「アトピー性皮膚炎」匿名希望50歳2009年8月5日
私は昔から皮膚が弱く、すぐかぶれる体質でした。それでも別に薬も病院にも行く程ではありませんでした。
結婚をして、台所の洗い物をする様になった頃から手がすごく荒れてきました。湿疹が出来始めて、近くの皮膚科に行き薬をもらいました。薬をぬると治った様になり、気にせずぬっていました。2年間ぐらい同じ病院に通い薬を手にぬりつづけました。
やがて、手の皮が薄くなり爪までがでこぼこになったので、これはおかしいと思う様になりました。(後で聞いたのですが、ステロイドが入っていた薬をぬりつづけていたみたいです。)それで病院には行かず薬も止めました。すると手がじゅくじゅくになり、ポンポンにはれました。どうしていいかわからず、また違う皮膚科の病院に行き、同じ様な薬をもらってぬってしまいました。
そうこうしているうちに、ふとした人から子供さんがアトピーだという人に出会い、松本漢方クリニックの話を知り一回行ってみようと思い、受診しました。先生から「ステロイドでは治らない。私の言う通りにすれば絶対治る。」とおっしゃいました。私自身もステロイドの薬では治らないと感じていたので信じてみようと思いました。
せんじ薬とお風呂に入れる漢方薬にぬり薬をもらい、一生懸命やりました。最初、飲み始めは手はもちろん、体や顔にも湿疹が出来、ちょっとびっくりしました。家族は逆に悪くなったのでは、と心配していたのですが、3ヶ月ぐらいで山は越えて落ち着いてきました。手はまだじゅくじゅくと赤身は繰り返していました。出掛ける時は手袋をはき、続けていました。
すると、一年ぐらいたった後ぐらいからじゅくじゅくはなくなり、かさかさと赤身ぐらいになりました。5・6年ぐらいたった今でもまだかさかさはありますが、昔の事を思えば天国です。今も漢方薬とぬり薬は続けています。これ以上悪くならない様に、少しずつでも続けて行きたいと思います。
「アトピー手記」匿名希望56歳2011年12月18日
長男、生後数ヶ月~高槻しAクリニックにて乳幼児皮脂欠乏症と言われ塗り薬(ビーソフテローション)をぬっていました。
長男1歳半、長女誕生。長男は肌が弱く、よく風邪をひく子で、そして長男2歳。引越しの為、小児科が変わりました。
枚方市K小児科。風邪の為、受診。長男の肌をみてお医者さんが、お薬塗ってあげないとかわいそうと言われ、アンダーム軟膏アズノール軟膏の混合やアルメタ軟膏をもらいぬりました。その頃から、特に夜中肌をよく掻くようになりました。夜きょうみたいなもの1度ありました。
数ヶ月後、アトピーのいいお医者さんがいると聞き、Kクリニックに変えてみました。そこでも、アルメタ軟膏、プロペト(ステロイド剤)を貰い塗りました。しかし一向に良くならず、毎月のように風邪を引き、日中も肘や膝、そして夜中じゅう痒がり、子供が1番辛いのに、私は下の子の夜中もミルク。
全然寝むれない日が続き、どうして痒いのか、どうしてほしいのかが分からず、いいから寝なさい。子供を責め、私も苦しかったです。
花粉症もあり、(食物アレルギーもあります)部屋干を勧められ、やっても痒がるし、ビオフェルミンRのお薬を飲むように言われ、私は健康だけが、取り柄みたいな人間でなぜ我が子が、塗り薬、飲み薬、薬漬けの生活に、この子が大きくなっても薬の人生が続くかと思うと申し訳なくなりました。3月この辺で、いいと有名なK皮膚科へ。
出されたお薬はロコイド軟膏、ヒルドイドソフト、リンデロンVG軟膏0,12%又ステロイド、その頃ようやくステロイドは良くないと知ったので塗りませんでした。
主人に相談し、ネットで見っけてくれたのが松本漢方クリニックでした。
3歳(年少)5月。松本漢方クリニック受診。先生が「絶対治してあげる。」とおっしゃってくれました。言葉の力って大きいです。それに痒かったら、掻いてもいいと、まず漢方茶。すごく嫌がりました。入浴前の消毒、漢方風呂、入浴後の塗り薬。
主人は仕事が忙しかった為、私一人で正直きつかったです。
(塗り薬で肌色の色が変わり、色が付かないようなお茶になれば嬉しいです。)
背中、お腹、手首、首、漢方風呂にしてから、寝る時は足の先まで痒がる様になりましたが、でもこの痒いは今までの痒いとは感じが違う気がしたし、肌の感じも違う気がしました。5、6月頃目の周り顔も痒がる。
幼稚園プール、アトピー治療中だけど、プール入ってもいいって、言ってもらえすごくありがたかったです。プールが終わりトビヒになり、そして1年後(年中)トビヒになる。
そして1年後(年長)トビヒにならず!
