シベリアに行きたい
(F)まあ一番どこに行きたくなったかっていうと、シベリアかな。
(T)へー、どういうところが?
(F)知らん地名がいっぱい出ててきて、それまでの場所はまあまあここらへんっていうのがだいたいわかったけど、シベリア入ったらわからへんくなって。うちの高校地図帳開いても載ってないような所が出てきて。
(T)うん。
(F)タタール人とか。
(T)タタール人なあ。タタール共和国、いや、タタールスタン共和国やった?
(F)スタンは国やもんな。
(T)そんな新しい国、言われたら……
(F)新しくはないやろ。
(T)ロシア連邦の中の共和国やんな。でも知らんかったから。
(F)そう、そういう存在って忘れ去ってるやん。だからおっ!ここにもまだ……
(T)国があったか!
(F)行ってないところがあったか!っていう気がして。
(T)そやな。自分の中で国が増えた感じがする。
(F)そんでタタール人って言われてもまったくどんな人(じん)か思い浮かばへんところも、またおおーって感じがして。思わず地図を見た。
(T)タルタルステーキか、って。
(F)それはTが調べるまでわからんかったけど、同じ語源やねんな。
(T)で、シベリアに行ってみたくなったと。
(F)行ってみたくなったけど、寒そうやなあ。なんでこんなに寒い時期に行ったんやろ。
(T)それはあえて寒い時に行かんと、おもしろくないんちゃう?
(F)そやろか。
(T)まあ成り行き上そうなったんかもしれんけど。
(F)でもあのチタっていう街は名前は聞いたことあったけど、その付近を地図で見てたら、そのチタを南下したらモンゴル通って、中国に抜ける鉄道があるっていうのを私は知らんかって。
(T)おおーって?
(F)そう、おおーって思って、これ乗ってみたいと思った。どんどん広がっていくな。
(T)夢が広がった。
(F)うん。
(T)発見した?
(F)うん。これ発見!と思ったけど、Tに聞いたら知っとったからちょっと残念。
(T)でもチタからは直接、中国に入るんちゃう? モンゴルに抜ける線路は別のウランウデから分かれてるやつちゃうかな。
(F)チタからウランバートルにまっすぐ入っとったと思ったけど……
(T)それは2つのルートがごっちゃになってると思うわ。
(F)あとでまた地図見てみよう。
問題のラストシーン
(F)そうこうしてうちに、問題のあのシーン。
(T)Fとおれは解釈が違うねんな。
(F)私は転んだんやと。だって手と足がふわっと浮いたって。
(T)Fは頭の中であーさんを転ばしたんや。
(F)転ぶっていうか、なんていうの、何かにつまづいて、ふわって浮いて、ああーって雪の中に手を大の字にして、バタンって落ちる。そこまでの一瞬を描いたんかなって。
(T)ドラマチックやな。
(F)そう!あーさんドラマチックやなと思って。でもTはそうじゃないねんな。
(T)もうちょっと、ランナーズハイ的に、シベリアハイ的に、寒くて、走っとったからしんどくて。それでハイになるっていうか、わけわからんくなるっていうか、そういう感じなんかなと思って。そのころまさかFの頭の中では、あーさんが飛んでるとは。
(F)ふあーってなるやん、こう。
(T)それ……ちょっと古くさいんちゃう。
(F)言われてしまった。
(T)あかん、それが正解やったら、あーさんに対して……
(F)あそこの人らも冷たかったよな、中に入れてくれへんとか。
(T)農場の人な。
(F)あそこらへんのロシア人の感覚もな、私はまだ行ったことがないから。
(T)田舎過ぎて外国人とか慣れてないんかもしれんけど。
(F)でも海外やったら慣れてなくても、たいていはとりあえず親切にしてくれるっていうパターンが多いなかで、わりとロシアはこう、拒絶するよな。
(T)そんなにニコニコしてない感じやな。
(F)でも行ってみたいな、そういうところも。
全体像はつかめない、けど
(F)ほか言い残したことない?
