弱くても勝てます(その2)

どさくさ!どさくさ!

(T)野球ってわりと常識っていうかさ、基本を大事にしろという野球道みたいなものがあって。最初は声出しから始めて、球拾いして、まずは守備が完璧にエラーなくできるようになって、次はバントが決めれるようになって、大きいのを狙うのはその後や、みたいな。

(F)うん。

(T)そんなしきたりみたいなものがあるけど、開成はそういうのなしで「そもそも野球って?」みたいなところから考えてるのがおもしろいなって。

(F)球が向かってきてんねんから打ったらホームランになる可能性はあるんやって。ほんまに原始的なスポーツって感じやな。

(T)守備はもう目をつぶる。

(F)エラーしても当然っていうか、監督もそれでいいぞ、みたいな。

(T)そうやな。目指してるのはコールド勝ち。10点取られても20点取る。

(F)うん。

(T)ビッグイニングを作って、どさくさにまぎれて……

(F)「どさくさ!どさくさ!」って言うねんな。監督が。

(T)そう(笑)。それで勝つっていう作戦。それが一番勝てる可能性があるって考えて。

(F)僅差で競り勝ってても、監督めちゃくちゃ機嫌悪かったよな。「こんなのうちの野球じゃないだろ!」って。

(T)勝ってるのに。

(F)勝っても怒られる。どさくさができてない!って。

(T)実際、試合でも突如打ち出したりするねんな。

(F)バッターの打順の強さも、2番から強いみたいな。

(T)ふつうは3番4番5番が強いけど、2番に一番打つ人を置いてる。

(F)ほんで結構みんなが強いっていうか、続くんやろ?

(T)そうやな。打順が後になったら弱いバッターになるかというと、そういうわけでもなくて。

(F)下位打者が意外と打つから、打たれた投手はけっこうショックで、ええ!?と驚いているところに、さらにどんどん塗り重ねていって、得点していく。

(T)そう。

(F)意表をつくことをどんどんやっていくんやな。

(T)しかも、それがちゃんと考えた上での答えっていうのがミソで。ただ変わったことをしようってわけではなくて。

(F)やっぱり弱いから斬新なことしないと、そんなちょっと努力してうまくなるとかでは勝てへん、っていうことは、わかってはるねんな。

(T)普通はそこをなかなか認められなくて、少しでも強いチームに追いつこうとしてしまう。

(F)同じ努力をしてしまうねんな。

相手に圧倒されない

(T)開成は練習も週1回。

(F)少ないよなあ。

(T)素振りくらいしかしてない週もあったり。それでもまあまあ勝ってしまうっていう。

(F)あの、試合前のティーバッティングやった?

(T)ん? ノックのこと?

(F)そう、ノックで、まずスカするねんやろ? 打つ人が。

(T)ノッカーが空振りする(笑)

(F)見てる人も失笑、みたいな。

(T)でもそれが開成スタイルで定着してて。

(F)そういうので油断させておいて、意外と本番ではカキンカキンと打ったりするねん。おもしろいな。

(T)試合前のノックって、うまいチームはピシッとやって、それで相手を圧倒する。ふつう弱いチームは、ああ、あっちのほうがうまいな、勝たれへんなと思ってしまうけど、開成は別にそこは気にしてない。

(F)エラーしまくりや。

(T)それが普通。

(F)開成の試合、見てみたいよなあ。

にくめない生徒たち

(T)そう思うと、開成っていう高校も、データだけ聞いたらガリ勉って感じやけど、なんかおっとりしてておもしろい感じやな。

(F)愛着が湧くっていうか。

(T)頭がいいっていうか、なんやろ、全部自分なりに考えてるのがおもしろいよな。

(F)うん。

(T)そういう校風やんやろな。

(F)しかも、部活を引退するのも……

(T)2年生で、もうクラブをやめちゃうんやったかな。

(F)そう、それが受験のためかなと思いきや、3年のときの文化祭のためとかいって。

(T)文化祭の準備せなあかんから、みんな部活をやめる。

(F)そっちなん?!って。これも憎めないな。

(T)うん。いいなと思った。

のびのびとやる

(T)自分も昔野球やってて、チームはたいてい弱かってんけど、でもどうしても強いチームに憧れてしまって、同じようにやってしまってた。でも、そこを開き直ってやるっていう選択肢があったらまた違うよなって思ったわ。

(F)でも、あれはやっぱり監督がそうやからできる話で、監督が普通の人やったら、生徒が自らあんなことやっても「何しとんねん」って頭スコーンって叩かれて終わりやと思うけど。

(T)そうかもな。

(F)開成も昔はそうじゃなかったって書いとったもんな。

(T)あの監督になって、打力に力を注ぐようになって、勝てるようになった。

(F)あの監督さん自身もそこまでの実績っていうの? 今まで甲子園に出たとか、そういうことではないねんな。

(T)そやな。

(F)マネージャーになったんやった?

