2020年 北の国にて

張貼日期:Nov 16, 2020 5:32:56 AM

北方領土をめぐる報道を聞くたびに思い起こすのは、かつて北海道でのフィールドワークで、話者のBおばあさんが発したことばである。

「ソ連だって、60年も住んでいたら、故郷、ふるさと、なっちゃうんだからー」。

Bさんは、1924年の生まれ、サハリン(樺太)からの引揚者である。インタビューを行ったのは、2006年7月、場所は樺戸郡新十津川町であった。

1945年4月、ロシア(当時はソ連)は日ソ中立条約の破棄を突然に通告して対日参戦を実行、8月には満州、樺太南部、千島列島に侵攻、日本軍は降伏させられた。そして、1951年、サンフランシスコ講和条約で、日本は樺太の領有権を完全に放棄した。その間、日本人のほとんどが引き揚げた。Bさんもそのなかの一人である。

手持ちの録音データから、Bさんの上の談話に至る流れの一部を文字化して示そう。

8月15日、終戦なってね。お盆だから、赤飯作るのにね、もち米といで、うるかしてたんだけどー。もう、飛行機、あの、低空で飛んでくるの、ぶあーん。負けたっていうのにー。ロシアったらずるいからー、毎日毎日来るんだよ。で、学校とかー、おっきい建物、で、どんがんどんがん、落とすの。満州の方では、その前に、戦ってたかもしれないけども、樺太の方には終戦なりました、負けましたってゆってから来たの。真岡も終戦なってからー、どっかん、どっかん、やったでしょ。だからソ連って、もうほんと、ずるくさい。最初から戦争してるんなら、それなるけど、途中からしゅっと入ってきてね、で、ぱっと取ったでしょ。そしていまだに返さないしょ。あれはねー、日本人が悪いんだよ。さっさと、あの、もっと強力にね、返せ、返せって言わないから。だってね、ソ連だって、60年も住んでいたら、故郷、ふるさと、なっちゃうんだからー

(2020.11.16)