(T)おれはもうあーさんの文章がいいなと思って。描写が客観的で。例えば「ネットで買った」じゃなくて「買うボタンにカーソルを合わせた」とか、「コピーした」じゃなくて「コピー機の蓋の角を手で押さえてその下を光の筋が走った」みたいに書いてたりとか。その土地の気候とか自然とか人がどんなふうに住んでるかとかも、うまく文章に織り込まれてる感じで。
(F)私はこんな会話を英語でしてんのすごいなって思ったな。
(T)ああ、そやなー。
(F)私らの会話はほんまに子供レベルやな。
(T)相手の言ったこともあんまり理解せんまま流してたりして。
(F)私はそんなことはないけど。でもたいてい「いつからいるんや、何日いるんや、どこから来たんや、どこ行くんや」とかそんな話で。
(T)何日っていうのは、今から何日なんか、到着してから何日なんか、とか……
(F)そんなんどっちでもいいやん、とか言いながら。それと比べてこの会話や。すごいよなあ。録音してるんかなっていうのも疑問やけど。
(T)しゃべったことをどうやって記録してるのか、っていう。
(T)そう、あれも印象に残ったな。養豚協会の若手理事みたいな人と車に乗ってたときに、「君のやり方では全体像はつかめないだろ」って言われて。
(F)あそこで切り返せるあーさんがかっこいいよな。「どっちにしろ、つかめないわ」みたいなこと言って。
(T)「学者もジャーナリストもつかんでないと思う」って。誰も全体をつかんでないっていうのは、そうかもしれんな。どっちにしてもつかめないんやから、いろんな断片をつなぎ合わせて見ていかなあかんって。
(F)いろんな人の視点があって、それでいいんやっていう感じやろ。
(T)でも思うのは、その視点が揺らいでないかどうかが重要やな。
(F)そうやな。
(T)いろんな人の視点っていうけど、信頼できへん人の視点で見たことを伝えられても役に立たへんやん。そこはどれだけその人の視点が揺らいでないっていうか、揺らいでることもちゃんとわかってるくらいの人が書いて伝えてくれたことは、読んでておもしろいし、意義があるっていうかさ。
(F)でもジャーナリストとか、ルポライターとかは基本的には知らん人やろ? どうやって信頼するん?
(T)それはやっぱり文章から読み取って、この人の書いてる文章や、この人のものの見方は信用できるかなっていうのを、行間から読み取るというか。
(F)うん。
(T)読み取れてるかどうかわからんけど。
(F)まあ読み取る読み取れへんっていうより、その人が見た世界なんやで、っていうことを自分の中で思っとかなあかんってことやんな。
(T)うん。そやし、その人が見た世界をちゃんと描けてるかどうかはその人の技量による気がする。大げさに書いたり、ほんまはそんなこと思ってないようなことを書いてしまったりとか、そういうことになったらあかんから。
(F)でもほんまに思ってないとか、わかりようがないやん?
(T)そう。わかりようがないけど、その人はちゃんとそこをしっかり自覚してるのか、大げさにウケだけを狙って書いてるのか、そういうことが本一冊読む間には伝わるんちゃうかなと思うな。
(F)……わかったようなわからんような。
(T)まあつまり、自分の中ではあーさんは信用できるってこと。言ってることが合ってるとか合ってないとかじゃなくて、文章が信用できる気がする。そういう感じがした。
テーマのある旅
(F)あーさんは体張ってるっていうか、そらジムも行かなあかんわ。
(T)豚に目をつけたっていうのもな。
(F)豚っていうと内澤旬子さんの本を思い出したけど、同じ豚でも全然違うな。
(T)あの本はもっと豚自体にフォーカスしてるけど、あーさんのは豚をめぐるあれこれっていうか、豚をめぐって旅行したらどうなるかっていうか。
(F)羊をめぐる冒険みたいな。
(T)テーマのまわりにばーっといろんなことがあって、今を生きる人がそれについてどう思ってたり、どういう人が関わってたり。テーマがあるとおもしろいな。
(F)でもただ単に取って付けたテーマやったら、途中で不都合になったら、止めよってなるよな。そしたら中途半端なことになりそうな。
(T)あーさんはちゃんと考えたテーマやもんな。でも最初の頃、どこ取材したらいいの?みたいになっとったなあ。そういうことも書かれてる。おれらもなんかテーマないかな?
(F)……
(T)……
(T)話が終わってしまったな。
(F)うん。
(T)最後転んだ話で終わったほうがよかったかな。
(F)でももう言ってしまったからな。なんか今回はほんまに時系列で語ってしまったなあ。カンペ見なかったらよかったかも。
(T)じゃ今日はその教訓で終わりにしましょう。
(終わります)