夜行列車

トリンコマリーからコロンボに戻るのに夜行列車に乗ってみたい。1等寝台は予約したほうがよいとのことで、当日の朝予約をしに駅に行った。几帳面なスリランカらしく、窓口は8時きっかりにオープンする。1等寝台は8部屋しかなく、すでに満席とのこと。これまた几帳面そうな駅員さんは、じーっと何かを考えたあげく、11時半にもう一度来てくれと言って、キャンセル待ちリストの1番目に名前を書いてくれた。

結局11時半には駅に行けなかったのだが、夕方、出発の1時間ほど前に窓口へ行くと、朝と同じ駅員さんがいる。キャンセル待ちは?と聞くと「ポッシブル」。うまい具合にキャンセルが出たようだ。

もう電車はホームに入っており(というより朝からずっと同じところにあったのだが)、私たちもさっそく寝台車に乗り込み、良さそうな部屋を選んで中に入った。

イギリス統治時代からあるんじゃないかという列車は、古いけれど趣がある。コンパートメント内に専用の洗面台もあり、そこには木枠のフタが付けられていて渋い。とくに面白かったのはトイレである。2部屋で1つのトイレを共有する設計になっているのだが、こちらの部屋のドアから入って鍵をかけると、相手側のドアの鍵も自動的にかかる仕掛けになっていた。電動ではなく、クランク機構?のような仕組みで連動するのだ。古いし壊れてるんじゃないの…と思いながら操作してみると、ちゃんとガチャンと鍵がかかって驚いた。

列車に乗ったときには、すでにシートは2段ベッドにシーツがかけられた状態になっており、座るには上の段のベッドに頭がつかえて具合が悪い。いったん普通に座るシートの状態に戻して、夕ご飯を食べることにする。食堂でお持ち帰りのカレーを買ってきていたのだ。

座席に新聞紙を広げて食べる。電車の中でカレーを手づかみで食べるのはなんとなく勇気がいるが、さすがは1等寝台。コンパクトな洗面台が部屋についていて、いつでも手を洗うことができる。ごはんが佳境に入ったころ、目の片隅で何か黒いものが動いた気がした。不穏な予感がしたが、その映像を記憶から抹殺し、なんとなく焦りを感じながらカレーを口に運んでいると、「キャー!」 という声が私の口をつき、その数倍の音量で「オエァ!」と、エという口の形をしてアと発音、みたいな叫び声がTの口からも出た。

まさかの巨大ゴキブリ来襲。しかもカレーから数センチの距離。ひょえぇー。

こちらの声に驚いたのかヤツはどこかへ消えてしまった。しかし、これからこの部屋で一晩過ごさねばならないのに、ゴキブリを呼び込んでしまった‥‥。部屋でカレーなんて食べるんじゃなかった、と後悔するも先に立たず。と、そのとき車掌さんらしき人が検札に来て、私たちの切符を見るなり「Wrong Number」と言った。なんと私たちは切符の裏に指定の部屋番号が記載されていることを知らず、間違った部屋に入っていたのだった。結果として、入れ替わった部屋にはゴキブリはおらず、快適な夜を過ごすことができたのだけれども、ほんと、替わりにその部屋に入った人には申し訳ありません。

ごはんを食べて日記を書くともうすることがない。寝台に横になり目を閉じる。夜行列車は横になっている私たちをボンボンと弾ませながら、夜どおし走っては停まるを繰り返し、少しずつ、でも確実に私たちを目的地へと運んでいった。真夜中に目が覚めると、降っていた雨も上がり、星空が広がっていた。それをベッドに寝転んだままいつまでも見ていられることにホント幸せだなぁと思いながら、再び目を閉じ、コロンボ到着の10分前に車掌に起こされ慌てて荷造りを始めるまで、夢とうつつを行ったり来たりしたのだった。