アイスランド日記(2)

昨日一緒にライブを見に行ったイギリス人は同じ宿に泊まっている。アイスランドには働くために来ていて、お湯を引くパイプの設置のような仕事をしているそうだ。勤務時間も長く、退屈な仕事だといっていたが、日本円にして月40~50万円ほどの給料をもらっている。

前に書いた大工のフランス人もそうだし、農家で働いていたという女性にも会った。この国に働きに来ているヨーロッパ人は多い。働きに来ているといっても出稼ぎのようなものではなく、この国で長く過ごしたいという動機がメインみたいだ。

アイスランドは物価が高く、普通の旅行で長期滞在するのは難しい。でも失業率は低くて、英語もよく通じる国なので、英語が話せる人にとっては比較的簡単に仕事が見つかるようだ。

この国に長くいたい、という気持ちは、よくわかる気がする。

例えばアジアなどを旅行して惹かれるのは、日本人が失ってしまった何か、のようなものだったりするけれど、ここアイスランドには日本人がノスタルジーを感じる要素はほとんどない。古き良きとかとか、昔は良かったとか、そういうことは考えなくなる。だから、ここに長くいると、何か違った感覚を身につけられるような気がしてくる。

夜はエアーウエーブ最終日。1会場だけやっているライブを見に行く。レッドツエッペリンのカバーバンドが登場。有名な「Immigrant song」はアイスランドについて歌った歌だと知った。

一緒にツアーに行ったI君は、今日がアイスランド最終日。ぜひともオーロラを見たいという彼と一緒に外を歩くが、結局見ることはできなかった。まじめで日ごろの行いのよさそうなI君が見れないのに、だらだらと過ごしている僕があっさり見てしまって、なんだか申し訳ない気分になる。

* * *

朝寝坊して昼ごろまで屋でだらだらする。エアーウエーブが終わって気が抜けたのかもしれない。とはいえ、洗濯とか自炊とか荷物の整理とか、それなりにすることがある。

ネットをしようとカフェに行ってみるが、なぜか自分のノートパソコンからネットにつながらない。客が多くて回線が混み合っているのだろうか。

カフェを出ると、通りに人があふれていて何ごとかと思う。普段人通りもまばらな道がプラカードを持って行進する人でいっぱいだ。聞くと、ウーマン・ライツの集会だという。たしかによく見ると、女性しかいない。レイキャビク中の女の人が集まっているんじゃないか、と思うくらいの数だった。アイスランド人はイベント好きなんだ、と誰かが言う。

夕方、スーパーに買い物に行くと、日本人の女性2人に会う。ひとりは留学で、もうひとりは美術をするために来ているらしい。この前ライブ会場で会った留学生とも知り合いだそうだ。

実は留学にあこがれている。学ぶこと自体もそうだけど、なにか留学っぽい雰囲気を経験してみたい。長期の留学は無理でも、大学の短期講座とかあったら行ってみたい。そして英語がもう少しできるようになりたいと切に思うこのごろ。

「夕食を外に食べに行きませんか」

と同じ宿のKくんに誘われる。彼は明日デンマークに移動するので、最後はアイスランド料理を食べたいのだそうだ。レストランは高いだろうから出費が気になったが、こういう機会でもないと食べられない。一緒にレストランに出かける。

メニューを見ると、アイスランド料理は予想通り、いや予想以上に値が張り、一瞬ひるむ。しかし学生のKくんが食うと言っている手前、社会人の僕がひるむわけにはいかない。ここは腹を決め、大きく構えてこの一食を楽しもう、と自分に言い聞かせるが、目はメニューの値段の欄しか見ていなかった。

魚料理を食べた。けっこうおいしく、ボリュームもあり、満足だ。出費は痛いが、充実した食事ができたので良しとしよう。ひとりではレストランなんて行けないので、誘ってくれた彼に感謝したい。

* * *

アイスランドに長く滞在する手はないものかと、真剣に考え始める。

ネットでいろいろ調べてみる。アイスランドで働くことについては、斡旋しているエージェントがあって、地方の農場の手伝いなどは割と簡単に見つかるみたいだ。給料もけっこう良くて、滞在費や税金などを差し引いても、月7〜8万円くらいは貯まりそう。異国で労働体験ができるということを加味すると悪くない条件だ。ヨーロッパの若い人たちが、たくさん働きに来ている理由もわかる。

しかしさらに調べていると、働けるのは「EU圏の国籍を持つ人限定」とある。それ以外の人は、手続きが煩雑なようだ。そもそもまず自分の国で手続きをする必要があるらしい。

働くことに乗り気になっていたけど、ちょっと難しそうだ。

宿のルームメイトが出て行って、ひとりになる。とたんに生活がダラダラし始める。

これではいかんとプールに行こうとしたが、水着を持って出るのを忘れたのに気づき、ただの散歩に切り替える。アイスランド大学のキャンパスを歩いたりするが、時間が遅かったのか人はほとんどいない。寒いので散歩も早々に切り上げて、宿に帰る。

