2012年 浅葱

張貼日期:Apr 02, 2012 5:36:15 AM

石田外茂一「五箇山民俗覚書」(日本民俗文化資料集成2『山の民俗誌』三一書房1991)には、いま認知症を患っている母が、若き日に作った次の歌が収載されている。

黒土をしかとにぎりてほほえみぬ 五つが山に春の来ぬれば

この「五箇山民俗覚書」の草稿には、「これは真木の真田ふみさんの一首だ」とある。ただし、『山の民俗誌』ではこの文言が削られている。

ともかく、五箇山のこの時節の、かつての様相を同書からうかがうことにしよう。

四月のはじめの頃になって部落の外の雪の原へ出ると雪の下行く水がコトコトと鳴っている。それを聞くと、いよいよ春だ、待ちに待った春だと心が躍り上って来る。それから一二日もすると、そのコトコト鳴っていた処の雪が破れて穴があく。その穴をのぞいてみると雪はスッカリ洞になって雪解の水が走っている。その水際の黒土が眼にうつる。何ヶ月来はじめて見た土だ。この喜びはたとえようもない。土ばかりではない。その土にはもうフキノトウが居ならびアサツキが萌えている。フキノトウは陽の目を見ていないので僅かに黄味をおびただけのナマ白さでチリメンにちぢれているし、アサツキは緑になりがてに黄色か萌黄色している。フキノトウはこの地では食わない。アサツキはニラの種類で、この黄色乃至萌黄色の芽が、針山というか栗のイガというかスクスク立ち群がって萌えている。アサツキが出たアサツキが出たという声が、歓喜に満ち満ちて部落一ぱいにひろがる。女子供はあわてふためき躍ったり跳ねたりして、ハナノ木の籠または小テゴと棒を持って出かける。その籠またはテゴに入れるのだ。ハナノ木とは楓の一種でスンナリと延びた枝は柔軟性に富んでいるのでこれをはいだので編んだ籠は、竹の外皮をはいだミで編んだのとソックリだ。知らぬ人は木だと聞いてビックリする。テゴは藁でつくる。大テゴは背負い小テゴは腰につける。これに入れて持ち帰られたアサツキはエガワ(小川のこと。谷から水を引いた洗場)で土を洗い落し根を切る。冬の貯えの大根も赤カブラももう尽きている頃とてアサツキが出たということは生活上の重大事として一大センセイションをまきおこすのも当然なのだ。これはゴマアエにでもして食えばいい風味なのだがこの地では手の込んだ料理などは一切せず大鍋を炉にかけて何でもかんでも野菜をたたき込んで煮た汁だけだ。アサツキもまた大鍋にはいるのだ。

2012.4.2