通院してから、良くはなっているし、夜中も寝てくれるようになっただけでも幸せな事なのに、まだ腕や膝の辺りを掻く日が続く為、治るのだろうか、と思いながらも年を重ねるにつれ、風邪を引きにくくなりました。
12月急な高熱(39,5度)医院にTELし手持ちの薬を飲む様に言われ(きっとインフルエンザ、(私の判断)だろうと)フロモックで治りました。
毎年2月頃~(花粉症)痒がりが始まり数ヶ月続きます。
そして、小1 12月、たまに痒いのが背中ゴシゴシしてと言います。
しかし日中は全然痒がりませんし、掻き傷もありません。
その間、長女も首、足、背中にアトピーがありましたが、2年半くらい良くなりました。この数年間、子供は痒くて、辛かっただろうし、私も寝つくまで、背中をもみ、ようやくアトピーの苦しみから、離れられそうです。
そして花粉の時も平気になりますように。
松本先生、本当に有り難うございます!!
「アトピー手記」匿名希望75歳2007年11月10日
今から10数年前のある日以前治療で用いたステロイド剤の副作用で、湿疹が出始めました。以前、主人がB型肝炎になり、勤務先に近い松本漢方クリニックの漢方薬で治ったこともあり、電車に乗り松本漢方クリニックを訪れたのが、長いおつきあいの始まりでした。
日が経つにつれ、顔全体から首筋にかけての小さな湿疹は大きな湿疹となり、真っ赤に腫れ上がり、あまりの痒さに我慢できずかいてしまうと汁がでる、そんな状態でした。冬の寒い時期は、少しでも痒みを和らげようと氷で顔を冷やしたりしました。あせらず、あきらめず、気長に…向き合う気持ちはありました。周りの人から「病院を替えてみたら」と言われても、親身になって下さる松本先生に対して申し訳ない気持ちと、正直なところ、病院を替えても大して変わらないだろうとも思い、もう暫く様子を見ようと不安な日々を過ごしていました。けれど、いつまで経ってもいっこうに良くなる兆候が見られません。
「いつになったら」「このまま治らないのでは」「いっそ首から上を切り落としてしまいたい」そんなことばかり考えるようになり、だんだん鬱状態に陥ってしまいました。
食材の買い物も主人に頼み、家の雨戸も1日中閉めたまま、家から一歩もでず、笑うことも少なくなり、閉じこもった生活が半年近く続いた一番辛かった年の暮れのことです。いつものように帽子を目深に被り、色付きの大きな眼鏡をかけ、大きなマスクをし、顔を伏せ通院した日のことです。「年末年始で病院は休みだけれど、少しでも何か変化があったら、僕は家にいるから正月でも遠慮せず家に電話してきなさい、先生はそうおっしゃって、ご自宅の電話番号を教えて下さいました。
何気なくおっしゃった言葉なのかもしれませんが、精沖釣に滅入っていた当時の私には、まさに「神様」「地獄で仏」の言葉でした。
欠かさず薬を飲み、辛いけれどあせらない、あきらめない、気長につきあって行こう、もう一度。
あれから8年の月日をかけて、顔の湿疹は出なくなりました。
化粧品は、成分重視、洗剤類は使用しない、自分なりに気をつけて努力しています。家族も強い洗剤などは私に使わせず、どうしても使用が必要な時などは、「隔離」と言って私を遠ざけたりの配慮もしてくれています。
自分の努力があってこそです、家族の協力があってこそです。
そして何より信頼できる松本先生にお会いできたからこそです。
そういえば、診察当初に先生は冗談でおっしゃっていましたよね。
「今現在の顔の写真を撮っておいて治ったらまた撮ろうか」と。
当時の私には冗談でも受け止められるはずもなかったのですが、今となっては写真を撮っておけば良かったと後悔しています。
同じ症状で苦しんでいる患者さんに「時間はかかるけれどよくなる」証明となり、少しは、お役に立てたかもしれないのですからね。
長いおつきあいで、これからもお世話になりますが、よろしくお願い致します。
まずはお礼まで申し上げます。
「アトピー体験談」S.J.41歳2004年6月12日
アトピーとの付き合いは、20年以上です。指先に湿疹ができ始めたのが、最初でした。そのときは、自宅近くの皮膚科に通っていたのですが、それ以上はひどい状態にならず、ひび割れがひどくなったときだけ、塗り薬をもらっていました。
