コロンボでは、シナモンガーデンズという高級住宅地で宿をとろうと考えていた。トリンコマリーから乗った夜行列車は、早朝、時間通りかちょっと早いくらい(!)でコロンボに到着。明るくなるのを待ってバスに乗り、このシナモンガーデンズ界隈にやってきた。
最初に目をつけていた宿は、わざわざ主人を起こして部屋を見せてもらったところ申し訳ないけれど、地下室のような部屋で湿気がすごく値段も高かった。ここは却下。もう1軒はひそかに人気の宿で、予約なしでは厳しそうな気もしていたが、試しに行ってみることにした。
重厚なゲートの前でインターフォンを押すと、お手伝いさんらしき女性が出てきた。「予約は?」と案の定聞かれたが、「ないです」と言うと、「じゃあ奥さんに聞いてみますので、こちらでお待ちください」と、中庭とひと続きになったような、外か中かわからない不思議な居間に通してくれた。モダンで大胆だけど何か落ち着くデザインのお屋敷。ひと目でここが気に入って、どうか空いてますようにと祈るような気持ちでソファに座って待った。
随分と待った後、年老いたマダムがゆっくりと螺旋階段を下りてきた。「部屋はありますか?」と訊ねると、「部屋の電灯が壊れていて点かない、昼間はいいけど夜は見えないかもしれない、でも夕方までには電球を買ってきて交換してみようと思う、そんな部屋でもよければどうぞ」とゆっくりとしたフレーズで答えてくれた。
もちろん電灯なんてたいした問題ではない。OKして部屋に入ってみると、明かりは他にもたくさんあり、切れているのは鏡台を照らす電球ひとつだけであった。それすら夜部屋に戻ったときには、約束どおりちゃんと新しいものに取り替えられていたのだった。
中庭を見下ろすバルコニーには洗濯ロープと洗濯バサミ、ランタン型の電灯が備わり、部屋には青いカーテンとベッドカバー。キングサイズのベッドにはもちろん蚊帳がかかり、壁に取り付けられたたくさんの飾り棚、洋服ダンス、ハンガーラックとハンガー、書き物机とランプと古い椅子。独立したバスルームには、曇ガラスの大きな窓がありとても明るい。洗面台には新しい石けんとタオルが置かれている。これ以上何も要らないし、無駄なものもない。部屋には鍵はかからないが、個人宅なので当然だろう。
このベランダと物干しロープとランタンがバックパッカー泣かせ
ベッドに寝転んで消せるような位置に照明のスイッチもある。が、それとまぎらわしい位置にもうひとつスイッチがあって、それを誤って押すと館内に「ジリン!」と呼び鈴が鳴ってしまう。各人それぞれ1度は間違って押してしまって、いや違う違うと冷や汗をかいた(幸い誰もやって来なかったが)。あとでマダムに聞いたところ、私たちがあてがわれた部屋は息子さんが使っていた部屋とのこと。素敵ですね、と言うと、随分昔にバレンティンなんとかという建築家が建てたのだと教えてくれた。
帰国してから調べてみると、Valentine Gunasekaraという名の建築家のことのようだ。彼はスリランカで超有名なジェフリー・バワとパートナーだったが、後に決別して独自の道を歩んだ人らしい。バワの奇抜なデザインに比べると、自然と融合したこの家の方がずっと好感が持てる気がした。過去3回の旅行では帰国前の最終地でのホテルが毎回ハズレだったから、今回この宿に出会えたことが特に嬉しかったのだった。
スリランカへ行ってぜひ泊まりたいという方にはそっとこの宿の名前をお教えしますね。