2007年 神無月

張貼日期:Mar 05, 2011 5:51:35 AM

仙台での学生時代のことである。友人から、知り合いの女性の娘さんが病院に入っていて緊急の輸血を要しているのだが助けてくれないか、という依頼があった。A型の血液がほしいということで、A型である私は即座に献血を申し出たのであった。

しかし、その女の子はその後に「へんが変わって」(病状が変化して)亡くなったと聞いた。たしか山形の出身であった。

私の血液式は、A型でもRhマイナスであると知ったのは後に就職してからである。それを知ったとき、真っ先に浮かんだのは、その女の子のことであった。彼女はひょっとして私の血液との不適合のために亡くなったのではないか。医師は血液採取のとき、血液がRhマイナスであることをなぜ告げなかったのか。と、懺悔と恨みの心情に駆られたのであった。その後、A型のRhマイナスは、相手側からはA型のRhマイナスの血液しか受け付けないが、A型の相手に対してはすべてに輸血することが可能である、ということを知って安堵したのであるが。

ところで、Rhマイナスの血液式は、日本人では0.6%くらいの比率で存在するそうである。私の家族にはもちろんいないのであるが、ふるさとでの周囲の人々をうかがうと、どうもその割合よりも多く存在するように観察されるのである。それはおそらく3%くらいの比率になると推測される。

少数民族の人々にはRhマイナスが多いという。バスク民族では、なんと33%にも達するそうである。アイヌ民族も比較的多く5%前後である由。ちなみに、沖縄の人々の場合は1%強であるという。

この点からも私は中部山岳地帯の少数民として、アイヌの人々や沖縄の人々との繋がりを強く意識するのである。

2007.10.1