10年ほど前、強い風邪薬を飲んで、蕁麻疹が出たため、かゆみを抑える抗ヒスタミン剤をもうらようになりました。しばらくはおさまっていたのですが、4年前の引越しをきっかけに、今まで首やひざの内側、手にだけ出ていたアトピーの症状が、お腹・足とだんだん広がってきたのです。この期間、公立病院の皮膚科に通っており、継続的にステロイドの塗薬、飲用薬をもらっていました。先生の基本的な考え方は「アトピーは、体質だから、治らない、だから、ステロイドや抗ヒスタミン剤で、コントロールして下さい」ということでした。患部は広がる一方で、03年の3月には、背中以外は赤くなって、がさがさした状態でした。
それまでずっとステロイドの塗薬、抗ヒスタミン剤のお世話になっていました。しかし、ひどくなる一方の状態に、これまでの治療法の限界を感じるとともに、以前よりステロイドの弊害を見聞きするにつれ、一生ステロイドを塗りつづける恐怖を感じてもいたので、漢方薬での治療を試してみようかと思うようになりました。
3月ころから、3ヶ月程、自宅近くの漢方薬をメインにした皮膚科に通っていたのですが、漢方とステロイドを併用する方法で、痒くなればすぐ塗薬にたより、結局それらを減らすことが出来ませんでした。
それで、他に漢方で治せる病院がないか、深夜インターネットで検索していると、アトピー患者のHPに行きあたり、そこで話題に上っていた「松本漢方クリニック」に興味を惹かれました。すぐに病院のホームページにアクセスし、文章を読み、ここならステロイドを断ち切れるかも知れないと感じました。
翌日の朝には、私は、「松本漢方クリニック」の診察室に座っていました。「絶対、治してあげるから」という先生の強い言葉に「ここでがんばって、アトピーを治そう。」と決意したのでした。
それからは、忍耐の日々が続きました。毎日お風呂の準備をして、1時間以上入浴し、全身に漢方の塗薬を塗り、せんじ薬を沸かしという作業が、毎日続きました。仕事が不規則なので、夜11時ごろに帰宅すると、お風呂から出てくるのは夜中の2時ごろ、ということがしばしばでした。くたくたに疲れていても、また風邪を引いていても、治したい一心から(飽きっぽい私にしては珍しく)、一日も欠かさず入っていました。「安くはない治療費を、ここでムダには出来ない。」という気持ちが、後押ししたこともありますが。
その後の経過は以下の通りです。
<6月上旬>
薬湯に入って3~4日目後から、今まで症状が出ていなかった部分も含め、全身が赤黒くなってきました。それにつれ、かゆみもだんだん増してきました。特に最初の一ヶ月は、かなりつらい状態でした。一日中かゆくてかゆくてたまらず、眠れない夜が続き、睡眠薬を処方してもらう状態でした。私の場合、じくじくではなく、がさがさした症状で,寝る前に全身を一通り掻くと、布団がかさぶただらけになるので、バスタオルを敷き、毎日取り替えていました。
会社でも、1~2時間おきに猛烈に痒くなり、その都度トイレにこもり、一通り掻き終わると、かさぶただらけになった服を叩いて戻る、といった調子でした。睡眠時間も少ないため、昼休みには、机に突っ伏して眠っていました。体も疲れきっていて、こんな状態がいつまで続くのだろうと、不安な気持ちになりましたが、松本先生の励ましのお言葉と、患者さんの手記で、リバウンドを何ヶ月もかかって克服した体験談を読み、勇気付けられました。この状態が約1ヶ月以上続きました。
<7月の下旬>
この頃になってから、夜、薬なしで眠れるようになり、随分楽になりました。日中のかゆみも大分収まり、1日に2~3回、思いっきり掻けば、すむようになりました。ひとつ、山を越えたような気分でした。しかし、外見は赤く、がさがさした(部分的にじくじく)状態が続いており、夏中、長袖を着ていました。
3ヶ月を過ぎた頃から、少しずつ赤みが引いてきました。そしてがさがさしていた部分も、小さくなり始めました。腕→お腹→背中の順に、かゆみは引いてきました。しかし足全体は、赤黒い部分がまだまだ残っていました。
<12月下旬頃>
唯一がさがさが残っていた足首が、じくじくしてきました。ここはなかなか治らず、じくじくした状態が治るまで、3ヶ月近くかかりました。
松本漢方クリニックに通いはじめてから1年近く経ちました。ほぼかゆみも治まりました。アトピー患者は、季節の変わり目に症状が悪化する方が多く、私も例外ではなく、毎年(特に春先は)季節の変わり目には、体中が猛烈に痒くなり、特に顔は、まぶたがはれる位ひどかったのですが、ふと気づくと、今年は、その時期とっくにを過ぎていました。症状が出なかったのは、10年ぶりでしょうか。あんなにかゆくって、掻いては落ち込んでいた日々は、今や幻のようです。松本先生には感謝の気持ちでいっぱいです。
