「アトピーとリウマチ手記」69歳女性2007年12月25日
18年6月2日膝痛のため整形外科へ初診
検査結果、加齢と言われ抜水(20cc)とヒアルロン酸注射する。
6ヶ月間に抜水2回(20cc)とヒアルロン酸注射を
14本するが痛みは取れなかった。
11月に友人の紹介で、栗原整骨院で腰の調整を受けて痛みが取れた、薬の副作用の為と言われ今も通院している。
19年2月 顔に湿疹が出る、皮膚科に初診、ステロイド薬で2ヶ月で全治するが、5月下旬又顔に湿疹、目は赤く首と手にもブッブッが出来て、それを診せたら、栗原整骨院で松本漢方クリニックに行くように言われる。
6月5日松本漢方クリニック初診、アトピーとリウマチと診断赤い塗り薬と漢方風呂、漢方の粉薬と煎じ薬と鍼灸をして頂き、リバウンドもなく、9月頃に綺麗になりましたが、まだリウマチがあり、今も通院中です。もう少しで全治出来ればと思っております。
よろしくお願いします。
ありがとうございました。
「喘息とアトピーの手記」40歳女性2005年3月7日
福岡県
私が喘息になったのは、今から5、6年前のことでした。空咳が続き、発作のように止まりにくく、いつも苦しんでいました。
病院に行ったところ、咳喘息と診断されたのです。が、ステロイドのお薬が怖くて、通うのをやめてしまい、そのままほっておいたのです。すると、だんだんと普段の生活が出来なくなるくらいにひどくなり、家事も食事の準備も出来ず、いつも横になって休んでいる、本当の病人になってしまいました。
この状態を打開するために、ステロイドでも何でも、とにかく良くなるのならと、藁にもすがる思いで、アレルギー・喘息で有名な国立病院に通い始めました。そこにしばらく通って、少し動けるようにはなったのですが、秋になると、またつらく苦しい日々が続くようになってしまいました。私は愕然としました。「ここにいたら、絶対に治ることは無い、」ということを確信しました。私は治りたいのです。
そのとき、今いろいろな民間療法などで、アレルギーを治している人達がいることを思い出しました。インターネットで調べて、私もいろいろとやってみようと思い、さがしていたところ、松本漢方クリニックのことを知りました。たくさんの方々の手記を読ませていただいているうちに、ここしかないという思いが沸いてきました。遠方ではありましたが、苦しい体をだましだまし新幹線に乗せ、松本漢方クリニックの戸をたたきました。
薬を飲み始めて、数日で効果が出始めました。楽な日は1日たりとも無かったのに、少しずつ増えていきました。ところが、それとは反対にアトピーがひどくなり、顔、首が真っ赤に腫れ上がって、それはそれは酷い状態になってしまいました。けれどもたくさんの方々の手記から、それは喘息が良くなっている証拠だ、ということがわかっていましたので、ただひたすらに日々が過ぎていくことを待つばかりでした。
2ヶ月ちょっと眠れない日々を終えると、急激に良くなり、赤みは消え、かゆみも良くなりました。
現在、治療を始めてから6ヶ月になります。まだ喘息でつらい時もあり、いろいろなにおいに敏感で咳き込んでしまいますが、以前は一日も楽な日が無かったのに、今では、つらい日の方が少なくなってきています。アトピーの方は、顔と首のかゆみが少し残っているのと、手がまだひどいのが根強く残っていますが、喘息もアトピーも、必ず治ると信じております。
これも、ひとえに松本先生のおかげだと、心より感謝しております。本当に有難うございます。そして、これからも、どうぞよろしくお願い致します。
「アトピー リウマチ手記」43歳女性2011年4月12日
<顔が3分でエクソシストに>
すごいタイトルですが、これが私のアトピーの特徴なのです。
症状は主に3つ
- 汗をかくと目の周囲が急にボコボコと腫れる。
例えば寒い所から急に暖かい室内に入った時や、お風呂に入った時、
スポーツで汗ばんだ時などに、目頭にチカチカッと刺激があり、その後2・3分でボコボコに腫れる。引くのには2日位かかる。
②首の上、特に目の周囲が痒いく、赤く皮がむけ、厚く固くなる。
③口の両角が切れて、口裂け女になる。
これまでの間、子供の頃の湿疹(主にヒジやヒザの内側)や、20代後半から時々出る目の周囲の湿疹など、今思えば、アトピーのシグナルは出ていたのに、本人の無知と怠慢とその場しのぎの薬を出す医者のせいで、時だけがたちました。たぶんステロイドや抗炎症剤を出されていたんでしょうね。
30歳の頃から、遅ればせながらアトピーを意識し始め、いろんな本や体験談を見、聞ましたが、どうも自分と似たケースが無いのです・皮膚が赤黒ピカピカになっている人や、体液でじゅくじゅくの人が大半。
私はただの軽症のアトピーなの?それとも違う病気?どうすれば治るの?
