ケロアンの町から移動しようというとき、予定にはなかったけれど、エルジェムという遺跡のある町に行きたくなった。しかし観光案内所で訊ねたところ、ケロアンからエルジェムまでの直通の交通機関はないそうだ。そこで、ルアージュに乗っていったんスースに戻り、そこからエルジェムに向かうことにする。ルアージュというのは、ワゴン車を使った乗り合いタクシーのこと。行き先ごとに車が分かれていて、定員まで人数が揃えば出発する。たいていの町にはルアージュステーションがあり、窓口で先にチケットを買う仕組みになっていた。料金交渉の必要もなく、明朗会計なので利用しやすい。人数がなかなか集まらず待たされるんじゃないかと心配したが、今回の旅で乗ったどのルアージュもだいたい10〜15分以内には出発した。これはたまたま運が良かっただけかもしれないけど。スースの町に着いて、エルジェム行きのルアージュに乗り換えるときもスムーズだった。声をかけてくる案内の人に行き先を伝えると、すぐに該当の車に連れて行ってくれる。案内人がチップを求めてくることもないし、車どうしで客を奪い合ったりすることもない。スースのルアージュステーションは大規模で、行き先別にレーンが分かれていた。システマチックに運営されている印象だ。
ルアージュの唯一の問題は、スピード出し過ぎなんじゃないかということ。高速道路はともかく、一般道でも130キロくらは平気で出す。車間距離がめちゃめちゃ近かったり、対向車が来てるのに追い越しをかけたり…。アジアやアフリカではよくあることかもしれないけど、車の性能が良く、道路も整備されているだけに、どこまでもスピードが出そうで恐ろしい。
車両はルノー製の新しい車が使われていることが多く、乗り心地は快適だった。かつて他のアフリカの国で乗った乗り合いタクシー(ブッシュタクシーとか呼ばれていた)では、極限まで乗客を詰め込み、定員の倍くらいの人を乗せるのが普通だったけど、ここでは席が埋まれば、即出発。乗せる客を求めて町をぐるぐる回ったりすることもなく、目的地へノンストップで走る。
快適な車のシートに座って、高速道路を走っていると、いったいどこの国にいるのかわからなくなってきた。旅行の印象というものは、案外、乗り物の乗り心地から受ける影響が大きいんじゃないか。そんなことを思う。日本並みにスムーズに走る車に乗っていると、なんとなく車窓の風景にも新鮮味を感じない。飛行機から見る景色もそうだ。飛行機の窓から見える空の様子や下界の景色は、この世のもとのは思えないほど異様なものなのに、快適な座席から眺めていると、どこか現実感を覚えない。
そういえば、今回チュニジアに行く際、カタールのドーハでトランジットをしたのだけど、そのときターミナルから飛行機まで移動するのに、バスに乗せられた。そのバスに乗り込み、床から伝わってくるエンジン音を感じたとき、ふいに「異国に来た」という実感につつまれたのだった。空港専用のバスということもあるだろうけど、日本で感じるバスとは異質な振動。その振動を感じながら、窓の外の風景や乗客の様子に目をやると、なんともエキゾチックなものに感じる。乗り物の振動とか音とか座り心地とか、そういう体感するものが日常と異なるとき、旅の気分が盛り上がるのだ。