ピダハン(その2)
家族がマラリアに
(T)家族がマラリアになったとき、たいへんやったな。
(F)村の人はそれはマラリアやってわかったみたいやけど。
(T)でも誰も助けてくれへんかった。
(F)もう誰も助けてくれへんし、どんどんひどくなっていくから、ダンも必死になって。ちょっと大きい町まで運ばなあかんと思って自力で川に漕ぎ出して。
(T)うん。
(F)それで、死にそうになってる奥さんと子供を丸太舟に乗せるその船出のときに、村人がわーっと集まってきて。何か言ってると思ったら「帰りになになにを買ってきてくれー」と口々に叫んでいたって。残酷というかやっぱりこの人ら素直っていうか。思わず笑っちゃったけど。
(T)1ヶ月に1回やった? 物資を運んでくる飛行機しか連絡手段がなかってんな。携帯とかもちろんないし。それで丸太舟でアマゾン川に漕ぎ出して。
(F)ピラニアもいる川に。
(T)やっと定期船みたいなのに乗り込んで、急いでくれって船長に言っても取り合ってくれなくて。どっかに止まったと思ったら、船員がサッカーのユニフォームに着替え出して、みんなサッカーしに行ってしまったみたいな。
(F)よくあれ助かったよな。誰も親身になってくれへんなかで。
子供からナイフを取り上げない
(T)子供がナイフ持ってても取り上げへんのもな。
(F)理屈ではそのほうがええやんって思うけど、見とったら怖いよな。
(T)あるとき子供がナイフで遊んでて、お母さんは気づいてたけど話に夢中かなんかで放ったらかしにしとった。で、子供がその持ってたナイフをぽろっと落としたんやけど、お母さんはそれを拾って無言でまた子供に渡して、自分はまたおしゃべりを始めた。
(F)なあ。
(T)そこまでするかっていうか、そこまで放任かっていうか。
(F)自分で生きていく力を早くに身につけなあかんから。
(T)そこで甘やかしても何もいいことないんやろな、あの世界では。
(F)だって弱って死んでしまう人はもう助けへんかったもんな。子供もな。
(T)助けようがないっていうか。
(F)実際殺しとったやん。お母さんが死んじゃって、生まれた子供だけでも助けようとダンは一生懸命介抱して。
(T)うん。
(F)で、一瞬離れたすきに村人が集まってきてて、見たら、さっきまで生きてた赤ちゃんがもう死んでたって。どうした?って聞いたらお酒飲ましたって。この子はもう生きていけないのはわかっているって。
(T)合理的っていえば合理的やけど、現代人っていうかおれらにはできへんことやな。
あいつを殺せ
(T)殺されそうになったこともあるよな
(F)ああいう危険は必ずあるよな。なんせお酒に弱いねんな。
(T)男たちは酒好きで、お酒飲んだら暴れるというか、おかしくなる。
(F)普段からお酒を飲む文化は…
(T)ないやろ。ブラジル人にもらわないと酒はなくって。
(F)自分らで作ったお酒とかもないんかな。
(T)ないと思う。だって穀物ほとんど作ってないから。マニオクをちょっと育ててるけど、ほとんどは狩りで獲ってきてるんちゃう。魚とかも含めて。
(F)だから弱いねんな。
(T)え?
(F)飲んでないから。お酒を。
(T)ああ、うん。
(F)それをわかってるねんな、ブラジル人たちは。
(T)そう、ブラジル人の悪い人がお酒を飲ませて、あの外人が悪い、みたいなことを吹き込んで。
(F)うん。
(T)あいつを殺せって言ったら、ほんまにみんな「あいつを殺せ」みたいなことになって。
(F)信じちゃってんな。
(T)で、鉄砲やっけ?
(F)ライフル。あれは誰がもってきたんやろ。ブラジル人やったっけ。
(T)わからんけど、それでお前を殺すって家にやって来て。
(F)でもあそこの時点で酔っぱらってるからまだよかったけど。
(T)よかったというか、それでそのままバーンって撃たれたらな。何するかわからんていうのは怖い。
信仰と同時に失ったもの
(F)でもまさか離婚するとは思わんかったんや。
(T)ピダハンっていうか、結局興味があるのはダンの話?