明解な診断や治療方を示してくれた医者は誰もいませんでした。
39歳(H10)頃には症状がほぼ毎日続くようになり、目の周囲の変色を隠そうと、メガネのレンズを色つきにした為、スーツにサングラスというあやしい営業レディになっていました。
出張がち仕事のせいもあり、3~4ヶ月ごとに病院を変えるハメになり、
約2年間で5つの病院を渡り歩きました。ハシゴ医者、皮膚科ジプシーです。
しかし、どの病院でも心から信頼出来ず、傑作だったのは、
40歳(H11年11月)から通い始めた東京練馬の藤沢皮膚科。脱ステロイドの本を出している先生で、この時からステロイドを中止したのですが、3ヶ月たってプロトピックが発売されるやいなや、絶対に副作用は無いからベタベタ塗れとエー?!本当に大丈夫?プロトピツクのメーカーは藤沢薬品だから親戚か?と疑いましたが、他に手がなく半年程使いました。
41歳(H12年7月)出張先の名古屋で「ステロイド依存症」を出版されている国立名古屋病院の深谷先生より、イソジンの消毒の治療を受けました。黄色ブドウ球菌を殺し肌の回復を早めるのは分かるのですが、それでアトピーそのものが何故治るのかわからず、不安だったので、治りますか?と聞くと頑張りましょうという答えのみ、何故?いつまで頑張ればいいの?出口の見えないトンネルに迷い込んだ気分でした。
健康食品はもちろん、鍼灸や整体まで色々やってみました。そして・・・
同年8月16日盆休み過去最大級、衝撃のエクソシスト顔に変身。
お風呂で洗顔中、目頭がチカチカとして、あ、来た。いつものヤツだ。と思って鏡を見てびっくり。自分の顔がみるみる内に腫れていき、わずか3分後には水死体の様に腫れて変形したエクソシストな私。目を開けているはずなのに見えない!人間の顔じゃない。イソジン消毒だけではやはりダメなのか?
6日後にに幹司を任されてた同窓会が控えていた為、やむをえず、これが最後とプロトピックを使い症状を抑え(その即効性に新たな恐怖を覚え)それから約2ヶ月間、治療を必死で探しました。そして辿りついた松本漢方クリニックのホームページ。その理論に目が釘づけ。人間の敵ではなかったはずの食品や花粉や自分の汗に何故アレルギーを起こすか?最大の疑問が見事に解決されたのです。
私は学者ではないので、この理論が正しいか否かの証明は出来ません。
でも“なるほど”!と納得出来たのです。今までに“なるほど”と思えて治療法は一つもなく“そんなんかナー”と玉虫色ばかりだっただけに、素人ながらに免疫学を勉強してみたくなりました。
加えて、T Hさんの手記「インターネットで松本漢方クリニックを見つけて」に至っては、コレ!コレなのよ!と叫び、理論と手記を全てプリントアウトし、ラインマーカー片手に読みまくりました。私と同じような症状の人が沢山いる。そして理論の中では、“アトピー患者は免疫学的には非常に優秀な体である。とほめられてさえいるよう思え、心の負い目がスーと軽くなりました。
母はいつも「そんな体の生んでゴメンネ」と自分を責めていたので、早速「こんなに免疫機能の高い体に生んでくれて有り難う。私のスゴイ免疫達は、きっとガン細胞だってやっけちゃうよ」と話してやりました。
もちろん不安が全く無かったわけでは無く、免疫学の部分は理解しにくい点も沢山ありましたが、大阪へ行こうと決心するには充分でした。
同年10月24日松本漢方クリニック初診。
自分では松本理論をわかっているつもりでも、現実の日常生活に理論を当てはじめてみると、わかっていない部分も多く、例えば漢方を煎じる水道水は浄水器を使うべきか?と先生に質問したら、“免疫寛容を早く起こしたいんだから逆に御飯に農薬かけて食べたい位だ!と怒られ、なるほどそういう事か!
