宿 ーELLA

エッラの町に着いたときは雨がしとしと降っていて、一刻も早く宿を決めてしまいたかった。けれど、サファリで一緒になり、ここエッラまで同じ車に乗せてもらったオーストラリア人のアダムが予約していた宿は、私たちにはちょっと値段が高めだった。安い部屋はない?と訊ねると、「中国人のグループが入っているから空いていないんだ」という今回の旅行ですでに何度か聞いたようなせりふを、宿の従業員が済まなそうに言った。

仕方なくアダムと別れて、別の宿を探しに歩いた。値段が手ごろなところ‥‥と思って訪れた次の宿は、車道から林の中に入る小道をいったん下り、そのあと階段を上ったところに母屋らしき家が建っていた。しかし、人の気配がしない。「ハロー」と声をかけると、年老いてお腹の出た男性がゆっくりと出てきた。なんとなく「流行ってない宿」の雰囲気を感じ、ここはないかなぁと思いつつ、部屋ありますか?と聞くと、「まあ座りなさい」とかなりのマイペースな感じ。雨だし日暮れは迫るしで早く宿を決めなきゃと焦っていた私たちも、思わず促されて椅子に腰かけた。

おじさんはこの宿の部屋についてひと通りゆっくりと説明をしたあと、「マダム、あなたが見に行ってきなさい。旦那はここで待っていればいい」と上のほうを指差した。ここから階段が続く山の中腹にロッジが点々とあり、それぞれ少しづつ趣向や値段が違うようだった。たしかに泊まる部屋についての要求が厳しいのは女である私のほうであり、Tが部屋についてあーだこーだいうのは聞いたことがない。おじさんのご指名は的確だ。

部屋を決めておじさんに告げ、夕食を作ってくれるか聞いてみる。「オーケー。何が食べたいんだ?」 お昼はライス&カリーを食べたから、それ以外で何がある? 「じゃあココナッツロティはどうだ?」 ということでそれをお願いした。約束通り19時に宿に戻ると、テーブルが用意されていて、座るとさっそく少年がサーブしてくれた。ココナッツシュレッドが入った甘くないロティ、トマトのココナッツミルクカレー、ダルカレー、玉ねぎの甘辛炒め煮、デザートにバナナ。そしてたっぷりの紅茶。どれもスリランカに来てからいちばん美味しい味付けだった。

このカレーに入っている野菜はすべてオーガニックで自家製とのこと。スパイスもすべて。「トマトカレーに入っていたマスタードシードも作っているし、コーヒー豆も作っているよ」と言うので、明日出発のときにそれらを分けてもらう約束をした。このおじさんは敬虔な仏教徒だそうで「お酒は飲まず、肉も食べない。自分で作ったオーガニックな野菜を食べているから80歳になってもこんなに健康なんだよ」と言って笑った。野菜についた虫はどうしてるの?と聞いたら、ゴーヤのエキスはとても苦いから虫除けになるんじゃないかな、と、さっそく帰ってから使えそうなアイデアを教えてくれた。こんなところでこれほど話の合うおじさんに会えたのは嬉しい。これもスリランカでは英語が通じるからこそできることだ。

お手伝いさんが、コーヒーの実をもいでくれた

帰国後、さっそく畑にマスタードを蒔くと、元気に発芽した。植木鉢のコーヒー豆はまだ音沙汰なしである。