向山学級なぜ発表するのか 3つのポイント
サークル員から
「発表しない子がいるのです。
どうしたらいいでしょうか。」と質問を受けた。
向山先生から学んだノートを見せながら、3つ説明した。
向山学級4月。
子どもはどんどん発表している。
____________________
■アチャラ 1982年
4月8日 子供は気に入ったらしく
1日で質問した子は10名を軽く超えた
4月11日 子供たちは先を争うように手をあげる。
あててもらおうとしてすごい迫力である。
4月26日 彼女は自分一人で主張を始めたのである。
「あのおとなしい大野さんが・・・」と
子供たちは驚いていた。
■スナイパー 1977年
4月8日 今日も芝原がよく手をあげ大活躍だった。
全員があげる場面も何度か見られるようになった。
手をあげないと調査票にあった人もいたが
あれはうそだろう。
________________________
大人しい大野さんが、
あの芝原君が、どんどん発表している。
4月の授業だ。
なぜ、向山先生が授業すると子供は発表するのか?
なぜ、他の先生だと子供は発表しないのか?
3つある。
①発問観の違い
②知的な対応
③待つ
________________
子供が発表するポイント① 発問観の違い
________________
向山先生の発問観は、他の実践者と違う。
■向山先生の発問観
新卒の時から今日まで私の発問観の中心にあったのは、
「どうしたら教材をうまく教えられるか」という発問観ではなく
「できない子こそ正答する」という発問を考えることであった。
■芦田惠之助 『教式と教壇』P164
散漫であった考にまとまりがついたり
一歩の高次を指示されたり、
時には遠い遠い所に一道の光を見せられたりして、
文章の深みに触れる読み方をさとつたりするでせう。
■斎藤喜博 『授業の展開』P149
1時間の授業での最初の発問は特に重要である。
発問や問い返しは、
いつでも明確で具体的なものでなければいけない。
教師の発問は、いつでも学級全員に
ひびいていくものでなければならない。
■大村はま 『教室をいきいきと1』P91
はっとさせる問いかけを、
言うといいのです。
■野口芳宏氏 『国語教師 新名人への道』P83
問われることによって、
それまで見ることができなかった作品の深奥が見えてくるような
そういう問いこそ
子供を変えていくのである。
■有田和正 『授業は布石の連続』P59
教師は鮮明につかんだ内容を
発問・指示などの技術をつかって、
転化をはかっていくのである。
■佐藤学 『学び合う教室・育ちあう学校』
※彼の著書から、発問は見つけられなかった
大事な視点が抜け落ちている。
どの実践家にも「できない子こそ正答する」という発問観はない。
向山先生だけである。
では、
「できない子こそ正答する」という発問観は
どこから生まれたのか。
■俺の教育の原点
「どんな子でも大切にされなければならない。
どんな子だって成長させなければならない
という俺の教育の原点なのである。」
『アンバランス』NO110
■教育の対する初めての批判
担任の先生がいつも同じ子に『かさをもっきてくれ』という。
「金持ち、貧乏人を背景にした屈辱感は、
俺の心の中にどっかりと根をおろし、すみついた。
そして、ならば「優等生」「劣等生」といった形の
屈辱感も又あるのだろうと、その時感じたのである。
これが、教育に対してもった俺の初めての批判であった。」
『アンバランス』N027
「俺の教育の原点」
「教育に対しる初めての批判」が、
「できない子が正答する」発問観につながっていると、推測した。
できる子だけが正答する発問をするから、
子供は発表しなくなるのである。
一部の優等生だけが活躍する授業になる。
できない子が正答する、逆転現象のある発問をするから、
どの子も発表するようになる。
________________
子供が発表するポイント② 知的な対応
________________
向山先生は、子供の答えを瞬時に知的に対応される。
「瞬時に」
「知的に」だ。
■4+2
向山先生は、一番おずおずとしている子に指名する。
「6です」と元気に答える。
向山先生は次のように対応する。
「すごいなあ、
世界のどこかには、1と2しか数字を知らない民族も
いるんだよ」なとど言って・・・。
■青森のりんご
鉄道があるからだと思うと発表した子。
「とってもいいこだよ。
そうすると長野以北で、
しかも鉄道がとおっている所ということで、
ずいぶんせばめられるね」と、
ぼくはことさらに誉めた。
商売だからもうかるんだと思うと発表した子。
「それも大切だ。どうしたらもうかるのかな。」と質問し、
商品作物が一地域で集中して作られることによって
価格が下がることもおさえた。
商売だからと発表した子のとき、
「みんなドッと笑いころげた」状態になっている。
向山先生の対応で、
逆転現象が起きている。
「ドッと笑い転げた」状態が、対応により逆転現象が起きた。
つまり、
発問だけでなく、「知の対応」でも逆転現象は起こる。
__________________
子供が発表するポイント③ 待つ
__________________
向山先生は「待つこと」の大切さも書かれている。
「すぐにできる」ことを求めていない。
例えば
有名な「じゃがいもの芽」の授業である。
4通りの意見が出た。
手をあげるとき、子供達は他人の顔を見ながら挙げたという。
林ならどうするか?