うまいこと例えるもんだけナーと感心しきり・・・
松本先生に頭が悪いと怒られましたが、関西人の“ボケ、アホ”は親愛表現だし先生の口の悪さ(?)も手記で予習済。(でも本当はちょっぴりヘコみましたョ関東人にとっては)私も手記を書いてやる。と心に決めて・・・
3週間後には完治に向けて、大阪へ転勤してしまいました。
もちろん東京にいても何の問題もなかったのですが、幸い年の功で、仕事場は多少自由になる立場だったので。
その後の治療のプロセスは、大なり小なり他の患者さんと同じです。
私の場合、脱ステロイドの最大のリバウンドは前記の41歳の8月16日だったので松本漢方クリニック受診後は小さなリバウンドを繰り返し42歳(H13年3月)には、アトピーはかなり軽くなり、入れ替わりにリウマチの症状が出てきました。
まし松本理論を知らなかったら次々と現れる難病に落ち込んでいたと思います。
同年10月よりリウマチの痛みが強く、部所も広がった為、会社を休職し(自分1人ではやりにくい腰などへのお灸を母に手伝ってもらう為)実家に帰ってお灸に専念しました。
43歳(H14年1月末)にリウマチの痛みがほとんど消えかかる頃、松本理論通りにアトピー症状が過去3番目位のひどさでだしましたが、3週間位で引きました。
治癒のプロセスは、とても簡単に書きましたが、本当に松本理論や手記の通りなんです。症状の変化や治療途中の心の迷いや、松本先生の対応まで、ほとんどが理論や手記のどこかに必ず書かれているんです。お見事!ってカンジで笑っちゃう位。辞書のように、バイブルのように読み返しました。
そして今日、H14年2月27日受診後のお薬が初めて、無し!
初診から1年4ヶ月、私的には完治と思いました。
今まで少しづつ書き貯めていた手記の完成です。嬉しい!!!
松本先生有り難うございました。
振り返って思うことは
- 重症の人はもちろん、軽症の人にこそ早くこの理論を知って欲しい。
- しかし、実際、自分でこの理論を知人同僚に話してみるが、理解してもらうのが意外と難しい。漢方で・・・と言った途端に、“ああ体質改善ね”で終ってしまう。違うョ、体質改悪で・・・と言うと不信そうな顔される。(松本先生のご苦労がよくわかりました)
- 結局、自分が自分の体のことすら疑問や感心を持たず、“まあまあ”で済ませて、勉強しょうとしない事が諸悪の根源ではないか?
先生に相談もせず勝手に休職を決めてゴメンナサイ。でも、今まで“仕事が忙しい”を言い訳に、自分の体への注意やケアをしないで来てしまったこと心から後悔していたので、お灸に専念して自分の体は自分で責任を持とうと思ったのです。
要は、いろいろな事を他人任せにして、結果が思わしくなくて他人を責めても始まらないんですね。自分の体や人生のこと位、自分で判断して、わからなければ勉強しょうという姿勢が大事だという事をアレルギー達に教えてもらったような気がします。
教え、導いて下さった松本先生をはじめ、スタッフの皆様に心から感謝しています。本当に有り難うございました。
「松本漢方クリニックと出会って」53歳女性2006年7月1日
平成15年頃から手の指にかゆみを伴なった水泡のようなものができ、あちこちの、病院で検査、治療を施しました。この時点では原因がわからず、とりあえず炎症を抑える治療が中心でした。
その後、大学病院での検査の結栗、[尋常性乾癖】と判明しました。ステロイドホルモン軟膏と紫外線放射を中心に半年ほど治療を続けましたが、『乾癖は完治しない皮膚病」と言われ、この副作用が生じる恐れのある治療を生涯続けなければならないことに、抵抗を感じました。この治療法ではなく、安心して受けられる他の治療法をインターネットなどで調べた結果、【漢方】を使う治療法もあるとわかり、ぜひ漢方でこの炎症を抑える治療をと思い、病院を探し始めたところ、松本漢方クリニックと出会いました。
