去来荘へ(1)

ゴールデンウイークにどこかに行こうかと思って、「森、宿、長野」みたいなざっくりとしたキーワードで検索したところ、浮かび上がってきたのが「去来荘」という宿だった。場所は木曽の赤沢自然休養林の中にある。自然に囲まれていて気持ち良さそうだ。よし、ここにしよう。

とか言いながら、すぐに予約すればいいものを何となくしばらく様子を見ていたら、いつのまにか予約が埋まってしまっていた。まあ無理にゴールデンウイークにこだわる必要もないし、普通の週末に行けばいいか。ということで、6月に入ってから出かけて行ったのだった。

朝早く起きて、車で大阪を出発。乗り込んだ自動車は黄緑色の新車である(自分たちのじゃないけど)。しかもハイブリッド車でナビもETCも装備。梅雨の真っ只中で天気はあいにくの雨だったけど、車の色が明るいからか、気分も前向きになった。目的地もナビにセットして出発。

しかし最新の車はすごい。クルーズモードとかいって、適当なスピードを出したところでスイッチを入れると、車が自動的にその速度を維持してくれる。アクセルから足を離して休んでもいいのだ。速度の微調整は手元のボタンでできる。普段、車に乗らないから知らなかったけど、いつの間にか自動運転ができる日も近づいていたのかもしれない。音声認識でナビを操作できたり、キーは持ってるだけで差さなくていいとか、いろいろ機能があるのはいいんだけど、一度にすべてを把握するのは難しい。操作がややこしくなっただけなんじゃないか。電気系統が壊れたら、全部だめになっちゃうんじゃないか。なんて考えながら運転していると、もうすべてが面倒くさい気分になってきた。結局、余計な機能のないシンプルなものが一番なのだ。と、隣を見ると、熱心に説明書を読んでいる人がいる。この人は付いている機能は全部使ってみたい人なのだ。「いいよ、もう。余計な機能は使わないから」と言うと、「現在地。」「だからいいって、音声認識まで試さなくても!」とちょっと苛々しかけたとき、「クルマのフラツキが大きくナリマシタ」ってナビに怒られてしまった。そんなこんなで長野県が近づいてきた。途中から車の運転を義父に代わってもらい、「へー、CDを挿入すると自動的にハードディスクに取り込まれるのか。で、取り込んだ音楽はどうやって聴くんだ?」とか機械をいろいろいじっているうちに、ふと気がつくと、降りるべきインターチェンジを通り過ぎてしまっていた。なんと。最新のシステムを備えながら、誰でもわかりそうなインターを降り損ねるなんて。なんか機械に翻弄されている気がする。

仕方がないので次のインターで降りて、下道を行く。近道だと思って入り込んだ道は、細く険しい山道だった。ああ、踏んだり蹴ったりだ……と頭を抱えていたら、「あ、何々の花が咲いてるよ」と、野草好きの家族には植物を観察しながら進めてちょうどよかったみたいだ。

道すがらの蕎麦屋で昼食。「山菜そばの山菜はこのあたりで採れたものなんですか?」と聞くと、「違います」。 かけそば750円を注文。お漬物には味の素らしき結晶が付いていた。

妻籠宿に立ち寄る。古い宿場の町並みが保たれていて、観光地的ではあるけれど雨上がりの新緑とあいまって雰囲気は良かった。ひと昔前の人はこういう雰囲気の中で暮らしていたのかと想像できる。昔の宿屋をのぞくと意外と狭い。いろりと寝室が一間ずつ。基本は雑魚寝だったのだろうか。屋根に石がごろごろ乗っているのも不思議。このあたりは屋根に瓦を使わないのかもしれない。

木曽川沿いの道を北上する。なんとなくインドのシッキムみたい。白っぽい岩の多い川と、その川に沿って進む道と、石垣の上に建っている家。そんな風景が似ているのだろう。上松町の中心街に着いてから木曽川を離れ、山道を登り去来荘に到着した。泊まる予定の本館は、今日のお客は自分たちだけとのこと。

ひと息ついてから赤沢自然休養林を歩く。看板によると、ここのヒノキ林は日本三大美林に数えられている。三大美林の残りは青森のヒバ林と、もうひとつは忘れたので今検索してみると、秋田のスギ林だそうだ。

義父によると、ヒノキとヒバの違いは葉を裏返してみるとわかるらしい。白い線がYの字が見えるのがヒノキ、Wの字になっているのがヒバ。写真は「YYYYY」となっていてヒノキ。

こういうふうに根が持ち上がっている木がいくつもある。倒木の上に木が生えて、後にその倒木が朽ちて消滅してしまったものだそう。樹齢の長さがうかがえる。

春ゼミがいた。初めて見た。

関係ないけど、フランス人の女子と日本人のおじさんという二人組もいた。

川には魚がいた。橋の上から双眼鏡で観察する。去来荘の奥さんによるとこのあたりにいるのはヤマメ(アマゴ)だそうで、さらに上流に行くとイワナがいるそうだ。

去来荘の夕食は山菜とイワナを食材としたメニュー。おもな食材は、トウブキ、ウド、うるい、ぜんまい、蕨、つくし、筍、シオデ、山椒、イワナ。狩猟採集メニューだ。(イワナはさすがに養殖らしいけど)この宿は、志之輔みたいな声の主人と奥さんの2人で営んでいる。どういう人生を歩んできたのか気になる。初対面なのでそこまで踏み込んでは聞けないけど。もともとここは森林局か何かが管理する施設だったそうだが、あるとき話が来て宿として任されるようになったそうだ。夜は少し肌寒かった。(T)イワナの刺身ぬた和え

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お昼の蕎麦屋は、漬物に味の素がついていた上、発酵が進みすぎており、Tは危険信号を発して食べるのを中断した。でてきたかけそばは、麺がプチプチ切れており、すするというより食べるという感じ。おもしろいけど、信州の蕎麦屋としてはどうなんだろう。こういう種類の食べ物があるんだろうか。

妻籠宿では買い物欲が出てしまった。なんといっても木曽ヒノキの産地。桶やらお弁当箱、おひつ、まな板、木製品オンパレード。ずるずる欲しいと思っていたまな板を思い切って購入する。お店のおばさんは、「モノはいいから買っときなさい。」と上から目線で言ったけど、その言葉を信じて買うことにしたのも事実。押しが強いのも時には功を奏するんだなぁ。翌日には赤沢休養林で、これまた念願の木曽ヒノキのお櫃を買い、山椒のすりこ木も買って、すっかり上機嫌。ちなみに、店のおばさんいわく、お櫃は洗ったあと転がして乾かしておけばよいと言われたので、やってみたが、転がり落ちたりするので注意が必要だ。(F)