ブラックボックス(その1)

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今日のおやつは?

(T)黒豆のたいたん?

(F)です。

(T)いただきます。…ちょっと硬いかな。

(F)Tに言われると腹立つな。私が言うんやったらいいけど。

(T)おいしいです。

(T)で、こういう豆もどこでどうやって作られてるんや?っていう話やな、今日は。

(F)まあこれが市販の豆やったら、そういうことやな。

(T)どっかの工場でパック詰めされて……

(F)パック詰めされるまでにいろんな工程があって……プレドレッシングとか……

今日の本は?

(T)っていうことで今日の本は何ですか?

(F)「ブラックボックス

」です。著者は篠田節子さん。

(T)篠田節子さんはどんな本書いてる人やっけ?

(F)私が知ってるのは「女たちのジハード」。でもどういう話やったか忘れたな。

(T)女たちが戦うんやっけ?

(F)うん、聖戦や。

(T)ジハード。

(F)その言葉が一般に知られる前かなあ。

(T)前やろ、意味わからんかったもん、当時。

(F)でも「聖戦」って表紙にちっちゃく書いてたんちゃうかな。

(T)で、その篠田さんの最新作がこの「ブラックボックス」

(F)新しい本やな。週刊朝日に連載されてたみたい。

ルポタージュ的小説

(T)どんな本かっていうと、小説?

(F)うん。

(T)やけどルポタージュみたいな。

(F)そやな。おそらく事実に近いと言うか、ありそうな話。時代は今やしな。

(T)取材にもとづいて書いてる感じで。

(F)すごい取材してるよな。よく嫌がられへんなと思わへん? ちょっとそれは書かないでくださいとか。

(T)そういう所で働いてた人に取材をしたっていうことじゃなかったっけ。だから実際に乗り込んでいっていろいろ聞いたっていうのは、そんなにはないんちゃう。

(F)それは難しいやろしなあ。でもその体験を聞かせてくれた人の名前とかも最後に書いてあるよな。

(T)それも仮名じゃないんかな。まあもう辞めてたらええんかな。そういえば、Fも食肉加工場の体験談あるやろ。でももしそれを話すとなったら、大丈夫?

(F)そこはまず大丈夫やろ。でも詳しく話したら、そらな…

(T)ま、そういうことは、こういう小説やからこそ言えるってことやな。

(F)うん。小説にして言いたかったことを言う。

(T)本当のこと書いたら困る人がいるわけやん。そういう意味で小説っていうのに意味があるよな。架空にしないと書かれへん。

(F)なるほどな。

(T)という感じの本です。

ガラス会社が肥料を作る?

(T)どういうテーマかっていうと、食品工場が舞台やな。

(F)食品工場っていうか……

(T)ある地方都市で食に関わる3人の主人公が出てくる。まずひとりが野菜加工工場で働いてる。

(F)カップサラダね。

(T)もうひとり農家の息子やった男の人が、野菜を栽培する工場みたいなのを経営し出すというか、やらされるというか。

(F)うん。

(T)で、もうひとりの女の人が、学校の栄養教師。

(F)もう後藤ガラスに支配されてるねん。

(T)そやな。「後藤ガラス」っていう大きな企業があって、そこが食のあらゆる分野を握ろうとしてる。

(F)でもあれ不思議なんが、ガラスを作る副産物で肥料や農薬を作り始めたって書いてあってんけど、ガラスの何を使うんやろな。

(T)それこそ窒素ができるんちゃう。

(F)ガラスを作るときに? ボッシュ法やったっけ?

(T)そうそう。でもあれは空気中の窒素を固定するんやったか。

(F)ガラスってどうやって作るの?

(T)うーん、詳しくは知らないけど成分はケイ素やったかな。それを反応させるときに窒素が出るんかも。それか作るときに出る熱とかを使うんかもしれん。

給食はどこで作ってた?

(T)そうやってガラス会社やったところが肥料作り出して、だんだんハイテク農業みたいなんをやり出して。カット野菜とかも……あ、それは別の会社か。ニュートリションっていう系列会社。

(F)そうやな。

(T)で、サラダを作り出して、学校給食とかにも卸し出して……

(F)あのへんからすごいよな。ちなみに学校給食ってTのところはあった?

(T)あったよ。

(F)学校の中に調理してるとこあった?

(T)あったあった。おっきな鍋とおっきなスプーンみたいなんでかき混ぜてた。

(F)そう。いい匂いしてきたよな、お昼近くなったら。

(T)うーん、まあいい匂いかどうかは日によるというか、給食苦手なものもあったから。

(F)あっそう!?ふーん、そんな人もいるんやな。でも周りで給食そうじゃなかったっていう人もいたよな。

(T)お弁当ってこと?

(F)いや何かセンターみたいな所から来るっていう。何かかわいそうと思って、給食室がない人は。

(T)そっか。

(F)この本のやつは、それのもっとひどい版やな。

(T)会社が給食を作る。そういえば前に「スーパーサイズミー」って映画観たやん。

(F)うん。

(T)あれでも学校出てきとったやん。

(F)ああー。委託されてるやつ。「これ、冷凍食品よ」みたいなこと言って。

(T)もうハンバーガーチェーンかコンビニかみたいな内容で。

(F)あれはさらに上をいくひどさやったかもしれんな。だってチョコレートとコーラと……

(T)ピザ、みたいな。

(F)野菜食べてるっていってフライドポテトやったし。まあ、あそこまではひどくないにしても、ファミレスやろ?

(T)ファミレス用の食材を作ってる会社が、給食をやって、老人ホームとかもやって、病院食とかもやって。最初はみんなファミレスみたいでおいしいって評判は良かったけど、いろいろ問題になってくるねんな。

(F)問題になったんやっけ?