去年の3月、松本漢方クリニックへ行きました。その初診で、松本先生が「必ず治してあげます、私を信じなさい。」と心強いお言葉を掛けてくださいました。そのお言葉を信じ、煎じ薬と塗り薬と漢方風呂を始めました。最初は体の中の悪いものがどんどん表面に出てきたのか、首に発疹やかゆみが出てきて、このまま続けてよいのかと心配になり、何度か先生に相談しましたが、先生は「絶対に大丈夫、治してあげるから。」と勇気付けてくださいました。先生のお言葉を信じ、約1年間続けた結果、みるみるうちに手や足の炎症の範囲が小さくなり、かゆみが取れました。しかも、10年前から煩っていた花粉症も合わせて治療していただきました。治療1年目は朝起床時にはまだ目やにがひどく、目のかゆみや鼻水、くしゃみも出て、効果はあまり感じられませんでしたが、今年になってからは、目やにもなく、目のかゆみや鼻水、くしゃみも驚くほど少なくなりました。一般的なお薬のような即効性はありませんでしたが、1年という速さで症状がこんなにも軽減されるなんて、と大変感謝しています。
乾癖の治療も、これからまだまた'時間がかかると思いますが、がんばって続けていきたいと思っています。松本漢方クリニックの皆様本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。
「アトピー・花粉症の手記」42歳女性2004年1月31日
私が初めて松本漢方クリニックを訪れたのは、平成13年8月です。私の症状は、他の方の様に、アトピーとかいうのではなくて、顔のみ、ブツブツと湿疹の様なものが出来て、赤く腫れ上がるのでした。身体は何も出来ないし、顔の方も、痛みや痒みはありません。季節も、春、紫外線がきつい時にひどくなるという様なものなので、食べ物も関係がありません。
20歳代の前半から、花粉症(スギ)でしたので、毎年その季節になると、耳鼻科に行って、飲み薬と点鼻薬、点眼薬等を使用していました。
肌の方も敏感でしたので、20代の頃から、ニキビ、吹き出物、赤ら顔と、いつもトラブルを抱えていて、綺麗な白い肌の人にあこがれていました。ニキビ、吹き出物がひどくなり、膿んできて、あちこちの皮膚科に通いましたが、年令を重ねるごとにマシになってきたので、皮膚科に通うこともなくなりました。
ところが、平成11年の春頃から、紫外線のきつくなる時期(4,5,6月頃)、顔が赤くなり、小さな赤い発疹が出る様になりました。近くの皮膚科に行きましたら、「化粧品があわない。」とか、「食生活の問題」とか、「合成洗剤のせい」とか言われて、飲み薬と塗り薬をもらいました。その年は、夏頃になると、症状もマシになり(完全には、治らない。)、病院通いも、しばらくして止めました。
翌年の平成12年、相変わらずスギ花粉症で、ヒノキもあると言われて、スギがひどくなる前に、注射も定期的に受けました。とにかく花粉症はつらいものなので、少しでも症状が楽になることなら、何でもしました。花粉症に効くという市販の薬も、お茶も飲みました。
また4月頃、顔も、去年同様赤くなってきて、赤いブツブツが出だしました。去年と同じ皮膚科に行き、同じような治療をしましたが、去年よりもひどく、症状もなかなか改善せず、病院を変えようかとも思いました。でもその病院は、肌のトラブルや、他の皮膚病の治療で有名な所で、他によい病院も無いので、ずっと通っていました。その年は、夏になり、秋になっても、顔の赤みが残ってつらい年でした。
そして、平成13年の春、例年のごとく花粉症になり、耳鼻科に通いました。顔も、再び赤くひどくなってきました。またその皮膚科に行きましたが、もう自分自身も治るとは思えず、また、私のこの顔の症状は、一体何が原因で、どういう治療がいいのか分からなくなりました。皮膚科でもらう飲み薬や塗り薬を使用しても、一向に治る気配はなく、日に日にひどくなる一方で、夏にはもう、化粧をしてもどうしようもなく、会う人ごとに「どうしたの?」と言われて、外に出るのも、人に会うのも、億劫になりました。知人に病院を紹介してもらい、そこはアトピーの専門医という事で、電話をしてみたのですが、私の症状は、アトピーでないからと断られました。
とにかく、身体には何も出来なくて、顔にだけなのですから・・・・・それもアトピーのように、カサカサとか痒いとか、そういうのは無いのです。もうどうしたらいいのかと悩んでいる時、知人から、松本漢方クリニックを教えてもらいました。その方のお姉さんがアトピーで、松本漢方クリニックで治療を受けているという事でした。「でも私は、アトピーじゃないし・・・・・」と言うと、「ニキビとか吹き出物とか、肌のトラブルの人も来てるらしい。」と言うので、パソコンでホームページを見てみました。
