2012年3月の読書

「しがらみを科学する」山岸俊男

人は「自分以外の他人がどう思っているか」を予測して、自分の行動を決定する。その結果が社会である。それが社会心理学者である著者の山岸さんの見解だ。 山岸さんの研究グループが、「周りの人に合わせた人生を送るのがいいか、それとも独立して自分の好きな道を歩むのがいいか」を問うアンケートをした。その結果、多くの人が「自分は独立して生きたいと思っている」と答えた。でも同時に「まわりの人の多くは協調性を重視しているはずだ」と考えていることがわかったそうだ。つまり、個々人でみれば、みんな独立して自分の道を進みたいと思っている。でも、周りの人はそんなこと思っちゃいないだろうと考えて、結局、自分が独立した道を歩むことを躊躇してしまう。これは興味深い。個人が思っていることの集合が、全体になるとは限らないってことだ。

他人が考えていることをいかに読むか。それがどんな社会になるかを決定するひとつの鍵になる。そう思うと、自分と他人がどの程度同じでどの程度違うのかということを、できるだけ正確に推測することが重要だということになる。

たとえば、本を読むということも、その助けになるんだろう。本を書いた「他人」が、どう物事をとらえてどう感じているのかを知ることは、世の中に対する自分のふるまいに影響を与える。だから、その精度を上げるために、感じていることが素直に書かれている本を読みたいと思うのだろう。そこさえ書かれていたら内容がどうあっても「役に立つ」のだと思う。

「住み開き」

自分の家の一部を外の人に開放するというコンセプト。それが「住み開き」だ。この本ではその具体的な事例が紹介されている。というか、そういう新しい動きが各地で発生していて、それを「住み開き」という視点で取材しまとめた本、という方が正確かもしれない。 自分ももし結婚していなかったら、シェアハウスのようなところに住んでいたかもしれないと思う。かつて友人の友人が共同で暮らしている一軒家に泊めてもらったとき、こういうのって何かちょっといいなと感じたのを思い出した。 個々の人は魅力的なはずなのに、組織とか社会になると風通しが悪くなって、よそよそしくしてしまったりコミュニケーションをやめてしまったりすることがある。(自分がそうだ) そういうところに開ける風穴として、この「住み開き」を始め、シェアとかコミュニティのような流れに自分は期待をしているのかもしれない。利害を意識しないでいい関係と、利益を守るために利害をきちんと意識しないといけない関係。なんとなく自分はそこに線を引こうとしていたけど、その中間みたいなものもあるのかもしれない。そんなことを思った。

「ソーシャルデザイン」Greenz

Greenzは、「暮らしと世界を変えるグッドアイデア」を集めているインターネットメディア。その中から選んだ記事と、ソーシャルデザインの分野で活躍する人のインタビューとがまとめられた本だ。 その中に、新しいアイデアを考えるときのキーワードは、「これからの○○」を考えることだ、と書いてあった。 さて、自分にとって○○に入る言葉は何だろう。これからの「会社」か。この言葉が出てくのは自分でも意外だけど、たしかに現状には不満がある。でもじゃあ自分が改革に着手するかというと、そんな気はないのが正直なところ。たぶん会社が自分の一部だという感覚がないからだろうな。会社が自分の一部だと感じられれば、もう少し良い方向へ変えていこうという気が起こるはず。 そんなことを考えると、自分の会社を作るとか独立するということに気持ちが移る。でもいまの会社と同じことをしては、同じ問題を生んでしまう。会社をみんなの持ちものだと感じられる方法はあるのだろうか。 決定権を分ける? 資産をシェアする? 目的を共有する? 理念を一緒に考える?…とか、こうなってくると、何か新しい事業をしたいんじゃなくて会社の新しい仕組みを考えたいと思っていることに気がつく。もっと広げて言うと、人と人との関係を良くしたい。行動する自由、断れる自由があるような関係にしたい。それが漠然と思っている課題なのかもしれない。

…って、話が大きくなり過ぎだ。普段そんなこと全然考えてないくせに。この本には、もうひとつの問いとして「それがほんとうにやりたいことなのか?」を考えろ、と書かれていて、まさにそれを考えて頭を冷やすべきなのであった。

なんて自分のことはさておき、紹介されていたハンガリーのパンダを使ったキャンペーンはナイス。パンダ着ぐるみを着た2人がエスカレーターの上下にスタンバイし、片方が乗降客にチラシを渡して、もう片方が回収する。たった1枚のチラシを使ったキャンペーンが話題を呼んで、最終的に28万人から寄付が集まったそうだ。

「変愛小説集2」岸本佐知子編

恋愛ではなく変愛(ヘンアイ)なので念のため。「変愛小説集1」も読んだけれど、岸本佐知子さんの選んだ話は、ほんとうにおもしろい。今回、とくに気に入ったのは「私が西部にやってきてそこに住んだわけ」と「人類学、その他100の物語」。 「私が西部〜」には思わず目頭が熱くなる場面があった。ある女性がモンタナ州の村を訪れた。そこはなぜかチアリーダーに憧れを持つ人が住み着いているさびれた村。かくいう女性も幻のチアガールを探すために、この地を訪れたのだった…。という設定だけ聞くと、荒唐無稽な話に思えるけれど、でもなんとなく人生の深みを感じさせるような、絶望の中に希望を見つけるような、そんな読後感があるストーリーだった。自分の胸の内に秘めた思いというのは一生ついて回る。それによって人生に迷ったりすることもあるけれど、でもやっぱりそれが希望になるのだ。おお、これは希望の話だったのかもしれない。

後者の短編集「人類学〜」は、ウィットがきいていた。男性視点で書かれているので余計に共感するのかもしれないけど、人が深刻に考えがちなことをちょっとずらしていて、独特の味わいになっている。たとえば人の死だとか、一生の誓いだとか、子供の誕生だとか、相手を傷つけることだとか、常識では大きなウェイトが置かれているものからその重しをちょっとずらす。と、ふっと心が軽くなる。そんなちょっと不謹慎な読後感が心地よかった。