●さげまくる人とノドグロ
入れ違いでア社から電話が入ったので「すみません、今決めてしまいました」と謝る。「えー、見積もりだけでもさせてもらえません?」と言う。
「でも、もう決めちゃいましたよ?ダンボールももらっちゃったし。でもせっかく来てもらったから、見積もりだけでも持って帰るというのならどうぞ」とお通しした。
会社名にそぐわないクマのようなジャケット姿の男性が汗を拭きつつ、大きなアタッシェケースを持って入ってきた。「これお掃除につかってください」とまたもやプレゼント。今回は本当に見積もりだけ取って帰ってもらうつもりだったのでお断りしたが、いやいや、もらってくださいというので受け取った。
「なんですか、決め手は」
席につくなり単刀直入なクマさんが言うので、こちらも正直に「価格だけなんですよ」と本音。
ササッと秒速で室内を見回して、4~5万ってとこかな……と聞こえるように独り言。日にちはいつですか?あ、その日なら(うちも空いてて)欲しい日じゃないですか。4tトラックと4人でやりますよ。4万でどうですか?といきなり信じられない安値と車と人数を叩き出してきた。私たちがびっくりしているのを見て、どうですか?乗り換えませんか?と言ってくる。
「でもダンボールももらっちゃったし……」というと「返すの手伝いますよ」と。そんな修羅場、見たくないし、さっきも結構値切って負けてもらったからなぁ。としぶっていると、「3万5000円、どうですか」と、更に下げてきた。団地の5階ですよ、ホンマに?!と信じられない顔をすると何階でも関係ないですもん、要はその日空いているので、もう人件費だけなんですわ。と妙にぶっちゃけトーク。
何となく、あまりの安値とノリの軽さ、押しの強さにかえって不信感もあり、「すみません、先に見積もりしてたら決めてたけど、やっぱり、今回はごめんなさい」とお断りした。
「そうですか、だめですか……」と書類をしまいながら、背中越しに「2万5000円、どうですか」と言った。
おいおい、どこまでさげるんだおっさん。「次回、団地から近い将来引っ越す予定なのでそのときは頼みますよ」とお引取り願った。
いつもだったら、値段の安い方を選べなかった自分を責めるはず。しかし今回はなんとなくこの会社に任せたらなんか起こりそう、とさすがに嫌な予感がした。
3社それぞれ3様でおもしろく、一番カタギな会社と値段に落ち着いたのだが、対面時間差のアイミツの難しさも実感する体験だった。
とにかく。引っ越しがまたひとつ、前に進んだ。
ところで、その真剣勝負の2社目の見積もり最中に携帯がなり、他社からだったら嫌だなと、画面を見れば旅行先の母からのショートメールであった。「セリでノドグロを競り落としたので、6時半に持って帰ります」。神妙な顔つきを作って、見積もりの席に戻る。頭の中は母がどうやってか知らんが競り落としたというそんなに大きくはないノドグロを実家でどう調理しようか、やはり煮付けかなと考えつつも、「もうちょっと負けてもらえへん?」と交渉も佳境のハードなスケジュールなのだった。
鍵受け渡し日まで、あと30日。