アトピーやアレルギー、リウマチ等の治療、原因など、とても長い説明が載っていました。読みましたが、難しくて、あまり理解できませんでした。患者さんの手記を読んでも、私と同じ症状の人はいません。でも花粉症だけでも改善されればと思い、高槻まで行きました。
松本先生に顔を診てもらい、「絶対に治してあげる。」と言われた時は、びっくりしたし、信じられませんでした。私の顔も、やはりアレルギーでした。今まで飲み続けていた花粉症の薬のせいであるようでした。
松本漢方クリニックでもらった薬は、今まで皮膚科でもらっていたものとは、全て違っていて、2種類の漢方薬と塗り薬が2種類と、イソジンの様な液体の薬でした。基礎化粧品など一切いらなくて、「これのみで良い。」と言われ、これまで使用していた化粧水、乳液など、一切止めて、この塗り薬のみにしました。仕事をしていたので、化粧はしましたが、帰ったら直ぐに化粧を落として、洗顔し、塗り薬を塗りました。漢方も煎じて、食前3回と、間の時間にも飲める時は飲みました。最初は、味と匂いに慣れなくて、飲むのも一苦労でした。「顔の写真も撮っておくように。」と言われていたので、一番ひどい時に、写真も撮りました。
2週間、漢方薬を飲んで、塗り薬も塗りました。まだまだ赤みは取れませんが、顔のデコボコが少しマシになった様な気がしました。2週間後に、再び松本漢方クリニックに行き、また漢方薬をもらいました。泉南市から高槻は遠くて、とても通う事は出来ないので、その後は、お薬がなくなると、宅配で送ってもらう様にしました。
毎日漢方薬を飲み続け、塗り薬を塗りました。徐々にですが、赤味も薄くなってきて、デコボコしていた肌が平らになってきました。肌だけではなく、私は胃腸が弱くて、しょっちゅう胃痛がして、胃薬を飲んでいたのですが、漢方を飲み始めてから、胃痛が全くと言っていいほどなくなりました。偏頭痛もよく起こっていたのですが、あまり出なくなりました。やはり症状を抑えるだけの薬ではなく、体の中から体質を改善していかなくてはいけないと、よく分かりました。
翌年の平成14年の3月頃、スギ花粉の季節。20年以上も花粉の時期になると、毎年耳鼻科に行って、薬を飲んでいたのに、全く飲まなくても耐えられるようになりました。勿論、スギ花粉症が全盛の頃はつらかったです。何度も市販の薬を買って飲もうかと思いました。パソコンで松本漢方クリニックに「少しぐらい服用してもいいか?」と問い合わせたら、「つらくても、薬は飲んではいけない。」と言われたので、我慢しました。そしてその年は、一口も飲まずに過ごしました。花粉症と平行して、紫外線のきつい頃に、顔が赤く腫れ上がっていたのに、その年はなりませんでした。それどころか、日に日に肌がきれいになってきました。
その年の10月に、また診察に行きました。最初診察に行った日に撮った写真と、最近の写真を持って行きました。症状が改善されているのは、一目瞭然でした。松本先生が「あとは、その赤いものを取っていきましょう。」と漢方薬の種類を2種類から3種類に変えて下さいました。以前にも増して独特の匂いと味でしたが、もう漢方薬を作るのも、飲むのも慣れました。お昼など、仕事に行っていて飲めないので、物足りないくらいです。
そして平成15年の春、全くと言っていいほど、花粉症の症状はなくなりました。20年以上も毎年悩まされていたのに、です。2年間漢方薬を飲み続けて、アレルギー体質が改善されました。紫外線に当たっても、顔は何ともないし、湿疹も出来ません。赤ら顔も治ってきました。今は、仕事以外は、いつもノーメイクです。身体の調子もいいし、毎年夏には食欲もなくなって夏バテしていたのに、あまり食べなくて体重が減っても夏バテを全くせず、元気に過ごせました。風邪もひきません。アレルギー体質だけでなく、虚弱体質も改善されました。
肌の方は、もうほとんどトラブルもないのですが、漢方薬は、これからもずっと飲み続けていきたいと思います。
