プロとアマには差がある
2学期初日。
放課後に運動会準備。
18時を超える。
いつもより少し遅いが、
湯船にいやされる、、、
プロシリーズ第2弾
「プロとアマには差がある」
「プロ教師なら
3分で跳び箱を
跳ばせられる」
『向山全集1』P.13
事実である。
以前、とび箱教室を開催した際、
千葉から根本正雄先生を
お招きした。
私でも何人の子も
とび箱を跳ばせてきたが、
どうしても
跳ばせることができなかった。
その子は、
根本先生は
3分
とかからず、
1分弱
で跳ばせてしまった。
プロが見れば、
分かるのである。
「いかなるプロにとっても
対象を細かく分析してみることが
できるのは
プロの基本的条件である。」
『向山全集1』P.14
プロは様々な
指導技術を持つ。
それらは、
ただ本から学んだわけ
ではなく。
普段の実践の中で
多くの失敗の中で
学び得てきたもの
である。
だからこそ、
目の前の子どもに対して
あらゆる手を尽くす。
そのために
何が必要なのか
何が足りないのか
常に分析と実践
のくり返してが
必要になるのである。
「プロというのは
アマと段違いの
実力差があるわけである。」
『向山全集1』P.35
もう一つ
「『ちょっとだけ違う』
ところが
実はプロとアマの
境目ではないかと
思うのである。」
『向山全集1』P.52
2つの文は
矛盾しているように
思える。
しかし、
プロの技術は
「目に見えない」
ものである。
同じ授業を見ても
プロは
いくつもの
「気づき」
がある。
プロが
プロの授業を見れば、
アマは気づかない
様々な「技術」
見えない「技術」
を見とることが
できる。
例えば、目線。
スマップのコンサート。
コンサート前後で
ファンの対象が変わる。
キムタクのファンに
なる人がいるらしい。
理由を聞くと、
「私を見てくれた」
「私を見つめてくれた」
と話す。
何千人
多い時は
何万人
といるファンの一人に
そう感じさせる。
「目線を止める」
そうだ。
念のために、
「にらむ」
とはちがうらしい。
「プロは
アマにはない
技をもっています。」
『向山全集1』P223
大きな目立つ技も
あるだろうが、
やはり、
プロは
細やかな技を
持っており、
それを連続にくり出す。
しかも、無意識に。
だからこそ、
子どもがいつの間にか
「わかった」
「できた」
という満足感が
得られるのである。
向山先生の教え子たちが
向山先生の算数に
ついてこう話している。
「向山先生は教えない」
子どもたちは、
自分たちで
「できた」
「わかった」
と思っているのである。
いつの間に
気づかない技術のもとで。
このような
境地に
いつか立ちたい。
そのために
修業である。
PS 少しだけ
「教えない」境地に
立つことができた。
(と思っている)
水泳指導である。
25m達成率は
60%弱。
1mの子もいた。
そんな子たちに
体育セミナーで学んだ
「向山型水泳指導」
を追試した。
「教える」
ことよりも、
「水になれること」
「水に浮くこと」
を重視した。
それで8時間後、
全員が25mを達成した。
1mの子は
60mまで伸びた。
ある男子が作文で、
「保先生のきつい練習のおかげで」
と書いていた。
その通りである。
「練習」をくりかえす中で
身体が身につけて
いったのである。