この手記をご覧になる皆さんも、最初はリバウンドで辛い日が続くと思います。また、薬湯や煎じ薬は毎日のことで、大変だとは思いますが、忍耐をもって続けなければ治りません。しかし、それを乗り超えれば、きっとアトピーを克服することが出来ると思います。
「アトピー性皮膚炎と付きあって」匿名希望48歳2005年6月17日
松本先生から、何度も何度も、繰返し手記を書くよう言われてきました。日々の生活が忙しく、又、つらい嫌な思いを封印しておきたいという気持ちが強く、なかなかペンが進まず、これまで来てしまいました。今年の花粉の大飛散によるアトピーの悪化で、やっとペンを取ることになりました。これまでの記録を全く残していないので、正確性に欠けると思いますが。
3~4歳の頃から、アトピー性皮膚炎で(多分アトピーという言葉自体が、一般的ではなかったのでは)、まだステロイド剤が出回ってなく、手や足の関節にできた、じゅくじゅくした湿疹の上に、何か塗り薬を湿布して、包帯を巻いていた記憶があります。
小学生になると、アトピーによく効く新薬があるということで、母親は藁にもすがる思いで、病院へ連れて行きました。これが、私とステロイド剤との出会いです。当時も、長く使用していたら副作用があるということは、母も聞いていた様ですが、きれいな皮膚になるので、使い続けていました。
ただ、なぜか結婚、出産時は、比較的きれいな皮膚で、ほとんど使用していませんでした。
しかし、上の娘が幼稚園に通う頃に、手、顔に湿疹が出始め、ステロイド剤の使用を再開しました。顔に使用することには、とても抵抗がありましたが、お化粧が出来なくなるので、少しだけならいいかと、自分で納得しながら使っていました。しかしステロイド剤を使い続けることに、TV、新聞の報道により疑問、不安、又限界(効き目が弱くなってきた)を感じていた矢先、突然顔がはれ上がり、人には見せられないようになってしまいました。
松本漢方クリニックのことは、当時、子供の友達がアトピーで通院されており、その症状を見ていました。又松本先生は、ステロイド剤を使用しない治療法で、アトピーを治して下さるということも聞いていました。当時、もう松本漢方クリニックしかないのではないかと思い、翌日来院しました。
最初の血液検査のIgE値 145、今考えると、夢みたいな数値です。その後、ステロイドのリバウンドを経験された多くの方々が手記で書いておられるような道のりを辿りました。この経験から、厳しい言い方ですが、1回のリバウンドが終われば、どんどん良くなると思い期待してしまいがちですが、ステロイドを長期に使った方は、何回もリバウンドを起こしてしまうこと、そしてリバウンドの度に、精神的に落ち込んでしまいますが、気長に回復を待つことではないでしょうか。その後は、バラ色のような極普通の生活が訪れると思います。この普通の生活が大切で、貴重なんですよね。この道のりを導いて下さるのが松本先生だと思います。
私は、この11年間ステロイドなしで生活をしてきました。妻、母という立場にいながら、何も出来なく、家族に大変迷惑をかけ、失ったものも沢山あります。取り返したいと思っても、取り返せないものもありますが、治療に付きあってくれた家族には、本当に感謝しています。
それ以上に、ステロイドを使用しないでアトピーを治すという強い信念に惹かれ、長い間松本先生とお付き合いしました。松本先生にとって、私は、劣等性の中の一人に入るのではないかと思うほど不真面目な生徒ですが、大変感謝しています。
この春、花粉症で、アトピーが悪化してしまいましたので、この先まだまだお世話になりますが、私を見捨てないで、宜しくお願いします。
追記
松本先生には、長女も治していただきました。小さい頃から、アトピー、アレルギー性鼻炎で、抗アレルギー剤を使用していたので、リバウンドはかなり辛いものでした。小学生でしたので、いじめにもあいましたが、学校も休まず頑張りました。
自分の治療で精一杯のところ、子供と一緒に闘わなくてはならなかったので大変でした。
現在、季節によって、軽く症状が出たりしますが、ステロイドを一切使わず、自然に治るのを待ち、あまり気にしていないようです。年頃の娘ですから、もう少し気にしたらと、親心で思いますが。
「第一段階のこの日を待っていました!!
ついに入浴剤を卒業することができたのです!
