本日、文集委員とともに
文集の帳合を済ませる。
その後、急きょ決まった
「お菓子パーティ」
の準備で
近くのサンエーまで。
帰宅し、もちろん湯船へ、、、
先日の国語。
「なったらいいな作文」
を扱った。
授業は簡単。
①例文を示す
②卒業式の流れを示す
③書かせる
そこで生まれた作品がこちら
卒業式
六年前を思い出す。シーンとした中、教頭先生の声だけが聞こえる。ついに、この時がきたんだ。自分が、卒業するなんて。あのときの、大きい兄ちゃん、姉ちゃんは、私になった。5年生の時にいすに座ってじっと聞いてた私は、主役になってまたこの式に登場した。胸のコサージュを見つめながら、次々に進んでゆくプログラムを立ったり、座ったりして待ち受ける。
「それでは、6年生のよびかけです。」
ザッ。皆がいっせいに立つ。
「春、3月!!」
「幼かった、私達!」
静かな体育館に、大きな声が鳴り響いた。一音一音に、心をこめて。私の、番だ。
「時には、厳しく!!!」
心をこめて、精いっぱいの自分を出した。
そして、
「2018年3月19日」
「卒業生、一同!!」
パーンパン!
「え!?」
担任からのサプライズだった。お菓子のアメが落ちてくる。うわぁ。うまそう。大きなくす玉は、上を見ると真っ二つに割れていて、前を見ると、先生の泣き顔をかくとくした。最高の最後の、おくり物だった。
男の子の作品
卒業式
「グサッ」
ぼくの胸にナイフがささった。でも痛くない。なぜなら、夢の中だからだ。そんなこわい夢でいつもは、起こされるが今日は起こされずにすんだ。それとは別にぼくの心はワクワクした。今日は、卒業式という、小学校最後の授業だからだ。ぼくは、いつもより30分早く起きたのでいつもより30分家を出た。いつも見るランドセルが今日はなく、みんな手ぶらで歩いていた。校門には、「卒業おめでとう」という卒業生向けのメッセージがかいてあった。学校に着いたのは、7時半だが、教室には、もうすでに、半分以上の人が来ていた。それも、ちっとも悲しくないっ、という表情で。そして移動の時間になると、ぼくの体に「緊張」というものがおそいかかってきた。一歩一歩ぼくは重い足どりでランチルームへと歩いて行った。ランチルームでは、5年生がたくさんいて、手に持っていたリボンをつけてくれた。体育館には、大勢の人たちが集まっていた。ぼくはキョロキョロとまわりをかくにんして席についた。そんな中で式が進んでいき、最後教頭先生の言葉でおわりを告げた。ぼくは、ずっと心の中で「早く終わらないかなー」と思っていたので、いっきに気がすがすがしくなった。そうしてぼくは青空の中を家に帰っていった。
これらの作文は
4月の段階では書けないだろう。
これまでの
「蓄積」
である。
上記した二人の共通点は
「日記を書き続けた」
ことである。
もちろん、
「文の書き方」
の指導は行った。
ただ、それだけでは
この文章は書けない。
向山洋一氏は
「すぐれた教師」
として、以下のように述べている。
すぐれた教育的行為は、教師の技量の反映ではあるが、教師の技量の本質ではない。
あふれ出るような教育の技術が、すぐれた教育的行為のすべてであるように思えるが、それは本質の表現にすぎない。
すぐれた教育的行為は、すぐれた教育観をもとにしているのである。
すぐれた教育観をもとにして、かつすぐれた教育技術によって表現された教育的行為こそ、すぐれた教育なのである。
かつて、すぐれた教師といわれた人々は、すぐれた教育観とすぐれた教育技術の持ち主であった。
(『授業の腕をみがく』より)
教育の技術>教育観
ではない
教育の技術<教育観
でもない。
教育の技術+教育観
=すぐれた教師
なのである。
技術だけでもダメ。
教育観だけでもダメ。
だからこそ、教師は、
授業(実践)を行い、
様々なセミナーや書から
学ぶのである。
学び続ける教師が
「すぐれた教師」
に近づける。
「すぐれた教師」
とは、子どもにとって
「価値ある教師」
である。
TOSSサークルの門を
叩いたのは10年前。
学級通信を持っていくと
チラ見だけで
「ダメ出し」。
初めての模擬授業。
たった3分だったが、
終了後、しばらく
手汗が止まらなかった。
それらの経験を経て、
今がある。
まだまだ、道半ば。
「すぐれた教師」
「価値ある教師」
になるために、
学ぶのである。
学びの場を
教えてくれたのが
「TOSSデー
(現在の教え方セミナー)」
である。
授業方法
学級経営
忘れ物対応
学級事務
など、たくさんの
「初」
に出会い、
追試をくり返した。
それらの経験を経て
今がある。
今年も学びの場が
やってくる。
しかも、
今年は県外から講師が二人。
小学校は鈴木恭子先生。
中学校は井上好文先生。
もしかしたら、
この二人があなたの
教師人生を変える
人になるかもしれない。
もちろん、
「すぐれた教師」
に向かう教師人生の。