張貼日期:Jan 05, 2021 12:23:46 AM
亡き母の執筆になる『越中五箇山ことば歳時記』(桂書房、1992 )の一節から。
ふとイキバナということばを思い出しました。「晴れとると思とったら、イキバナが落ちてきた」などと言います。青い空から、寒風にともなって、ちらちらちらちらと雪の結晶が舞い降りてくる。まさに雪の華です。山里人は詩人なんだなあと思います。…
冷え込んできて、細かい軽い雪がさらさらと降ってくる。父母たちはこれをコゴメイキと言いました。細かくくだいた米をコゴメというのです。粒がやや大玉で固くなってくるとアナレイキ。アナレはあられのことです。やがてまたたく間につもるのではないかと思うような激しい降り方になるとスカスカ降りと言います。ふっくらとした軽い雪はワタイキで、ワタイキがスカスカと降りますと、たちまち積もります。ふっくらとしていても大型で水分を多く含んだ雪はボタイキと呼ばれます。ぼたん雪なのでしょう。いわゆるみぞれのことはベチャイキです。雪と雨が混じったようなものだから、着ているものをベチャベチャにぬらします。固いものにぶつかればベチャベチャと音をたてます。やがて春が近づくと大陸からの砂塵が混じった赤っぽい雪が降ることがあります。アカイキが降ると冬もしまいじゃなあなどと言います。これを灰が降るとも言いました。原爆という恐ろしいもののなかった時代です。ほかの地方でもいろいろの表現があって、東北北部などでは、少しばかり雪が降ってくることをササラサット降ると言うようですが、いかにも軽い東北の雪のようすが偲ばれます。五箇山で言うイキバナが落ちるのはこのササラサットの情景に近いのでしょう。なお、大分県の一部では綿雪をハナユキと言い、新潟県の一部には3月頃降る雪をサクラガクシとい美しい表現があるようです。
豊かな雪の形容のことばを思い起こしていると、ふるさとを築いた祖先の生きざままでがありありと脳裏に浮かんでくるのです。
2021.1.6