おれのズボン

コロンボの空港に着いてバスで市内に向かう途中、心の中を占めていたのは、初めて見るスリランカの街並みではなく、うだるような蒸し暑さでもなく、どうして自分はベージュのズボンを履いてきてしまったのか、ということだった。

そもそも黒いズボンを履いていこうと準備していた。それを出発直前にベージュのズボンに変更したのだった。日本は秋だけどスリランカは夏のように暑いというし、黒っぽい色は暑苦しいかもしれない。去年の旅行でもこの黒いズボンを履いたから、今年は違うやつにしたほうがいい気もする、などと考えて、急遽、取り替えたのだ。

でもこっちに来てみると、スリランカの男性は黒っぽいズボンを履いている人が多い。バスに乗っている人も、車窓から見える人も、みんな黒ズボンな気がする。白っぽいシャツに黒っぽいズボンという組み合わせが、こちらのスタンダードみたいだ。

旅行に行ったときは現地の普通の人と比べて違和感ないような服装をするのが自分の好みだ。なのに、今の自分の格好はといえば、上が濃い色のシャツで、下が白っぽいベージュのズボン。まったく逆である。しかもこのズボンは履き心地がいまひとつで、丈も短すぎる気がして、なんだか自分がすごくかっこ悪いのではないか。自分でも最初は黒がいいと思っていたはずなのに、どうして初志貫徹できなかったのか‥‥という後悔の念で、頭を抱えたくなるような気分になった。

しかし、これから旅行が始まるというのに、うだうだ考えている場合ではない。履いてきてしまったものは、仕方がないじゃないか。そんなに気になるんだったら、こっちでズボンを買えばいいんだ。そう、黒いズボンを買えばいい。

ああ、でも、家に帰ったら黒いズボンあるしなあ。同じ色のズボン2本もいらないしなあ。ああ、やっぱり黒履いてくればよかった。どうして最初の感覚に従えなかったのか‥‥ってまた堂々巡りするのだった。

ズボン何とかしたい。その願いがかなったのは、皮肉にも旅行の最後、明日にはスリランカを出るという日のことだった。コロンボ市内にあるアルピコというスーパーで、こぎれいな衣類が安く売られているのを見つけたのだ。日本でいうところのダイエー的な店だろうか。もちろんズボンもある。ほんとかウソか有名メーカーのタグがつけられている。メーカーの工場がスリランカにあるため、その失敗作などが安く売られているという話もどこかで聞いた。これがそれかもしれない。

何着か試着して、別のデパートにも見に行ったりしながら、最終的にここで1本購入した。って、もう旅行終わりなんだから、いまさら買わなくていいんじゃないかと思うかもしれないが、問題は帰国後、空港から職場に直行しなければならないことだった。旅行の汚れがたまったズボンでは恥ずかしい。さんざん休んだ上に汚い格好で行くのは気が引けるし、何事もなかったかのように違和感のない服装でさらっと職場に合流したい。そんなわけで最後にズボンを買うことにしたのだ。幸いなかなかいい感じのものが見つかって、かっこ悪い自分からやっと脱出できたような気分になった。

さらに翌日、出発便を待っているときに、空港内のショップでさわやかなシャツも1枚購入。むしろ今まで以上におしゃれな感じで職場に登場することになり、今度は、それはそれで逆に浮いてないかと、ちょっと心配になったのだった。