2021年  最期の問い

張貼日期:Feb 21, 2021 12:41:45 AM

過日、古書店を巡っていて、作家・中井英夫の『新装版 虚無への供物(上・下)』(講談社文庫)を見つけたので、早速に購入した。

中井英夫については、彼が息を引き取る間際につぶやいたことばが、「人は死んだらどこへゆくのか、残された者の心の中にゆくのだ」であったということを伝え聞き、それは私の〈思い〉をこの上なく適切に言い表してくれたことばとして、中井英夫という人物とともに、脳裏に深く刻みこまれている。

この表現はしかし、彼が寵愛していた田中貞夫(中井はB公と呼んでいる)が亡くなる際(1983年)での、二人が交わした問答の中でのもので、本来は中井自身の言辞ではないようである。

上掲、新装版での「あとがき」は、中井英夫が身罷る1993年までの数年間を中井の助手として過ごした、写真家・文筆家の本田正一氏が書いているが、そこでは、「NHK・ETV特集『黒鳥館日記――作家・中井英夫の生と死』制作のため、中井の1991年の日記を徹夜で繰っていたとき、とある頁を見つけ(た)」として、その部分が紹介されている。以下に示す。

12月8日(日)小雨 寒

死んだらどこへ行くのか、Bのさいごの問いだった。教えてくれなくちゃ、教える、といった。

「他人の心の中に」だ。

この他人を、たとえばテレビなどでいつも「タニン」といい、「他人事」をタニンゴトなどと平気で発音するが、己(おれ)は「ヒト」としか読まない。それも平がなの「ひと」だ。死んだら「ひと」の心の中へ行く。

やっと答が見つかった。

したがって、「死んだらどこへゆくのか、(死んだら)他人の心の中に(ゆく)」という表現は、中井英夫自身のものではなくて、中井のパートナー、田中貞夫のことばであったことになるわけである。

2021.2.21