松本先生と、いつも漢方を送って下さった医院の方々に、本当に感謝します。そして、これからもよろしくお願いします。
「アトピー 脂漏性皮膚炎 手記」65歳男性2012年3月11日
2011年4月
これくらいの病気は松本先生まで行かずとも近くの病院で治るだろうと、「にきび」のようなものaが頭に出てきて2つ、ぬり薬を処方されました。
そのうちの1つがステロイド、これに松本漢方クリニックでリウマチ治療中の妻が拒否反応しました。
1ヵ月後、よくなるどころか、逆に増えたように感じ、2011年5月松本先生のところへ夫婦ともども、お世話になることになりました。
煎じ薬と2つのクリーム、薬草風呂の一番湯、まじめにやったからか、自然に頭に行っていた手が、2011年12月全く忘れたごとく、行かなくなっていました。
お陰で仕事に集中できるようになりました。
ありがとうございます。
「アトピー手記」匿名希望40歳2014年1月27日
私は幼い頃からアレルギー性発疹で両肘と両膝の裏がガサガサになり、痒みに悩んでいました。小学生の頃には、主婦手湿疹にもなり、母が用意してくれたのが市販のステロイドの軟膏でした。それは最初良く効き、夜塗って朝起きるときれいに治っているという大切な薬でした。皮膚炎は治ったり、酷くなったりとだらだらした日々を過ごしていました。
20歳の時には、生卵を食べると顔に炎症が起きる症状が出、卵アレルギーでした。それから顔にステロイドを塗るなど泥沼にはまっていきました。
松本医院に出会うきっかけは、一人目の出産後の29歳の時でした。ホルモンバランスが崩れたからか、また額に痒みが出てきました。
皮膚科に行き、新薬を処方してもらっても患部が熱を持ち、痒みがさらに増し、どうしようもなく悩んでいました。その時、友人も出産後に持病の喘息が悪化し、いい治療がないかとインターネットで探して見つけたのが松本医院でした。
漢方治療だけという初めてのことで未知の世界に飛び込むようで不安でしたが、先生の「絶対治る」の言葉を信じ、友人と受診しました。
治療はつらいものでした。飲む漢方を始めて次の日にはリバウンドが始まりました。顔はガサガサで怪談のお岩さんのように腫れ、臀部や両上下肢部なども順番に炎症が出ては引き、出ては引きとリバウンドが繰り返しました。鏡を見るたびに醜い思いの日々で、夏になれば汗疹で痒みが起こり、家から出るのが億劫になりました。買い物に行くのも嫌で、まだ幼かった子供を公園などに遊びに連れてってあげることができませんでした。掻いていいと言ってもらっていたので家の床には白い剥がれた皮膚の粉がいつも落ちていました。いつも痒いので疲れやすくなり、よく昼寝をして体力を維持していました。
そんな日が続いていたのですが、少しずつ気づけば痒みが落ち着いてきて炎症もだんだん範囲が狭く軽くなってきました。
私は子供の時からステロイドを使っていたからか、リバウンドが何年も何回も繰り返し、今も治療中です。ですが、顔のリバウンドは治まってほっとしています。随分良くなりました。
IgEの数値は、4年前は2442だったのが2年前には最高5175まで上がり、昨年は3248と少しずつ下がってきています。
ステロイドに頼らずに漢方の力で過ごせていることがうれしいです。この治療で漢方のことに興味をもち、以前は敷居が高く思っていたけれど身近で生活の中にも活かされているものと知ることができました。
松本先生や一緒に通っている友人、家族にはとても感謝しております。協力と理解してもらえたので治療ができたと思います。ありがとうございます。
「アトピー手記」Y.K.63歳2006年1月31日
奈良市
平成16年始め頃、右目のまぶたの二重の所が切れ、化粧品がしみるようになりました。それでもずっといつもの様に化粧品を用いて過ごしておりました。
そのうちに目の周りが段々と赤くなり、何ともなかった左目まで赤くなり始めました。自然治癒力で治るだろうと何の治療もせずにいたところ、ますます赤くなり、痒みも伴い、サルの目のようになってしまいました。
4月の終わり頃、とうとう堪りかね、松本先生に診て貰う事にしました。(娘がアトピーで10ヶ月程前から松本先生にお世話になっておりましたし、ステロイドの怖さは“いや”と言う程知っ ておりましたから。)