夕食にスパゲティを作って食べる。他の客が置いていった残り物の食材を使っての節約生活。夜、ズボンを洗濯するという大作業を敢行する。

キッチンでモロッコ人の男性と話す。ドイツで学生をやっているそうだ。

「ITのスキルがあればドイツで働くのは簡単だよ」

アイスランドに来て、外国で働くことが急に身近になってきた。

* * *

夜更かしして朝寝坊という、悪いパターンになってきた。外国にいてもいつの間にか夜型になってしまう。新しい土地に慣れてくると、体がダラダラ生活に引きずり込まれていく。

結局、アイスランドに長期滞在することはあきらめて、次の国に移動することにした。

外国で暮らすことにも興味があるけど、やっぱり「まだ行ったことがない国に行きたい」という気持ちのほうが強い。自分の飽きっぽさを象徴しているようで、ちょっとみっともない気もしないではないけど。

ネットでアイスランドを発つ飛行機の予約を入れようとしたが、なんとなく躊躇してやめてしまう。未来のことが決まってしまうのは何かつらい。

* * *

寒い。寒すぎる。

風がない日はそうでもないが、風が強い日に外を歩くと顔が凍りそう。自然と涙が出る。帽子を持ってないからか、頭が冷えて痛くなる。アイスランドに長期滞在しようとか思っていたが、毎日がこの寒さじゃつらい。

温水プールと銭湯をあわせたような施設が街にいくつかあって、料金も安く、お風呂代わりに利用するのが日課になっているが、せっかく温まった体も帰り道にあっという間に冷めてしまう。でも心身が引き締まる感じがするので、寒いのは嫌いじゃない。ってどっちなんだ。

ネットで飛行機の予約を入れた。次の行き先はロンドン。宿の予約もネットで済ませる。何事もネットで片付けてそんな旅でいいのかと思うが、便利さにはかなわない。

留学っぽいことを経験したい。だったらイギリスかアイルランドで、短期の英語学校にでも通ってみようかと考え始める。

* * *

寒くて明け方目が覚めた。

この宿は布団を借りずに持参の寝袋を使うと、割引をしてくれる。だから薄っぺらいマイ寝袋(実は寝袋カバー)を使って寝ている。手持ちの衣服をできるだけたくさん着こんで眠るのだが、この日は耐えられなかった。

外を見ると雪。風も強く、吹雪になっている。

あえて外に出る用事もなく、部屋で過ごす。本を読んだり、飯を作ったり、昼寝をしたり。同部屋のフランス人もすることがないようで、同じように過ごしている。

することがないと、将来のことを考えてしまう。帰ったら何をするんだろう。そのうち真剣に考えないといけない。とかいいつつ、真剣に考える方法もよくわからなくて、結局まあいいやと思うのだ。

キッチンでギリシャ人の男性と話す。彼はタイルの内装の職人だ。

「ドイツで働いていたがあまり仕事がないので、アイスランドにやってきた」

こちらの方が稼ぎが断然いいらしい。奥さんと小さな子供も一緒だ。これまでに手がけた仕事の写真を見せてくれた。この写真を見せて就職活動をするのだ。年齢を聞くと僕と同い年で驚いた。

* * *

吹雪も止んで、今日は晴れた。イメージするアイスランドらしい景色になった。

温水プールに行く。今日は水着を忘れずに持っていった。本格的に泳ぐ。その後、スーパーで買い物を済ませ、カフェにノートパソコンを持ち込んで、ネットをしたり日記を書いたりする。

近くに、エロティカショップという店がある。北欧の街はどこも洗練されておしゃれだけど、どの街にもたいていアダルトグッズを売っている店がある。社会見学のためいつか入ってみたいが、今日は勇気がなくて入れなかった。店員が女の子だったのである。

* * *

なんか前向きな気分になってきた。いろいろ自分で決め付けていたことから、少しずつ自由になっている気がする。

睡眠をきちんととっていることも大きい。ちゃんと眠りさえすれば解決する問題もたくさんあるのかもしれない。

明日ロンドンに向かう。フィンランド、スウェーデン、デンマーク、アイスランドと巡った北欧も今日で最後だ。

北欧の印象を一言で言うと、「過不足がない」ということ。街の雰囲気も、人の数も、物のデザインも、過剰でもなく必要十分な感じがする。日本のようにカラオケやパチンコやファーストフード店が過剰なまでに乱立するようなことは、どう転んでも起こらなさそうだ。

日本を含めアジアのワイワイガヤガヤ感もおもしろくて好きだけど、こういう北欧のような地域が実際にあるということを知ることができてよかった。物価さえもう少し安ければ、もっといろんなところに行けたのに、と思うとちょっと悔しいけれど。

(アイスランド日記、終わり)