漢方薬でアトピーの治療を始めてから19か月目。松本先生にお世話になってからは11か月目です。漢方薬に対して希望と不安と不信を抱えての日々でした」と、感動、大喜びして中間報告を書き始めたのですが、再発したため提出する気がなくなってしまい、ずるずると引きずっているうちに、また11か月が経ってしまいました。
22か月が過ぎた現在、すっかりきれいになりました。
遅くなってしまいましたが、まとめて経過を報告させていただきます。
- 骨がもろくなっているため、他の病院で貰った、フォサマックを飲み始める。
- 手の平の皮膚の下に、ブツブツとかゆみを伴う発疹が出始める。
- 半年くらい経ってもひどくなるばかりなので、もしやと思って薬をやめてみると、ぴたりと治る。
④(平成17年5月30日)薬をやめて数か月経った頃、また発疹が出てきたので、たまたま近所の薬局で勧められたカネボウの漢方薬を飲み始める。
⑤今まで出たことのなかった肘の内側にも湿疹が出始めて、もしやこれはアトピーでは?と気づく。
⑥そのうち凄まじいリバウンドが始まる。
⑦治療開始。(平成18年1月20日)出たり引いたりを8か月ほど繰り返しているうちに、今度は顔が赤黒くなってきたので、不安になり、やはりきちんとした病院へ行こうと考え、以前から噂に聞いていた松本漢方クリニックへ。煎じ薬、入浴剤、赤い薬の3点セットで治療開始。
- 11か月目、(平成18年12月末)赤黒いのが薄くなってきたと思ったら、またリバウンドがはじまり同じような状態が続く。11か月目で入浴剤を使用しなくて良くなったため、中間報告を書くように言われる。
- ドライアイが治り、手足の乾燥が少なくなる。
- 13か月目、(平成19年3月2日)2か月ほどきれいになっていたのに、今度は口の周りにヘルペスを伴って、以前と同じような症状が出る。唇が腫れて痛くて、熱いもの、味がついたものがしみるので食事が大変。
- 18か月目、(平成19年7月末)5か月ほどで治るがまだ茶色い黒さは残っている。
- 21か月目、(平成19年11月始め)4か月ほどが過ぎ、ほぼ元の皮膚と顔色に戻る。
- 22か月目、(平成19年11月中)治療を始めてから、出たり引いたりを繰り返し、本日現在、すっかり元に戻る。
松本漢方クリニックに来院してから1年10か月。
私の場合、見えるところばかり(顔、首、肘から手先)にでて、それ以外はこうも違うものかと感心するほどすべすべしていて、全く問題はありませんでした。症状としては、顔が腫れあがり、押さえると水が溜まったようにぷよぷよし、目の周りも腫れていたため、目が細くなり、新聞を読むのも不自由でした。熱を持っているため、冷凍庫で冷やしたタオルを当てて、横になっていました。真っ赤で熱を持ち、汁がでて、洗顔の時は、砂をこすり付けているような、ざらざらした感じがしていました。顔のことだけに、どうなるかとても不安でした。手のほうも同じで、手のひらも甲も腫れて痛くて痒くて汁がでて、全く何も触れず、全ての用事に綿の手袋をはめて対処していました。
1か月ほどで治りかけたのですが、次は乾いてひび割れができるため、曲げ伸ばしがしにくく、また水が当たっても痛く、これも辛い状況でした。
少しずつ出かたがゆるくなりながら、出ては引いての繰り返し。7か月くらいたって、今度は線を引いたように首から上が赤黒くなってきました。以前になった黒さよりも、もっと濃い色でした。分厚いビニールがぺったりと顔を覆っているような手触りで、茶色の口紅を塗ってみたら、全く同化してこんなに茶色い顔色になっているのだとショックでした。
他の部位に気をとられていたある日、気づいたら、腕と肘の内側が治っていました。この頃(9か月目頃)から治療を信じ始めました。
他の部位は、でたり引いたりを繰り返しても腕は治っているのです。
「あれ、気にしないほうがいいんだ」
「5、6年もしたら治るかな?」
と考え直し、開き直ってから、首が治り、手が治り、顔が治ってきました。
うかつに人を信じることができないこの時代に、すぐ信じなさいといわれても無理です。でも、とりあえずやってみないとわかりません。
挑戦してみてください!月日がかかるものと覚悟して。人生80年の今、たとえ数年かかっても、きちんと治してしまうことが大切です。
一度に全部は治らないと思います。体内に出るより、体の外で良かったと考え、少しずつ少しずつ治してください。
最終的にはがんばり続けた自分に自信が持てると思います。おまけに肌がきれいになっていれば言うことなしです。
初日に先生から「キレイにしてあげるから!!」といわれた時は話半分に思っていましたが、本当に以前よりシミもなくなり、きれいな状態になりました。
治ってきた今だから先生の自信に満ちたお言葉がストンと心にはまりますが、毎日毎日赤い顔、イライラする痒みを抱えていたひきこもりの当時は、あまりにでたり引いたりの繰り返しなので、「治らない。治らない。ずっとこのままかも、」と、随分長い道のりに思えていました。
過ぎ去った今、あっという間の22か月と感じます。
がんばってここで治療してよかった!
