本日、運動会の振替休。
午前中
①ジョギング
②歯医者
③社会福祉センターの予約&支払い
④DVD視聴
など、スムーズに流れる。
よく
「休みの日にゆっくりしないの?」
と聞かれることがある。
「やりたいことがたくさんあるので、、、」
と誤魔化している。
ただ、自分なりの「こだわり」である。
(人には変わっていると言われるが)
習慣になると、なかなかよいものである。
湯舟と同じように、、、、
価値は、その人が決める。
今日、読んでいる本が
「10秒でズバッと伝わる話し方」桐生稔著(扶桑社)
である。
その中で
「無駄な癖をカットする」
として、次の文が紹介されている。
結婚式のスピーチ
「え~、ただいま、ご紹介に預かりました、え~私、〇〇と申します。え~、本日は〇〇家、〇〇家、ご両家のみなさま、え~、並びに、ご臨席のみなさま、え~誠におめでとうございます。」
気になると、以下の様に聞こえる。
「え~、ただいま、ご紹介に預かりました、え~私、〇〇と申します。え~、本日は〇〇家、〇〇家、ご両家のみなさま、え~、並びに、ご臨席のみなさま、え~誠におめでとうございます。」
全く内容が入ってこない。
私も昔そうであった。
授業を録音すると、無駄な言葉がどんどん耳に残る。
それが気になるから、
「無駄な言葉を削る」
と意識する。少しずつ少しずつ削っていく。
内容が聞き手(子ども)に入らない。
相手の時間を奪ってしまう。
そう考えることで、
「言葉を削ること」に自ら価値を見出す。
研究授業を参観した際も指摘する。
以前、毎週の学年会で
授業映像(5分程)の検討を行った。
その日の算数の授業を録画。
それを学年会で検討した。
そこでも、同僚の男性教諭が
「え~」や「その~」などの言葉が聞こえる。
もちろん、指摘する。
終礼や朝会などでも同じように
「え~」や「その~」を連発する。
その度に指摘していた。
(私の指摘もしつこかったはずである)
そんな中、ぼそっと男性教諭がつぶやいた。
「どうせ、何分も変わらないでしょう。」
それを聞いて、一切の指摘をやめた。
子供と同じである。
「できる」
「わかる」
「賢くなる」
と思いながら学ぶことは効果が高い。
「価値がない」と思っていること、
しかも、大人である。
何回行っても無駄である。
逆にその人に嫌な思いをさせてしまう。
「価値は自分で決める」
それをやることに
自ら価値を見出すから、
人はその価値を求め、成長する。
その男性教諭には、悪いことをした。
まず、
「なぜ、言葉を削る必要があるのか」
から伝えるべきであった。
PS
先日、行われた算数セミナーで
ちょうど「言葉を削る」というお話があった。
授業中、教師から発せられる
「発問」
「作業指示」
「説明」
がプロ教師は極めて短い。
「10秒ほど」だと言う。
確かにセミナーで授業を受けていても、
耳にスッと入ってくる。
「発問、指示を10秒以内に削る」
やはり、無駄な言葉は必要ない。