オアシス農業への道(Gabez)

ガベスはオアシスの町だ。周囲は乾燥した土地に囲まれている。チュニジアといえばナツメヤシが有名だけど、そのナツメヤシの下に野菜や果物を一緒に植えるという農業が、このガベスを始め砂漠地帯のオアシスで展開されているという。それは一見の価値あり、と思っていたのだけど、いざ見に行こうとしたら、もう夕方だった。

日中はナントカという地区に伝統的なマーケットがあるらしいという情報を同行人が得て、そこに向かって歩いたのだった。しかし、それらしき場所がちっとも見つからない。道行く人に聞いたら「ついて来い」って言って、ついて行ったら元いた場所に戻された。いやいやそうじゃなくて、とさっきとは別の道を選んで再び歩くが、いっこうにマーケットの雰囲気がない。この時点で同行人が情報を読み違えたのだろうと思ったが、そのガイドブックは手元になく、これ以上行っても無駄だと主張したいところだけど、言い切るだけの根拠も見つからない。また道ばたの人に聞いたら、「たしかそんな感じのものがこの先にあるかも」みたいなあいまいな返事で、仕方なくずんずんと歩いたら、工場のような大きな建物に行き着いた。がらんとして誰もいない。もしかしたら卸売り市場なのかもしれないが、全然伝統的ではない。目指していたものとは明らかに違う。でも少しほっとして、飲み干したジャンジャーエール、はとくにないけれども、今来た長い道のりを引き返したのだった。

そんなことで時間も体力も使い果たしていたのだけど、でもまあせっかくだし、オアシスもさわりだけ見てみよう。そう思って、ナツメヤシの林の中の道を歩き出す。情報によるとその道を4キロ歩くと、シェニニという名の村があるという。でもまあ今から4キロも歩くのは無理だな、と思いながらとりあえず進むと、道の脇でザクロの実が売られていた。1つだけ買いたいとおじさんに言うと、「1つでいいのか」と笑ってただでくれた。ザクロはいまが旬なのか、あちこちの木で実を付けている。ふと道ばたのキロポストを見ると、シェニニの村まであと2キロと書かれていた。おお、もう2キロ歩いたのか。あっというまだ。目にするものが新しいと、歩くのも苦ではない。この調子だと4キロだってたいしたことないな。もう半分まで来てるのだ。

と調子づき、村まで歩くことを決意する。しかし、そこからがやたら長い。もうそろそろ着かなきゃおかしいだろうと思った場所で、ようやく3キロ地点の表示を目にした後は、足が棒になった。最初もう2キロも歩いたのかと思ったけど、実際はそんなに歩いてなかったのだ。キロポストの起点は、歩き始めた場所よりずっと手前にあったのだろう。

背の高いナツメヤシの下に、中くらいの高さの果樹があり、その下の地面の畑に野菜が植わっている。オアシス農業はそういう3段構造になっている。牛も飼われていて、そのふんを堆肥にしているようだった。いわゆる循環型農業なのかもしれない。しかし、なかなか村らしき場所につかない。同行人の疲労も見て取れる。自分としては歩いていたらそのうちどこかにたどり着くだろうし、道を間違ってたらそれはそれでおもしろいしと思うけれども、同行人の機嫌はなんだか一触即発のように思われる。この期に及んで道を間違うことは許されない雰囲気だ。近くを歩いている現地の人が、なんとなくこちらの様子をうかがっている。よし、道を確認しよう。「こっちがシェニニ?」と訊ねると、なんだかよくわからない感じのリアクションのあと、「マネー」と一言。……。同行人の無言のプレッシャーに負けて、聞くべき人じゃない人に聞いてしまったじゃないか。さらにテンションが下がってしまった。うーん、と思ってしばらく歩いたら、唐突にシェニニらしき村についた。

シェニニらしき集落に着いた。カフェがあったのでとりあえず入る。お茶を飲んでいると、店のおじさんがこれまた大きなザクロを2つもおみやげにくれた。

我々のカメラを見たお客のおじさんが「写真を撮ってやる」と腕に覚えがありそうな感じで近寄ってきた。一眼レフを渡すか、デジカメを渡すか。風貌からすばやく判断して、デジカメを渡して一枚お願いした。暗い写真になってしまったのは、室内だったからでおじさんの腕前のせいではない。

その村からバスが出ているという情報だったが、バスはいないし、どこが停留所なのかわからない。道を左手に折れ、しばらく歩いて進むことにする。前方から旅行者風の中年夫婦が歩いてきた。道を尋ねたついでに少し話す。フランス人だそうで、この村に滞在しているという。「娘がこの村で暮らしているのでそこを訪ねたの」だそうだ。娘さんはサスティナブルについて研究しているらしい。「ここは素晴らしいわ。どうして誰もここを訪れないのでしょう」と、この村が気に入っている様子だった。「そう言えば、あなたの住んでいるところは、あの原発から何キロ離れているの?」この旅ではじめて原発のことを尋ねられた。その後しばらく歩き、結局、やってきたタクシーを拾って街に戻った。

夕食は、パンと野菜、ソーセージを買って、宿の部屋で食べる。同行人は初めての街でもおいしいパン屋を見つける技を習得した。パン屋を探すのではなくて、パンを持っている人を探すのだ。

夜は宿の中庭で結婚式が行われた。大音量で音楽が流れている。部屋にいてもうるさいだけなので、観覧席に座って見物する。観覧者にペットボトルの水が配られた。花嫁がステージに座っている。花婿はこれからやってくるのだろうか。それにしてもすでにかなり時間がたっている。何をしているのかよくわからない不思議な時間が流れていた。

眠くなったので部屋に戻る。こんな大音量の中で眠れるわけないと思ったけど、耳栓のおかげか、疲れすぎていたからか、あっという間に眠りに落ちていた。