注意するだろう。
向山先生はされない。
「私は今はこれでよいと思っている」
待つ、のだ。
急がない。
______________________
A君と同じにしておけば間違いはない。という考えも
1つの立派な判断である。
それがやがて
「A君の正答率は70%ぐらいである」というように変わり、
「どうで間違えるなら自分で考えよう」というようになり、
「A君がまちがいで自分が正しい時もある」というように
変わっていくと確信している。
アチャラNO9
______________________
向山先生は、長い目で子供を見ている。
①A君と同じ意見
②A君も70%は間違える
③どうせ間違えるなら自分で考えよう
④A君が間違いで、自分が正しい
という4つのステップがある。
向山先生の発問観「できない子こそ正答する」とつながる。
そして、何より「温かく」待つ。
大河原香さんの作文。
第16回中学生文学賞の大賞を受賞した作文だ。
発表の場面が書かれている。
「クラスではたびたび授業の最中に討論が行われた」
「私はみんなの中に入れなかった」
「私はきょきょとして時間を過ごしてしまう」
そして転機が来る。
荘園はなぜ壊れていったか、の授業である。
「私は目をつぶって立ち上がり意見を述べた」
「私が立ってしゃべっているときに、
じっと私のことを見ていてくださった先生の目」
「座った私の頭の上に置いてくださった先生の温かい大きな手」
じ~んとくる。
温かい。
外国から来た大河原さん。初めて討論に加わった瞬間である。
向山先生は、「失敗」について書いている。
_________________
子供は、特に女の子は、
失敗に対する不安をいつもかかえているのではないかと思う。
クラスの中では小さく思えることだが、
実は教師が思った以上に大きなことだ。
子供の痛みを教師は知っていなければいけないのである。
『向山全集34』P88
_____________________
発表が苦手な子。
その子供の痛みを、教師は知らなくてはいけない。
また、「その瞬間」を見逃さない。
発表するのが苦手な子が、手をあげようとした「その瞬間」だ。
1986年「大造じいさんとがん」
澤田知恵さんが活躍する授業だ。
A「大造じいさんは残雪をどう思っているのか」
B「残雪は大造じいさんをどう思っているのか」
この2つが検討課題であった。
問題はBだ。
子供達は「残雪は大造じいさんのことを優しい人だが。
手ごわい敵だと思っている」と発言した。
向山先生は「もうありませんね」と確認する。
廊下側から教卓前に身体を移動させる。
その瞬間だ。
「前列左側の女の子の指がかすかに動くのが目に入った」
「1秒の何分の1という、ごく瞬間的な動きである」
澤田さんは、この後指名される。
「この物語は、大造じいさんの側にたって書かている。
だから、
残雪の気持ちは書いているわけがない。」
澤田さんはその日の日記に、
「すごくきんちょうっして声もふるえそうだったし、
なみだが出そうでした」と書いている。
発表が苦手な子が、わ~~いとまっすぐ手をあげることはない。
また、クラス中が自分の意見をは違うことに賛同している。
その中で動くのは、「小指」なのだ。
それも「1秒の何分の1」。
向山先生は「その瞬間」を見逃さない。
なぜ、向山学級の子供たちはたくさん発表するのか。
①発問観
②知的な対応
③待つ
この3つが重要なポイントである。
サークル員に3つ話した。
「今まで発表しない子供が悪いと思っていたけど、
じゃぁ、教師が悪いってことですか?」と聞かれた。
「ぼくはそう思うよ」と返した。