(F)いやそんなことはないけど、こういう話は家族の結束が強まったっていう結論になりがちやなと思っててんけど。
(T)うん。
(F)奥さんと子供、あんなところによう行くわとは思ってたけど、その家族にもう神様への信仰がなくなったってことをダンが言ったら…
(T)まさか…
(F)まさかそれを受け入れてもらえず離婚になったとは。それは思ってたんと違っておもしろいなと思って。
(T)せやな。
(F)そこは家族を取るんじゃなくてあくまで自分の…
(T)信仰をとった。
(F)そこらへんはピダハンの影響がすごいなと思って。神を信じてた人を無神論者にするっていう。
(T)うん。
(F)もともと奥さんの家族のほうが宣教師家族やってんな。
(T)それ会社やめるみたいなもんで、宣教師の仕事やめるんやったら無神論者にならなあかんのちゃう?
(F)というと。
(T)本部から辞令というか、今度はどこどこへ行けみたいなこと言われるかもしらんし、教会も建てずに何をやってるんだとか言われるかもしらん。だからキリスト教自体をやめてしまって無神論者になったって宣言しないと、自由がなかったんかもしれんな。
(F)ダンはピダハンの村にいたかったんやな。
言語学者おもしろそう
(T)アマゾン行きたくなった?
(F)うん。言語学者いいなと思った。
(T)あっそう、どういう面で。
(F)いやおもしろそうじゃない? 新しい言葉を一からひとつずつ…
(T)聞き取っていってな。
(F)だんだん分かってきて、っていうのは、おもしろそうやなと思って。
(T)Fはわりとヒアリングいいし、言葉覚えるん早いしな。
(F)まあ途中、言語学に入り込み過ぎてものすごいマニアックな論文みたいなことが出てくるところは、ちょっと飛ばし読みしてしまったけどな。
サラダ食べてるから言葉が上達しない?
(F)あと肉食やな、めっちゃな。
(T)野菜作ったりとかしてないからな。
(F)ダンが久しぶりのレタスを救援物資で持ってきてもらって食べとったら「なんでお前はそんな葉っぱなんかを食べているんだ」って言われて。「そんなもん食べてるからピダハン語が上達しないんだ」って言われて。
(T)言っとったな。
(F)そう思うと、現地の人と同じもん食べないと、ほんとのところはわらかんというか。
(T)サラダ食べとったらあかんやろって。でも大丈夫なんかな。
(F)壊血病とか?
(T)そう。
(F)生肉とか食べなあかんかもな。ビタミンを得るために。
(T)まったく同じもん食べれたらいいけど、食べれるかな? 獲ってきた猿とか…
(F)まあちょっと無理かもな。でも無理やけど憧れるな。何がおるかわからんアマゾン川を泳ぐとかなあ。
(T)うん。
(F)ダンもアマゾン川に浸かっとったもんな。あの著者の写真、なかなかいい写真やった。
(T)この本の写真、どれもいい写真やったよな。
(F)そうそう。
(T)食べ物っていうと、ピダハンを街に連れていってごはんを食べさせたら、まず朝ひたすらわーって食べて、次、昼にわーっと食べて、で、夜になって食べさせようとしたら「また食うのか?」って。
(F)うん。
(T)1日3回食べるなんていう習慣は全然ないから、食べれるときはがーって食べて、逆に1日なんも食べへんときがあったり。
(F)やっぱり素直やねん。だって私も朝昼晩っていらんって思うときあるもん。
いるんやなあ
(F)今もああいう人が生きてんねんなと思うと、なんかこういい比較になるわ。
(T)比較?
(F)何かするときに、ピダハンやったらどうすうかとか思うようになったんや。
(T)じゃ今からピダハンやったら何するやろ? お風呂は入らへんな。
(F)なにしろドントスリープやからな。すごいよなあ、一生ドントスリープ。
(T)夜とか関係ないもんな。夜の2時ごろに「漁、行いこか」みたいに川に魚獲りに行って、獲れたら夜の3時ごろから家族みんなで食べ始めたり。
(F)あそこらへんからだいぶ違いが出てくるよな。動物でも夜は、まあ夜行性はいるけど、基本、生物は夜寝るんじゃないの?っていうところから違うもんなあ。
(T)体内時計とか言ってる先生とかどう見るんやろな。
(F)でも寿命はそんな長くないよな。
(T)医者とかいいひんしな。でも写真では健康そう。肌もつやっとしてる。
(F)精悍な感じ。
(T)髪もつやっとしてる。
(F)いや、髪はわからんな。
(T)あれはヤノマミか。
(F)ここは女の人の髪はぼさっとしてた気が。ヤノマミはつやつややったけど。
(T)そうかも。
(F)ああいう人らが、「いるんやなあ」って感じが心に残ったなあ。
(終わり)