(T)問題っていうか、異変に気づいた。主人公らはそれぞれ異変に気づいていくねんな。

科学ですべてをコントロールできる?

(F)農業やってる主人公の剛っていう人は、大学で有機農業とか学んでたのに、地元に帰ってきて、今までの親世代がやってる農業のままでは食っていけへん状況を危惧して。そこから道をなんか違えてしまってっていうか、有機農業でがんばろうっていうんじゃなくて、まずは若手が昔の慣行農業とは違うやり方で、農業で食っていけるというところを見せようとして、がんばってしまってんな。初期投資をどーんとやって。昔やったらコンバイン買ったりするようなことを、形をかえて結局すごい投資して。

(T)そやな。

(F)しかもその親会社のノウハウに従うだけで、自分では何の工夫もできないような状況に追い込まれてしまう。

(T)最初はビニールハウスの改良版的なガラスハウスみたいなものやったけど、親会社の方針でだんだん完全無菌の土もないような工場に変わっていくねんな。でもあの親会社の社長も、理想は同じっていうことやねんな。

(F)そう。でもほんまやろか、あれ。

(T)まあそれは小説やから……でも農薬使って、っていう昔の農業ではあかんっていうところは一緒で。

(F)しかもカンに頼ってたあんなやり方はあかんとかな。そういうやり方したから病気とか公害が出たんや、っていう理解やねんな。あの後藤ガラスの社長は。

(T)ちゃんと必要量を計算して与えなくてはいけないっていう話やったな。なおかつ仕事のない地方都市を活性化させて、農業の人もちゃんと生活できるようにっていう理想はな、いっしょやねんけど。

(F)でも一見正しそうな意見やけど、それだけじゃないやろって思うけどな。農業の今までのやり方、土地勘もそうやし季節感もそうやし、その土地の人は知ってて自分で判断してきたものをすべて否定してる感じやん。そんなことやってるから、食べていかれへんみたいなこと言うけど、そこはやっぱり政治が関係してるんちゃう。お米買ってくれへんとか、減反しろとかさ。そういうシステムもあって食べていかれへんだけで、その農業をずっとやってた地元の人の勘とかに頼るやり方があかんっていうのは、私はどうかなと思ったけどな。

(T)あとは消費者が農薬使ってない野菜がいいって言って、なおかつ安全っていうか清潔な野菜を求めて、さらに便利ですぐ食べれるようなカットした野菜を求めて、食べた瞬間おいしいと思えるような野菜を求めて……。その結果がああいう謎の味付けしたようなカット野菜で、無菌状態で作ったら菌も入らへんし農薬もないし、これでいいやろってことやんな。そうやって商品が生まれてしまうっていう。

(F)太陽すら使わへんで、電気でいいんちゃうっていう計算上はオッケーみたいなところがなあ。やっぱりすべてを科学でコントロールできるっていう視点で作ってるから。そこはやっぱり科学ではすべて完璧には把握しきれてないよっていうところも、ちゃんとこう自覚してれば、もうちょっとましやったかもしれんけど。

(T)ちょっと自覚はしてたやん。何か最初にやるときは不測の事態が起こるからっていって、実験台にさせられたその主人公の剛は怒ってたけど。

(F)でもそれをフィードバックしていくことで、完璧なシステムになるみたいな考えがさ。

(T)まあそうやな。その信念はあったな。

肥料が多すぎるのも問題

(F)でも実際には、やっぱり人工ではやりきれへん、自然の真似なんて完璧にはできへんから、いろいろほころびが出てきて。でも一つ一つはそんなにたいしたことじゃないのに、あれがこうなってあれがこうなって……と掛け合わさったたときに、すごい問題になってきたやん。病気とか。ああいうの怖いよな。

(T)そこはもう誰もわからへんっていう感じやったもんな。農薬は検出されないけど肥料が残留してるとか、それぞれはたいした問題じゃなくても合わさったら何が起こるかわからんみたいな。

(F)日照時間も大事やねんな。

(T)うん。ああいう肥料のやり過ぎで、窒素分が残ってしまうみたいなことは知っとかなあかんな。

(F)うちの畑はありえへんけど。

(T)栄養足らんことはあっても。

(F)うん。でも前から有機とかやってる人らは、ほうれん草が黒々するほど濃い緑をしてるなやつなんかはやめといたほうがいいとか、よう言うてはるのは聞いてたけど。まあ言うても味が渋いくらいちゃうのと思っとってん。食感の問題とか石がたまるとか。でもこれ読んだら、窒素過多が硝酸態窒素になるねんな。

(T)体の中に入って何かと結びついたら良くないものになる可能性がある。

(F)強い発がん性を持つって書いてあったな。

(T)ヨーロッパでは規制されてるみたいなことも。

(F)そやんな。それなのに日本では硝酸態窒素は安全なものっていう認識やから基準自体がない。だから自己防衛しないとしょうがない。スーパーで売ってる野菜が日照時間足りてるかなんてわからへんもんな。

(T)わからへん。

(F)日照時間が普通に育てるよりも短いと、硝酸態窒素が植物中に残ってしまうねんな。

(T)本来は窒素分が光合成で消費されて、それが実や葉になるけど、日照時間が短いと消費しきれてない窒素が残ってしまう。そういうのも経営を考えるとさ、できるだけ短期間で出したいわけやん。そうなるとできるだけ日照時間はミニマムに近づいていくよな。最後に問題が起こるまで短くなっていく。

(F)それをもういきなり一般の人に食べさせてるっていうのがすごいよな。テスト段階で。

その2に続きます