血液検査の結果、全て正常で、アレルギー反応は全く出ておりませんでした。煎じ薬を処方して戴き、二番煎じ・三番煎じも一生懸命飲みました。初めは“おえ-”となりましたが、慣れるとどうという事もなく服用できる様になりました。
初めの1カ月は、痒み・赤みとも何の変化もありませんでしたが、2カ月目に入った頃からかゆみが取れ、赤みも少しずつ薄くなってきました。
そして2カ月目の終わり頃には、殆ど目立たなくなり、ほぼ治ってしまいました。松本先生は、「もう少し続けましょう。」と、その後1カ月程薬を飲み、治療を終えました。他の皮膚科にもかからず、松本先生に診て戴いたお蔭で、早く治ったと喜び感謝しております。
ところが根が残っていたのかどうか?・・・平成17年12月頃、再び(前程ひどくないが)同じ症状で険が赤くなり、現在治療中です。今度も早く治ると期待し、今度こそ根治できる様に頑張りますので、松本先生よろしくお願いします。
「松本漢方クリニックでのアトピー治療」 41歳男性平成15年7月25日
松本先生の治療を始めて、3年ほど経つ。ようやく皮膚の状態に悩まされずに生活出来るようになった。最初に多くの手記を読んでこの治療を選んだ事と、何より松本先生への感謝を込めて、つたない文章ではあるが私の経験を残したい。
最初の症状は36歳の冬で、手の甲に湿疹のようなぶつぶつが出て痒くなり、掻くと余計に広がる感じだった。まだ、症状は冬の間だけで治まっていた。この時は、アトピーという言葉も思い浮かばなかった。
次の年の冬、また手の甲にぶつぶつが現れ、前回よりも酷く荒れてきて、見た目も汚くなってきたので、近所の皮膚科医の診察を受け、塗り薬をもらった。しかし、症状が季節に関係なく続き、次第に手の甲から腕、背中、足へと広がり、痒みが酷くなって、夜も熟睡出来なくなっていった。
そこで、アトピー治療で有名だという京都のK皮膚科に行く事になるが、この段階でも、アトピーやステロイド剤等についての情報収集を怠り、病気は医者に任せれば治ると思っていた自分が、その後の苦しみを招く事になる。K皮膚科で出された塗り薬や貼り薬で、確かに一旦は治まるが、しばらくするとまた現れて、前回と違う薬になる。愚かにも、ここで1年間ステロイド剤を塗り続けた。薬で一時治っても、しばらくすると前より広がって症状が現れるので、このままでは一生治らないのではないかと不安になり始めた。
平成12年5月、また炎症が起こり始めたとき、たまたま手持ちの薬がなくなっていた事と、連休で医者が休みだったので、インターネット上でアトピーの情報を見て回った。その結果、アトピー治療の混沌とした膨大な情報に出会い、確たる治療法が無い事だけは分かったので、とりあえず、疑わしいステロイド剤を使う皮膚科の治療だけは受けない事にした。
そして、松本漢方クリニックのホームページに出会った事は、幸運としか言いようが無い。大半のホームページでは、何に気をつけろとか、何を食べてはいけないとか、症状を抑える事しか書いていないが、松本先生の理論には、探していた答えがあるように思えた。
松本漢方クリニックでの治療で、すぐに皮膚がきれいになると思っている方は、もう少し他の方々の手記も読んで頂きたい。先生の治療では、アトピーの元である抗体を出し尽くすことが主体で、そのため症状は一気に悪くなるのである。見た目の皮膚の症状は、漢方薬で幾分軽減されるが、想像以上に辛いものだった。途中で、本当に抗体が尽きる事があるのかと半信半疑になり、くじけそうになった事が度々ある。
次に、治療を始めてからの経過を振り返ってみる。
平成12年8月半ばに、初めて松本漢方クリニックを訪れた。ホームページで読んだのと同じ説明を受けて、採血をし、飲む煎じ薬と風呂用の煎じ薬、消毒薬、赤い塗り薬を受け取った。保険のきかない漢方薬があり、万単位の治療費に、完治するまでいくらかかるのか、正直不安になった。
この頃は、痒みで一睡も出来ない日が続いたりしていた。手足、背中、耳と部分的にぶつぶつが出ていて、指の傷口からは体液が滲み、足の固く盛り上った傷を掻いて潰しては、また盛り上るの繰り返し。掻きむしった傷口は、消毒と漢方の風呂で、不思議とすぐ治り、傷口の周囲から黒い皮膚がめくれて、ピンクの肌が現れた。
