2010年 銀桂

張貼日期:Mar 05, 2011 6:16:7 AM

幼い頃、日中は祖母と過ごすことが多かった。山腹の段々畑での農作業の時なども一緒であった。いつも畑の畦の石に腰掛けてその作業をながめていた。時折、野ウサギが近くに現れてこちらを見つめていたものである。

秋のある日のこと、父と山道を二人で歩いていた。そのうち父が突然に茂みのなかに姿を消した。しばらくして茂みから何か蔦状のものを手に持って現れ、にやりとしながら、私にそれを手渡したのである。

蔓付きのアケビであった。アケビというものを手にする初めての経験であった。

そのときの思いを白状すれば、食べ物が畑ではなく藪のなかにも存在することが何とも不思議なのであった。そこにある種の恐畏のようなものを感じたのであった。

大げさにいえば、それは農耕と採集経済との違いを捉えた瞬間といえるのかもしれない。

農耕と採集経済との違いを二度目に体感したのは、フィールドワークで訪れたミクロネシア・トラック環礁の夏島であった。戦前、日本はこの夏島に軍司令部と海軍病院を置いていた。夏島は現在のDublon島である。

現在、Dublon島のそのあたりはジャングルとなって樹林が生い茂っている。地元の人たちはそのあたりの区画を、シレプ、ケカ、ナイカといった地名で呼んでいる。シレプは「司令部」、ケカは「外科(病棟)」、ナイカは「内科(病棟)」の跡である。

かつてそのあたりには日本人が開墾したアタケ(「畑」)も多くあったという。しかしそれらはすべてが消滅し、いまや全域がジャングルとなっている。

それを見て、ジャングルになり果ててしまったと嘆く日本人がいるかも知れない。しかし、無理に耕作するよりも、ジャングルの方が、椰子が生え、バナナが実り、パンの樹が茂って、食料には事欠かないのだという側面をわれわれは理解すべきなのである。

2010.10.3