2009年 百花繚乱

張貼日期:Mar 05, 2011 6:6:2 AM

何年ぶりになろうか。ほんとに久しぶりに春祭りのふるさとを訪れた。この季節、春から夏にかけての五箇山の自然の描写としては、石田外茂一の文章にまさるものはないと改めて思う。

以下に掲げよう。60年前の文章である。

花が咲き出すと何から何までいっときだ。山吹は黄金に輝き、ウツギが桃色の小花を群出して、部落々々をつなぐ道路も、峠の道路の路という路の両傍をうずめつくす。桜も咲く。彼岸桜のような野生の灌木だ。栽培種の桜もある。スモモは淡青味をおびてぬけるほど白く咲く。梅はこの地になくスモモの実を梅干しの代用にする。畑は耕す前にアサツキとスギナとタンポポで埋ってしまう。ムラサキイチゲソウがつつましやかに、桑の木の下などにささやかな地歩を占めて咲き競う。山に入ると平地では見られぬ草花がいくらもあるが、名を知らないので述べようがない。ギボウシュのような葉の真ん中から細い茎を上げてウメバチ草のような白い小花をつけている。その姿には美しさと妖しさがある。イワカガミなど高山植物も咲き誇っている。薬草も多い。赤花、白花のゲンノショウコなどは日の当たるところならどこにでも田のアゼにでも繁って仕方ない。ドクニンジンの白いこまかい花が谷一面に咲いているのも夢のように美しい。トチの花と共にこの地を象徴する花は藤だ。ケヤキにからみ五葉松にからみ、トチにからみ、手当たり次第の大木にからみついて盛り上がり、盛りこぼれ庄川の碧潭にまで花房を垂れ込んでいる。まさに山楽、宗達の豪華さだ。川淵の岸壁に血糊を叩き付けたようにツツジが咲く。増水すれば水の中で咲き映えている。山道を行くと眼下の谷を埋める密林の梢に思いがけなく朴の花が白蓮のように幽邃荘重に咲いているのに心魂がヒヤリとすることがある。ああ、それからこれも名を知らないが、ちょっとテッセンの花のようだが、白くて四弁のいい花を無数につける木がある。木肌は細かくてサルスベリのようで、山人は好んで藁をうつ木槌をつくるのに用いるが、それだけの太さのが少ないそうだ。叢林の中へくぐり込むと不意に、えも言われぬ香りが鼻にくる。ハッと思って見廻すと自分の体がクロモジにふれている。キハダの木は、私は見たことがないが、夏になると山人が山ナギの帰りにキハダの皮をひと荷かずいて来る。皮の内側の黄色の美しさ。皮をとるだけで、木材はいたずらに山中に捨てられて朽ちるのだが、飯ビツには最適の材だそうだ。夏の草花の多種多様にかかわらずその名を知らないのが残念だ。これを都会に出したら実に近代的なスッキリした生花となるのだがと慨嘆を久しくする。

寺崎満雄転写「五箇山民俗覚書」による

2009.6.1