向山学級の一人の女の子が書いた日記です。
6年1組って何だろう?6年1組って、差別をなくすクラスであり、一人一人が助け合うクラスだと私は思っている。
“クラス解散・卒業パーティー”楽しかった。悲しかった。もう一年してから卒業だと思いたい。解散パーティの時、向山先生が言ったことばを思い出す。
「もしも、このまま、いつまでもいっしょだったら、おまえたちは、他の人々と知りあえなくなってしまう。別れがあるからこそ人の世は美しく、出逢いがあるからこそ人の世はすばらしい。」
私は中学へ行ったら、きっと自分で努力しようと思っている。何があろうと負けないで、最後までやり通そうと思っている。
中村先生が教えてくれたことばがある。「努力すればすくわれる」ということだ。私は頭がわるいから「努力すればすくわれる」というのはちがうかもしれない。でも私は、このことばが大好きだ。私は中学へ入ったら、一日に二時間ずつ勉強しようと思っている。
私は詩が大好きだ。書くことは苦手だが、おぼえることはとくいだ。私は詩を先生に送ってみたい。先生、私は中学へ行っても、詩・日記を出すつもりです。先生、その時は見て下さい。
この子は、2年間、向山学級であった。
その中で得たものは、自信である。
もともとはどんな子だったのか?
三年の時は、いちばんきらわれものだったのでした。いつも泣かされていました。朝の話しあいの時は、ひどくいじめられました。だから、あまり学校に行きたくありませんでした。こんなことをやるのなら、家にいたほうがいいなと思いました。
三年の時は、勉強ができないからいじめられました。あまり友だちができなかったのでした。いやだなと思いました。
私が一番好きなのは、日よう日でした。日よう日は、私は学校へ行かなくていいからです。だから、日よう日が好きでした。
私が一番いやなのは月よう日でした。朝礼があるからです。朝礼があると、みんなにへんな事を言われるからです。だから、朝礼はあまり好きではありませんでした。教室に入ると泣かされました。だから教室へは入りたくありませんでした。私は、早く三年が終わればいいと思っていました。
四年になって向山先生のクラスへ私は行きました。先生は、はじめに私にわらいかけました。五班になりました。木田君と戸山君と坂本君とさいとう君でした。
先生は、私に、班長にりっこうほしろといいました。びっくりしました。考えてもいなかったからです。「だれにでもできる。先生がついているからだいじょうぶだ」といいました。みんなの前で私だけにいうのです。ほとんどの人がりっこうほしました。私もしました。
向山先生は、百人一首を教えてくれたりしました。もう泣かなくなりました。何をしても、とってもおもしろいと思いました。勉強って、こんなに楽しいのかと思いました。友だちもできて、学校ってこんなに面白いのかと思いました。
教室はこれぐらい人を変える力を持っているのです。
その力は、担任一人の力ではなく、学級全体の力です。
そんな教室をつくれる担任になること、一人一人が自分に自信をもてるそんな学級をつくることが先生の夢です。