2009年 葉月

張貼日期:Mar 05, 2011 6:7:25 AM

台湾東部の宜蘭県の山間部に、日本語と現地のアタヤル(泰雅)語との接触によって生まれた新しい言語変種が存在する。この言語変種は、主に大同郷の寒渓村と南澳郷の東岳村、金洋村、澳花村に住むアタヤル人(のすべての世代)によって用いられている。その調査と分析をいま進行させている。この言語変種は、日本語をベースとしたものではあるが、アタヤル語の要素が多く取り込まれ、また中国語の要素なども加わった、あくまで独自の体系を持つ一つの「言語」である。

地元、寒渓村の若者の有志が、この言語変種を自分たちの先祖のことばであり、原住民族語の一つであるとする運動を展開した結果、2006年、当局からこれがアタヤル語の一方言(「寒渓泰雅語」)として認められるにいたった。

この言語変種は、地元では、「kangke no ke(寒渓村のことば)」、「tang-ow no ke(東岳村のことば)」、「tang-ow no hanasi(東岳村のことば)」、「zibun no hanasi(わがことば)」、「nihongo(日本語)」などと呼ばれていて、一般には、アタヤル語よりはどちらかといえば日本語だと捉えている人が多い。ただし、ある古老は、「これはわれわれの母語であるが、日本語そのものではない。正式な日本語は別にある」と述べていた。このように、日本語との違いを明確に認識している人もいるのである。

私と共同研究者の簡月真さんは、この言語変種に対して、「日本語をベースに形成されたクレオール」という意味合いで、「日本語クレオール」と称して報告してきたのだが、これを即「日本語変種」として誤って受け取られている状況をやや危惧もしている。「クレオール」と認定する以上、われわれはこれを独自の言語と捉えているわけである。実際、伝統的アタヤル語を母語とする話者も日本語を母語とする話者も、これを聞いてほとんど理解することができない。そのように、体系が極度に再編成されているのである。言語学的定義としての「クレオール」の意味合いをわきまえず、また、これを在日コリアンの日本語や沖縄でのウチナーヤマトゥグチなどと同質のものとみなすような筋違いな受け取り方も存在する。

この問題に関して、現地での調査に従っている簡さんとの検討の結果、これを「Yilan Creole(宜蘭クレオール)」と呼ぼうという結論に達した。今後、この言語変種を「Yilan Creole」と称して記述していくことにする。

Yilan Creoleの分析がクレオール研究の世界に新たな一石を投ずるものになればと念じている。

2009.8.1