最近、めずらしく週末、学校へ。
先週は、「PTA作業」だから仕方がない。
(その翌日から腰痛がひどく、
病院で注射を打つことに)
それだけでなく、
ほぼ毎週のように学校へ。
どうしてか?
仕事ではない。
(とは言えなくもないかな)
校舎の中にも入らない。
5年生社会とのつながりで
総合「米づくり」である。
「発芽させるために
毎日水をかえる」
「土から5㎝の水を保つ」
マニュアルに書かれている内容に
忠実に従う。
なんだか気になるので
見に行ってしまう。
「稲」を見にいった夜、
ZOOMサークルを行った。
算数と国語の授業。
また、「ロイロノートの実践」を共有した。
最後の近況報告で
若い先生からこんな報告があった。
「授業の型を手に入れたいです。
隣の授業を見て、ああやったり、
別の授業を見て、こうやったり。
自分の授業の型を手に入れたいです。」
「授業の型」
1時間の授業の流れである。
大学では、教えてくれない。
(今はちがうのかな、、、)
教師の行う授業の型は
A 周りの先生から真似たもの(教えてもらったもの)
B 自分の幼少期に受けた授業
に大別される。
圧倒的に多いのが、Bである。
それが「よい」と体に染みついている。
ただ、「どうして、それがよい」のか理由がわからない。
国語や算数、社会科、道徳、家庭科、体育
ほぼすべての授業で「型(流れ)」を持っている。
短いパーツで授業を組み立てている。
例えば、国語では。
①漢字スキル
②話す・聞くスキル
③辞書引き
④教科書音読
⑤教科書読解
およそ、以上のような流れで進む。
どうして、この流れが良いのか。
もちろん、
諸先輩方、
主にサークルやセミナーで出会った先生方
に教えてもらった。
経験しながら、その効果を知り、
現在、「型」として行っている。
そこに、実践するだけの「根拠」がある。
根拠の基準は、二つ。
「子どもの事実」
と
「教師の腹の底からの実感」
である。
「型」を教えることはできる。
ただ、それを「実践」して
「自分の型」にするためには、
日々の「実践」が必要である。
さらに、パーツを支える
「教材」
がある。
その教材の「よさ」を生かす、
「使い方(ユースウェア)」
を身につけることも
「授業の型」には必要である。