煎じ薬を飲み始めると、今まで症状が出ていなかった所も痒くなり、掻くと鳥肌のようにぶつぶつが出て、やがて腕や足の裏全体が、黒く固く変化していった。
平成12年11月頃から平成13年5月頃は、最も症状の酷い時期で、特に手の甲・腕・太もも・膝裏の激しい痒みに夜は眠られず、掻いた傷口から、絶えず体液が滲み出ていた。ガーゼや包帯で手足をぐるぐる巻きにして仕事に出ても、滲み出る体液と血で、ズボンやシャツを何枚もダメにした。一睡も出来ない事も多いので、次第に体力が落ち、体重は急激に減り、集中力も無くなってきた。
とうとう、平成13年3月から4月の2ヶ月間は、病気休暇をとった。夜は、痒みと体液が気持ち悪くて寝付けず、明け方に疲れてうとうとする。起きて、かさぶたになった皮膚を掻いて落とす時は非常に気持ち良いが、後で皮膚が突っ張ってヒリヒリと痛み出す。
これで終わりだろうかと思いながら、何度も繰り返す症状に、だんだん不安になりつつ、毎日、薬を飲み、消毒し、薬湯に浸って、湯船に浮かぶ剥がれた皮膚を虚しく見ていた。皮膚は張りが無く、本当に象のような皮膚だった。
平成13年5月から平成14年5月の間は、手足全体から体液が滲み出るような症状は治まり、痒みで眠れない回数も減っていった。膝裏、手首、指など、部分的に症状が出て、傷の痛みがヒリヒリと一日中続くような状態を繰り返していた。
ようやく痒みで寝付けないことも無くなり、皮膚の状態を余り気にせずに生活出来るようになったのは、平成14年の後半からである。膝裏にぶつぶつが出て固くなったりもしたが、黒ずんで乾燥したような肌も、次第に色が薄れてきた。
平成15年の4月からは、時々手足に数箇所、蚊に刺された時のような膨らみが出て、痒い時もあるが、今では、手足も柔らかく張りのある肌に戻っている。
急に仕事が忙しくなったのと、今までアトピーのためプライベートで何もする気がしなかった反動で、肌の状態がいい現在は、休日も忙しく充実した日々を送っている。気がつくと、何時の間にか数ヶ月治療をサボっている。
因って完治したとは言えず、もうしばらく先生のお世話になるだろうが、今は嘘のように、肌の状態を気にせず生活出来る。
3年前、松本先生に出会わなければ、今のように普通の生活を取り戻せていたか、分からない。もしかしたら、一生アトピーに悩んで、したい事も出来なかったかもしれない。とにかく辛い3年間だったが、松本先生の治療には、深く感謝している。
「怖かった紫外線」匿名希望77歳2013年2月23日
2009年6月メキシコの強い紫外線に当たって以来、ちょっと紫外線に当たっても顔が赤く炎症を起こすようになりました。
近くの医院で診てもらったら、飲み薬と塗り薬を処方されました。
飲み薬を飲むと眠く、何もやる気が起こらず困りました。塗り薬もよけい炎症が拡がり、お猿のような真っ赤な顔でいつもマスクをして外出していました。
こんな様子を見て娘が漢方のお医者さんを紹介してくれて、2010年8月松本漢方クリニックを訪ねました。先生は免疫力が落ちているからですと言われ、煎じ薬と塗り薬2種類を処方してくださいました。顔はみるみる良くなり、この調子だと元に戻ったのかなぁと思った矢先、秋の終わりごろより足首の辺が痒くなってきていました。
そして年末の多忙の疲れか、元旦に取ったおせち料理のせいか、元旦の夕方から顔や両腕両足にブルブルが出て痒くてたまりませんでした。先生は漢方の煎じ薬のリバウンドで体の毒を外に出そうとしているのですと言われました。
掻いて汁を出してくださいと。
その時は、薬風呂にも入り毒を追い出しました。約3ヶ月位黄汁が出るので包帯をしていました。本当に大変でした。だんだんと良くなりマスクも取れ、趣味の会に出席出来た時はとっても嬉しかったです。深く感謝いたしております。
油断は禁物、昨秋温泉に入ったのがきっかけで、また右膝にブルブルが出ています。でも今は毒を出してくれていると思っています。
漢方薬を飲むようになって本当に風邪をひかなくなりました。
免疫力が少しずつ増しているものと信じています。
松本先生にお会いできたことを幸せに思っております。