2018年 吉原

張貼日期:Mar 16, 2018 4:40:3 AM

下町に住いするようになってから、学生時代の友人と時折会って上野界隈で飲みながら近況を報告しあっている。先般、彼から志川節子の『手のひら、ひらひら』(文藝春秋刊)のなかに五箇山を題材にした一篇があるので読んでみたら、と勧められて、早速に文春文庫版の方を買い求めたのであった。

この本は、副題に「江戸吉原七色彩(なないろもよう)」とあって、江戸の風物と吉原での男と女が織りなす人生模様を描いた連作七篇を収載している。

文庫版の解説で三田完氏は、「志川さんの文章はただ物語を綴っているのではない。江戸のむかしの空気を、男と女が綾をなす吉原の風景を描いた画集でもあるのだ。連作を読みながら、私の頭のなかには何十枚という絵が浮かんできた(中略)それは私にとって、至福の時間だった。」と書いているが、まさに同感の思いであった。

さて、五箇山が登場するのは、そのなかの「白糸の郷」と題する巻である。これは、五箇山から見て山の向こうの町、城端出身の主人公の人生を描きつつ、姉(母が城端で彼の父と再婚する以前に故郷の五箇山で生んだ娘~吉原に送られ、後に花魁となった~)の足跡を辿るといった流れを設定した愛しい物語である。

私には懐かしい城端町の描写が印象的であった。その一斑を掲げる。

城端は砺波平野の南端に位置しているが、それは五箇山への入り口にもあたる。市は、野と山それぞれの人や産物が集まり、大いに活気づいた。

もっとも取引きされたのが、五箇山で産する繭や生糸だ。そうしたわけで、城端でも糸繰りや機織りがおこなわれるようになった。今では町にあるおよそ千戸のうち半数ほどが、なんらかのかたちで絹にかかわっている。

私は幼い頃、祖母から往々に「自分の実家は、生産した繭や生糸を一括して城端へ届けることをなりわいとしていた。それによって大きく栄えたのだ。」と聞かせられたものであった。その語りを、この物語に重ねて改めて思い浮かべたことである。

ちなみに、作者の志川さんは島根県浜田市生まれの由。1993年に早稲田大学第一文学部を卒業したというから私の娘と同窓、同世代である。風景や情念の緻密な描き方に照らして、彼女の出身地と年齢のいずれもが、私のsituationから観てではあるが、少しばかり意外であった。

2018.3.16