(T)大学のときに敵わないと思って選手はやめたって書いてたな。それもあって生徒にはのびのびやって欲しいと。

(F)うん。

(T)サインもないってな。

(F)そうそうそう。サインじゃなくて大声で言うから、相手チームにも丸聞こえ。

(T)盗塁も自分で考えてやる。

(F)サインを使ってみたこともあったけど、誰も見てなかったという(笑)

声出しにも理論が

(F)独自のバッティングテストみたいなのもおもしろかったな。

(T)あれ、成功したんかな。

(F)いや、失敗しとったっていうか、誰もテストに点数がつかなかった。遠くまで打ったら何点、こっちに打ったら何点、ネット越えたら何点でみたいなテスト。それで自分の点数を報告しろって言ったけど、ほとんどみんな0点っていう。めちゃくちゃ細かくいろいろ決まりを作ってテストやったのに。

(T)声出しにも考えさせられた。

(F)どんなふうに?

(T)自分が中学校の野球部に入ったとき、最初は声出しや、ってことで、なんかわからんけど声出せみたいに言われて。あっちのテニス部の子が振り返えるまで大声出せって。意味わからんと思ったけど、まあやっていくうちに習慣になってしまった。

(F)後輩ができたら、声出せ言うたり?

(T)そうそう。でもキャッチボールのときとか、声出せっていっても、何も言うことないやん?

(F)うん。

(T)だからこう「うぉーお」みたいな、「うおーい」みたいなこと言って。

(F)「うえーい」みたいな? 毎回言うの?

(T)そう。練習のときに無音になってはいけない。

(F)無駄なエネルギー使ってるな。

(T)まあ活気を出して盛り上げるというのはわからんでもないけど。でも開成の子らはそんな余計な声は出さへんから、キャッチボールも静かで。

(F)でもチャッチボール、いつまでもやってるんやろ? 監督に「いつまでやってるんだ!」「やることがあるだろう!」って言われて、やっと動き出す。

(T)試合のときも、グランド整備をずっとやってたりしとったな。

(F)そう。

(T)でもなるほどと思ったのは、試合で調子がいいときに盛り上がるのは普通やから、調子が悪いときにこそ、声を出す意味があるって。だから、チームの調子が悪くなってきたときに積極的に声を出す。

(F)開成はそういうふうにしてるって?

(T)声出しにはそういう意味がある、って選手のひとりが言ってた。なるほどなあと思って。そんなこと一回も教えられたことなかったわと思った。

(F)そこらへん冷静よな。

目標が超具体的

(F)甲子園に行けるかな。

(T)まあそれは難しいとは思うけど。東京なんかとくに学校の数も多いしな。

(F)でもコールド負けするかと思ったら、コールド勝ちしたりとか。ほんま、わからん怖さがあるよな。

(T)相手チームは怖いやろな。

(F)ちょっとビクビクする。

(T)開成の目標は、強豪校に勝つことやからな。強豪校を打ち崩して勝つ。

(F)そうやな。

(T)甲子園の予選のときに、各校チームの目標みたいなんを寄せるんやけど、他の学校はみんな……

(F)「愛」とか、「気持ちで」とか、「心をひとつに」とか。

(T)そういうことを書いてるなかで、開成は「強豪校の投手を打ち崩す」っていうめちゃめちゃ具体的な目標を書いてる。

(F)こう、愛とか、勇気とか、心とか、ひとつにとか、そういうヤワな感じのやつが多かったよな、他は。厳しい練習してるわりになんか、そういうこと書きたがるな。

メジャーリーグみたい?

(F)まあ素朴で昔風なんかな。

(T)ん?開成が?

(F)うん。昔の野球部ってそんなんやったんかな、って感じがする。

(T)まあそうかもな。

(F)そこまでひねったりせずに、ただ野球をやろうって。

(T)おれはなんとなくメジャーリーグみたいやなと思った。個性を生かすような。

(F)うーん。

(T)自主性を重視して、それで活路が開けるんやというのは、なんかいいなと思った。常識を疑って自分なりに考えてやったら、全然かなわないと思ったことも、何かやり方があるかもしれんっていう。

(F)そういう考え方ができるからこそ、東大とか行けるんかもしれんな。

(T)そうかもな。

(F)めちゃくちゃ勉強してるっていう感じの子らじゃないもんな、インタビュー読んでても。

(T)暗記とかは苦手です、とか。

野球見るのも、おもしろくなるよな

(F)この高校に行きたかった?

(T)いやあ、開成高校に入るんは無理やと思うけど、そういう野球もありなんや、っていうのを知ってたら、また違ったよなあと思う。

(F)うん。

(T)野球もおもしろくなるよな。強いチーム対弱いチームの試合も、弱いチームはなにか一つを磨いて、それで相手を倒すかもしれんと思ったら。

(F)意外と深い話やったな。

(T)でも、この本の文章は読みやすくておもしろい。

(F)終わり方は、ちょっとあっさりしとった気がしたけど。

(T)ノンフィクションやからな。どーんと勝って終わるとか、そんなできた話はない。

(F)そうやな。

(T)まだずっと野球部はあるはずやから、現実の話は続いてる。

(F)次は今度の春? 春はでえへんか。

(T)わからんけど、まあ夏やろな目指してるのは。

(F)またちょっと違う視点の見方ができるようになったな。あの試合始まる前の……何やったっけ?

(T)ノック?

(F)そう、ノックの見方も今までやったら、ああ、こっちチームの方がうまいなと決めつけてたけど、意外とあれは……

(T)下手な方でも……

(F)可能性はある。油断させてるだけかもしらんから。そこまで見なあかん。

(T)勉強になったね。

(終わります)