていきました。
そして、ベクストロンを飲み、黄色と赤の軟膏を付けているにも関わらず、どんどんその範囲は朝、起きるたびに拡がっていきました。
毎日、起きるのが恐怖でした。外出もマスクをつけなとできない程、見た目も醜くなりました。鼻の下のただれはひどく、火傷のあとみたいに、水分がなく、食事をするたびに皮膚が切れる程でした。そして、マスクからはみ出るのではないかと思うほど、どんどん拡がっていき、身体は異常にしんどく、皮膚も痒みと痛みが混ざった感じでいつも不快感がありました。
先生は「体の中から出たがっているから、出したらなあかん。必ず治るから大丈夫。身体がしんどいのは君の免疫が戦っているからや」と説明してくれました。途中、範囲が拡がるため、細菌の飲み薬も併用しました。
なかなか改善されないまま、季節も暑くなり、マスクをとれない生活も心身共に疲れてきた時、6月下旬に仕事を2週間お休みさせてもらうことになりました。毎日、ベクストロンと細菌の錠剤、煎じ薬、消毒と黄色と赤の軟膏を塗る生活をずっと家の中で続けました。すると、2週間後にはだいぶ、赤みも改善されました。ストレスのないゆっくりした生活も良かったのだと思います。
うっすらと赤いですが、マスクをすると、蒸れて回復も遅くなると思い、思いきってマスクをとり、会社に戻りました。
みんな、まだ赤いな~と思っていたようです。炎症範囲がカールおじさんの場所なので、少しおかしな顔だったと思います。
しかし、驚くことに、7月下旬頃にはすっかり、症状も治まり、きれいになりました。私は結局、ベクストロンを5カ月間も飲み続けました。
長期服用する事に不安でしたが、先生が飲んでも大丈夫と言われたので、自分の症状に合わせ、錠剤の数を調整しました。今は肌もすっきりとして、とても幸せです。これもすべて松本先生のお陰だと、とても感謝しております。
そして2011年7月の私のヘルペス指数は65.8に改善されました。
最後に私のアレルギー指数ですが、
2008年5月 IgE42、単純ヘルペス110.8、ZZT(リュウマチ)14
2010年11月 IgE30、単純ヘルペス110.2、ZTT13.9
2011年3月 抗核抗体(FA法)40、単純ヘルペス96.3、ZTT13.5
2011年5月 抗核抗体(FA法)40、単純ヘルペス97.5、ZTT10
2011年7月 IgE22、抗核抗体(FA法)40未満、単純ヘルペス65.8、ZTT10.2です。
ヘルペス治療はとても辛かったですが、完治した今はすべてのアレルギー指数が改善されており、嬉しく思います。
今、治療されている方は不安に思う事もたくさんあると思いますが、松本先生を信じて、そして「自分の体は自分で治す!必ず治る!」と信じて、頑張って頂きたいと思います。
松本先生に出会えた事を心から感謝しております。
ありがとうございました。