長休み時間。
廊下に長テーブルがあるので、
そこで作業をしている。
(体育館が使える日は「全員遊び」)
すると、
「保ティー」
と声がする。
昨年度の教え子
がいつの間にか呼ぶようになった。
女子三人組。
一人の髪型に目がいく
「髪切った?」
そこから話が始まる。
昨年度の自学級児童ではない。
仕事中は緊張しているせいか
視覚情報が残っている。
何となく前日と違う気がする時、
「髪切った?」
と聞くと、大体正解である。
おそらく、それがあるから、
わざわざたずねてくれる。
ちょっとした信頼関係づくりである。
しかし、
仕事中は緊張感があるからよいのだが、
私生活ではその能力は発揮できない。
妻や娘の髪型には全く気付かず、
愚痴を言われるばかりである、、、
信頼関係をつくりだすのは、
難しい。
発達凸凹をもつ子は、特にである。
特に「黄金の三日間」によい印象を与えたい。
そこでちょっとした関係づくりが
後々の信頼関係づくりにつながる。
しかし、
なかなか信頼関係づくりが難しい児童もいる。
何を言っても
「うるせぇ」
「だまれ」
大人を信頼することができない。
(過去の体験が主である)
このことについて、今朝、読んだ本(写真)に書かれていた。
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力でおさえつけられた子どもたちが低学年期を終える。
体も大きくなり、大人の女性でも、力では、もうかなわないようになる。
知的にも伸び、様々な言い回しができるようになっていく。
「大人は敵だ」
「教師は自分たちの自尊感情を傷つける敵だ」
そのような関係性を覚えてしまっている子供たちは、担任が替わると一気に牙をむく。
「先生~、これやりたくない~」
「まかつく!」
「ドン!(大きな音でたたく)」
大人が一瞬でもひるむ。
その隙を見逃さないのが発達障害のある子供たちである。
「この方法なら、教師の言うことを聞かなくてすむぞ」という「誤学習」である。
どんなにすごんでも、大きな声を出しても怖いものはない。
教師がひるむやり方を覚えたからだ。
もちろん腕をつかんでも振り払われる。
体も大きく、押さえ付けが効かない。
このような「間違えた成功体験」が「暴れる」「反抗する」という
「誤学習」を更に強化していく。
そして、それが周りにも伝播していく。
かくして手が付けられない学級崩壊状態へと突入していく。
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もしも、このような経験をしているのなら、
「圧」での指導は無意味である。
ブレのない指導。
大人としての指導。(理性的な指導)
でなければ対応できない。
そのような対応であっても、
「マイナス」からのスタートであれば、
受け入れるはずがない。
だからこそ、
信頼関係を少しずつ少しずつ作り出していく必要がある。
楽しい授業であり、
一緒に遊ぶことであり、
日常の会話であり、
日々の対応である。
ほんとうに
1mmずつの信頼をつくりだす。
そのような信頼を少しずつ積み上げていく。
壊れるのは一瞬。
だからこそ、日々の積み上げが重要である。
教師が持つ多様な
「武器(対応の技術)」
が必要になる。