年齢を重ねたせいか、
よく忘れ物をする。
さっきも娘から
「父さんもよく忘れている」
と注意を受けた。
飲もうと思っていれたお茶を
数歩、歩くと忘れている。
「何か考えことをしている、、、」
と言い訳をしたが、やはり忘れる。
忘れ物対策は万全である。
月曜日の1時間目が体育である。
玄関に体育の着替えを置く。
そうすれば、忘れない。
思い出したらすぐに玄関に置く。
大体、金曜日の晩に思い出す。
だから、玄関に三日間、私の着替えが置かれている。
(もちろん、カバンに入った状態で)
「くつかくし」
や
「ものかくし」
が毎年のように発生する。
そんな時、どう対応するか。
まず、基本原則は
「学級だけ」で対応しないことである。
「学年」
又は、
「学校全体」
で対応する。
「くつかくし」や「ものかくし」
が発生した段階で、
学年を招集する。
事情を説明し、役割分担をし探す。
探す時間は、
「休み時間」
「放課後」
など、子どもたちの楽しい時間を利用する。
どうして、「楽しい時間」を利用するか、
周りの子どもたちから自然に
「圧」
がかかるからである。
軽い気持ちが始めたことが
周りを大きく巻き込んでしまうことに気付かせる。
それだけでは終わらない。
放課後、職員にも召集をかける。
指示が子どもたちにも伝わるように
「放送」で呼びかけ、
「玄関」で説明を行う。
「〇年〇組、□さんのくつがなくなりました。
朝、学校に来たら靴箱からなくなっていたそうです。
これと同じ種類のサイズは、23.5cm。
かかとに名前が入っているそうです。
協力をお願いします。」
出来る限りの多くの人員を使って
「捜索」
を行う。
友だちからも
大人からも
「圧」を受けることになる。
軽い気持ちならば、次はやらないだろう。
ただ、くり返し行うことも中にはある。
そんな時は、どんな話を行うか。
TOSSランドで検索してみた。
アルカポネの話があった。
「ものかくし」「くつかくし」があったときにする話 (coocan.jp)
話が終わったところで、黒板に「Y」の字を書いた。
Aさんもかわいそうだけど,先生は,くつを隠した子がとっても心配です。なぜだか分かりますか? その子は今、わかれ道に立っています。右は「いい大人」へ続く道。 左は「悪い人」へ続く道。そのちょうど真ん中に立っているのです。この人は、どちらに行こうか迷っている。
続いて、アルカポネの話をした。
アメリカにアル・カポネというギャングがいました。アメリカで最も悪いことをしたと言われている人です。たくさんの人を傷つけたり、人の大切なものを奪ったり、時には人を殺したりと、たくさん、たくさん悪いことをしました。 アメリカの警察は必死になって、このアル・カポネを捕まえようとしました。そしてついに、このアル・カポネを逮捕する日が来ました。 さてみなさん、逮捕されたアル・カポネは、なんと言ったと思いますか。 なんと、アル・カポネは、「俺は、アメリカのために一生懸命働いてきたんだ。その俺をなぜ逮捕する。俺は何も悪いことはしていない。」と言ったのです。人を殺したり、人のものを盗んだりしたのにです。 こんなアル・カポネもはじめから悪い人だったわけではありません。子どもの頃は、みんなと同じよい子だったはずです。たぶん子どもの頃にちょっとした失敗をしたのでしょう。もしかすると、友だちの持っている消しゴムがほしくて、ついとってしまったのかもしれません。 アル・カポネはその時、きっとドキドキしたでしょう。「ばれたら、たくさん怒られる。」と考えたでしょう。ですから、先生に聞かれたときも自分が取ったんだということを正直に言わなかったのです。アル・カポネはうそをつきました。 この時、アル・カポネの心の中に、少し悪い心が育ちました。「悪いことをしても、黙っていればわからない。」と思ったんですね。だから、その後も人のものを盗んだり、人を傷つけたり、悪いことをたくさんしてしまいました。 そして、そのたびにうそをつきました。その内に、アル・カポネはだんだん悪いことをすることが平気になってきてしまったのです。 最後には、自分のしていることが悪いことかどうかわからなくなってしまいました。人を殺したり、たくさんの人を傷つけたりしたにもかかわらず「俺は悪いことは何にもしていない。」と言うような人間になってしまたのですね。
子どもたちは、しーんとして話に聞き入っている。
わかれ道に立っているこの人は、もう間に合わないでしょうか?(「まだ間に合う」との返事)
この人が救われるのは、ただ一つ。何をすることだと思いますか?
あやまる
正直に話す
みんなの言うとおり、先生もまだ間に合うと思います。でも、そのためには、自分のした過ちを認めなければいけません。過ちを認めるのに必要なものがあります。何が必要かわかりますか?
勇気
すぐに何人もの子から「勇気」という声があがった。
過ちを認めるには勇気が必要です。正直に謝ってきても、先生たちは、この子を叱ります。親にも報告させてもらいます。親からも多分叱られるでしょう。なぜなら、この子は悪いことをしたからです。でも、そうすることでしか、もと来た道に戻れないのです。「自分はやっていないから関係ない」という人がいるかも知れません。でもこんな(とYの絵を指して)わかれ道が、誰にも必ずやってきます。わかれ道で迷うときが必ずある。そのとき、自分はどうするか? よく考えてほしい。
最後に東井義雄の詩を紹介している。
紹介したのは「東井義雄詩集」(探究社)に収められている「君にあなたに」という詩の一部である。
「あやまちは 誰でもする
つよい人も 弱い人も
えらい人も おろかな人も
あやまちは 人間をきめない
あやまちのあとが 人間を決める
あやまちの重さを
自分の肩に背負うか
あやまちからのがれて
次のあやまちをおかすか
あやまちは 人生をきめない
あやまちのあとが 人生をきめる」
まさにそのとおりだ
「あやまちは 人生をきめない
あやまちのあとが 人生をきめる」
こころに刻んでおこうじゃないか
過ちは誰でもします。でも大切なのは、そのあと。そのあとどうするか? そのあやまちを認めるのか? それが大切なんだね。
子どもたちに刺さる詩である。
今度、紹介しよう。