本当に心から感謝しています!
先生がいらっしゃらなかったらどうなっていたか、しかも近くなのですから本当にラッキーでした。また出るのではという心細さはありますが、今では先生がいらっしゃる限り、大丈夫と信じています。
とにかく気長に治療してください。すぐになんて治らないのです。
先生が気に入らないからなんて思わないでください。治ればいいのです。
私は治っています。自分だけがなぜと落ち込まないでください。
頑張っている人はたくさんいます。
発症してから2年6か月。松本漢方クリニックに来院してから1年10か月。サボることなく毎日きちんと治療しました。ゆっくり丁寧に時間をかけてきっちり直す我慢強さが勝負の分かれ目です。
私はそう思っています。
心からありがとうございました!!
平成18年1月20日~平成19年11月20日
(まだ手の甲に少し痒みが出たりするので薬は飲んでいます。
クリーム代わりに赤い塗り薬も使っています。
リバウンドの時と、治ってからの写真を先生に預けてあります)
「アトピー手記」匿名希望44歳2012年8月29日
私は現在44歳の主婦です。今アトピーと闘っている方々の励みに少しでもなればと思い手記を書かせていただきます。
物心ついた時から皮膚科に通っていました。民間療法と呼ばれているものもいろいろ試してみました。少し落ち着いた時期もありましたがず一っと治らないままでした。2010年11月の終わり頃、家族旅行で温泉に行った翌日に顔が腫れてパンパンになり、目や口も腫れのため開かないほどになりました。
顔がひび割れて黄色い汁が出てきました。ステロイドは使いたくないと思っていましたので、松本漢方クリニックに行くことにしました。
本当にひどい状況でしたので帽子を深くかぶって主人に電車で連れて行ってもらいました。
松本先生は私のアトピーの治療に関する考え方について一喝されましたが、その後私の不安な気持ちを察してくださり「病院が休みでも何かあればこちらに電話をかけてきて下さい」とご自分の携帯の番号を教えてくださいました。看護師さんもスタッフの方々も親切に応対して下さいました。
帰ってからすぐにお風呂用の漢方薬を煎じて入ることにしました。
とにかく早く治さなければと必死になっそいたのだと思いますが、長く風呂に入っている間に気を失いかけてしまい、これは危ないということになり家族と話し合った結果、実家で療養することになりました。
とにかく早く良くなりたいという一心で朝9時から午後2時までを目標に毎日防水ラジオと水を入れたペットボトルを持ってお風呂に入りました。
お風呂から出た後は、皮膚がただれているので30~40分程かけて薬を塗りました。その生活は11月末頃から1月初めまで続きました。薬を塗ってパジャマを着るのですが、黄色い汁が出てきてそれが固まってひっつきましたので患部にタオルを巻いてそれからパジャマを着ました。はがすとき痛かったです。
熱も37~38℃がずっと続きました。
リンパも腫れてぐりぐりでした。腫れと皮膚のただれは日を追うごとに体の上部から下の方へと徐々に下がっていきました。太ももから下も腫れて関節が曲がりにくくなりトイレに起きるのも大変でした。足も腫れていたので主人の大き目の靴でさえ入らず、診察に行くときに下駄を履いていきました。
食事の量がかなり減っていたので、痩せたのでは?と思い体重計に乗ったのですが、逆に10kg程重くなっていて驚きました。先生に伺ったところ、治る過程で体がパンパンに腫れるので20kg重くなる人もいるとのことでした。
かなり多くの重症の患者さんを診て治しておられるので少々のことでは驚かれないのだと思いました。
腫れが頭部から下の方へと徐々にひいていき、少し症状が落ち着いたので1月初めに家に戻りました。そのころから午前2時から3時頃、2度ほど着替えなければいけないほどの寝汗をかくようになりました。
更年期が来てしまったかと思いましたが、先生にお話ししたところ「今、体が闘っているところです」ということで、寝る前にベルクスロンを1錠飲むように勧めてくださいましたのでその通りにしたところすぐに症状が落ち着きました。
その後も首がこったり、肩がこったり、歩きながら眠れそうなくらいの睡魔に襲われたりする日が続きました。
しばらくすると毎日のようにじんましんが出てきて悩まされました。
うちはインターネットが使えなかったために先生の治療方針について私の理解が浅くていろいろお手数をおかけしましたが、何か体調に変化があった時はささいなことでもご相談してよかったと思っています。
おかげさまでだいぶんと落ち着きました。
ありがとうございます。
