去来荘へ(2)

朝6時に起床。その前4時頃に、湯沸かしポットがゴボゴボ音を立てていったん目が覚めたのだけど、そのときすでに外は明るかった。 朝食前に散策に出かける。赤沢自然休養林の中にはいくつかのハイキングコースが設定されていて、そのなかの80分のコースを歩く。途中の展望台から、雪をかぶった御岳山が見えた。Fがうれしそう。Fは山が好きだ。Fの家族は山が好きだ。 朝食は、まずおかゆが出てくる。山菜が入っていて、うっすら緑色のスープになっていた。それから山菜を中心にいろいろ料理が出たけど、そのへんはあとでFが書きそうな気がするので、ひとまずおいしかったとだけ言っておく。白ご飯も別に出てきたが、ふだんお米をたくさん食べている身としては、もっとドカドカとご飯を食べたい気がした。散歩でカロリーを消費したからかもしれない。食事をする広間には、大きなスピーカーから大きめの音量でクラシック音楽が流れている。雰囲気に合っているのかいないのかわからないけど、それはそれでよい気がした。食後にテラスでコーヒーを飲み、フィルムカメラで記念撮影した。 森林鉄道に乗るのは止めにして、車で出発する。街では目立つライムグリーンの車は、ここでは新緑の山道に溶け込んでいる。この時期の山の中は、緑色以外に色はないのかっていうくらい緑色だらけだ。開田高原を抜けて、高山方面へ移動した。

「開田高原に住みたい」と唐突にFは言う。「御岳山と乗鞍岳が両方見えるから」だそうだ。このあたりの地理は全然知らなかったけど、御岳山と乗鞍岳はどちらも海抜3000メートル以上ある。富士山と遜色ない高さだ。そ

りゃこの時期でも雪をかぶっているわけだ。 Fはこういう風景の中で暮らすことに憧れている。一方、ぼくは自然があるのはいいとしても、やっぱり人々の暮らしがある里のほうに惹かれてしまう。自然より文化のほうが好きなのかもしれない。いまは植物博士のようになっているFの父も、かつては演劇とか文化のほうが好きだったようだ。何かのタイミングで自然方向に興味が切り替わるのだろうか。Fはもともとその興味が自然方向にある。そういう自分の内側に確かにある自然志向というのは、貴重な財産なんじゃないだろうか。 昨日の食事は少々肉気が足りなかった、ということで、高山の道の駅で飛騨牛の朴葉味噌焼きを食べて、白川郷へ向かう。 高速道路で白川郷のインターが近づいて来たころ、義母が「五箇山というところにも、合掌造りがあるよ」と言う。地図を見ると、白川郷の少し北、富山県に入ったあたりに五箇山という地名があり、そこも世界遺産と書かれていた。無知な自分は「合掌造り=世界遺産=白川郷」としか理解していなかったが、もしかしたら五箇山の方が観光地化されてなくて雰囲気がいいかもしれない。と予定を変更して、五箇山のインターで高速を降り、合掌造りの家が残る菅沼地区を訪れた。

かつては川に隔てられて流刑地になるほどアクセスが悪かったこの地区は、その分古い集落が残ったようだ。駐車場からエレベーターに乗って下り、時空を越えるようなトンネルを歩いて抜けると、集落が見えてきた。箱庭のようなこじんまりとしたエリアに、数戸の合掌造りの家と、鎮守の森に囲まれた神社とお墓と、田んぼと畑がある。自給自足でき、ほとんどすべてがこの集落の中だけで完結していたのかもしれない。「すべてが 完結している」ということから発せられる不思議な雰囲気があった。今回は訪れなかったけど、五箇山ではもうひとつ相倉という地区が世界遺産になっているそうだ。 夕刻も迫ってきたので、そろそろ帰路につかなければ。この位置まで来ると、東海周りで大阪に戻るよりも、北陸周りで帰った方が、渋滞に巻き込まれる可能性も少ないしいいのではないか。と思って、ナビで検索すると、東海周りのルートをはじき出した。「ほんまかいな」と思い、スマートなんとかというモードに変えて再検索すると、今度は北陸周りのルートを示す。こちらの方が到着予定時刻が少し早い。「うーん、どっちやねん」と悩みながら駐車場でナビをピコピコしてるうちに15分くらい経ってしまった。結局、検索なんかせずにさっさと出発するのが、もっとも到着予定時刻が早かったのかもしれない。 そんなこんなで北陸周りで帰宅。到着時刻が少々早いとか遅いとかいうより、行きとは違うルートで帰りたい、通ったことの道を通ってみたい、ということが旅には大事なのだった。