2019年 鴎外の青年」を読む

張貼日期:Jun 30, 2019 6:55:59 AM

千駄木周辺は私の散歩コースである。

千駄木駅の近く、団子坂を上ったところに文京区立・森鴎外記念館が建っている。ここは鴎外がその後半生を過ごした場所である。

鴎外の小説「青年」には、鴎外の生活圏であった、この地域、谷中・根津・千駄木(谷根千)での明治後期の様相が描かれている。その一節を引こう。文中の純一は、この小説の主人公、小泉純一である(純一郎ではない!)。

この町の北側に、間口の狭い古道具屋が一軒ある。谷中は寺の多い処だからでもあろうか、朱漆の所々に残っている木魚や、胡粉の剥げた木像が、古金と数の揃わない茶碗小皿との間に並べてある。天井からは鰐口や磬が枯れた釣荵と一しょに下がっている。

純一はいつも通る度に、ちょいとこの店を覗いて過ぎる。掘り出し物をしようとして、骨董店の前に足を留める、老人の心持と違うことは云うまでもない。純一の覗くのは、或る一種の好奇心である。

私も谷中の店舗には時々訪れている。「老人の心持と違う」などという表現が気になるところではあるが。

坂の上に出た。地図では知れないが、割合に幅の広いこの坂はSの字をぞんざいに書いたように屈曲して附いている。純一は坂の上で足を留めて向うを見た。

灰色の薄曇をしている空の下に、同じ灰色に見えて、しかも透き徹った空気に浸されて、向うの上野の山と自分の立っている向うが岡との間の人家の群が見える。… 坂を降りて左側の鳥居を這入る。花崗岩を敷いてある道を根津神社の方へ行く。

根津神社の脇にある坂は、この小説をきっかけとしてS坂と称されるようになった由である。

「青年」での描写をもとに、「老人」による周辺散策を続けようと思う。

(2019.7.1)