これからも引き続きよろしくお願いいたします。
「アトピー ヘルペス手記」匿名希望49歳2011年1月30日
平成4年の秋頃から足首にかゆみがあり、だんだんかゆみが全身に広がり湿疹ができ、それがしこりのようにかたく盛り上がりました。
どこの病院に行っても『痒疹』と言われステロイドや、かゆみ止めの飲み薬をもらって飲みましたが、よくならず悩んでいました。
平成19年に松本先生を知り受診しました。
血液検査の結果ヘルペス値が異常に高いことがわかりました。
松本先生にお世話になって、3年になりますがヘルペス値はまだ高いです。
今も頭痛、めまい、吐き気、首こり、かゆみなどがあります。
しかし、松本先生が「治してあげるからね」と言ってくれた言葉を信じてがんばって行こうと思います。
これからもよろしくお願い致します。
平成19年12月26日受診
血液検査結果、単純ヘルペス値:148.8(基準値:2未満)、水痘帯状ヘルペス値:66.2(基準値:2未満)
平成20年6月21日受診
リバウンドによる膝下のむくみ、リンパ液が出る。
血液検査結果、単純ヘルペス値:118.4、水痘帯状ヘルペス値:58.0
平成21年6月13日受診
血液検査結果、単純ヘルペス値:190.8、水痘帯状ヘルペス値:81.8
平成22年9月6日受診
血液検査結果、単純ヘルペス値:158.4、水痘帯状ヘルペス値:114.9
「アトピー手記」匿名希望58歳2006年12月15日
主婦湿疹が初めて出来たのは20年程前、右手の薬指の先が痒くなり見ると水疱が一つできていました。その後何年かはその指だけに出来たり、治ったりまた何年も出ないときもありました。それが8年位前の春先に再発し、最初は指先1、2箇所だけでした。いつも春先から始まり7月に入って暑くなり汗をかく様になると治るという繰り返しでした。しかし年毎に症状が酷くなり、指先だけだったのが甲、平とひろがり、痒くて掻くと水泡が出て、あかぎれの様になってその傷が治る。何日かしてまた出る。人前に手も出せず放っておくこともできず、4~5年前に皮膚科に掛り、軟膏(ステロイド)、抗アレルギー剤を処方されました。
松本漢方クリニックに掛るきっかけは、平成15年4月、水泡が足にまで出来始め皮膚科に行きますとステロイドをべったり塗られて包帯をされ、家でもまたステロイドを使うということを2ヵ月近く続けました。ステロイドは怖いということも聞いていましたので、これは良くないと思いもっと根本的に治す治療法はないかとインターネットで色々探しました。そして松本漢方クリニックのホームページを見つけ先生の理論を読みこれしかないと思い6月に診察を受けました。
先生に今までの症状を話しますと、「大丈夫、治るから」と言われて、これで痒みから解放されるとおもいほっとしました。漢方薬2種類、軟膏、入浴用漢方薬を処方されました。
漢方薬を飲み始めて10日位から脚全体に赤いポツポツが出来始めました。あまりのすごさにびっくりし、不安でしたが手記を読んでリバウンドが始まったのだと納得しました。背中、お腹、腕と時間を置いて次々に出てきました。湿疹が治るとその後は1,2ヶ月は赤くなっていました。
漢方風呂は最初一週間は足だけでした。入れた後、皮膚がボロボロ剥けてきれいになり、足はステロイドを塗った期間が短いせいか12月には治ってしまいました。
足が順調に治ったのに比べ手はそうはいきませんでした。水泡が出ては治りの繰り返しで、ひどい時は傷だらけで、空気に触れても痛く、夜は痒くて毎日2時頃目が覚め、起きては消毒し、薬を塗るのが1ヶ月続きました。その間は家事も出来ませんでした。
そのひどい状態が少しよくなった8月に今度は手のムクミが始まりました。最初は右手、腕、肩、左手と今まで見たことがないような腫れかたでした。これも手記を読みますと治るステップと書いてありましたので、心配しながらも良い方向にいっているのだと思いました。ムクミは2回あり、1回目は3週間で治まり、2回目は10日位で治りました。その間は先生にプロテインを飲むように言われて飲んでいました。手が治まったら足もムクミましたが20日位で治りました。
手の水泡はこの間も治ったり、出たりを繰り返していましたが、漢方風呂をしていると水疱が漢方薬を吸って、茶色になり、4~5日経つとかさぶたになって治っていくようになりました。
11月中旬、両太ももに蕁麻疹がでました。アトピーが終わりに近づくと蕁麻疹が出ると先生の理論に書いてありましたので、これでやっと治るのかなと嬉しくなりました。しかし、この蕁麻疹は今まで経験したことのない出かたで、全身が地図状態です。これが16年5月ごろまで続きそれからは普通の蕁麻疹になり、だんだん少なくなっていき17年7月にやっとでなくなりました。
