2018年 有限

張貼日期:Nov 06, 2018 12:38:42 AM

家でボーッとしていて、突然に、昔住んでいた場所を訪ねてみようか、と思い立った。

川口市伊刈。そこは国立国語研究所に勤め始めた年、1975年の4月からの約1年間を過ごした場所である。当時の通勤コースに沿って、京浜東北線の南浦和駅で降り、バスで伊刈を目ざした。

住んでいた時からは既に43年の歳月が経つ。南浦和駅周辺の変貌もさることながら、何より伊刈の環境の激変には驚いた。近くには東京外環自動車道が走っている。

当時、新築の二階建て二軒長屋の一軒を借りたのだった。周りは田圃と畑ばかりであった。

ところが、現在、そのあたりに田畑はほとんどなく、完全な住宅地になっていた。彷徨いながら家があったあたりを探したところ、何と新しい住宅の並びの一角にその長屋が幽霊屋敷のような姿で実在していたのである。人が住んでいる様子もない。

早々に取り壊されるのであろう。とすれば、私はその最期を見届けたということになる。私を待っていてくれたのか、などと感傷にふけったのであった。

その頃は娘がまだ幼かった。手を繋ぎながら近くの畔道を歩いていたとき、一羽の鷺が田圃すれすれに飛翔してきた。その折のことを、かつて文章にしたことがあった。

…娘はそれを見て、突然、「私、いつになったらあんなふうに飛べるようになるの?」と真剣な眼差しで尋ねてきたのです。…その情景と発話とが鮮明に刻み込まれています。いわば新鮮なショックがあったからです。無限の可能性を信じることのできる無垢な感性にある種のうらやましさを感じたのは事実です。…限界というものの存在が見えなかった時代が懐かしくもあるのです。

(2018.11.6)