そばに置いていて欲しい本
「旅をする木」 星野道夫 (1999年)
旅行中に、日本人同士で、読み終わった本を交換することがある。
そのとき、この本を出した人は言った。
「この本は、貸してあげるけど、絶対返してね。」
帰国して、古本屋でまたこの本に出会い
それからは、ずっとそばにある。
思い出して、開き、また閉じる。
色褪せない言葉が詰まっている。
(F)
「アラスカ在住の動物写真家」という肩書きから、自然を愛し、自然とともに暮らす人というイメージのある星野道夫さん。実際に著書を読んでみると、単なる自然主義者ではない、懐の深さを持った人だと感じる。
この本には、主にアラスカの自然の中での暮らしを描いた短編のエッセイが集められているのだけど、その中にアーミッシュの村を訪れたときの一篇がある。アーミッシュとはアメリカのペンシルバニア州などで、現代の文明から距離を置いて中世の伝統的な暮らしを営んでいる人々のことだ。
発展した現代の社会の善し悪しについて、著者は明確な答えを出さない。そして馬車に揺られて町から集落に帰って行く少女を見ながら思うのだ。「町の暮らしへの憧れがあってほしい」と。星野さんは、アラスカの大自然だけではなく、「人間の中にある自然」についても目を向けた人だったのだと思う。
自分なりの感覚だけど、自然と向き合うには「ひとり」になる必要があるのだと思う。ひとりじゃないと冴えないカンのようなものが人にはあって、それが「人間の中にある自然」なのだ。熊が住む森の中でも銃を持たなかった星野さんは、きっと自然の中では「ひとり」になることを大切にしていたのだ。そんなふうに思った。(T)
2011.5