腕、手の赤みもこのころ完全に抜けました。が2年かかりました。
主婦湿疹で漢方治療を始めたのですが、今まででなかったアトピー体質があぶり出されて、いろんな症状が出ましたが18年春先より、水泡もアトピーも治まっています。
現在は時々予防のために漢方風呂に入っています。
「リウマチ手記(途中経過報告)」40歳女性2008年3月7日
昨年2月に初めて松本先生に診ていただいてから早1年が経過しました。
西洋医学の治療を約1年受けましたが、不治の病と言われながらステロイド薬を投与され、このままでいいのかという不安から、たまたまインターネットで「漢方で治る」「ステロイドは絶対に使わないJ という松本先生のホームページを見つけ受診しました。不治の病が漢方で治るのかと当然疑心暗鬼になりましたが、夫が「西洋医学で不治の病と言われたのだったら、漢方医学のこの先生に賭けてみよう」という言葉で決断しました。
私や夫の両親そして周囲の人からは漢方で本当にリウマチが治るのかとかなり言われましたが、沢山の方の手記を読み絶対に治ると信じるようにしました。
この手記が、昨年の私と同じように漢方で治るのかと悩んでおられる方が松本漢方クリニックを訪れる決断のきっかけになれば幸いです。‐何日
西洋医学も漢方医学も万能ではないと思います。しかし、リウマチは漢方で治るという事は自の体で実証できました、今では血液検査もほぼ正常値に戻り、日常生活に全く支障が無い程に回復しております。漢方治療に切り替えた当初1ヶ月のほぼ寝たきりの状態
からは本当に信じられません。
近い内に、完治報告をさせていただけるよう松本先生と一緒にがんばっていきたいと,思います。
経過報告
■平成14年10月 第三子出産。
■平成15年 4月 夫の転勤で東京から長崎へ引っ越す。その後膝が痛くなるが子供の、だっこのせいだと考える。
■平成16年7月 足の裏が痛くなる。この頃よりリウマチを疑い始める。
■平成16年 8月 総合病院にて血液検査をする・抗核抗体40.陰性との結果。
■平成17年 6月 足の裏が相変わらず痛み、内科で血液検査をする。
抗核抗体80.リウマチ専門医を紹介される.
■平成17年12月 朝起きたら、右手小指の間接が腫れていて、紹介されたリウマチ専門医を訪ねるが、血液検査ではリウマチとは診断がつかず、痛み止めを処方される。
■平成18年3月 MRI にてリウマチと診断される。処方された薬は以下のとおり。プレドニン3mg・モービック・メトトレキサート。
■平成18年 4月 プレドニンが5mgに増える。
■平成18年 9月 夫の転勤で神戸へ。
■平成18年10月 神戸の総合病院内科へ。生物学的製斉'1を勧められるが決断できず。
■平成19年 2月 松本漢方クリニックへ。血液検査の結果は以下のとおり。
抗核抗体160.CRP2.47.血沈24 RF60
※高校時代、花粉症の治療でステロイド注射を3回打ったが松本先生からこれもリウマチ発症の大きな要因と宣告される。
■平成19年 3月 徐々にステロイドを減らし、いよいよゼロになる。血液検査の結果は以下のとおりに抗核抗体80.CRP2.24.RF80
■平成19年 4月 第三子幼稚園入園。送り迎えができず、実父に依頼。
■平成19年 5月 連休明けより、痛みを我慢し幼稚園の送り迎えができるようになる。血液検査の結果は以下のとおり。CRP1.81.血沈48.RF40
■平成19年 7月 血液検査の結果は以下のとおり。CRP1.00.血沈25.RF20
■平成19年 8月 この頃より、電車に乗って買い物に行けるようになる。
■平成19年 9月 血液検査の結果は以下のとおり。抗核抗体80.CRP0.14.血沈14..RF22
■平成19年11月 血液検査の結果は以下のとおり。抗核抗体80.CRP0.14.血沈16.RF17
■平成19年12月 正座ができるようになる。
■平成20年 1月 血液検査の結果は以下のとおり。抗核抗体40.CRP0.05.血沈3.RF12
以上が経過報告です。「月」は記憶を辿っておりますので若干ずれがあるかもしれません。
現在の状態
今年の1月の検査では、抗核抗体以外は全て標準値に戻りました。抗核抗体も40未満が標準値なので、正常値まで目前のところまできています。
左手首に痛みが残っていますが、他は全てほぼ正常の状態に戻っています。
治療の過程で発症すると言われたアトヒ._は、良い時期と悪い時期の繰り返しで発症しました。現在は、右脇腹を中心にかゆみがある程度です。
以上